2006年04月26日
『損と得と徳』

‘損と得とあらば損の道を行くこと’。
私の大切なお客様の経営理念の一説だ。
この会社の朝礼の素晴らしさは、多くの企業を見てきた私にとって充分3本の指に入る厳粛さと崇高さを有している。
大声で一日の目標数字を叫び、コミットメントさせる営業会社の朝礼もあった。
全員で社歌を高らかに歌い、社員の気持ちを一つにする製造会社の朝礼もあった。
行動指針を早口で唱和することで、あるべき姿に社員のベクトルを向けさせるコンサルティング会社の朝礼もあった。
しかし私は上記のお客様の朝礼が一番好きだ。
朝から凛とした心を作ってくれる。
だから研修開始前の朝礼から参加させて頂くのが大変楽しみなのだ。この二日間、朝礼で私の心が洗われた気がする。
そしてこの経営理念。
全文にわたり、創業時から現在にまで連綿と受け継がれた社会貢献に対する渾身の思想が今に蘇る一文字一文字なのだ。
中でも冒頭の一説は、私のような凡夫には実践困難な勇気を伴う選択だ。しかし、これを実践し続ける事こそが、実は本当の幸福につながる近道なのだと創業者は言いたかったのではないかと察する。
この世の幸福を掴むパスポートは、その人に備わった‘徳’の力だ。
‘徳’のある人は、何かやりたいと思った時にやりたいことが不思議にできる。
できるための経済力と環境と協力者を有している。
損と得とあらば損の道を行けば‘徳’が備わり、損と得とあらば得の道を行けば‘業’を残すことになるのだろう。
平たく言えば、
「損の道=利他のための実践=徳積み」。
「得の道=自分のためだけのエゴの実践=業を残す」。
と、こんな方程式があるように感じるのだ。
宇宙空間に存在する原因と結果の方程式は誠に厳としたものである。
ありがとうございます、感謝。今回の受講生の感動的なほどレベルの高かった参加姿勢。
ありがとうございます、感謝。経営理念が身体中のDNAにブチ込まれていた今回の受講生。
ありがとうございます、感謝。まだまだ私には出来ないが、目指したい損の道。
2006年04月23日
『国民無視の劣化するサービス』

ほんまかいなぁ?ウソやろ?
10月の郵政民営化に伴い、時間外受け渡しサービスが廃止になるって・・・。
何かの間違いやろ。
もしほんまなら許しがたいッ!
誰がどんな意志で決めとんのじゃッ!?
・・・という事は何かえ!?
留守中に配達された書留を取りに行くのは、平日の営業中に窓口へ取りに行けってかッ!?アホかッ!
以前にも書いたが、銀行や市役所や郵便局は24時間365日営業にしろ!と私は大学時代からず~っと訴えてきて、20年経ってやっと一部の銀行が3時以降も営業してくれるようになってきたと思いきや、CSに逆行する姿勢は、ほんまにけしからんッ!!
日本の労働人口の大半は、窓口が空いている平日の時間帯には仕事をしているのだ。
廃止する事で人件費削減になるのは理解できる。どこの会社でも経営を最も圧迫するのは人件費だ。
・・・という事は何かえ!?
民営化とは‘サービスを向上させる’施策ではなく‘利益優先体質に生まれ変わる’施策なんかえ!?
な、な、な、なめとんのかぁぁぁぁぁ~~~ッ!!!
国民無視も甚だしいんじゃぁぁぁぁ~~~ッ!
これを決行するのなら私は今後一切の郵便書留を利用しなくするつもりだ。私は、研修会場までのエアチケットなどクライアント様が事前に郵便書留で送って下さる事が多かったが、今日から止めてもらおうと思う。
請求書を送らせて頂くのも切手を貼った封書で送るのを止めて、宅急便のメール便で送ろう。
たった一人の小さな抵抗かもしれないが、郵政が気付くまで徹底的にやりたい。バリケード張って盾持って闘う学生運動のノリだ。
ありがとうございます、感謝。そんなCSの逆行する会社にいても個人のCSマインドはメチャメチャ高い立町郵便局の○○さん。
ありがとうございます、感謝。サービスを受ける側と提供する側の視点のズレに気付けた研修ネタ。(事例研究でディスカッションしてみよう)
ありがとうございます、感謝。正義を主張するんだ!との青き学生運動のDNAが残っているんだとの気付き。(我が大学は最近では‘Rits(リッツ)’とかオシャレに呼ばれているそうだが、私の世代は‘立っちゃん’と呼ばれ学生運動のメッカだった)
2006年04月22日
『性別』

先のブログ『ウーマンライフ』に記したが30代から40代の女性は、なぜにこうも面白いのだろう。
人生、酸いも甘いも噛み分けた彼女らは、一種のたくましさを兼ね備えつつ、女性として円熟の魅力を体から噴き出している。
20代の可愛い女性が見せるキュートな‘アヒル口’ほどの魅力は無いが、熟女も頑張っているぞよ。
そして、それでいてマインドは‘オッサン化’してくれているので平然とワイ談に花を咲かせることも厭わない。
男性が性的に女性を見るのと、女性が性的に男性を見るのに若干の温度差があるのは昔も今も一緒。
熟女いわく、「好きな人のなら、あれほど愛しく感じる物はなく、嫌いな人のなら、あれほどグロテスクで気持ち悪い物はない」と表現した男性のシンボル。
う~ん、なるほど~、深いなぁ~。
男性は嫌いな女性の物でもドキッ!を押さえられないのはなぜだろう?
男女の性差を神が創りたもう不思議がここにもある。私が30代の頃に、なんとかして解明しようともがいた宇宙真理と同じく、創造主の深遠な意思は解明不能な不思議に満ち溢れている。
突き詰めていくと、もしこの世に男だけが存在するのならば、男は仕事に対するモチベーションを維持することが出来るだろうか?私は出来ないように思う。
もしこの世に女だけが存在するのならば、女は化粧をしたり着飾ったりといった美を求め続けれるだろうか?私は出来ないように思う。
その昔、ピラニア軍団の志賀勝の歌の台詞で「男は女がおるからええかっこしようとする。女は男がおるから綺麗になろうとする。」といったニュアンスがあった。
二分の一の確立とはいえ、地球の全人口構成が男女均等に産み落とされるところに又もや創造主の意思を感じる。
ありがとうございます、感謝。世の男性たち。
ありがとうございます、感謝。世の女性たち。
ありがとうございます、感謝。世のオカマたち。(彼らの魂も使命があって、その肉体に宿ったはずだ)
2006年04月21日
『検察官の涙』

私もニュースを聞いて検察官同様に涙を流してしまった。
金で苦しんで苦しんで苦しみぬいて死を選ぶコースは、辛い人生の修行テーマの中でもかなり上位に位置する。
認知症の80代の母の介護に疲れて心中の道を選ぶが、自らは死に切れなかった50代の息子。
介護と両立可能な仕事が見つからず失業、ついには生活費が底を尽き、カードローンに手を出した時点で転落人生の始まりだったと察する。
雪ダルマ式に膨れ上がり、借りては返し、借りては返しを繰り返すうちに限度額はすぐに超える。
とにかくサラ金であれ、銀行のカードローンであれ‘一回つまんだら人生終わり’くらいの認識を持つべきだ。
悲しいのは最期の親子の会話だ。
50代の息子は最期の親孝行と、80代の母を京都に観光旅行に連れて行く。
息子:「もうあかんわ。生きていく金があらへん。」
母:「そうか・・・。もうあかんか。」
息子:「・・・・・。」
母:「お前は私の息子や。こっち来ぃ~。」
息子:「最期までお母ちゃんと一緒やったで。」
母:「そやな・・・。おおきに。」
そんな会話の後、額と額を擦り合わせて泣いた親子は、覚悟の涙を拭きながら心中を決行する。
母の首に渾身の力を込めて絞めた息子・・・。悲しすぎる。
この調書を読み上げる検察官が涙を流した法廷。
なぜにこんなに過酷な人生になってしまったのだろう?との思いは消えなかったであろう50代の息子。
献身的な介護を全うした孝行息子だっただけに結末が悲しすぎて、同世代の検察官も心が揺れてしまったのだろう。
どんな事象も‘他人事ではない自分事’と捉える事が学びの第一歩だ。
それにしても幸福な人生を送るには金が要る。
金がなければ幸せになれない世の中だ。
もちろん、金以外に健康や仕事や家族や愛情や友情や、その他さまざまな幸せを構成する要素があるが、根本的に金が無いと全ての歯車は崩壊する。
金が無くなった時に人間は心の豊かさを失っていく。
その日の昼飯を食う金が無くなった時に、人生が投げやりになる。
もうどうにでもなれッ!と開き直り、世を恨む。
この50代の息子にせめて100万円渡せる人がいれば展開は変わっていたはずだ。
世の中の、金で本当に苦しんでいる人に、金を循環できる仕組みは無いものだろうか?生活保護の基準も厳しく、行政が底辺の実態を掴んでいるとは言いがたい現状だ。経済的弱者の心の叫びを聞け。
一部の富裕層に金が集中する今の日本は、危険な方向へ進んでいるのは確実なのだ。
ありがとうございます、感謝。介護を必要とせず元気に生きてくれている私の強い母。
ありがとうございます、感謝。お金に敬意を払い、改めてその威力を再認識したきっかけ。
ありがとうございます、感謝。罪は憎むべきだが、執行猶予がつけば人生をやり直すだろう50代の犯罪者の姿からの学び。(心はきっと親思いの人なのだと察する)
2006年04月18日
『バラ色の未来』

6月7日に買いに行くぞ、森昌子の復活CD。
実は私は小学時代、森昌子の隠れファンだった。
なぜ‘隠れ’かというと、当時は桜田淳子か山口百恵のファンが主流の中、私だけが森昌子の素直な人柄が滲み出る円らな瞳に吸い込まれていたのだ。クラスでは、ちょっと変と言われた。
確かに私の好みはいつも‘反主流’で、天地真理よりも小柳ルミ子だったし、松田聖子よりも渡辺真知子だった。♪現在・過去・未来~♪~
その森昌子が先日、復活に先駆けてTVの生本番に出演していた。
常々、私が言うように男も女も40を過ぎれば、生き方や人柄や哲学が顔に出る。ほんまにええ‘顔’やなぁ、森昌子は。
昔からそうだったが、‘良妻賢母’を絵に描いたような穏やかな顔だ。
森昌子の顔は太田裕美(「木綿のハンカチーフ」)と同様、イライラせずに不満を抱えずに生きてきた人特有の顔なのだ。
離婚の原因や背景など、もちろん真相は分からないが、あの森昌子を傷付けた森進一は、私の中では最低の評価になってしまう。しかも慰謝料ゼロとくればなおさらだ。何十億も持っとるんやろ、半分くらい渡さんかぇ!
その慰謝料についても養育費についても、質問が突っ込まれた時、彼女は穏やかに、「私はお金以上の色々なものを学ばせて頂きましたから・・・。」と気品溢れる答え方をしていた。ますます素敵な森昌子、復活CDがミリオンセラーになってくれ~と祈りたい。
ありがとうございます、感謝。今度こそバラ色の未来を送ってくれ、いつまでも可愛くチャーミングな森昌子。
ありがとうございます、感謝。何十年経っても‘いい顔’は変わらないお手本のような瞳の持ち主、森昌子。
ありがとうございます、感謝。これからはお母さんの言う事を聞いて楽にさせてあげてくれ、森昌子の息子たち。
2006年04月17日
『鉄人!アニキ金本』

