2005年09月02日
早いもので・・・

もう9月になりました。まだまだ昼間は残暑が厳しいのですが、
夕方からは秋めいた風も吹いてきて、何となく秋を実感させる瞬間です。
今日打ち合わせのため電車に乗っていました。
すると静々と高齢のご婦人が4名ほど乗って来られました。見るとそれなり
にお年は召されていらっしゃいますが、どことなく気品漂う方々でありました。
その時私は本を読んでいたのですが、何気なく耳に入る言葉が気になって
つい外の景色を見ながら、ご婦人方の話を聞いていました・・・
「○○さんって元気よねぇ」
「あ、私たちは○○さんよりだいたい9つくらい下なのよ」
「え?○○さんは大正5年よね?元気ねぇ~」
(いえいえ、皆様もお元気そうです)
ということは、皆さん大正14年前後のお生まれで、今のご年齢はなんと80歳前後!!
皆さん本当にお元気そうでした
そして、
「この年になって、知り合いがほとんどいない方って自慢することが
“身内”や“子供”“孫”ことくらいになるよのよねぇ」
「あら、それは寂しいわねぇ」
「また旦那の自慢ばかりされてもねぇ・・・つまらないでしょう?」
(一同ホホホと笑う・・・決して爆笑ではない)
なるほどぉ・・・確かに知り合いがいないとそうなるんだろうなぁ・・・と思いつつ、
そういう年の取り方はしたくないなぁ・・・とも思っていました。そしてご婦人方は
いろいろな趣味のことや健康のことなどを話ながら、高円寺駅(JR中央線)で
皆様お降りになられました。
なんと元気で、なんと明るい方々なんだろ!
(なんとポジティブなんだ!とカタカナで語ってはいけない感じがします)
見ている私も何となくいい気分になりました。
あるアンケートで「老後の夢は?」という設問があり、私は本当に考えられませんでした。
「老後」がどうのこうのと思ったり考えたりしたことがないからなんですね。
もちろんそのご婦人方の会話などを聞いてもまだまだ実感できませんが、やはりいつでも明るく
元気でいることは大事なのだなぁ・・・と素直に思わされました。
そして私から見て皆さんのお顔がお元気そうでありました。ふと我に戻るといかがなものか?
とも思ってしまいます。
片や私の後ろではうなだれている10代後半と思しき青年、
ご婦人方に席も譲らず爆睡している(フリ?)の50代のおじさん、
今日も暑くて少々疲れ気味のもうすぐ40になろうとする私。
いろいろ考えさせられました。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月29日
感動の交換

普段はほとんどTVを観ないのですが、昨日はたまたま4CHの「24時間TV」を観ました。
と言っても・・・
それも最後の20時30分ほどから観たのですが、そのラスト30分はとても感動させられ
ました。それは丸山弁護士がまさに100KMを完走した場面だったのです。
(その日は久しぶりに遠出して、単にその時間に戻れただけなのですが・・・)
私が数少ない観るTV番組のひとつとして、「行列のできる法律相談」を毎週ほぼ観ていて
以前より丸山弁護士が走ることは知っていました。
59歳で本当に100KMも走れるんだろうか??と思っていましたが、まさにそのゴールを
観てなぜか自然と涙が出てきました。
すごいです!!本当にすごいと思いました!!そしてとてもカッコ良かったです!!
実は私はマラソンが大の苦手でして、いつも学校で行うマラソン大会ではビリから数えた方が
早い順位でした。その私の辛さなんぞはまったく比較にはありませんが、自分なりに長距離を
ひたすら走る辛さは分かっているつもりです。
(だから元旦にやる大学駅伝も満足に観たことがありません。正月からあの辛さを思い出す
からなんです・・・)
それもあの59歳!という年齢で!
数々の怪我に見舞われ(また3日前には腰痛にもなったそうです)ながら、
完走したあの精神力!
本当にすごいと思いました!!TVをあまり観ない私ですらあんなに感動するのですから、
他の方はもっとすごいんだろうなぁと思っています。(ちなみにゴール時の瞬間最高視聴率は
41.8%というのもかなりおどろき!です)
別に丸山弁護士は人々に感動を与えようとしているわけでもなく、ただできるだけ走ろうと
いう意志と責任感の強さと、そして周りの多くの方々の声援に支えられたとも言っていました。
そして
多くの人は丸山弁護士から多くの感動を与えられ、
また丸山弁護士は多くの方々から感動を与えられた・・・
その「感動の交換」にも感動してしまったんです。
そしてたまたまTVを観て、途中何ら声援すら送らなかった私にもその感動を分けてもらえる・・・
こんな私にも感動をくれて
本当にありがとうございました!
PS
①
大学1年生(ちなみに当時18歳)の時に、大学主催の後楽園から八王子まで
完走する大会に出たことがあります(今でもあるんでしょうか?)。
夜中に後楽園キャンパスを出発して、途中2度も雨にあたりながら朝方6時ごろ
八王子キャンパスまで到着しました。
最後はもう歩けなくなり、途中で適当な長さの棒を「杖」がわりにしてフラフラになりながら完走
できたのを覚えています。その後まったく歩けず、足がパンパンになり友人の下宿先で3日間を
過ごすハメになりました。たぶんそれでも完走した距離は50KM程度だったと思います。
今ではいい思い出ですが、2度とやりたくありませんし、できません・・・
②
あまりTVを観ない私がなぜ「行列のできる法律相談」はよく観るのか?
あの島田伸介さんの絶妙なアドリブが私は好きなんです。いつ観ても「すごいな~」と
感心してしまいます。
TV内容は離婚や損害賠償というテーマが多くて、たまに家族と観ていてどんな顔して観たら
いいのだろう??と思う時もありますが・・・(笑)
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月26日
視点のちがい

子供の視点には驚かされることが多々あります。
それを単なる大人と子供の「知識や知恵の量」の違いだと
と片付けるのは簡単なのですが、言い方を換えれば
「分かることが多くなればなるほど、見えなくなることも多くある」
と言えるのかもしれません。
これは私の娘がまだ小学生の1・2年生ごろのお話。
私の家の隣は当時も今も駐車場なのですが、その駐車場の看板にはこう書いてありました。
「空きあり」
私はそれを見て、「あ~ここの駐車場は相場より高いんだよねぇ・・でも全面アスファルト敷き
だから、俺がもし借りる立場ならジャリ駐(砂利敷きの駐車場)より、ちょっと高くてもこっちを選ぶ
よなぁ・・・洗車してすぐ汚れるのはもったいないし・・・」
なんていろいろ考えていました。
すると娘がその看板を見てこう言ったのです。
「ねぇお父さん、なんでわざわざ“空気”(空き)ありなんて書いてるの?」
なるほどねぇ・・・空気ときたかぁ!でも確かにそう読めるよなぁ~(笑)
私は自然と何ら疑問も持たず「あきあり」と読んだのですが、娘は同じ字を読んでも「くうきあり」と
読む。まぁ私の娘の漢字読解力がないと言えばそれで終わりですが、その視点の違いにある種
驚きを感じました。
他にも当時を振り返れば・・・
マンホールを見て
「あ~このマンホール笑ってる!」(確かにそう見ればニッコリと笑っているように見える)
歩道に車が乗り上げないように立ててある高さ50cmほどの柱を見て
「うちにあるコショウ(胡椒)のビンみたい!」(確かに形はS社製のビンの形状にそっくり!)
といろいろ着眼点の違いを感じさせられたのです。
しかしこれは単に大人と子供の違いだからなのでしょうか?
これはいろいろな「発見」を含んでいるなぁと思うんです。
①知識も必要だが、時にはまったく違う視点で観察できる「柔軟性」を常に持つことが必要
②相手と同じものを見て、同じ内容を聞いているのに、お互いにまったく違うように捉えてしまう
③どんなものにも興味関心を抱くことから、発見が生まれる
などです。
私の著書でも書いたことがあるのですが、その人の立場や状況、さらには価値観によっていろいろ
な考えが出るのですね。それがある時はお互いを理解し合い、そしてある時はお互いを誤解してしまう・・・
というのも作りだすのでしょう。
(手を打てば、鯉は餌と聞き、鳥は逃げ、女中は茶と聞く、猿沢池)
だからこそ、人にはいろいろな形でのコミュニケーションが必要なのですね。
またあらためて思うのは・・・
「ある面では、大人になることが成長の証と言われるが、
自分自身が成長していると言っていること自体、
実は退歩の第一歩なのではないか?」
とも感じるのです。
既に大人になった者は「自分は「成長している」といい、本当に日々成長している者(例えば子供)
は決して「自分は成長している」とは言わない。
うーん・・・改めて反省です!
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月25日
「多忙」が招くこと