アニキ金本が先日、モノ凄い世界記録を樹立してくれた。
オッサン世代が、‘まだまだ若いもんには負けへんで~’と勇ましい姿を見せてくれるからプロ野球は人生そのものの象徴なのだ。
アニキはもちろん、清原も桑田も頑張っている。工藤も素晴らしいし古田もまだまだやれる。おっとオリックス吉井のオッサンを忘れたらアカン。みんな頑張れッ!中年の星やッ!
さて金本だが、彼は人格的に素晴らしいのがインタビューやプレイスタイルから伝わってくる。そして野球エリートではない金本の人生が、30代半ばから俄然光り輝いてくるのが、我々中年に勇気と感動を与えてくれるではないか。
甲子園にも出てないし、大学は東京六大学でもないし、ドラフトは確か4位で、広島でも大きな期待はされずにプロ生活をスタートしたように思う。一軍と二軍を行ったり来たりだったとも聞く。
阪神に来てくれると決まった時も、私は正直言って年齢が気になり、一緒に獲る話もあった中村ノリのほうがいいとさえ思っていた。以前、大豊を中日から交換トレードで取った時に‘年寄りはいらんで’と感じた印象と同じ思いがあった。(すんません、アニキ)
今シーズンもアニキはやってくれるはずだ。
アニキの背中を見て、阪神の若い選手が刺激を受けてモチベーションを上げてくれるだろう。
しかし昨日の江草は勝たせてあげたかった・・・。つくづく野球は恐いと感じた一戦。
ミスをした方が負けになる。野球の女神はちゃんと存在するなぁ。
敵ながら黒田の根性にも感動。さすがセ・リーグのエースだ。
ありがとうございます、感謝。年齢と共にコンデションを上げる不思議を見せるアニキ金本。
ありがとうございます、感謝。このままやったら45歳まではグランドに立ちそうなアニキ金本。
ありがとうございます、感謝。広島の金本を‘その気’で口説いて下さった星野SD。
2006年04月15日
『週刊文春』

おっもろいがなぁ、今週号の文春。
ほんま、えらいとこ撮られてもたなぁ、番長清原。
あんな綺麗な奥さんがいても、やっぱり豪快な清原、あんたは男やッ!大好きやッ!本能に正直やッ!秋にはウチ(阪神)と日本シリーズを戦ってやッ!関西ダービー待ってまっせ。
もう一つは‘感動できない青木家’の記事。
私はテレビを見てないのでなんとも言えないが、テレビの世界は所詮‘イミテーションの世界’という事なのか、少々悲しい。
しかし記事を読むと、リアルに聞き込みをしてきた記者の自信が行間から伝わる。果たして真実はいかがなものか。
事の真偽は別にして、週刊誌の記者は大変な仕事である。
世の‘好奇心’というニーズに次々と応えていかねばならぬし、週刊という締め切りは、かなり過酷だ。
その中で、文春はスッパ抜きが多いということは記者のポテンシャルがそれだけ高いのだろう。これからも読者の期待を裏切らない予感がする。
ありがとうございます、感謝。毎週ドキドキさせるネタをどこかから嗅ぎ付けてくる文春の記者。(過激すぎて訴訟には気を付けてね)
ありがとうございます、感謝。これに負けず豪快に夜のバットも振り回せッ!番長清原。
ありがとうございます、感謝。真の姿は知らないが、大家族を支える青木家のお父さんの経済力は単純にエライ!頑張れッ!
2006年04月14日
『みのパワー』

凄いよな~、みのさん。
好みは分かれるだろうが私は大好き、みのもんた。
司会者では古舘さんが一番好きだが、みのさんやテレ朝の渡辺宣嗣さんも大好きだ。
ちなみに古舘ファンを自認する私は、報道ステーションでメジャーになってからのファンではなく、新日本プロレス時代の‘過激な四次元実況’の頃からの古舘語録マニアである。
後に古舘さんが一回だけ競輪実況をした事があったが、それも録音して何回も聞いた。ある選手を‘元祖、ヤンママのアイドル!’と表現した古舘センスに脱帽した。
さて、みのさん。
今はホンマに出ずっぱり。
朝5時半から8時半まで‘朝ズバッ!’をやった後、12時からは他局で‘おもいっきりテレビ’を毎日こなす61歳。天晴れだっ!
いやそれだけではないだろう、みのさんの露出度。
私の知る範囲では、‘ミリオネア’もあるし‘どうぶつ奇想~’もあるし‘学校へ行こう~’とかもあったように思う。
さらに、みのさんは水道メーターの製造販売会社の社長も兼任していて、毎日出社しているとの事。いやはやスーパーマンのような61歳だ。
しかし、みのさんがここまで大ブレイクしたのは、確か50歳を過ぎてからではないだろうか。
私はずっと‘プロ野球珍プレー好プレー’のオモシロ実況をする局アナ、くらいの認識しかなかったが、気が付けば物凄い存在感でご意見番としてのポジションを確立してしまった。大器晩成型のお手本だ、みのさん。
先日の研修で、受講生とシェアし合い出て来た意見、「物事を始めるのに遅すぎる年齢は無い」が、しみじみ納得できる。みのさんの壮年力は多くの中高年に勇気をくれる。
腰の病気と糖尿に留意され、70歳まで舌鋒鋭く頑張れッ!
ありがとうございます、感謝。世の批判を恐れず私見をバシバシ披露するみのさん。
ありがとうございます、感謝。55歳くらいから、みのさんのポジションを狙え古舘さん。
ありがとうございます、感謝。あんな風にオシャレに清潔に年を重ねたい渡辺さん。
2006年04月10日
『小林正観』

私と同じように‘感謝’をキーワードに講演をしている人がいると聞き、その人の講演会を申し込んだ。
講題は「釈迦が説いた宇宙真理」。
面白げなテーマでワクワクしながら当日を迎えた。
会場に早めに着くと、開演一時間前にも関わらず会場内は熱気ムンムン、受付の女性スタッフもとても感じ良く、笑顔でテキパキと申込者名簿を照合して流れるように仕事をこなしていた。
期待感が一層募る。
一番前に座りたかったのだが、どうやら前方は常連さんなのか、集団で席を確保している。
仕方なく私は前から5列目になったが、ここならよく見える。
さて、小林某さんはどんな人なのだろう?どんな話をしてくれるのだろう?
開演5分前。
司会の男性が登場。
この講演会を主催する会社の社長とのこと。爽やかな好青年で誠実な進行アナウンスが耳に心地良い。
開始時間もピッタリで遅れないようだ。気持ちいい。
そして・・・。
始まった。
小林某さん入場。
割れんばかりの会場内の拍手。約300人の聴衆の熱き思いがこもったような拍手だ。
私が受けた彼の第一印象は、細くてノッポで、どこにでもいる優しげな普通のオジサン。
一言発した後のそれは、ボソボソ喋るますますどこにでもいる普通のオジサン。
いわゆる‘オーラ’は全く感じない。
多少の失望を感じつつも、ま、内容が濃ければそれで良いかと自分を説得する。
期待して聴き入ろう。
開始5分を経過した所で、違和感を感じ始めた。
30分が過ぎた所で、耐え切れなくなってきた。
60分が過ぎた所で、‘金返せコール’を叫びたい衝動を必死で押さえ込んだ。
80分が過ぎた所で、この我慢大会に参加している自分が頼もしく感じた。
90分が過ぎて講演会が終了した所で、一刻も早く会場の外に脱出して肺に残ったよどんだ空気を入れ替えたかった。
持ち時間90分のうち、「おっ、ええ話やなぁ」と感じたのが合計2分間くらいはあったか・・・。残り88分は笑えないオヤジギャグの連発で、悲しい講演会だった。講題の釈迦も泣いているだろう。
本人いわく年間300回ほど講演会をやっているらしいが、なぜこれほど多くの人が集まるのだろう?と謎解きのような思いが私の中を終始支配していた。
オバちゃん相手の、しょーむないギャグだけで構成されているので、ビジネスでは、まず使いもんにならん。
中でも、彼が「分かりまいたかぁ~~?(分かりましたか?の意味)」と振ると聴衆全体が(ほとんどオバちゃんがメインで)、「分かりまいた~~~、う~ん、う~ん、かわいい~~。」と唱和し、首を傾けて頬の前に可愛くゲンコツを作り何回も頷くパフォーマンスが義務付けられているらしい。
新興宗教のノリだ。いや、そんな厳粛なものではない、笑っていいとも!のスタジオアルタのノリだ。これを90分間で30回くらいやらされる。
彼が笑えないオヤジギャグを発するたびに、前方に陣取った親衛隊のようなオバちゃん軍団が腹を抱えて林家パー子のような奇声を上げて、涙を流しながら隣の人の肩を連打し笑い転げる。
「うっひゃ~~っひゃっひゃっひゃっ~、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ~っはっはっ、いやぁぁぁ~っっ、も、も、も、もう~~っ、ひ~~っひっ、ひっ、ひっ、ひくっくぅ~~っ~」と下品極まりない。しかもオバちゃんの口が臭い。
オマエらは吉本新喜劇の笑い屋さんかっ!(笑い屋さんはギャラをもらっている立派な仕事だが)
会場後方で著書の即売会をやっていたが、なぜ彼の本が売れるのか、なぜ彼が講演家として食っていけるのか最後まで答えを見つけることが出来なかった一日だった。
ありがとうございます、感謝。自分はあんな価値のない講演をしていないかと考えるチャンスをくれた小林さん。
ありがとうございます、感謝。あの内容で高額な講演料が取れるなら、充分私にもチャンスがあると持てた自信。
ありがとうございます、感謝。講師は低レベルだったが、それに反してCSレベルが高かった会場スタッフと司会をした青年社長。(あの社長の講演を聞きたかった)
2006年04月09日
『恒常性』

万人に備わっているホメオスタシス(恒常性)。
神が私たち人類に与えてくれた最高のご褒美だ。
先のブログ『口内炎』に記したが、ここ数日間辛い思いを抱えて研修をした。
しかし治るものなのだなぁ。
完治したのだ。もう何でも喰えるのだ。醤油も恐くないのだ。嬉しい~~~ッ!!
人類に備わったホメオスタシスのお陰で‘元の状態’に戻るものなのだ。
私たちは本来、健康であるように造られている。
時間が経てば‘その状態に戻る’のだ。そう出来ている。
健康の概念を少し広げてみよう。
身体の健康以外にも、精神的な健康もあるし、経済的な健康もあるし、社会的な健康もある。それら全ての健康を害したとしても、私たちに備わったホメオスタシスは元の健康に戻してくれるありがたいお力だ。
心が張り裂けそうに辛く悲しい出来事に遭遇する事もある。それが人生だ。しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
お金が無くて苦しい生活を強いられる時期もある。それが人生だ。
しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
リストラされて仕事が無くなる事もあれば、仕事があってもヤリガイを感じられず転職を考える日々もある。それが人生だ。
しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
口内炎は渦中においては辛かったが、多くの事を私に教えてくれた。
そう、私たちに襲ってくる辛い事は、どんな種類の事も決して立ち止まらない。いつか必ず去って行き、去った後は懐かしささえ心に届けてくれるのだ。
ありがとうございます、感謝。二度と経験したくないが、ちょっぴり別れがたかった口内炎の激痛。
ありがとうございます、感謝。どんなに辛い事も必ず去って行く宇宙真理。
ありがとうございます、感謝。去って行かせてくれるホメオスタシスのメカニズム。
2006年04月06日
『口内炎』

小さいくせにメッチャ存在感あるがなぁ・・・私の口の中に出来た仲良~く並んだ丸~い白~い二つの口内炎。
下唇の内側に出来たり、ほっぺたの裏側に出来るのなら、まだマシだが、舌の付け根に出来た今回の口内炎は動く所にいるので、凄まじい苦痛を私に与え続けている。
喋ることが仕事である私は、左奥歯に口内炎が触れるたびにビクッ!と激痛が走る。形は丸~くて可愛い~い小さな口内炎だが、全身に苦痛を与えよる。
喋るたびに涙が出そうになるここ2~3日。
そのたびに身体から変な汗が噴き出しやがる。しまいには心臓までドキドキしてきやがる。
さらに日ごとに大きく成長しつつあり、二つがひっついて一つに合体しそうな勢いだ。
何が原因なのか・・・?
‘気付き’という観点からすると、‘口に出来る口内炎=日頃の口業(くごう)を慎め’ということになろうか。私が自分で気付かぬうちに受講生を傷付ける言葉を吐いていたのかも知れないし、間違った言葉を使っていたのかも知れない。
それとも単なる医学的な疾患か。
単なる栄養の偏りか、胃腸障害か。
原因はともかく、仕事に支障を来たしているのは事実である。
結論から言って口内炎の特効薬は無い。できれば私の大切なクライアントである外資系の製薬会社に‘夢の新薬発売’をお願いしたいところだが・・・。
そこで私が試したあらゆる治療法(ビタミンを大量に摂取する、副腎皮質ホルモンを塗布する、口を開けて乾燥させる、etc.)の中で、一番楽なのは‘麻痺させる’ことだ。
鎮痛剤である市販の頭痛薬を定量の倍飲む。(それ以上は服用すると今度は研修中にクラクラして何を喋っているか自分で分からなくなるので危険)
そして痛みを感じさせない状態にして、あとは神が授けてくれた自分の最強自然治癒力のパワーをひたすら信じて待つ。それしかない。時間薬しか治療法はないようだ。
しかしまぁ、ほんまに苦しいのは3日間ほどだ。口内炎は不治の病ではない、絶対に治る疾患なので、根気良く待つしかない。
あの、治りかけの、鏡に映る口内炎が小さくなっていく様子を見て、一種の名残惜しさを感じる感覚が明日にでもやって来てくれる事を祈りつつ・・・。
ありがとうございます、感謝。口内炎を通して様々な見返りが出来るここ数日。
ありがとうございます、感謝。醤油が滲みるたびに飛び上がりそうな激痛を感じる事で普通に食事が出来る喜びの再認識。(明日からは、まともに喰いたい)
ありがとうございます、感謝。頭痛薬で痛みを誤魔化す事が出来るお陰で受講生に迷惑をかけていない薬力。(いざとなればサプリメントよりも、やはり薬だ。今日も朝から4錠ブチ込むぞ。)
2006年04月05日
『蕎麦屋から見える風景』

姫路の行きつけの蕎麦屋から外を見ると、席によってはフリーマーケットのような店が見える。
婦人服の安売り店なのか、ワゴンハンガーに服が吊り下げられてある。
蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを胃袋に流し込んだ3杯目あたりから揺れてくる私の視界に婦人服が映った。
頬に伝わる熱い何かはアルコールによる発汗なのかと思いきや、涙だった。
今は亡き父と、今は独り暮らしをしている母に対するそれだった。
私の両親は二人で力を合わせて婦人服のブティックを経営していた。
私と兄を育てるために必死で商売してくれた両親の溢れんばかりの深い愛情が今なら充分理解できる。
サラリーマンでは無かった父は、何の保証も無い商売人一筋の男だった。
生まれ育った韓国から日本に引き上げてきてからが、彼の商売人としての人生スタートだ。
若くして結婚した母もその男に自分の人生の全てを賭け、家庭を持った。
夫婦で商売をしながら、男の子二人を育てるのは並大抵の苦労ではなかっただろう。体力的にも経済的にも。
彼らが兄と私を渾身の愛情でもって育んでくれた全力疾走の人生は、婦人服が支えてくれていたのだ。
うちの店の婦人服を買ってくださった当時のお客様の財布から出たお金が私たちを育ててくれたのだ。感謝。
私も商売人である今、何の保障も無い環境は父と一緒だ。
その父の想いを、吊り下げられた婦人服が酔っ払った私に雄弁に物語っているように感じた。
今度は私の番だ。息子と娘のために全力疾走で生きていこう。
蕎麦焼酎に涙のしょっぱさがブレンドされた夜だった。
ありがとうございます、感謝。私の生き甲斐の息子と娘。(二人がいなければ私の人生は思いのままに地獄に落ちていた)
ありがとうございます、感謝。将来、親娘二人で飲めそうな娘。(多分私よりアルコールに強くなりそうだ)
ありがとうございます、感謝。将来、人生を熱く語れそうな息子。(多分私より人生に真正面から取り組む男になりそうだ)
2006年04月04日
『寛美先生の残された言葉』

「芸は水に文字を書くようなものだ。書き続けないと見えない。」
故・藤山寛美先生の残された言葉だ。
私は常々書いているように‘研修講師’というより‘ピン芸人’だとアイデンテティを抱いているので、‘講演’や‘研修’というより‘芸事’を毎日させて頂いているつもりだ。
ゆえに‘講師スキルを高める’というよりも‘芸を磨きたい’、については異常なほどモチベーションが高いと自負している。
その芸事は理論ではなく実践なのだと、仰っているような寛美先生のお言葉である。
つまり、本を読んで理論を構築して頭デッカチになるのではなく、毎日舞台に立ち続ける(もちろん毎日稽古し続ける)ことこそが、芸を磨く最高の環境なのだとの意味であろう。
ギャラの安い案件を断っていた自分を猛省しないといけない。
私は‘スーツを着た日雇い人夫’なので身体は一つ。同じ動くのなら案件によっては3倍ほどギャラの開きがある中、日程が安く押さえられるのに抵抗があった。
しかし寛美先生のお言葉で、‘文字を書き続ける’ことが大切なのだ、ギャラに関係なく舞台に立ち続ける環境こそが自分の芸を磨く事なのだ、と感じられた。
舞台に立つことで芸人は生きていける。
舞台に立つことで芸人は自らを磨ける。
それを続けていかなければ、水の中で消えてしまう。
ギャラを追いかけず、舞台の本数を追いかけよう。
ありがとうございます、寛美。いや、感謝。タイムリーに蘇ってきた名人のお言葉。
ありがとうございます、感謝。常に揺れ動く自らの心の軸を微調整できた機会。
ありがとうございます、感謝。水のように移ろいやすく消えやすい危うい仕事で生計を立てているスリリングな人生。
2006年04月03日
『最期のボイスレコーダー』

先日ANAのストライキについてのブログを公開したが、自分らの労働条件改善に必死になる時間があるなら、ほんまにもっと全身全霊をかけて安全運行に集中して欲しい。
依然として続く航空トラブル。飛行機を利用する私は恐ろしくて乗れない。極力、新幹線での移動となる。
私が大学3年生の夏にJAL123便の大惨事が起きた。
父の従兄弟が搭乗していて尊い命を亡くした。
十数年経って公開されたボイスレコーダーの鬼気迫る機長の最期の最期まで諦めない安全にかける執念ような使命感を今、航空業界に関わる人たちは学ばなければいかんと思う。
「あたま上げろッ!あたま上げろッ!ターンライトッ!がんばれッ!がんばれッ!」と副操縦士に叱咤激励しながら最期まで‘乗客の命を守る’使命にまっすぐ突き進んだ機長。
その機長が、「あ~、山だ。ぶつかるぞ。ドーンと行こうや。」と副操縦士を必死で落ち着かせようと気力を振り絞る声は、死を直前にした一種穏やかな響きさえ感じたが、ボイスレコーダーが爆音で掻き消される瞬間に発した最期の言葉「もーダメだーッ!!」が忘れられない。
JALの社員もANAの社員もこの最期の記録を心に叩き込んで、自分たちの企業としての社会的責任を痛感して欲しい。JR事故と同様、二度と起きてはならん。尊い命を預かる責任を再認識せよッ!
ありがとうございます、感謝。最期の最期まで自らの使命を全うしたJAL123便の機長。
ありがとうございます、感謝。亡くなった方々の分まで力強く今も生きていらっしゃるだろう生存された4人の方。
ありがとうございます、感謝。‘上を向いて歩こう’を多くの日本人の心に残した坂本九ちゃん。
2006年04月02日
『悲しくも見事だった芸人魂』

我々芸人は昔から、‘親の死に目には会えない仕事’と言われている。
確かに私の代役が利かない研修や講演本番に穴を開けることは許されないし、その日にもし私の母が・・・、と思うと辛い職業である。
昨日の紳助は立派だった。
相方の竜助が亡くなった昨朝、おそらく泣き明かしたのだろう、先程までの生本番‘オールスター感謝祭’のMCを勤める紳助の目は腫れていた。
相方を亡くすという深い悲しみの中、気丈にもバラエティを最後まで仕切った紳助はさすが、さんまと並ぶ二大巨匠だ。
私が高校時代に起こった漫才ブーム。
‘紳・竜’は間違いなくその中心にいたコンビだ。
紳助はピン芸人として既に天才の域に達しているが、その原点は‘紳・竜’であり、竜介(当時は‘介’)がいてくれたお陰でビッグになれた事に誰も異論はないだろう。
しかし残念だ。
今年は‘紳・竜’復活プランがあり、つなぎの衣装まで用意されていたというのだから・・・。
もう一度観たかった。
ありがとうございます、感謝。晩年は不遇だったが、一時代をしっかり築いた竜助。(ご冥福を祈ります)
ありがとうございます、感謝。天国でやすし師匠と再会して、お笑い界を見守ってくれ、竜助。
ありがとうございます、感謝。プロの芸人魂で仕事を貫いた紳助。
2006年03月27日
『春の楽しみが終わった』