やっとここのところ涼しくなってきました。日一日と秋になってくるのでしょうか?
やっと執筆作業も何とか終わり、またお盆も明けたためか連日打合せや
コンサルティング、研修、講演をやっております。
これを人は「多忙」と言いますが、実はこの「多忙」というのは決して良い
状態ではないのですね。
もともと「忙しい」とは、「心を亡くす」と書くわけで、
「自分の心の在り様を失ってしまう」
となるわけです。
ですから「多忙」とは
「心の在り様をより多く亡くしてしまう」
となるので、これは考えようによっては非常に問題なわけです。
自分がもしここのことろ
「忙しいなぁ~!」や
「メチャメチャ多忙で目が回らない!」
と自覚した時は、ふとこのことを思い出すようにしています。
必ずどこかで
「自分の心の在り様」を失っているからなんですね。
そして失って初めて分かる大きなもの・・・それは信用であったり、信頼であったりと
人それぞれではありますが、それらを一瞬で失ってしまうこともあるわけです。
あらためて私もそれを自覚もし、反省もした昨日でした。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月21日
半強制的な「引きこもり」を経験して・・・(笑)

先週の10日~16日まで、当社では夏季休業とさせていただきました。
・・・と言っても、私は今年の年末に出版される本の執筆があり、
この期間中はずっと執筆に没頭しておりました。
普段の仕事をしながら、なおかつ本の執筆も並行して進めるという
「器量」は私にはないので、ここのところ3年連続で
“夏休みは執筆するための期間”というような生活を送っております。
あらかたのことを、この“期間”にやっておかないと後々に多大な業務の支障を
来たすからなのですが、実はこの執筆の期間というのは結構辛いんですね。
ともかく集中して書かなければならず、と言っても時間があればそれだけ量が
書けるものでもなく、常に自分の集中力と気力と体力に相談しながら続ける
と言った具合です。
そしてこの執筆中の私の気分を例えて言うならば、
「鶴の恩返し」のあの鶴の気分とほぼ同じ
と思っていただいていいでしょう。
(まぁこれは、研修テキストやコンサルティングなどでも同じことは言えますが・・・)
恩返しとはいえ、毎晩身を細めるほど自分の羽を使って1枚の反物を作る・・・
そんな気分になりながら執筆しているのです。
しかしこれが不思議なんですね。
確かにそんなに辛い仕事なら、何で3年もやっているの?と言われそうですが、
この辛い気分を一発で吹き飛ばしてくれることがあるからです。
初版本が書店さんにならんだ時、
「あ~えかったぁ~気持ちいい~!」という気分で満たされ
(これこそまさにエクスタシーですな)
そしてまた「じゃ来年も書こうっと!」と思うわけです。
だからまたついつい夏休み期間中に書いてしまっている自分がいるのですが・・・
しかし最近は夏休みの取り方が皆さんバラバラなため、お盆時期でも結構電話やメールを
頂くんですね。今年もそうでした。
すると頂いたご連絡にすべて対応していると全然執筆が出来ないので、仕方なく
携帯に直接お電話いただいた方(それも名前を存知上げている方)のみお話し
して、あとの会社にいただいた電話やメールは後日対応とさせていただきました。
性格的に本来はこういうのは好きではないのですが、やはり優先順位も
あるので仕方なくこの期間中はそういう対応をしていました。
するととても罪悪感や孤独感などを妙に覚えてしまうものなんですね。
すると
「あ~俺はいま半ば強制的な引きこもり状態なのだなぁ・・・」
とふと感じてしまったわけです。
性格的な部分もありますが、私にはこれがめっぽうこれが辛い!
誰かと話したい・・・(あ~今日も誰とも話さなかったな・・・)
誰かの顔を見たい・・・(あれ?顔を見たのは、鏡に映った自分だけ?)
思いっきり外で一日を過ごしたい・・・(外は暑いんだろうな~でも全然実感がない!)
という衝動と格闘しなければならない自分もいたりします。
この強制的な「引きこもり」を経験しましたが、やはり
人は、人と接してナンボのもん
なんですね。
だからいろいろな問題もできるわけですが、その問題を解決することも
人にとってよい経験にもなる。
そして経験があってこそ、はじめて成長ができる・・・
ということなんですね。
「人は、他人がいるから成長できる」
とでも言いましょうか?確かに自分だけでが経験し、そしてそこからの成長も
可能ですが、やはり他人と接して受ける様々なこと
(自分にとっていいこと、悪いことなど、感動・感謝、怒り、悲しみなどなど)
の方がはるかに、大きな影響(=経験)を自分に与え、そしてそこから学ぶ
点は多いわけですね。
やはり・・・私には「引きこもり」は合いません。
(でもやっぱり来年も執筆はしているんだろうなぁ~)(笑)
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月18日
男の更年期?

実は私は来年で40歳になります。
(3月の早生まれなので、未だ39歳なのですが既に同級生は40歳という学年です)
・東京オリンピックを知らない(その時には存在していない!)世代
・大阪万博は何となく知っているような世代
・バブル期の絶頂時に学生をしていた世代
・ワンレン、ボディコンを思い切り謳歌していた世代
(ちなみに当時の私はあまりこういう方々とお知り合いになる機会は残念ながらありませんでしたが・・・)
・会社に入社したら世間からは「新人類」なんて言われた世代
・景気後退によって、企業ではお荷物的存在になってきた「バブル入社組」と言われている世代
その世代もいよいよ「不惑の40歳」になり、厄年が気になってつい神社に
お払いでもしてもらおうかなぁと思う年齢になりました。
(不惑なんて言われるけど、毎度惑うばかりなんですけど・・・)(笑)
先日の毎日新聞 (2005年8月7日)の朝刊に「男の更年期」という記事が
ありました。
最近ではかなり認知されてきたことのようですが、それら症状を読んで思わず
「あ、俺って更年期?」と思わせる内容ばかりでした。
(1)体の調子が悪い(最近朝起きてもすっきりしないんだよなぁ)
(2)関節や筋肉が痛む(肩が痛いなぁ・・・これって40肩?)
(3)発汗しやすい(最近暑いのもあるけど・・・でもどうも汗がサラサラしてないよなぁ)
(4)疲れやすい(お酒を飲むとすぐ眠くなる??)
(5)よく眠れない(熟睡や爆睡を最近経験してないなぁ・・・それに目覚ましが鳴らなくても起きちゃうし)
(6)いらいらする(電車の中で公共のマナーを守れない人を見るとついイライラしちゃいます)
(7)体力の低下(ちょっと走るとすぐゼーハーしちゃう、これは煙草の吸いすぎですかね)
(8)ひげの伸びが遅い(昨日剃ったのにまだ今日もこのままでイケる)
(9)性的能力の衰え(各人のご想像にお任せします)
(10)仕事の能力の低下(集中力がかけてぼ~っとしてしまう)
(11)すぐに落ち込む(ちょっとしたことを言われて、すぐ落ち込んでしまう)
(12)人生の山が通り過ぎたと感じる(人生80年としたら・・・あ、もう折り返し地点を通過したの?)
私はこの中の項目がかなり「該当」していましたので、これが「更年期の症状なんです!」
と言われると、素直「ハイ」と納得してしまっている自分がいます(笑)
しかし・・・更年期だからと言われても別に落ち込みません。
なぜなら誰でも大なり小なりなることで、仕方がないと思うしかないからです。
そして、
事実を聞いて(見て)落ち込むことより、そこから自分はその問題をどう解決できるのか?
という部分が大事ですよね?
まさに問題解決のプロセスはまさにこんなところから始まるのです。
自分にとって極めて「よろしくない」事実を聞いて、そこから何をするのか?できるのか?
そこから問題を解決できる糸口を見つけられのです。
これがポジティブシンキング(前向きな思考)ということですよね?
(注)最近急にバイクに乗りたいなぁ・・・と思い、いっそのこと大型を取得して
あのマッチョなハーレーでも乗ろうか!とも思っています。
ちなみにある本によれば、
「40歳近くになって、急にバイクに乗りたいと男が思ったらそれは“老化現象”の第一歩」
ということを読みました。
はぁ・・・やれやれ。つくづく私は「40にして不惑」という、まさにノーマルな年の取り方を
しているんだなぁと感慨深くなりました。
喜んでいいのか、悲しんでいいのやら・・・
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月11日
終戦60年を迎えて

残暑お見舞い申し上げます。まだまだ暑い日が続きそうです。
さて、先日ある広告を見て思わず8巻セットのDVDを購入しました。
それは昭和の時代を映像で解説していくもので、
なかなか見ごたえがありました。
あらためて、昭和という時代(私もこの時代に生まれているのですが)は
戦争一色で始まり、すべてが崩壊し、そして軌跡の復興を遂げた
まさに「激動」という時代だったわけです。
私は昭和41年に生まれているので、まさにその時は「高度成長期」。
しかし子供だったので、「景気がいいなぁ~」なんて実感はまるっきりなく
8月のこんな時期はまさに朝から夕方まで外で遊んでいた記憶しか
ありません。
(ちなみに今でも覚えているものは、三角野球と終わったあとに飲んだ
清涼飲料水、駄菓子屋にあったとっても体に悪そうな着色料コテコテの
アイスなどです)
そして当時は(一応)野球少年だったので、甲子園をTVで観ながら
「おにいさんたちってすごいなぁ~(当時は原元監督が東海大相模で
活躍されているころでした)、かっこいいなぁ~」と素直に思っていた
ものでした。
当時の私は当然ながら「今ある環境」を当たり前の
ように受け止め、そして何ら疑問を持たずスクスクと育った
そんな「昭和のあの時代」。
そしていつもこの時期になると終戦○○年を迎え・・・という報道も目にして
いましたので、両親(父・昭和6年生、母・昭和16年生)に当時の
話をうっすらとは聞いていましたが、まだまだピンと来ない・・・そんな
年代でした。
中高生くらいになるとそれなりに歴史も勉強したので、それとなく分かる
ようにはなりましたが、逆にそのころから両親から聞いた話はかなり当時の
私にはショックでした。(たぶん両親も細かく話すようになったのでしょう)
父は学童疎開を経験、知り合いを空襲で多く亡くし、焼夷弾のカケラで
遊び、艦載機がいきなり飛来して、バリバリ機関銃を打ってきたり、
B29が毎日東京上空を悠々と飛んでいるのを見た「昭和のあの時代」。
母は両親と共に満州にいて、終戦間際着のみ着のままなんとか日本に
帰国(当時は3~4歳だったので眠くて仕方がなく、何度も祖母にビンタ
されながら歩かされた記憶しかないそうです)、長兄はあと少し戦争が
長引けば特攻隊に召集されるところだった「昭和のあの時代」。
そんな経験をした両親から私は生まれているわけですが、
「昭和のあの時代」という表現は同じでも、まったく違う「時代」なんです。
それを今回映像でまざまざと観て、
「父が言っていた空襲や機関銃の雨、母が言っていた満州の生活と
財産をすべて失い命からがら満州からの脱出」などをあらためて感じたわけです。
今年で終戦60年を迎えます。
今平和でありこの繁栄を謳歌できるのは、父や母、さらに両方の祖父母をはじめ
多くの方々の犠牲と労苦と明日の日本を夢見た信念のもとに成り立っている
ことを今回あらためて感じさせられました。
そしてこれらのことは次の世代にも伝えていく義務が私たちの世代にも課せられて
いるわけです。
そして今の子供達が「平成のあの時代」をいつか思い出した
時にそれが「平和」であることを祈念してやみません。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月06日
<第2回目 真の顧客満足とは何か?:消費者満足(US)について>

さて、前回のブログより顧客満足についてお話していますが、今回はその中でのUS、つまりユーザーサティスファクション(消費者満足)について触れてみます。
まぁここは誰しもが一番興味関心を持つところであり、なおかつCS(顧客満足)とほぼ同一視されている部分でもあります。
ここで再度企業の視点に立った「顧客満足」には、全部で3つの視点があることは触れました。
(詳しくは前回のブログを参照ください)
ここでいう満足(=サティスファクション)とはどの程度のレベルを言うのでしょうか?
満足に足る接客
満足できる味(料理)
満足した製品
などなどありますが、これらのように
日本語で言うと単に「満足」という言葉で表されてしまいますが、サティスファクションとは実は満足という淡白な言葉よりもっと強烈な「満足」なんですね。
私ですとつい「サティスファクション」というと、かのローリングストーンズの「サティスファクション」という曲を思い出してしまうのですが、ニュアンスとしてはまさにこの「サティスファクション」というニュアンスが正しいわけです。
つまりこのニュアンスとしては
感動から来る満足
快感から来る満足
というのが近いらしく、どちらかと言うと「性的な快感」に近いのだそうです(ここでは性的な快感をとやかく言及しませんが・・・(笑))。
「あ~よかった!感動したぁ~」(このフレーズも古いですね)や「心から喜びが弾けて満足感にどっぷり浸る」という「ニュアンス」の満足なのだと思うのです。ですからこのレベルの「満足」を消費者に提供したり、感じたりしてもらうのはそれなりのスキルもそうですが、やはり企業側もしくはその担当者自身がその「快感度合い」を実感していないとできないし、さらに基本的には企業側もしくはその担当者自身が「満ち足りている」=満足していないとできないものだと思っています。
幸せが分からない者や幸せでない者は、その幸せを他人に与えることはできない。
自分が感動した以上のものを、他人に与えることはできない。
と言ったところでしょうね。ではどの程度のレベルの感動や快楽がOKなのか?
それは「人生いろいろ、人それぞれ」(笑)です。ですから、そこで感動や快楽のレベルを測るのは野暮であって(明確に測る相対的な尺度も今のところありません)、企業や担当者は
「自分が最高に感じた感動や快楽を仕事やサービスなどを通じて他人に伝える」
しかないし、それで十分だと私は考えます。
先日も実はあるお店の対応が、私にとても感動を与えました。
実はそのお店(大阪)にネット上である品物を頼みました。非常に気に入っていたものなので是非欲しい!と思ったのですが、そのお店の不手際(棚卸の関係)でどうもその商品を修復できないぐらい壊してしまったそうです。そして運の悪いことに、その商品は既にメーカーでも「廃盤商品」でもう替えがありません。そこで対応された担当者の方は、メーカー経由で全国の小売店にその商品の在庫がないかどうか探してくれて、結果そのお店とはまったく関係のない横浜のお店にあるということを突き止めてくれました。
そしてその後は私と横浜にあるお店で打合せしてくださいという連絡までくれたのです(実はすでに大阪の担当者は横浜のお店と話をつけてくれて、商品確保までしてくれたようです)。不手際を単に謝罪するだけではなく、そこまでしてくれた担当者の方の対応には非常に感動してしまいました。そして自分も温かいうれしい気持ちでいっぱいになり、次回はかならずこのお店から買おうと心に誓うまでに至ってしまったのです。
そしてその間、この担当者の方とは何度か電話でも話しましたが、非常に誠意がにじみ出ていて、ますます私に感動を与えてくれたのです。
仕事を通じて他人に「感動」や「快感」を伝えられる・・・これが最高のプロフェッショナルの仕事ですよね。どんな仕事をしていても、誰であっても「癒し手」になれるのですね・・・
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年08月05日
暑い時に熱い方と会う快感

ここのところ連日研修、コンサルティング等で忙しくしています。
特にお盆前なので、打ち合わせも多く外出する機会も多いのです。
しかし・・・いつからこんなに日本の夏は暑くなったのでしょうか?
当たり前のように都内では連日33度を超えるような暑さで、おそらく体感では
36度(これはほぼ人の体温と同じですよね)くらいは軽く行っているのでしょう。
さて、今日もこの暑い中多くの打合せをしてきたのですが、
その中で非常に感銘を受けたことがありました。
そこの企業はある方からご紹介を受けて、打ち合わせに行ったのですが
その担当者の方(管理職)の「熱さ」に感動したのです。
つまりこの企業では以前から(ほぼ創業時以来)、社内研修では
「人の道」
を徹底して教えているとのことでした。
いくら機械やシステムが発達しても、最後に世の中から信頼を受けるには
「人」
がすべててであるという信念のもと、徹底しているとのことでした。
またそこの企業では決して「人材」という表現は使わない、なぜなら人は
「材料」ではなく「人」だからだ・・・とのことでした。
(なかなかうまく表現できないのですが)その担当の方のお話が世の中で
よく言われることでありながら、まったくうすっぺらな感じを受けず、逆に
「あ~この企業は本当にそれを常に追求しているんだなぁ!」
と感じたのです。
そしてどんなに会社が大きくなろうとも(この企業は非常に優良な企業で
おそらく誰でも知っている企業です)この“スピリット”は忘れてはならない
という信念をお持ちのようでした。
私はこのような企業にも非常に感銘を受けるのですが、今回お会いした
担当者の方の熱い思いがひしひし(ではなくビシビシ)と伝わり感激しました!
この「熱さ」が暑くてバテ気味の私に「快感」を与えていただきました。
あらためて私も
「人の道」と
「熱さ」を
忘れてはいかん!!と心に誓った今日でありました!!
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年07月30日
<第1回目>真の顧客満足とは何か?(訂正版です)