いい場所だった、大相撲春場所。
私の奇数月の楽しみが終わってしまった。また5月までの辛抱だ。
今場所は白鵬の大関昇進と栃東の横綱昇進が注目の場所だったが、終わってみれば主役は朝青龍だった。決定戦にもつれ込んだ時は、どうなるかと思いきや土壇場ではムチャ強い横綱だった。
まだまだやれるとの期待を抱かせる魁皇の闘いぶりも千秋楽までドキドキさせてくれたが、やはり最強は朝青龍だったのだ。
いつまで続くのか朝青龍時代。早く引退してPRIDEかK-1に来てよ~。
朝青龍VSマーク・ハント。朝青龍VSレイ・セフォーなんかワクワクして寝れませんでぇ~。
その最強力士の陰で私の心を捉えて話さないのが、舞の海秀平の分かりやすい解説だ。舞の海は現役時代に受けるインタビューからも頭脳明晰な印象が伝わってきていたが、相変わらず達者なしゃべくりである。
親しみやすくて我々素人が共感しやすい最強の解説を来場所も期待したい。ありがとう、舞の海。
それにしても‘満員御礼の垂れ幕’が見え始めたのは、嬉しい相撲人気復活の兆候だ。来場所からは白鵬や栃東がさらに混戦を演出してくれるだろう。国技に対する注目度がアップしてくれれば相撲ファンとしては喜ばしい限りである。
ありがとうございます、感謝。来場所も感情露わに燃えてくれ、北桜。
ありがとうございます、感謝。来場所も花道入場から館内を沸かせてくれ、高見盛。
ありがとうございます、感謝。来場所こそ優勝争いに加わってくれ稀勢の里。(あと数場所で稀勢の里時代が到来するッ!・・・はず。)
2006年03月26日
『パーソナルティーチャー制度』

春には進級と共に新しいクラス変えがある。ワクワクした30年前をふと思い出す。‘今度は愛しいあの子と一緒のクラスになれるかなぁ?’とドキドキ。
ある高校で実際に行われている、生徒が先生を選ぶ制度‘パーソナルティーチャー制度’。
第三希望まで生徒が先生を指名できるらしい。
企業における‘成果主義’を彷彿とさせる制度だ。
思えば私の仕事もモロに‘パーソナルティーチャー制度’である。
研修オファーが入る。「浦上さん、○月○日空いてますか?」。
「すいません、その日は既に研修本番が入ってますわぁ」と私。
この時、次の2コースに分かれる。
A、研修日程を変更する。(私の空き日程に研修日を合わせる)
B、研修講師を変更する。(その日が空いている他の講師を探す)
この2つの選択肢があり、Aならば私はその研修に全魂をブチ込み、渾身の研修を実施する。
しかしBならば私には縁のないクライアントだったと判断する。
日程が合うか否かは‘ご縁’そのものだ。
ガツガツしなければ不思議といいご縁が舞い込んでくるし、強引に焦って取った縁は結果的に後味の悪い縁になる。
物事全て‘自然体’がいい。それがいい結果を呼び込む。
成果主義のデメリットはこの自然体から遠く離れ、部下が上司の顔色を窺うことがメインの仕事になってしまい、視点がお客様に向いていかないということだ。上記の高校でも、先生が指名を頂きたいがために生徒の顔色を窺うことにならねばよいが・・・。
ありがとうございます、感謝。クライアントの顔色も受講生の顔色も窺わない自分の研修スタイル。
ありがとうございます、感謝。勇気ある制度を取り入れた○○高校。(これが先生と生徒の信頼関係構築に繋がれば素晴らしい)
ありがとうございます、感謝。うまいこと私の空いている日にポッカリと飛び込んでくる研修オファー。
2006年03月25日
『ウーマンライフ』

30代独身女性の友達が私には多くいる。
バツ1子持ちアリの女性もいれば、バツ1子供ナシもいるし、今まで結婚経験ナシという女性もいる。
彼女らと話していると楽しい。
20代の子にはない落ち着きと理解力と人生の苦境を乗り越えてきた共感が味わえる。
そしてみんなよく飲む。女性のアルコール強さは男性のそれを上回る。
私もかなり強い方だが女性は何杯も焼酎を飲んでケロッとしている。しかも翌日はシャキッと起きて仕事をしている。
肝臓の造りが根本的に違うようだ。
私に縁がある人は、みんな独りで仕事をしている人ばかりで、OLは一人もいない。つまり私と同じく固定給などはどこからも降って来ないし、いつ喰えなくなるか分からない環境で頑張っている彼女たちだ。
自分の腕と人脈を信じて、やりたい仕事に一生懸命に取り組んでいる姿を見ると、一緒に頑張ろうな!との気持ちがフツフツと湧いてくる。
彼女らを見ていてつくづく感じるのは男の不甲斐なさである。
離婚後に慰謝料も養育費も滞り、逃げてしまう男がいかに多い事か。
確かに男も仕事がない今、生活が自分の事だけで精一杯で苦しいのだろう、しかし自分の人生から逃げた分、必ず苦難は追いかけてくる。因果律という宇宙の絶対法則には逆らえないのだ。
これから女性の‘男を選ぶ眼’が、ますます肥えてくるであろう近未来が想像できる。しょーむない男といるよりは独りでいる方がよっぽどいいと判断するはずだ。
‘結婚出来ない男’が急増すること間違いなし!
ありがとうございます、感謝。これからも加速度的に誕生してくるであろう独身女性。
ありがとうございます、感謝。女性が活躍できる場が整ってきた日本の労働環境。
ありがとうございます、感謝。私のブログを支えにしていると言ってくれる彼女たち。
2005年11月20日
年齢と共に薄れゆく感激

いつもは前方通路側の席を予約するが、今日の沖縄行きは移動日で急がないので後方通路側を取った。
これが‘学びの始まり’だった。
搭乗待合室から予感がなんとなくしていたが案の定、遭遇した修学旅行客の集団。後方席は約30人ほどの女子中学生の集団で占拠されていた。ハイジャックより、ある意味恐い。
私は一般客と女子中学生軍団との境界線のシート。えらい席になってもた・・・。
こりゃ本も読めんわぃ、と焦り機内イヤホンを耳に突っ込む。しかし、イヤホンのクラシック音楽を遥かに超えるデシベルで襲ってくる女子中学生の黄色い声・声・声。
離陸時に強いGが体を後ろに引っ張るや否や「きゃ~!きゃ、きゃ、きゃ、きゃ~~!!」。離陸して窓の下の大阪市内の景色が小さくなっていくと大歓声と割れんばかりの大拍手!パチパチパチ!
1時間半ほどの安定飛行中は大人しかった彼女たち。しかし、そろそろ高度を下げ始めた頃、たまたま気流が悪く今日はよく揺れた。
機体が上下するたびに「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃぁぁぁ~~ッッ!た、た、助けて~ッ!堕ちるぅぅぅ~~!」。さながらジェットコースター並みのお楽しみ方だ。確かにスリル満点だった。分かる気はする。
中には泣き出す女子中学生あり、それを「大丈夫よ!大丈夫よ!」と肩を抱きかかえ「死ぬ時は一緒やん。な、わかった?」となだめる女子中学生あり。(オエ、オエ、俺は一緒に死ねへんぞ!俺はまだまだこの世でやらねばならん事があるんじゃ!)と心の中でつぶやいていると、雲を突き抜けて窓の外に沖縄の青い海が広がった。
「わ、わ、わ、わぁぁぁ~!きゃ、きゃ、きゃぁっぁっぁ~!めっちゃ綺麗ぇ~~!!映画みたいぃぃぃ~~!見て見て見て~ッ!」と5秒前まで泣き叫んでいた女子中学生。(こらこら席立ったらアカンぞ)
そして着陸の瞬間「ヒュー!ヒュー!ヒュー!」と隣同士でハイタッチ!(オエ、オエ、お前の手柄ちゃうど!パイロットさんが頑張ったんや!)と心の中の私。
そしてまたもや割れんばかりの大拍手!パチパチパチ!
思うに、‘感激できる感性’ってすばらしいな。
私たち大人は年齢と共に感激が薄れていくんだな。
私も中学生の時に飛行機に乗ればハシャぎまくっていただろう。
思い返せば19歳の時、青山学院大学を受験するために渋谷まで姫路から新幹線に初めて乗った時に感激したもんなぁ・・・(ちなみに青学は合格した。名誉のための言及)
42歳の今、新幹線にも飛行機にも何ら感激のない自分を発見し考えさせられた。
私は日ごろから‘当たり前の事に感謝する感性を忘れてはならない’と力説している。‘感謝’と‘感激’は似ている。‘少しの事に感激する感性を忘れてはならない’のかもしれない。
ありがとうございます、感謝。大切な何かを思い出させてくれた黄色い声。
ありがとうございます、感謝。慣れてしまって感激しなくなるほど全国各地に行ける私の仕事。
ありがとうございます、感謝。やっぱり綺麗な沖縄の青い海。(ねずみ色の須磨海岸とはエライ違いや・・・)
2005年11月17日
あの良き時代は何処へ~大相撲考

移動日で早めにホテルにチェックイン。ここは宮崎。高校の修学旅行以来にこの土地を踏む。
今も忘れない修学旅行の想い出は、当時のガイドさんが教えてくれたタクシーの運転手さんが新婚旅行客に歌って聞かせる歌、「君はぁ~♪今日からぁ~♪‘妻’という名の僕の恋人、二人~だけだよぉ~♪ハ~ネ~ム~ン♪フェニックスの木陰~♪んんん~♪んんん~♪宮崎の二人~♪んんん~♪んんん~♪」二番は「僕はぁ~♪今日からぁ~♪‘夫’という名の君の恋人、」と続く。
この歌をタクシーの運ちゃんは、新婚旅行客と見るや歌ってくれる・・・そんな話を思い出す。もっとも今は新婚旅行で宮崎はないか。
さて、テキスト作りも一段落してテレビをつけると大相撲をやっていた。今場所は朝青龍の連勝記録と琴欧州の大関昇進が見所らしいが、画面を見て愕然とした。
ガラガラなのだ。
それはそれは空席だらけでヒドイもんだ。私は思わず腕時計を見た。三段目か幕下の時間かと。しかし充分、中入り後の時間。
ここまで相撲人気が凋落していたとは。
格闘技観戦マニアの私は、ストリートファイト(街の喧嘩)では相撲が一番強いと昔は信じていた。
新日本プロレスと全日本プロレスと国際プロレスしか無かったその昔、実は‘相撲取り最強神話’を信じていた私だ。
PRIDEもK-1も無かった大学時代は、千代の富士が世界最強の喧嘩屋と信じていたし、板井のツッパリは骨法の掌底よりもロベルトデュランの石のコブシよりも、相手の脳を揺さぶる危険な技だと信じていた。
四畳半の空間なら相撲取りの喧嘩の強さはピカイチで、猪木よりも坂口よりも藤波よりも馬場よりも鶴田よりもラッシャー木村よりもスタンハンセンよりもブルーザーブロディよりも千代の富士が強いと公言して憚らなかった。
その後、北尾が高田に一発で仕留められた頃から私の中で‘相撲取り最強神話’が音を立てて崩れ、曙のぶざまな姿を見るにつけ、やはりリアルファイトは‘圧力’だけでは勝てないと分かり、今はヒョードルが人類最強との結論に落ち着いている。
しかし‘国技・大相撲’が、このありさまでは情けない。
生前の父が一度は桝席で観戦したいと望んでいたが、叶わなかったほど取れないプラチナチケットだった時代は何だったのか。懐かしくもあり、父の望みが今なら叶えられるのに、との悔しさもある。
このまま日本人スター不在なら、大相撲の未来はどうなっていくのだろう。身体の大きな子供はみんなサッカーや野球に取られて相撲は子供たちにとって人気がない。もっと子供たちに憧れられる職業に(収入やイメージを)高めていかねば衰退の一途をたどるばかりだ。
私は力士の入場時にテーマソングを流したり、コスチュームや髪型も自由にしてはどうかと考えているのだが・・・。
ありがとうございます、お客様に支持される興行とは何かを考えさせてくれる相撲人気の凋落。
ありがとうございます、そんな中、気迫溢れる表情は格闘家の原点だと感じさせてくれる朝青龍。
ありがとうございます、ほんまにコイツはイってしまってると感じさせてくれる高見盛。
2005年11月16日
危うい境界線