前回と同じタイトルですが、内容に間違えがありましたので
再度アップしました・・・申し訳ありませんでした。
ESという言葉があります。これは「従業員満足」と言われるものですが、最近ではよくこれをテーマにしたコンサルティングや研修も多くいただいております。しかし当社ではこのESだけの研修やコンサルティングは基本的に片落ちだと思っています。
なぜか?
とても大切なことではあるのですが、実はこれだけ(ES)やっていればいいのか?それではまったく足りません・・・
まずは何のためにCSというものが必要なのか?当然企業活動において必要かつ最優先されるものは
よく聞くCS(顧客満足)なわけです。まさにこのCSの実現やより一層のアップを図るために行う一つの手段としてESが存在するのです。
そしてそれはESだけではなく、他には取引先満足(ディーラーサティスファクション=DS)、消費者満足(ユーザーサティスファクション)の存在が必要になってきます。
この図から分かるとおり、今では単なるCSではなく「総合的顧客満足=TCS」という概念が必要になってきています。
企業の側からすれば、従業員も取引先も消費者もすべて「顧客」になるわけです。この3つのカテゴリーにおいての満足を達成することが、企業の存続にはかかせないと言っても過言ではないでしょう。つまり、コンサルティングでも研修においても、単なるCSやESだけを扱うのではなく、これら3つを理解し実践できなければ全く意味はありません。
次回はそれぞれの満足について解説していきたいと思っています。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
無礼から学ぶ

昨日ある出版記念パーティーに呼ばれて(と言いつつしっかり会場費は払いました)
当社本社近くの南青山の会場に行ってきました。
ある企業の社長さんが出版したので、その記念のパーティーたっだのですがそこでも
いろいろ勉強させられました。
会場にはかなりの方々(200名くらい?)が来られていて、これから起業したいと
思っている方やその社長さん(女性)のファンだという方々が多くいらっしゃっていまし
た。私はそこの会場に行っても知り合いの方などいないので、適当に飲みのものを
飲んでいたんですね。(昨日は夕方でも非常に暑く、ビールが進んでしまいました)
そして今回の出版に携わったD社の編集長も来ていて、その方の乾杯の音頭で
パーティーがスタートしました。
そしてそのD社編集長がたまたま私の近くに来たので、私もとりあえずご挨拶を・・・と思い
名刺交換を彼としました。
しかし!!彼は私の名刺を受け取るなり、まったく言葉も言わずおざなりに放るように
自分の名刺を私に渡すだけなんですね。
「なんだ!こいつ!!」と思いましたが、ここでムッとして始まらないので静かに私は
その場を去りました。
確かにベストセラーになっている本だったし、それに携わったその方(編集長)それなり
に実力があるのかもしれませんが、私にとっては初対面ですからそれなりの「礼節」と
言うのは必要ですよね。
私も本を年に1冊~2冊書かせていただく身の上で、いろいろな編集関係の方々と
お会いしますが、そのような「無礼」な方と接するのは初めてだったのでかなりおどろきました・・・
D社さんは最近いろいろなベストセラーを出されているので、どのようなポイントが
ベストセラーに繋がるのか?などお聴きしようとは思いましたが、まぁそんな態度を取るなら
聞く気も起きませんでした。
いくらその道で有名で、実力がすごくても、他人からすれば会った最初は「ただの人」。
「すごい!」とか「さすがですねぇ~!」と判断するのは、あくまでも本人ではなく
相手なんですね。
あらためて久しぶりにこのような方と会うと勉強させてもらえます。
前回書いた海岸で一所懸命働く高校生たち、格好は「いまどき」かもしれないが
しっかりとした「礼節」を持った10代の子たち・・・
「ノー天気に感動してしまったバカンス」編
青山のこじゃれたパーティーで、有名人に囲まれ(かなり有名人も来たようです)
格好は「それなり」ですが、しっかりと「礼節」を失っている50すぎのおやじ・・・
私は10代には戻れないが、「礼節」を持った50代になろうと思った瞬間でした。
(まぁここまで書くとD社からの執筆依頼は一生ないよなぁ・・・(笑))
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
ノー天気に感動してしまったバカンス

今週早めの休暇を3日間ほど取り、伊豆の白浜海岸に行ってきました。
あいにく初日は台風の上陸に当たりましたが、2日目は台風一過ですっかり晴れ
海岸で久しぶりにのんびりした時間を過ごしました。
さて、そこでとても感動したことがありました。
白浜海岸では「海の家」(よく見かける仮設のお店)というのがなく、道路を隔てたところに
何件かの常設のお店があるんですね。
当然砂浜に来ていると、暑い→汗をかく→何か飲みたい!→ビールでしょ!
という自然の流れになるのですが、砂浜からお店までの距離が結構あるので
暑さを相まって「あ~ビールを買いに行くのも面倒だなぁ・・・」
となるわけです。
そう思う人が多いためか、その海岸では売り子の「おにいちゃん」「おねえちゃん」が
各パラソルの中に入っている客に飲み物や食べ物を売りに来るんですね。
その営業姿勢が皆すばらしいんですね。確かに中には頭がモヒカン君だったり、ちょっぴり
ガングロちゃんだったりするのですが、海岸でのTPO(?)を維持しながら皆一生
懸命に営業に励むんですね。
こういう仕事をしているので、ついろいろな人たちの姿を見てしまったのですが、誰もこの
暑さの中でサボることなく、それなりの挨拶をしながら、しっかり彼らなりの仕事をしてるんです
ね。そして興味があったので、何人かの人に話を聴いてみると
・売り子さんの年齢は16~18歳の高校生!
・一人一人に売り上げノルマがある
・皆仕事へのモチベーションが高い
・いい加減な話し方をする子はなく、皆好感が持てる話し方ができるし、それに一人一人
のセールストークを持っている
というのが共通点でした。
ここで感動したのは、この子たちを見て「えらいなぁ~がんばれよ!!」と
思いながら、この子たちをここまでやる気にさせるシステムと、誰かは知りませんが
この子たちをマネジメントしている方がすごいなぁ~と感動してしまったのです。
そして白浜の海岸でビールをすすりながら
「あぁ日本の未来はまだまだ明るいぞ!」と
妙にノー天気に感動してしまったバカンスでした。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年07月21日
その一言で「快感!」

ここのところ研修やセミナー活動が多くなってきました。
開催場所も東京だけに留まらず、名古屋・大阪・福岡や仙台まで・・・
といろいろな地方に行くことも多くなってきました。
さて、そこでいろいろな企業や団体、いろいろな受講される方々とお会い
するのですが、私らのような講師を癒すのははっきり言うと
「受講生の声」
なんですね。まぁ確かに私たちもこれも「生業」としているので、お金を頂けるのも
ある程度は大切なことなのですが、それよりもはるかに私らを「快感」に導くのは
「受講生の声=研修への期待感や満足感」
なのですね。
先日ある研修でこんなことがありました。
その日は営業マン専用のシリーズ研修の2回目でした。
研修の休憩中にある受講生の方から
「先生の研修を毎月いつも楽しみにしているんです。確かにその場では実感できない
こともありますけど、あとから“あ~このことを研修で言っていたんだな!”と気づかされる
んですよ。それがすっごくおもしろいんです!」と。
これはもう私にとって殺し文句でして、「あ~うれしい!!」と素直に感激してしまう
んですね。
だからこんなことを言われた後の研修では、ノリはまったく変わってきます。
私の研修ではなるべく「ライブ感」溢れる(?)研修が好きでして、それを是として
いますが、さらにそれがパワーアップしてしまいます。
もちろんこれでもこの道のプロですから、はっきりと差をつけるわけではありませんが
心の躍動感は否定できません・・・
そしてつくづくたった一人でもこう思ってくれる受講生の方がいるから、がんばれるのだなぁと
実感してしまうんです。
たった一言だけでも「人を快楽に導く」ことができるんです。
その言葉の重みとそう思っていただける方や、さらには研修を聴いていただいた今までの
受講生の方々(おそらくもう延べ3000名様近くにはなるでしょうか)にあらためて感謝です!
「ありがとうございます」と。
そして私自身も「その一言」や「その瞬間」をもっと大事にしていきたいと、誓った今日で
ありました。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2005年07月11日
ラーメン