この世に住むか、あの世に住むか、その境界線というのは非常に危ういもので、実はヒョイッと横断歩道の白線をまたぐ様なものなのかもしれない。
健康に気を付けて細心の注意を払い、食べ物も節制し身体をいたわっていたいる人が、ある日突然病に倒れる事もあれば、豪快にタバコや酒を楽しみ、好きな時に好きな物を好きなだけ食べている人が長生きしている例もたくさん見る。
世の為人に為に尽くしてきた人が突然の事故や凶悪犯罪に巻き込まれて命を落とす事もあれば、一見なんら世に貢献してなさそうなプー太郎が災難から逃れて生き延びたりする例も多々ある。
まさに天命のなせる業か神の采配か。
ふと振り返ると、私もヒョイッと白線をまたいでもおかしくない瞬間が何度もあった。
2歳の頃、喘息の発作で息が止まり、病院に着いた時には両目が完全に白目を剥いてひっくりかえっていたという。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
5歳の頃、親が目を離した隙に温泉旅館のプールに一人で飛び込み、溺れて沈み数分経ったところで父が私の姿が見えない事に気付き、浴衣のまま飛び込んで私をすくいあげた時には顔色がもう紫色で、人工呼吸の末に大量の水を噴水のように噴き出し、顔色に赤みが戻り生還したという。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
6歳の時、父のブルーバードの運転席で一人遊んでいる時、キーをひねりエンジンをかけ、たまたまクラッチとアクセルが合ってしまったのだろう(当時はオートマなどなかった)、急発進してしまい電柱に激突してやっと車は止まった。私は体が小さかったのでハンドルの下の空間に体がスッポリはまってしまったおかげでフロントガラスに頭から突っ込まずに済んだという。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
高校時代、脳脊髄膜炎という病気にかかり背骨と背骨の間に注射針を突っ込んで脊髄液を抜く治療をした時は、その激痛ゆえ気を失うほどだった。幸い、大した病ではなく完治したが、もし悪化して本格的に発病していたら・・・。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
大学時代、バイクで八瀬へ抜けるワインディングロードでスピードが乗りすぎて曲がりきれず転倒。そのままの勢いで崖のガードレールにブチ当たりバイクが大破した。幸い、皮つなぎを着ていたので骨折もなく、救急車で運ばれたが打ち身だけで入院もせずに済んだ。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
社会人になって夜中に暴走族にからまれ乱闘に巻き込まれた。打ち所が悪ければ大怪我どころか命さえも・・・。
あの時あちらに住まいを移していても不思議はなかった。
思い返すとキリがないほどの‘ヒョイまたぎ’の瞬間が私にもあったのだ。
そう思うと、今の命が愛しくて仕方なくなる。今、生かされている事の意味を心底かみしめなければならないと気が引き締まる。
私にしかできない事があるから生かされているのだ。
私でしか成し得ない使命があるから命を頂いているのだ。
ならば今日一日を全速力で走る。“世の為人の為、そしてちょっぴり自分の為”に全速力で走るのだ。
ありがとうございます、いつ終わっていてもおかしくない命が今日も消えぬ灯として続いている事。
ありがとうございます、過去の様々なシーンで私の命を消さなかった方々。
ありがとうございます、人生の折り返し地点の今、命について深い考察ができる日常。
2005年11月15日
巧と兄貴、私と青波

ノウハウ本は全く読まないが小説はしょっちゅう読む。話題作についてはそれをめがけて本屋に行くが、それ以外はフラリと本屋に立ち寄って‘ありがとうございます’をブツブツ唱えながら目に飛び込んでくる本を手に取る。
すると不思議とその時の自分、そのレベルでの自分に必要な作品に出会える。ここでも感謝道の凄さを実感する。感謝道は常に必要な物を必要な分だけ必要なタイミングで与えてくれるのだ。
「バッテリー」(あさのあつこ著)が必然の流れの中で私の手に吸い付いてきた。
2~3ページ読んでオモロそうな直感がして買った。全六巻だが、あっという間に一巻を読んでしまった。ジャンルは一応‘児童文学’らしいが大人が結構ハマル。
私は日ごろの研修では「世に必要とされる人材の根本要素のひとつとして‘バランス力’があります。あらゆる人ともバランスよく交渉できる人材こそがコンスタントに成果を上げる人材です。」などと言っているが、実はこの主人公・原田巧(はらだたくみ)のようなアンバランスな人間が大好きなのだ。
天才的なピッチングセンスを持って生まれた巧は、おじいちゃんからのDNAを身体の隅々にまで凝縮して生を受けたのだろう、巧の投げる球は同世代の少年がキャッチできるレベルではない。そして彼はマインドも全く子供らしくなく、憎憎しいほどの自信と野球にかける情熱が尋常ではないのだ。人にはないすばらしい財産を身体に受け継いだ分、人にある大切な何かが欠落しているような少年なのだ。そんな巧がこれからどんな青年に成長していくのか、これからの展開が想像つかないところが、たまらなく楽しみだ。早く二巻に進みたい。
私が今、ワクワクするのは青波(せいは・巧の弟)との二人兄弟の姿に私は自分と兄貴を重ねているからかもしれない。
青波は身体が弱く病気がち(私の幼少時も同じ)。兄の巧のすることをよく見て真似をしようと背伸びする(私も兄貴のすることに非常に興味を持っていた。親父よりも兄貴に興味があった)。そして青波はよく気がつくいい子で巧はストイックなまでの情熱を心に持ちながら対人面ではクールすぎる一面を持つ、ここが私の兄貴にそっくりなのだ。
兄貴はグラフィックデザイナーになると幼いころから決めていた。確かに子供の頃から異常なほど絵が上手かった。(私は夏休みの宿題の交通安全ポスターなどいつも兄貴に作ってもらって入賞した)
そして、これと決めたら物凄い集中力を持つ兄貴だった。(私は飽き性で何をやっても続かなかったが)
特に絵を描く時と本を読む時の集中力は弟から見てもかっこよかった。圧巻だったのは高校時代の成績が美術と国語だけが校内1位で他の全教科が偏差値40位だったことだ。とにかく極端な人だった。
性格的にも巧のように父親への反発と軽蔑が兄貴の心にあったように私は思う。兄貴はその後、デザイナーの専門学校へ進学しグラフィックデザイナーを天職として生きている。おしゃべりで腰が軽く、よく動く私と正反対の兄貴は今も寡黙にデザインと読書三昧の日々だろう。
そんなことで私は、この巧少年が他人とは思えないのだ。青波が自分の分身のように思えてならんのだ。
二巻以降のコンセプトは今は全くわからない。兄弟愛を描くのか、巧にだけスポットを当ててプロになっていくのか、その前に甲子園出場などのドラマが待っているのか、はたまたアクシデントで野球が出来なくなっていくのか、巧の父や母の生き方に感動が待っているのか・・・。いずれにせよ、この先、1ヶ月は楽しめそうだ。
ありがとうございます、巧と青波のワクワクする今後。
ありがとうございます、すばらしいと予感させる作品を世に出してくれた、あさのあつこ。
ありがとうございます、絶妙のタイミングでいい本と出会わせてくれた感謝道。
2005年11月14日
最後の最後は感謝

テニスの松岡修造がかつてテレビの試合解説でこんな事を言っていた。
「ここまでの凄い世界レベルの試合になると勝敗を決するのは、最後まで自分を信じ切れるかどうかなんです。少しでも自分にマイナスイメージがよぎったり、自分はダメかも?と一瞬迷ったりすると一気に流れが相手に行ってしまいます。そしてもう流れを引き戻す事は出来ません。」と。
確かに世界クラスになると技術は頂点まで登りつめている者同士であろうから、後はメンタル勝負ということなのだと納得する。
‘ビジネスもスポーツも原理は同じ’との考えを持つ私は、確かに仕事でここ一番の大勝負の時は自分を信じ切っているのかもしれない。しかし自分って不思議な存在で、時として好きになれたり、嫌いになったり、自信に満ち溢れたり、コンプレックスに陥ったり、とセルフイメージは日々変わるものだ。
今日はいい顔をしていると満足できる日もあれば、親を恨みたくなるほど情けなく翳った顔をしている日もある。
つまり‘自分を信じ切る’ということは、その日によって出来る日と出来ない日があるのではないだろうか。
しかし‘感謝’は、いつでもできる。どんな日でもどんな自分でもできる。
好きな自分でいられる日には‘こんな充実した日を送れる自分の運命に心から感謝’ができるし、嫌いな自分の日には‘こんな嫌な自分でもこうして空気が吸えて心臓が動いてくれて生かされている感謝’ができる。
だからもし、先の松岡氏のコメントが、「最後に勝敗を決するのは、テニスが出来る事に感謝が出来た方が勝つでしょう。世界の頂点をかけた試合に出場することが出来た自分に感謝、ここに来るまで戦ってきた土台となった選手たちに感謝、その思いが勝利の女神を呼び込むはずです。深い感謝をした方が勝ちです。」であったならば私は涙しただろうな・・・。
ありがとうございます、自信よりも信念よりも努力よりも勝る感謝をテーマとしたブログを書ける事。
ありがとうございます、感謝を極めていくと結果に対し一喜一憂しないフラットな心が作れる事。
ありがとうございます、今日も朝起きれた事、ごはんが食べれた事に感謝できる自分。
2005年11月12日
名も知らぬオバちゃんが教えてくれた事

仙台空港でバスを待っていた。空港から駅へ向かうバスはビジネスマンや観光客でいっぱいだ。
バス停に並ぶ行列。私は行列ではいつも反射的に‘ありがとうございます’を心の中で唱える。車の渋滞に巻き込まれた時でも同じだ。
発車時刻10分前、私の前には10人ほど、私の後ろには20人ほどの行列が出来ていた。携帯のメールを触りながら待つ人、前後の友達と喋りながら待つ人、本を読みながら待つ人、みんな立ったまま様々な過ごし方をして発車時刻を待っている。
私は感謝道を実践しながらのヒューマンウォッチングだ。‘この人はどんな職業なのだろう?あの人はどんな用件で仙台に来たのだろう?向こうの人の考え方はどんなだろう?後ろの人が受講生として来たら私はどんな話をするだろう?’と。
そんな空想にふけっていると私のすぐ前の、品の良さそうなご婦人がチラッと腕時計を見て私を振り返り、「すいません、ちょっとトイレに行って来るので荷物を見てて下さいませんか?」と言った。私は「ええ、いいですよ」と快く引き受け、そのオバちゃんの高価そうなキャリーケースの後ろに立った。
五分経過・・・発車まであと五分。まだバスは来ない。さらに三分経過・・・あと二分で発車だ。(焦、焦、焦)
さらに一分経過・・・来たッ!バスが!・・・来ないッ!オバちゃんが!
ど、ど、ど、どないすんねん、このキャリーケース・・・。焦っているとバスが停留所に滑り込んで来た。ドアが開き、行列客は一斉に自分の荷物を持って前に詰め始めた。私の後ろの人も詰めてきて背中に息を感じた。依然としてオバちゃんは来ない。
一瞬、色々なシュミレーションをしたが、しゃーない、運ぼ。
私は自分のキャリーケースといつも持っているビジネスバッグ、さらにオバちゃんの高価そうな一回りドでかいキャリーケースを引きずってバスに乗り込んだ。
どないしょ?もしこのまま発車したら・・・。運転手に言うてちょっと待ってもらうか?いや、他のお客さんに迷惑やな。このまま駅まで行ってオバちゃんを待っとくか?いや、それなら泥棒と間違われるかもしれんなぁ・・・やっぱり外に置いたまま放っといて知らんフリして自分だけ乗り込むべきやったんか?いやそれはあまりにも薄情やしな・・・。
その時運転手が車内マイクで、「ご乗車ありがとうございま~すッ。それでは発車しま~す。」と言った。‘こりゃアカン、運転手に止めてくれるように言おう!’と私が立ち上がった時、外をダッシュで走りながら「ま、ま、ま、待ってぇぇ~~~ッ!」と叫ぶトイレ帰りのオバちゃんの髪の毛を振り乱した姿があった。
運転手が気付きドアを開けた。オバちゃんは肩をゼイゼイと上下させながら満員バスの中を見渡し、私の姿を必死で探している。中央あたりに座っていた私と目が合ったので、私は「荷物は持って入ってますので」と言ったら「ありがとうございます」と頭を下げて一番前の補助席に座った。
一安心して約40分のバスの旅。駅に到着した頃には私は先程のドキドキ緊張感はすっかり忘れ、脳の中は研修モードに切り替わっていた。
バスから降りた私をオバちゃんが待っていた。
「先程は本当にありがとうございました。重たい荷物だったでしょう。心から感謝しております。本当に感謝です。人の真心に触れました。感謝です。」と私に合掌してくれ、何度も何度も深々と頭を下げて涙を浮かべているのだ。
その姿が本当に美しかった。嫌味なく、気品に満ち溢れていて、心からありがたいと思って下さっている方だけが醸し出せるオーラがその体を包んでいた。
私は自分の感謝道がまだまだ‘口先感謝道’のレベルなのだと恥ずかしくなった。
ありがとうございます、本当の感謝する姿はかくも美しいと教えてくれた名も知らぬオバちゃん。
ありがとうございます、親切にしたいという心が結果的に良かったあの時の判断。
ありがとうございます、私に学びの機会を与えてくれるタイミングで訪れたオバちゃんの尿意。
2005年11月10日
突然の26万円

風呂の給湯器が壊れた。
取替えで26万円の予期せぬ出費だ。
風呂(フロ)だけに26(フロ)万・・・シャ、シャ、シャ、シャレにならんがなぁぁぁ~~!!
突然お湯が出なくなり、メーカーさんに来てもらって最終結論は給湯器の寿命(14年目になる)との事。出費も痛いが今まで‘お湯が出て当たり前’と思っていた自分の心が痛い。ここは深く反省だ。蛇口を捻るとすぐにお湯が出て下さる事への感謝が薄れていた。それを思い出させるための気付きの事象だ。
大学時代、風呂無しのオンボロアパートで(もちろん給湯器など見たこともない)冬の夜中、アルバイト先から帰り、銭湯も閉まっている時間ゆえアパートの台所で頭を洗っていた日々を忘れてはいけない。寒さで頭が凍りそうになるので、部屋の中でヒンズースクワットをしダンベルを上げて体を温めてから気合一発!台所の蛇口に頭を持ってった事を。
シャンプーもほとんど泡立たない冷たさの中、それが日常であった私が社会人になって引っ越したアパートではバストイレ付きになり、蛇口を捻ると出たお湯に感動したあの原点を忘れていた自分が恥ずかしい。
人は贅沢に慣れてはいけないと思う。
飽食の時代、どこでもファーストフードに駆け込めば、とりあえず空腹は満たされる日本を当たり前と慣れてはいけない。こうしている間にも世界には餓死する子供たちが沢山いる。
温かい風呂など入れず、川で体を洗っている国もある。
美味しいコーヒーを飲める事など(今、コーヒーの香りを楽しみながらこのブログを書いている)本来は奇跡に近い事なのだ。
‘当たり前に深い感謝’。この忘れかけていた哲学を思い出させてくれる授業料としての26万だった。
そ、そ、そ、それにしてもメッサ高いやんけぇ~~~!!15~6万にならんか?
ありがとうございます、大切なものを気付かせてくれた壊れた給湯器。
ありがとうございます、そしてゴメンネ14年間働き続けてくれた給湯器。
ありがとうございます、給湯器だけで済んだ事。(釜までイカレたら百万超えるリフォームでっせ)
イキな計らい

演台に立った時、ペットボトルの水がさり気なく置いてあるととても嬉しい気持ちになる。
さらに、おしぼりまで横にセットしてあると気の利いた主催者だと感心する(もっともこれは会場であるホテルが用意したものである場合もあるが)。
しかし先日は、事務局として入っていた営業の女の子がイキな計らいをしてくれたのだ。
ペットボトルの水とノド飴。
水まではよくあるがノド飴は初めてだ。私は彼女の細やかな気配りにいたく感心し、研修前のモチベーションがググッと上がっていくのを内側に感じた。
彼女は将来きっと営業マンとして大化けするだろう。相手が何を望んでいるか、相手は何をすれば喜ぶかを嗅覚でキャッチできる営業マンは個人指名の取れるプロになれる。
いや、職種に関係なく、普段から人の気付かない所に気を配り、先回りして爽やかなサプライズを演出できる人はきっと大成する。きっと幸せになる。
小さな気遣いが時として大きな感動を人に与えるのが人生の妙味だ。
人の心の琴線に触れるのは意外と身近な所に転がっている。
ありがとうございます、優しさと細やかさに触れる事が出来た先日の研修。
ありがとうございます、細かい気配り目配りで私を感心させた営業の彼女。
ありがとうございます、美味しさのあまり最後まで舐めずに途中でジャリジャリ噛んでしまうノド飴。
2005年11月08日
精神世界(あちら)と現実世界(こちら)

順境の中に思索はない。逆境に立った時こそ人は人生について思索し、この世に生まれた意義や価値を見つけようともがき、自らの人生観や哲学を構築していくのだと思う。
私は幼い頃から精神世界が好きだった。
人は死んだらどうなるのか、死んだ後どこへ行くのか、自分には前の人生があったのか、なぜ自分はこんな容姿で生まれてきたのか、なぜ自分はこんな環境で生きていかねばならぬのか、なぜ自分は喘息で死にかけるほど辛い呼吸困難を繰り返すのか、などと幼き心での‘独り空想遊び’は、今から思えば立派な人生の思索だったとうなずける。
やがて大人になり、20代は全てが順風満帆で、私は精神世界の住人から一歩退き、超現実派の目の前の事にのみ価値を置く自由奔放な生き方に変わった。
この頃は、私ほど強運の持ち主はいないと信じていた。自分は選ばれし人間なのだと誠にオメデタイ錯覚が身体中に充満していた。
そして蒔き続けた悪しき種が、30代を目前にした頃から花を咲かせ始めた。
苦しかった、人生のあらゆる要素が。そして精神世界へと再び住民票を移した。
今、41歳の私は、その境界線に住んでいるような気がしている。
考えすぎて考えすぎて、それでも結論が出ず真理は掴み切れないのが精神世界の本質なのだろう。
私の3つの哲学(詳しくは前述の『生き方流、それぞれ』に譲る)は、住民票をあちらとこちらに移しつつ生きてきた中で、今の時点での結論だが人生のテーマはあまりにも複雑で多岐にわたるため思索は続く。生涯続くだろう。
金、権力、セックス、離婚、結婚、健康、愛、子供、ライフワーク、友、酒、・・・・・。全ての全てに神が与えたもう深いテーマがあるはずだから。
あちらとこちら、禁欲と煩悩、許容と怒りを共存させながら、その境界線で、ゆるやかに穏やかに囚われから開放されて生きていきたい。
ありがとうございます、まだまだ続く終わりのない‘自分探しの旅’
ありがとうございます、あちらこちらと住民票を移しつつ生きてこれた自分の半生。
ありがとうございます、過去は過ぎ去ったもの、未来は未だ来たらざるもの、そして今ここにいる自分は健康で五体満足で仕事がある現実。
2005年11月07日
不思議なゴミ袋

アクセスが便利なので新宿に泊まる事が多い。
翌日、研修会場に向かう朝、区役所通りから駅へ向かう坂道には黒い影が溢れている。
餌を漁りに来た黒いカラスと朝まで仕事をしていた黒い服を着たホストだ。
グテングテンに酔っ払った朝8時ごろの女の姿は醜いものだ。それを金ヅルにしている男の姿も似たようなもんだが。彼らは将来、どんな人生を送るのだろう?他人事ながら心配してしまう。年収9桁をを越えているホストは、ごく一握りに過ぎないと思うのだが・・・。
ま、そんな事よりカラスだ。
ここ数日前から気になっていた黄色いゴミ袋。
毎朝、カラスが透明のゴミ袋を器用に突付き、中の残飯を啄ばむ姿が日常だった新宿の朝の光景に少し変化が起き始めているのが、この黄色いゴミ袋の成果だという。
聞いたところによると、カラスは‘黄色’を判別する力が極端に弱く、‘黄色のゴミ袋’をして‘黄色い単なる物体’と判断するとの事。つまり中に美味しい残飯が入っていると分からないらしい。(ちなみにカラスは嗅覚も非常に弱く、あくまでも視覚で餌を探すそうな)
そこでこの‘黄色のゴミ袋’の登場と相成ったわけだ。カラスには悪いが、やはり道路に散乱する生ゴミの不衛生さを考えると、‘黄色’によって集まってこさせない工夫が人間側にも必要だったのだろう。
最初は不思議な色をしたゴミ袋だと思っていたが、そんなカラスの生態を研究している人のお陰だったんだなぁ。研究によって世の為人の為に尽くしている人がいらっしゃるということだ。
確かにこの世は自然と人間が共生していかねばならぬ。しかし、気持ちよく共生するためにはカラスはカラスの生きていく空間を見つけて欲しい。
ありがとうございます、カラスの生態研究者。
ありがとうございます、黄色を見てゴミ袋を突付いて破らなくなったカラス。
ありがとうございます、様々な気付きをくれる朝まで眠らない街、新宿。
2005年10月31日
因果律