先日企業研修のため、福岡に行ってきました。
当初は前日の夕方に福岡入りする予定でしたが、別件の打ち合わせもあったので昼ごろには
福岡に行きました。
(結果的にはその打合せが急遽中止になり、時間をもてあましたのですが・・・)
さて時間も余り、慣れない地でどうしたものかと思ったのですが、ホテルでぶらぶらするのも
もったいないのでタクシーで「キャナルシティー」という複合店舗を見学してきたのです。
ここはホテルと一体化した複合店舗(モール)で、運河(キャナル)によってそれらが軽く
分離されているところであります。
中途半端な時間のため(?)あまりお客様の入りは多くありませんでしたが、なかなか
おもしろい店舗も多く、楽しませてもらいました。
そして適当に施設内を散策して、そろそろおなかも減ったのでそのモール内の
「一蘭」というラーメン屋さん
に入りました。
(私はラーメンを好んで食べるほうではないので、よく分かりませんが東京でも渋谷や
六本木にもあるようです)
最近はやりのとんこつ味だったのですが、私は味もそうですが店舗の「仕掛け」に感心
してしまったんですね。
つまりその「仕掛け」とは・・・
・ お店の方と一切顔をあわせず、ラーメンの好みを所定の用紙に書き込んで渡す
・ そしてラーメンが来ると目の前の垂れ幕が降りて、ラーメンに関するおいしい食べ方や
そのお店のこだわりが綿々と書いてあり、なかなか読み応えがある
・ そして横の席との間にも「衝立(ついたて)」があり、ラーメンを集中して食べられるよう工夫してある
などなど・・・でした。
普通接客業と考えると、顔をあわせずお客様に対応するというのは「ご法度」のような感じもするのですが、あくまでもそれは
「お客様にはおいしいラーメンを心ゆくまで、食することに専念していただくこと」を目的としているので、それがかえって良かったりもするわけです。
そしてその注文を書いて渡すときも二言三言店員さんと言葉を交わすのですが、その際も幕の内側で姿は見えないけど、ちゃんと会釈している「感じ」がしたのも好感が持てました。
そういう仕掛けがあったためか、ラーメンも非常においしくて(本当においしかったです!)、次回福岡に行った時や都内のお店の近くに行ったら、また食べようかなぁと思ったくらいです。
ラーメン屋さんというと、それなりの「きまった」店つくりや雰囲気というものがあるわけですが、私の中での
「ラーメン屋さんの常識」を見事に崩してくれて、なおかつ感動も与えくれて、つくづく
「どこにいても勉強なんだなぁ・・・」と思ったしだいです。
あまりラーメン好きではない人間にも「また食べたい!」と思わせる「味と仕掛け」・・・ラーメン好きの方にはたまらないでしょうねぇ・・・
2005年07月07日
問題解決をする前に、クリアーする壁ってなぁに?

昨日「問題解決」についていろいろ書きました。
さて、今回はそのいろいろな問題解決研修などを受ける前、もしくは
「さぁて問題でも解決するかぁ~!!」(と、実際に声に出して言うかは別ですが)
と思う前に、まずは解決すべきことがあるんですね。
実はこれは多くの「問題解決」を行う研修や、それを扱った書籍でも言っていない
ことがあります。
以前当社サイト(タカハシ語録2005年3月号)
でも言ったことなのですが、
誰しもが問題解決を行う前に、立ちはだかる「大きな壁」が
「納得の壁」という壁があるんですね。
つまり、これはどのような壁かと言うと
「いろいろ解決したいんだけど、所詮俺には無理だよなぁ~!!」と自分で納得して
しまう壁のことを言います。
この壁は非常に厚く、かつ高いので、一旦この壁にあたってしまう(納得してしまう)
ことがあると、容易にこの壁を越えることができません。
①営業成績が悪いのは、お客様への訪問件数が少ないのが原因なんだけど、こんなに
暑いんじゃ大変だよなぁ~(無理だよなぁ)
②生産現場で人が4人から2人に減ったから、今までの工程で同数の製品を作るのは
無理ですよ~
③今の仕事がいやなので転職したいんだけど、この年齢じゃ無理だよね・・・それにいい
仕事もないしね・・・
といろいろ「無理」を並べるわけですが、その壁が一旦自分の前に作るとなかなかそれを
超えるのは難しいものです。
つまりこの壁はすべて「問題を解決したい」その人自身が作る壁なんですね。
そしてこの壁を作ることが非常にうまい「職人さん」はありとあらゆる壁を作り出します。
例えば①の場合で言えば、
雨が降れば、雨で無理だという「壁」を作り
上司が無能だと、上司のせいだと「壁」を作り
世の中に不満があると、世の中のせいだと「壁」を作り
(世の中って何でしょうね?自分を含めたその他大勢っていうことでしょうか?)
また③の場合で言えば、
(俺の実力から言って)給料が安いから転職が無理だと「壁」を作り
俺が家族を養っているんだぁ!という理由で今更転職なんて無理という「壁」を作り
両親が年老いたから転職なんて冒険はできないと「壁」を作り・・・・
と言った具合です。
その人自身が「今のままじゃよくないよなぁ~だから何とかしなきゃ!」と思うのですが
やはりいろいろ努力するのは面倒だし、「無理だぁ」と思っていればそれだけラクです
からね。
しかしほんとに無理なのでしょうか?
私はほとんどのことが無理だとは思っていません。しかし「無理」だと思った瞬間に
それが初めて「無理」になるのだと思っています。
私はこう思います・・・
その人自身に問題(悩み)が訪れるのは、その人にその「問題」(悩み)を何らかの形
で解決できる能力が備わったからだと・・・
そして問題とは常にある(発生する)ものであると思うことです。
問題がないのがベストだ!と思うから、問題が起きるとストレスになる・・・
問題や悩みはあって当たり前なのですね。
逆に問題や悩みがまるっきりない人生なんて、ちょっとつまらないよなぁ~と
私は思うのです。
しかしあまりでかい問題はないに越したことはないと思うのも人の性ですよね。
だから問題解決する方法を学び
「大難を小難に、小難を無難に・・・」とするのも必要ですよね?
2005年07月06日
問題解決能力

最近当社では、多くの企業で「問題解決能力」を育成する研修を行っています。
(当社の詳しい研修内容はこちらを見てください)
変化の激しいこの時代に、企業としては一人ひとりのビジネスパーソンに
「自らが自主的に問題を解決できる」能力を養って欲しいという戦略的な意図が
あるからです。
つまりある一部のトップもしくは上層部だけが「問題を解決」する思考や意思を持て
ば、あとは実行してくれればよい・・・という時代では、今後の企業の発展が望めない
ことを理解したからだと思います。
特にこの傾向はよく言われる「エクセレントカンパニー」という企業ほど顕著だと感じて
います。
さて、そこで最初に考えなければならないのは、
「問題と言われる内容をしっかり認識できているか?」
ということです。当たり前のことですが、ここでほとんどの人が間違えているんですね。
そもそも問題とは何でしょうか?
例えば、Aさんが「私は背が低い」と感じているとします。すると
「私は背が低いのが問題だ~!」と言ったとします。
しかし「背が低い」のは「問題」ではないのです。これはある意味では結果・事実であり
実はこの結果・事実と「したいこと」や「目標」とのギャップが「問題」なんですね。
(つまりこうしたいなぁと思ったり、感じたりしたことができないということが「問題」になる)
まぁ簡単に言うと、この例で言えば
「背が低い」ということから「したいなぁと思うことができない内容」がその人(Aさん)
の問題なのです!!仮にAさんにとってのその「問題」とは
①高いところにある物が取りづらい
②電車のつり革を掴むことができない
③(本人が男性であれば)背の高い異性とは付き合いづらいとします。
(まぁ他にも問題だなぁと感じることはあるのかもしれません)
そして同じように「背が低い」と感じているBさんがいるとします。
しかしBさんは①~③の内容をいずれも「望まない」場合は、Bさんにとってそれらはまったく
「問題」にならないわけですね。
さらに以前はそれらを「問題」と思っていたけど、今では克服したという場合も「問題」
にはならないわけです。
① 高いところにある物を取るときは、脚立を使えばそれでOK!もしくは他人を使う!
② 手摺につかまれば、それでOK!
③ 自分より背の高い異性と付き合うのは何とも思わない(かえってその方が好きだ!)
もしくは自分より背の低いもしくは同じ位の異性のみと付き合う
Bさんの例がまさに「問題解決」なんですね。そして我々が問題解決という手法を考える前に
「これは問題なのか、結果(事実)なのか・・・?」
と考えてみる必要があります。
・ 売上が上がらない!そこが当社の大問題である!
・ 営業成績が悪い!そこが私の問題である
・ 異性にモテないのが、人生最大の問題である
まぁ上げるとキリがないわけですが、これはいずれも「事実」であって問題
ではないのです。
さてそこで問題解決をするにあたり、最初に克服しなければならないことが
あります。
そこは次回のブログにてお話します・・・
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
(言い訳です)
本当はここで図表などを入れて説明した方がいいのですが、まだ私がこの
ブログシステムをよく理解していない・・・という現状の「事実」があって、それによって
読んだ方の理解を促しづらいのが私にとっての「問題」となるわけです。
もっとこのシステムをまなびます・・・
2005年06月28日
なぜ「魚屋さん」の掛け声は威勢がいいの?