宇宙に厳然とまかり通る因果律。自分が積んできた徳も業も全て自らに帰す。大自然(神or仏orサムシンググレート)が定めた絶対法則だ。
先日、研修プログラムのヒントがあればと思い、昔の日記を読み返してみた。20代前半の頃の物から読んで行くと知らず知らずのうちにドンドンのめり込み、大学時代、高校時代と遡って、気が付くと2時間ほどが経過していた。
しかし、途中から気分が悪くなるほどの過去の自分の言動を懺悔した。積みまくっているのだ、業を。
人を思いやる事のない言葉、人の痛みを理解しない行動、自分さえ良ければいいといった利己心の塊のような若かりし自分の姿がそこにあった。
ここでは言及できない自分の醜い姿のオンパレードだ。
人を泣かせた分、自分が泣かされる。人を喜ばせた分、人から助けていただける。誠に真理は厳然としていて寸分の狂いもない。前世で積んできた業もあるだろうが今生でも充分積んでしまっている事に初めて気付いた衝撃の日記だった。受講生の皆様に幸せになる思考方法をお伝えしている今が恥ずかしくなってしまった。
自分のこれまでの半生(特に30歳手前から40歳手前まで)が、あそこまで辛く苦しかった原因が少し分かったような気がした。
そんな悪しき種蒔きをしてきてしまった20歳代があったにも関わらず、今、こうして五体満足で大病もせず好きな仕事が出来ているのは、業を積みながらもわずかな徳積みがあったからか・・・。私の言う徳積みとは人の役に立たせていただく事、人を喜ばせるために自分の努力をいとわない事、人の笑顔を自分の笑顔につなげる心を持つ事、などを指すのであって宗教団体に寄付をすることではない。
いずれにせよ、生かされる価値があったから今があるのだろう。これからは恩返しの人生だ。生きてるだけで丸儲けなのだ。天から与えられたこの命、徳積みのために捧げていきたい。
ありがとうございます、過去の自分のその時そのレベルの私と仲良く付き合ってくれた友人たち。
ありがとうございます、過去の自分のその時そのレベルの私を愛してくれた女性。
ありがとうございます、過去の自分のその時そのレベルの私に発注して下さったお客様。
2005年10月28日
ネーミング大賞!

よく行くラーメン屋がある。とにかく美味い。そして安い。(1杯600円~)
麺は細麺と中太ちぢれ麺を選べるのだが、スープの味も選べる。(といっても豚骨スープのみで、その濃さを選ぶ)
・あっさり味
・並味
・こってり味
ここまではよくある選択肢だ。
しかしさらに上がある。
その味は・・・・・、
背脂まみれ味(セアブラマミレアジ)!出たぁぁ~~~!!わかりやすいネーミング!大賞ものだ。聞いただけで想像できる。唾液噴出!お腹グーグー!好奇心で頼んだ。「その、脂まみれのん、ちょーだい。」
「はい~~~っ!!ありがとやす!まみれ一丁~~っ!!」
あぁ~、恥ずかしいからデカイ声で言わんといて~。
数分後、運ばれてきた。
こ、こ、こ、濃い!こ、こ、こ、これは凄い!凄すぎる!う、う、う、美味いのだ~~~。いやほんま何日もかけて丹念に丹念に仕込んだ力作ぶりがスープ表面に浮かんだ脂から伝わってくる。
メッチャ熱いのに脂がフタをして湯気が立っていない。箸をその‘脂膜’に突っ込んで、こじ開けて、中に隠れている中太ちぢれ麺を引っ張りあげると麺にまとわりついてくる背脂。うぅぅ~~、まさに背脂まみれ!
噛むほどに口の中はアブラギッシュに変化していく。飲み込めば胃液VS背脂の壮絶バトルの始まりだ。まさにミルコVSヒョードル。どっちも強い。頑張れ、マイ胃液!強いぞ背脂!
次の日はお肌もツルツルスベスベになるようなラーメンなのだ。クセになる味だがインターバルは1週間ほど空けたい一品。
世の中には、道を極めている職人が多いと感心する。
ありがとうございます、こってりファンにはたまらない味を世に提供するラーメン職人。
ありがとうございます、その素材として肉体を提供してくれるブタの魂。
ありがとうございます、背脂を頑張って溶かしてくれた胃液。
実戦カン

三連敗の時点で予想した通りのストレート負けだった。久しぶりにあそこまで弱いタイガースを見た。昔‘ダメ虎’と言われていた頃の戦い方そのもので、打線が噛み合わず、打つ手打つ手が後手に回るのでチグハグなプレイを呼び込み、ランナーをため込んだ所でガツン!と一発大きいのを打たれる。
贔屓目抜きにしても、ロッテよりタイガースの方が選手個々の力は上回っていたと思ったが、やはり大きかったのが3週間も待たされたタイガースと、プレイオフで西口や松坂、杉内や新垣といった超一流を打って勝ち上がってきたロッテとの実戦カンの差だったのではないだろうか。
実は私も自分の仕事で大切にしているのが実戦カンなのだ。
連日研修が続き、その日の研修が終了すれば夜は移動、食事は新幹線の中で弁当、次の会場近くのホテルにチェックインして寝るだけ。
朝食後にその日の研修のイメージを組み立てて、朝から夕方まで研修本番、夜は又次の土地へ移動。スケジュールによってはこんなパターンが何日も続く。
研修開始前にクライアント様から、「昨日はどちらから?」と聞かれ「福岡からです」と私。「えっ?それで明日は?」「明日は東京です」と私。「大変ですね~」などとよく言っていただくのだが、本人は、いたって大変ではなく、好きな事をさせて頂いているので疲れないし、いい緊張感が好リズムを作り研修にノッテいけるのだ。
逆に1週間も本番が空けば辛い。
スタート時に第一声を発する際、モチベーションを作るのに若干のパワーを要する。‘その気’を作るまでの力が必要になる。まさに実戦カンが鈍ってしまう事があるのだ。
私の研修はライブ。
ケーススタディに対し、受講生の皆さんがグループディスカッションの後、出てきた意見について講師コメントを入れて全体で共有し気付きを促していく。
この講師コメントの質とタイミングが実戦カンが鈍っているとヒットしない。連日やっていると体の細胞が‘その気のリズム’を覚えているので‘その気のコメント’が自分でもビックリするくらいシャープに飛び出してくる。(おっ!なかなか俺ってええ事いうてるやん!という瞬間がある)
実はこのコメントの深さや角度や共感性が研修のクオリティを決定するので、私にとって実戦カンというのは、すこぶる重要なアイテムなのだ。
だから日本シリーズのタイガースは少々悔いが残る。
なんとか来シーズンはプレイオフ制度を見直して、セ・パ共に同条件下で最高のリズムで戦える環境を選手に提供して欲しいものだ。
それにしてもロッテの若手はイキのええのがおったなぁ。今江、西岡、オマエら関西人やろ!なんでウチに来ーへんねん!なんで千葉やねん?!・・・・と嘆いてもしゃーないか・・・。
いやはや悔しかったが、それでも充分だ。なんといっても今シーズン、5月末からずーっと誇りに思える戦いをしてくれたのだから。
来年こそっ!
ありがとうございます、シーズン中はずっと感動をくれたタイガース。
ありがとうございます、シーズン中はずっと夢をくれたタイガース。
ありがとうございます、数年前までは全く無縁だと思っていた日本シリーズ。
2005年10月25日
三者三様

AM11時前の天満橋。腹が減った。
喫茶店の前を通りかかると、美味そうなモーニングセットの看板アリ。
少し早いが今日の昼飯は、トーストにサラダ、スクランブルエッグにソーセージのCセットにしようと入る。
この時、入店時刻はAM10:55を指していた。
「モーニングまだやってますか?」と私。可愛いお姉ちゃんがニッコリ笑って「ハイ、大丈夫ですよ。」と。「Cセット、ホットコーヒーでね、ありがとう。」と私。
運ばれてくると同時に、各テーブルの上のモーニングメニューを片付けてランチメニューに差し替えだした。表の看板もモーニングのデコレーションからランチのそれに変わる。
‘お~~、ギリギリ間に合ったのが私か’と思い、トーストをほおばっていると、その女の子がキッチンに向かって「看板OKでぇ~~っす。」と言った。キッチンから「了解でぇ~~っす。」とコックの声が返ってきた。
その時、11時入りなのだろう新しい男の子が「おはようございまぁぁ~~っす」と出勤してきた。
ほぼ同時に、おっさんのお客様が来られた。「いらっしゃいませ~~っ。」
この時、入店時刻はAM10:59を指していた。
出勤したての男の子に「モーニングくれや~。」とおっさん。
男の子、チラッと時計を見て「ハイ、かしこまりました~。」と受けた。
デシャップ台のオーダードラムに伝票を挟み、「モーニング、ワンです~~。」と言った。
キッチンからコックが怒った。「アホかっ!お前、看板もメニューも変わっとるやろ!モーニングはもう終わりや!」
男の子は「いや、ギリギリ11時ですよ。」と。
コックはさらに怒った。「アホ!メニューの差し替えが優先なんじゃ!ボケ!・・・まぁ、しゃーないわ・・・これで絶対やめてくれよ!もう作らへんど!」
男の子「すいません・・・。」
とにかく聞くに堪えないコックの罵声だった。
ありがちな光景かも知れぬ。しかし私が嫌~~っな気分になったのは、そのデカイ声のやり取りがモーニングを頼んだおっさん客にまる聞こえだった事だ。
気まずそうな顔でうつむいていたおっさんの表情が忘れられない。展開次第では「も~ええわ!」と怒り出すんちゃうかとドキドキしながら見守った。
11時ギリギリに来店したおっさん。
お客様のオーダーに応えようとして終了後のモーニングを受けた出勤したての男の子。
締め切りの後に入ったオーダーに怒るコック。
三者三様の表情がベストアングルで見て取れる席にいた私は様々な思いを巡らせたが、結論としては‘サービス業はマニュアル通りの枠内でやっている限り、本当のCSは出来ない’ということ。時にはルール以外の臨機応変さの中にこそ、人の心の温度が伝わるのだ。
コック!怒りの感情は食材の品質を劣化させるぞよ。時間外でも、注文を下さる事こそがありがたいのだぞよ。
ありがとうございます、偶然入った喫茶店が学びの場となった事。
ありがとうございます、怒りの感情は本当に醜いと見せて頂いた事。
ありがとうございます、そのコックが愚痴・不平・不満の心で作った割には、美味しかった550円のモーニングCセット。
2005年10月18日
祝!バレンタイン!