私には「師匠」と呼べる人がいます。当社顧問の小林秀星先生なのですが、
常に私に多くの知恵と勇気と洞察を与えてくれます。
先日もある話をして「あ、思わず目からウロコ!」という話があったので、
今回はそれを書いてみようと思います。
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「らしさ」という言葉があります。
「女らしさ」「男らしさ」などで使われる、あの「らしさ」です。
この「らしさ」を辞書で調べると
(接尾語・体言・形容詞、形容動詞の語幹について形容詞を作る。~のさまである、
~に似ている、~にふさわしい:三省堂 新小辞林より)
と書いてあります。(こういう言葉を聞くと高校時代にならった英語の文法を思い出す
のは私だけ?)
説明はともかく、どんな仕事でもどんな立場であってもこの「らしさ」は必要だと思うのです。
営業なら「営業マンらしさ」、社長なら「社長らしさ」、
コンサルタントなら「コンサルタントらしさ」ということです。他にもいろいろありますよね・・・
(あとは好きな「らしさ」を想像してください)。
しかし、それぞれの「らしさ」は極めて抽象的ですよね?
・ 営業マンらしさとは具体的に何か?
・ 社長らしさとは何を基準にして言うのか?
と、なるわけです。
私はこの「らしさ」とは実は人が決めるものではなく、本人自身が
それを決めるものだと思っています。そしてそれがどの程度他者に
受け入れられるかによって、ほぼ自他共に「らしさ」が決定されるものだと
思っています。
例えば営業マンであれば
「俺にとっての営業マンらしさとは、常にネクタイをきちんと締め
(クールビズなんて関係なく)、長袖のワイシャツを着て、毎日家を出る前に靴を磨くことだ!」
と決めたとします。そしてそれを実際に実行したとします。
そしてそれを観たお客様は「○○さんはいつもきちんとしてるわねぇ」
と受け入れられ、これがそのお客様から観た「営業マン」らしさになり、
それと同時にその営業マン自身の「○○さんらしさ」が決定されるわけです。
だからたまーにその○○さん「らしからぬ」行動(例えばネクタイを妙にラフに締めている状況)
を見たお客様は
「あら、どうしたの?○○さんらしくないわねぇ・・・」
となるわけです。
ともかくこの「らしさ」とはまず初めに自分が決める、もっと言い方を変えれば
それを「こだわり」と言っていいかもしれません。私はそのこだわりを大事にしたいなぁと
思っています。
私はどんなことでもこの「こだわり」や「らしさ」を追求している人が好きなんですね。
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さて、実はこの「らしさ」の話は前に述べた「師匠」からの話でヒントを得たのです。その話とは・・・
師匠:「高橋さん、なぜ魚屋の掛け声は(へ~い!らっしゃぁい!!)と威勢がいいかわかりますか?」
私:「いいえ、分からないですねぇ」
師匠:「それはね、魚屋は死んだ魚を店頭に並べて売っているわけですよ。つまり魚の死体を丸ごと
売っているわけですね。だから威勢がよくないとそれこそ辛気臭く(暗く)なるじゃないですか」
私:「ああ!」
師匠:「そう言った意味では肉屋も同じなんだけど、それほど威勢は良くないでしょ?あれは豚や牛が
店頭に丸ごと横たわっていなくて、その一部分が店頭に並べられるので(死体のリアル感)がほとんど
ないからなんですよね。だからあの威勢の良さはいらないんですよ。」
私:「なるほどー!!」
師匠:「だから肉屋らしい魚屋はいないし、魚屋らしい肉屋もいないのですよ。
らしさとは非常に大切でなんですよ。」
私「(目からウロコ状態)・・・」
という話だったのです。
どんな仕事、どんな立場であっても私はこの「らしさ」を大切しないといかんなぁと
あらためて思ったしだいであります。
2005年06月27日
どこにいても勉強なんですね・・・

高橋です。今日も暑いですね!
昨日非常にお世話になっている方々と、今後のビジネス・ビジョンについて
話し合いました。
そろそろ夕方にもなり、連日続くこの暑さから全員ビールの味が恋しくなり
そのミーティング場所も当社からまっすぐ近くの居酒屋さんに変更となりました。
こういう仕事をしているせいか、サラリーマン時代と比較してめっきり飲みに行く
ことが少なくなり(これは時間と気持ちの余裕のなさからこうなるのでしょう)、
なおかつ飲みに行く方々も非常に限られてきています。
だからこそこういう時こそ、心から楽しめて飲めるわけですね・・・
さて、そんな気分で早速宴会兼ちょっぴりミーティングをしましたが、話は尽きず
「では次に行こう~!!」ということになり、
少々寂れた感のあるスナックでガンガンとカラオケを歌ったのですね。
歌うのはほとんど演歌のオンパレード!私も負けじと演歌を熱唱したわけです。
(ちなみに「さざんかの宿」が私はなぜか好きです)
・・・そのスナックで宴もたけなわのころ、ふとそのスナックの壁にかかっていた言葉を
読んで「うーむ・・・」と私たち一同感心してしまったわけですね。
「ママ、これいい言葉ですねぇ!これ書き写してもいいですかぁ?」
するとそこのママ(ちなみに非常にあったかい感じの50代後半?のママでした)が
「あ~それねぇ、見た人は皆いいねぇ~と言うもんだから、コピーして欲しい人には
上げるようにしているのよ」
「是非くださぁい!」
(この時はかなり飲んでいたので、たぶんこんな口調だったかと思います)
・・・というわけでもらってきたものが、今机の上にあるわけですが、読めば読むほど
私にとっては深みのある言葉なんですね!
というわけで、いつでもどんな時でも、物事や事象に自分の感覚を向け、
そこから一つでも吸収し、学ぶ・・・
こんな姿勢を今後も崩してはいかんなぁと思ったわけです。
ちなみにもらって私が感銘を受けたのはこんな内容です。
「つもりちがい十か条」
・ 高いつもりで低いのが教養
・ 低いつもりで高いのが気位
・ 深いつもりで浅いのが知識
・ 浅いつもりで深いのが欲望
・ 厚いつもりで薄いのが人情
・ 薄いつもりで厚いのが面皮
・ 強いつもりで弱いのが根性
・ 弱いつもりで強いのが自我
・ 多いつもりで少ないのが分別
・ 少ないつもりで多いのが無駄
そのつもりでがんばりましょう
思わず心の琴線に触れてしまう言葉が多くありませんか?
2005年06月24日
お知らせです!!

当社パートナーインストラクター・浦上俊司が個人のブログを
オープンしました。
こちらにも是非お立ち寄りください!!
題名は
「熱血研修講師・浦上俊司の感謝ブログ」です。
毎日、人や物事・出来事などに「感謝」ができる自分でありたいものですよね!
2005年06月15日
パブロフの犬

「パブロフの犬」はご存知ですか?
「パブロフの犬」のお話は、旧ソ連の生理学者・パブロフ博士が発見した
「犬がえさを食べるときに必ずベルを鳴らすようにしたところ、ベルを鳴らすと
えさがなくても犬がヨダレを垂らした。」
という、条件反射のお話として一般的には知られています(諸説はいろいろあるようですが・・)。
以前うちにいた犬もなぜか「ジャムパン」が好きで、いつも私が散歩するときはそれをもらうことを
期待して擦り寄ってきました。さすがに「ジャムパン」がある時は従順に私の言うことを聞いていた
ものです(笑)。
これは犬に限ったことではありませんが、人でもこのような条件反射はあるわけです。
まぁ形はいろいろあるにせよ、半ば「条件反射」化してしまっているものも少なくありません。
さてここのところよく聞く話が、
「以前は条件反射化していたことが、今ではそうなっていない」
ということなんですね。
つまりどういうことかと言うと、会社での宴会(飲み会)などで若い部下が上司のいる席まで
わざわざ「お酌」をしに行く場面がよくあります。
それは社会人として慣れてくると、半ば「条件反射化」していた部分もあるのですが、
最近では違うんですね。
彼ら(部下)の言い分は
「なぜ私が上司にお酌をするのですか?」
という答えが平然と帰ってくるそうです。
するとその上司は
「だからさぁ~・・・・」と言うのもアホらしくなって、「じゃあ、いいよ」となるそうです。
まぁこんな感じの部下が数人なら「なんだ、あいつら!」となるそうですが、最近では
非常にこの傾向の部下が多く、これは業種・業界問わずだそうです。
(概ね20代半ば前後から以降に多くなっているらしい)
また他の例では、
上司「これを1部コピーしてくれるかなぁ?」
その部下は
「あのう、これはあとでもいいですか?それとも私の仕事を止めて、いまやることですか?」
上司「・・・・」
ということもあったそうです。
いずれも全く違う業界で、それこそ地域も違うのですが、同じような対応です。
つまり私たちが「条件反射化」(=パブロフの犬化?)していたことが、まったく変わったしまった
ようで、このような「新パブロフの犬」化した傾向も年々増えているそうです。
そのため管理職は現場でのマネジメントに対して非常に苦慮しているわけです。
どうもここでいろいろな管理職の方々と話をしていると
「学校教育が悪い!」
「親の育て方が良くない!」
(私も人の親なので、最近こう言われるとドキッとします)
という外部への“良い・悪い論”になってしまいがちなのですが、仮にそうであったとしてもこの
理屈はまさに“不毛”なんですね。つまりこういう状況になったら、どう対処するかが
マネジメントとしても問われんですね。
最近はこういう部分も含め、管理職研修を多く依頼されることも増えてきました。
当初研修を受ける前にはこのような外部への“良い・悪い論”論に終始してしまう
ことが多いのですが、そこからは何ら問題解決ができないんですね。
ここでもっとも大切なのは管理職が部下に対するコミットメントとインフォームドコンセント(事情説明)
を行う必要があるわけです。
「お前ぇ、そんなの気持ちの問題だろぅ~」「やっぱ、最後は心だよ!」
では何ら解決できません。
「なぜそういうことが必要なのか?」「それをすることであなたにどういうことが作用するか?」
などを説明しなければなりません。
面倒だなぁ・・・と思う方も多いようですが、
管理職は「自分のモデル(価値観)」=「旧パブロフの犬」化から脱皮する必要があるのだと
思います。
社会人になって既に20年近く・・・
一度染み付いた「パブロフの犬」は抜けないものです。
今でも宴会に呼ばれて、それもゲストなのに「お酌」をしてうずうずしてしまう
自分がいます。
宴会=お酌パブロフ(!)・・・ずいぶんこれで鍛えられました(笑)
だからお酒もビールよりも日本酒を好んでしまうわけですね。
2005年06月07日
ダースベイダーから学ぶ

今アメリカでは日本より先行されて「スターウォーズ・エピソード3」が上演されています。
今から20年くらい前(?)はじめて「スターウォーズ」が封切られて、ドキドキしていた少年も
もう40歳・・・(笑)時代の流れを感じてしまいます。
今回は完結編ということで、なかなか見ごたえがあるという評論が一般的なようです。
さて、いつもこの映画を観ると感じるのが、
悪役キャラである「ダースベイダー」の存在感なのであります。
あのお決まりのテーマ曲が流れ、全身真っ黒な格好でとても威圧感を感じさせられ
それは思いっきり「悪役キャラ」そのものであります。
あの物語をよく知らなくても、このキャラを見れば「まぁ少なくてもこいつは悪いヤツだよなぁ」と
自然と感じてしまうくらいです。
私はこの映画(もちろん全編観ています)を観て多感な青年時代に気付かされたのは、
「人の心の中には善も悪も混在している」
「(この映画の中での表現を借りれば)悪のフォースの強さは善のフォースを凌駕する」
ということでした。
この映画の中では、もっぱら悪=邪悪、銀河系の絶対的な武力と恐怖による征服
というある意味「分かりやすい」テーマなのですが、一般的に我々の中でも「悪のフォース」は
存在するわけですね。
この悪を「ネガティブ」と仮に捉えれば・・・
「あいつが○○だから俺はダメなんだ」
「常に不平不満ばかりを言う」
「どうせ私にはできないんですよ」
などなど挙げればキリがないわけです。こういう方々と話していると非常に「悪のフォース」に
支配されているなぁ・・・と(「スターウォーズ」的表現にすると)思ってしまうのです。
しかし・・・そんな私ですら時々この「悪のフォース」に心が支配されている時もあるわけです。
だから、常に自分の心の有り方に客観性を持たせることが大切なんでしょうね。
この映画の中でも若き主人公(エピソード4~6)が師匠にこう言われます。
「ルーク!(主人公の名前)、悪のフォースは強いぞ!決して怒りに身を任せてはならない!」と。
怒り、嫉妬、恐怖、不安・・・これはすぐ私たちの心の中には芽生えやすいんですね。
そして、全て他人や環境のせいにする、できない理由探しをする・・・もこの中に入ってくる
わけですね。
SF映画でも多くのことを気付かされます・・・
追伸
最近「ダースベイダー」の「かぶりもの」(5千円くらい)をついつい買ってしまった私って、
深層心理で実は「ダースベイダー」に憧れているのだろうか?とふと考えました。
・・・家族からは冷笑されています(笑)ちなみにこれはなかなかよくできたおもちゃでした。
かぶって声を出すと、自分の声がダースベイダーの声に変わってしまう!!あ~いつまでも
こういうものを買って喜ぶ私もまだまだ心は少年なんだなぁ・・・
2005年06月02日
憧れのトーク番組

今月10日(金)からFMさがみ(83.9MHz)にて、毎週金曜日午前8時前後に
私のトーク番組
「売れるツボ 売れないドツボ」がオンエアーされます。
営業マンのみならず、ビジネスマンにも必要な「姿勢や意識」を5分間の中で話していきます。
初めてラジオ出演ということで、ちょっぴり緊張しましたが話していくうちに「いつも通り」のトーク
ができたと思っています。
しかし・・・私がFMでトーク番組をさせてもらえるなんて、まさに夢が実現したわけです。
私の世代はまさにあの「ニッポン放送」なんですね。だから余計なんですよね。
受験期の多感(?)な中学生ごろ、よく夜遅くまで「オールナイトニッポン」を聴いていました。
記憶では・・・火曜日は中島みゆき、金曜日は笑福亭鶴光をよく聴いていたような気がします。
特に金曜日の鶴光では、真夜中に思いっきりエコーがかかり
「ええかぁ~ええのんかぁ~」
というフレーズがお決まりのように流れていて、今でもその声は耳に残っています。
(最近のCMを見ていたらこのフレーズが流れて思わず懐かしさが湧いてきました!)
ちなみに当時の私はまだまだ「かわいかった」中学生のころなので、
「誰に何の許しを乞うているのか?または何を同意して欲しいのか?」
などというとても変な意味で「ロジカルチック」な回答を求めていました(笑)
時代は流れ、今ではインターネットが主流になっています。
もちろん私も仕事柄よく使いますし、パソコンがちょっとご機嫌ナナメになってフリーズしてしまうと
毎度「ちびまる子ちゃん」のキャラに出てきそうな「顔に線が出てしまう」感覚を味わっているわけです。
そんな思いをしながら、やはり「便利さ」という魔力には勝てず日々使っているんですね。
しかし当社の中では普段からラジオ(某FM局)を聴きながら仕事をしていますが、まだまだラジオという
メディアの有効性を感じています。
ちなみに私はほとんどTVを見ないので(ちなみに車の中でもCDかラジオです)、これでラジオを聴かなくなったら「かなり情報に疎い人」になってしまうので、これは死活問題ですね(笑)
ともかくそんな私にとっては「憧れのメディア」で番組をやらせてもらえるのは、本当に感謝感激なのです!
2005/06/02追記
FMさがみでのオンエアーですが、番組の編成上7月1日(金)~となりました。
訂正させていただきます。
2005年05月19日
今は「生存の要求」が高まる時期?