まさに‘死闘’という言葉がふさわしかったプレイオフ第二ステージ。
なんといっても‘奇跡の第三戦’を見た時点で、神がかり的なソフトバンクがロッテを最終戦で仕留めてしまうだろうと私は思っていた。
ロッテにとって嫌ぁ~な負け方をした第三戦は、マインド面で後遺症を残すのに充分すぎたし(阪神で言えばJFKでやられたようなものだろう、ロッテの小林雅でのサヨナラ負けは)、勢いがソフトバンク有利と思えたからだ。
我が阪神タイガースの対戦相手はどちらになるのか興味津々で、普段は見ないパリーグにBS放送カブリ付きだった。
完成度の高い阪神に似た野球をするロッテよりも、城島を欠き、井口の去ったソフトバンクの方が戦いやすいと期待していた。(2003の雪辱もある)
それにしてもソフトバンクファンはたまらんやろなぁ・・・。たった3つ負けただけで1シーズンコツコツと積み上げてきた大量の勝ち星が泡と化すのだから・・・いやはやプレイオフ恐ろしや。
これで、もし西武が優勝していたり、オリックスが奇跡的に3位に食い込んで短期決戦で優勝してしまっていたら、シーズンの価値や意味が分からなくなってしまっただろう。
ところで私が、昨日の最終戦でジーンと来たのはベテランの初芝が優勝の瞬間、サードの守備にいた事だ。ロッテ一筋17年、ロッテを愛しぬいた初芝。彼は今シーズン限りで引退するらしい。8回の逆転劇も彼の内野安打が突破口になった。
引退のラストシーン、神様が日本シリーズでホームランを打たせてくれた広沢とダブって見えた。さらに思い起こせば私が大学3年生の阪神優勝の時、川藤が胴上げされ背番号4が涙でにじんでTVが見えにくかったのを彷彿とさせた。
若手の活躍の陰でずっと支えてきたベテランに光が当たるすばらしい試合だった。
しかし日本シリーズではコテンパンにさせてもらいまっせ~~!!
ありがとうございます、ベテラン初芝の、いぶし銀の勇姿。
ありがとうございます、最終戦までハラハラドキドキさせてくれたプレイオフ。
ありがとうございます、22日から始まる日本シリーズ。(おそらく第6戦で4勝2敗でタイガース日本一!)
2005年10月16日
ファミレス反省考

大学時代、京都のファミレス‘Sラーク’でバイトしていた私。青春の思い出が全て詰まった店だ。友人も彼女も先輩も全てが、ここの店の人たちだ。
私は強烈な学歴コンプレックスのせいで、大学にはほとんど行ってない。(よくぞ4年で卒業できたものだ・・・)
関学に行くという2年がかりの夢が挫折し、それが倒錯し屈折し捻くれて立命館に行く事を身体の細胞が拒否していたような大学時代だった。(別の大学に行っても‘空の翼マスタリーフォーサービス♪’を口ずさんでいた)このあたりのパラノイアぶりはバックナンバーの『関学ストーカー卒業』に譲るが。
しかし京都は大好きだ!私の第二のふるさとである事は間違いない。西宮は当時の憧れの土地だったが、私を拒否した土地でもある。
京都が好きになったのは行きたくない大学があったとしても、すばらしい友人に恵まれたからだろう。大好きな先輩にビールの味を教えてもらった(3人でビール1ケース空けたのも懐かしいなぁ)のも京都ならば、女性を心から愛する経験をしたのも京都だ。バイクのスリルも一人暮らしの快適さも全て京都が原点。少し大人になった気がした京都の町だ。
さて、少し脱線したが、私はファミレスでフロアーのリーダーをしていた。(当時の社員の方よりもバイトの私の方が長く入っていたので必然的にそうなった)
その店では、‘フロアーが強い’という言い方をよくした。同様に‘キッチンが強い’という言い方も。
共に、‘ラッシュ’と呼ばれるお客様が一気にご来店下さった時に、お客様をスムーズにこなす技量を‘強い’と表現していた。
しかし今、「CS研修」等をお手伝いさせて頂くようになり、つくづく感じるのは何が強い!やねんっ!何が‘お客様をスムーズにこなす’やねんっ!当時の私は全く恥ずかしく、お客様を満足させる事よりも、早く‘こなす’ことばかりを考えていた。そしてそれがレストランのフロアーマンとしての技量だと錯覚していた。社員の方から‘ラッシュになっても浦上がいたら大丈夫’と言われることが、自分が‘できる’フロアーマンなのだと思い上がっていた。
本当に‘できる’人は、ラッシュでもラッシュでなくてもコンスタントにお客様を熱狂的なファンにする心のこもったホスピタリティができる人なのに・・・。
当時、卒業と同時にSラーク入社を社員の方が推薦してくださったが、その選択をしていたら今頃私は間違ったサービスマインドを身体に染み込ませていたかもしれない。
若かりし日の苦き思い出だ。反省。
ありがとうございます、本当のホスピタリティが理解できる今。
ありがとうございます、20年前の私の間違った接客でも来て下さったお客様。
ありがとうございます、そんな私をリーダーにして下さった当時の社員の方々。
2005年10月12日
シグナルグランプリ~ゼロヨンの世界~

20年前の京都新丸太町通り、夜中3時頃に双が丘の信号待ちで4台のバイクがエンジン音をバリバリ鳴り響かせていた。
私と悪友HとYとM先輩だ。私のRZとM先輩のRZ、HとYのVF400が赤信号から青信号に変わる瞬間を待ちきれないように回転数をレッドゾーンにまで上げ、はちきれんばかりの危ないエネルギーを溜め込んでいる。
ここでクラッチを離すタイミングを間違えて早くし過ぎると、確実に前輪が浮き上がり後ろに転倒する。
青に変わった。右手のスロットルは全開に絞ったまま左手のクラッチを徐々に、しかし出来るだけ早く離す。グゥウォ~~~ッン!!という唸り音をたてて、狂ったように4人の若者が操るバイクが次の信号めがけて走り出す。400メートルだけを競うゼロヨンのシグナルグランプリだ。浮き上がる前輪を皮つなぎに身を包んだ上半身で覆いかぶさるように押さえ込み、カウルにヘルメットを隠して全速力で駆け抜けていく。2ストロークのRZは350CCでもダッシュ力だけなら400CCに負けない。毎回いい勝負をしていた昔を思い出す。
さて、なぜ私の学生時代の交通違反を吐露しているかと言うと、エネルギーを溜め込んだ後の爆発力の脅威を仕事中に感じたからなのだ。
実はこの3日間、久々の三連休だったのだ。(と言っても終日テキスト作りでパソコンと格闘していたが)
3日間も人前でしゃべってないとエネルギーが内側に溜まる。そして今日は京都で2時間の講演会。始まる前に私の中で、シグナルグランプリのエンジン音が鳴り響くほどモチベーションが上がった。つくづく私は今の仕事を愛していると感心し、青に変わった瞬間(講演が始まった瞬間)から、自分でも満足のいく仕事が出来たように感じた。きっとお客様にも私の熱いものがお伝えできたと思う。喜んで頂ければ、こんなに嬉しい事はない。
ありがとうございます、回転数を高めて充電できた3日間。
ありがとうございます、青に変わった瞬間、走り出せる環境。
ありがとうございます、捕まえてくれなかった20年前の京都府警。(あれは完全に‘逮捕もん’でっせ・・・)
2005年10月10日
プロの身体のツール

私は、しゃべくりのプロの端くれだ。よって、私の身体の中で仕事を支えてくれる最大のツールは‘声’である。
腕が千切れても、足が骨折で歩けなくても、目がかすんで見えにくくても、声さえ出れば講演は可能となる。
私が月に一回行く散髪屋のマスターは、正真正銘のプロだ。彼は口下手であまり多くを語らないが、彼の身体のツールである‘指’は凄い。
カットの技術は勿論の事だが、洗髪の時の指の動かし方、顔剃り後のクリームの付け方、タオルドライの仕方、肩を叩いたり揉んだりする時などの指使いが天下一品なのだ。
私の拙い文章力では表現できないのが残念だが、強過ぎず弱過ぎず絶妙の力加減で、心がこもっていて、変幻自在に動き回る。そしてギリギリの所で止まる。太い指の腹でグイグイ押したり小刻みに揺らしたりする。身体が、こそばくなるほど気持ち良く、思わず笑い出しそうになってしまうのだ。(私は毎回、口元が緩んでしまう)
一種‘エロティック’な想像さえも掻き立てるような、クセになる指のリズムと動きなのだ。
お客様を気持ち良く癒し、くつろがせ、又来月も足を運びたくさせる最高のプロだ。
そんな事を考えていると、美容師さんの研修オファーが入ってきた。ありがたい。
初めての業界なので、どんなネタをこれから私の脳ミソが作り出すのか楽しみだが、散髪屋のマスターのプロフェッショナルなCSマインドに感心していた所に入ってきた仕事なので、今回の気付きが、研修の根幹を成していくに違いない。
やはり人生は、必要な時に必要な出来事に遭遇し、必要な時に必要な人に出会い、必要な時に必要な仕事を天から与えられるんだなぁ。
ありがとうございます、マスターの魔法のような‘あやしくエロスに包まれた指使い’。
ありがとうございます、未来に研修で出会う美容師さんたち。
ありがとうございます、今回も一枚刈に綺麗に刈り込めた事。(髪の毛が無くなれば、これも出来まい)
2005年10月09日
気合い入れんかえッ!

プラットホームの電光掲示板に赤く光る‘遅れ15分’のお詫び。
見た瞬間、‘またかぁ~’・・・。
ほとほとJR西のルーズさには辟易する。2日に一回は遅れないと気が済まないのか、ほとんど時刻表通りに動かない。
研修会場に講師が遅れるのは絶対に、ご法度だと思うので、私は車を使わずに電車を使う。
しかし、こう毎日毎日遅れるのが常識になり、何の対処も考える姿勢がJR西に見られないのならば、‘時間が正確’という電車の価値は無い。車のナビシステムの方がよっぽど正確な到着時間を示す。(あのシステムは何度考えても凄い!世の中には天才がいるものだ)
JR東のように毎日飛び込み自殺が頻発するなら同情もするが(それでも復旧は非常に早い。ご遺体をサッサッと処理し数分後には何事もなかったかのように走り出す)、JR西のように‘車両故障’だの‘信号機故障’だの‘ポイント切り替え’だのとやられては、お客様はたまらんぞッ!しっかりと運行前点検をせんかえッ!
思うに4月の脱線事故以降、‘時間の正確さを求めたら運転士が可哀相、安全であれば遅れる事は構わない’と言った世間の風潮に甘えているのではないか?
やはり電車は安全は勿論の事、正確さだ。せめて時刻表どおりに動けッ。それができない現状ならば、今日から時刻表の表記を‘07:57分発’を‘08時頃発’に印刷し直せ!‘06:34発’は‘06時半くらい発’に印刷し直せ!
そもそも、仕事とは気合いで改善できるもの。
私は先日、持ち時間3時間で絶対不可能と思われる研修プログラムを2時間55分で仕上げた。
これはひとえに気合いなのだ。何が何でも時間内に終わらせる!という、自分との約束の力が成し遂げさせたのだ。
私が結婚式の司会業をやっていた頃も、2時間半でお披楽喜にする!と気合いを入れて開演するからそれがお客様に伝わり、スピーチも手短になり、料理も早く出、お色直しも早く仕上がり、時間内にお披楽喜にもっていけたのだ。
本当にJR西の社員全員が‘明日は絶対にお客様にご迷惑をかけない!絶対に遅らせない!必ず信頼回復する!’と魂に叩き込んでみろ。
改札、出札、運転士、車両整備、駅長、助役、全社員が毎朝、気合いを入れてみろ。今のルーズな体質からJR西は必ず生まれ変わるはずだ。
ありがとうございます、電車は遅れたけど研修会場には間に合った事。
ありがとうございます、仕事は気合いが根底にあるべきだと再認識できた事。
ありがとうございます、遅れた車内で人間の感情の機微を観察できた事。(また研修ネタが一丁あがり~。イライラする人、苦笑する人、穏やかな人、色々いました。)