当社では各種適正診断を行い、それを企業の成長へと導く「独自のビジネスモデル」を展開しています。
そこで最近ふと気がついたことを今回は書きます。
当社の適正診断では診断を受けた方の「潜在要求性」が観える項目があります。
まぁ簡単に言えば、気持ちや意識の中で
「あ、俺はこう思っている!」と自分自身が認識できる意識を顕在意識と言います。
一方では自分自身でははっきり認識できないまでも、常に気になっていることを「潜在意識」と言います。
(非常に簡単に書いています)
実はこの潜在意識とはとても大きくて、例えばやる気はあるけどなぜかがんばれない・・・という場合、がんばれない何らかの理由があるわけです。それは案外本人自身も気付いていないことが多いんですね。
当社ではそのあたりを診断することで、例えば今後のその本人のモチベーションアップの持って行き方なども
探るわけです。
基本は「マズローの要求5段階説」を基本ロジックとしているのですが、ここで最近ちょっと気になったことがあるんです。
現在いろいろな企業(業種・業界問わずです)の診断業務を行っていますが、ここ最近多くの企業のビジネスパーソンを診断して見ると、この「潜在要求性」の中で特に「生存要求性」の度合いが顕著に高くなっているんですね。
これは基本的にはどういう時に上がるのかと言えば、例えば
● 「新入社員が各部署に配属されて概ね6ヶ月間くらい」の不安定感など
● 「転勤をして(特に初めての単身赴任など)、まったく土地勘がなく馴染みのない地方へ行った」時の戸惑いなど
● 「自分の会社がこのままではヤバイなぁ~と思っている」時の焦燥感など
などがあった場合、この「生存要求性」が高まります。しかしここ最近の傾向では、多くの診断を受けた方は新入社員でもなければ、転勤や部署移動があったわけでもなく、どの企業も皆健全なのです。
では、なぜか・・・?
それはおそらく現在の世相をも反映しているのだろう・・・というのが当社での仮設です。
つまり
「中国との国交の険悪化」
「JR西日本での大規模な災害」
「北朝鮮での核開発」
「年金破綻」など・・・
どれも我々のいままでの「当たり前」だった生活を脅かしかねないことが多発していて、決して誰もが「対岸の火事」状態で傍観できない状況になっているということです。
その何となく不安を感じる・・・というのが潜在意識にも反映しているのだろうなぁ・・・とちょっと怖くなりました。
ちなみに過度な「生存の要求」度合いが多い、もしくは頻繁にそれを意識せざる得ない状況が続くと、人は過度なストレスを感じ精神的にも疲れてきてしまうわけです。自分でも思いますが、環境などの状況に左右されず、自分の「あるがまま」でいることの難しさを最近はひしひしと実感しています。
2005年05月14日
食うに困って人は「考える」

今週もあっという間に終わってしまいました。最近はどんどん月日の流れるのが早くて・・・(汗)
今年は本社所在を青山へ移転し、さらに5月連休には西東京オフィスの移転もやっと終わり、今週からいよいよエンジンスタート!という感じの1週間でした。今後ますますパートナーのコンサルタントの方やインストラクターの方をもっと強化していきたいと思っています!
さて、本来はやれる「実力」はあるのに、実際にはどうも今ひとつその実力が発揮できない・・・という方々と最近よくお会いします。
それには様々な原因があるのですが(もともと実力すらないというのは論外とします)、その中で割合こういう傾向が多いなぁ・・・と思うのが、表題にあるようなことなんですね。
「今の給料で何とかやっていける!」や「食うに困ってないから、まぁいいか~」という潜在・顕在の意識に関わらず、このように思ってしまうとこれ以上努力しようと思わない・・・というのが人の常な訳ですね。
確かに「もっと給料が欲しい!」や「もっとお金が欲しい~」という人もいる訳ですが、こういう方々は明確な目標や目的意識を持っているんですね、だから「よりもっともっと!」とがんばる訳です。しかし前者のような場合、「今で十分!」と思ったらこれ以上がんばらないし、またそれ以上に
「どうやったらもっとより良くなるか?」と考えることもしないのです。
必要がないなら考えないのも人の常ですね。
「食えてそれに満足したら人は考えない!」ということです。
私がコンサルティングや研修をやっていて、もっとも難しいなぁと思うのはこういう意識の方々です。しかそのような方にも少しでも前進を勧め、気付きなりをお伝えし、モチベーションをあげていくのが私の役目なので、そこで毎日思案してしまうのですね。そこで・・・
現在のこの状況(広い視点で考えます・・・例えば今のこの日本の状況というレベルで・・・)を考えると、日本の歴史上極めて稀なんですね。どちらかといえば今までのほとんどの歴史が我々一般市民に与えた試練は「食えない!だからどうやって食っていくか??」を考えさせる歴史の連続だったわけです。
しかし・・・今は安易に満足してしまえば、それで生きていける、極めて恵まれた時代なんだと思います。実際私にしても「東京オリンピック」を知らない世代(はい、昭和41年生まれです)ですから、その恩恵を思いっきり、それもドップリ漬かってしまっている世代なわけですから偉そうなことは言えません(笑)。しかしどうも今は良くても、今後はこんなにうまく行かないだろ~!!と思ってしまうわけです。
別にここで私がそういう方々のモチベーションアップがうまくできない言い訳を「時代のせい」にしているつもりはさらさらありません。私は私の役目を果たすだけですから。
ただこういう方々は時代が変わって初めて気付くのかもしれません・・・
「あ、やばい!これじゃ食えないからどーしよ??」と。
しかしもうこれってかなり遅いような気がしますよ・・・だってもう時代はとっくに変わりましたから・・・そんな兆候は普段新聞を斜め読みした程度でも結構感じるものです。
私はこれからもおなかいっぱいたべて行きたいので、今できることは
「考えて、すかさず行動するのみ」です。
2005年05月06日
リニューアル

先日ドラえもんの声が変わったのを知っていますか?。
最近ではまったくアニメを観ることもなくなったので、娘に頼んでわざわざTVを録画してもらったんです(笑)
そこには私の幼少時代から慣れ親しんできた声や絵、物語の展開が「今まで」とは違った新しい
ドラえもんワールドが展開されていたんです。今までの声などが「当たり前」だった私にとっては今ひとつ
しっくり来なかったんですね。
それは娘たちも同じようで、彼女らも「まだ」しっくり来ないようでした。
よくよく話を聞くと、声優さんたちの年齢の高齢化が今回の「大変化」になったらしいんですね。
(そりゃそうですよね!当時小学生だった小僧が今ではもう40歳なのですから・・・)
そこで思ったのが、観る側の「変化」への慣れということです。
ドラえもんやのび太の声は「こうあるべき」とごく自然にそう思っていましたが、これは
「自分は年を食って変わったが、アニメのキャラは変わらないもの(永遠不滅?)」
というちょっぴり自己中心的な思考なんでしょうね。
今回この題材のために「わざわざ」ドラえもんを観ましたが、たぶん今後積極的に観ることはないでしょうね。娘達ももうドラえもんを観て喜ぶ「年頃」ではなく、次に観ることがあれば孫と一緒に観る時なのかもしれません・・・
しかし・・・そのころには今の声などは「ごく普通」になっているのでしょう。
ドラえもんやのび太ですら、変化してリニューアルするのですから、それを観て育った「当時ハナタレ小僧」であった私もリニューアルしないとなぁ・・・と妙にアニメを観て感慨深くなってしまったわけです。
投稿者 : | 22:07
2005年04月20日
ABCの法則

よく研修でもコンサルティング先でも言っていることですが、
「あたり前のことをまずやる」ということはとても大事なんですね。
では、その「あたり前」とは何か?
営業職でもどんな職種でも、優秀なビジネスパーソンはまずこれがしっかりできている
んですね。
研修中でもこれは受講生の方々によく聞きます。すると
「・・・・・?」
という反応がほとんどなんですね。これはつまり自分の中で「仕事をしていく上での
あたり前なこと」を自覚していないからなんです。
例えば私にとっての仕事をしていく上での「あたり前」何か?
・靴は出かけるまえに簡単にでもいいから磨く
・筆記用具は高価なものをあえて使う
・TPOに合わせてスーツの色やシャツの色を考える
・慣れていない場所での打ち合わせ等の場合、アポイントの1時間前にはその行く場所周辺には到着している
などです。(他にもいろいろありますが・・・)
中には「そんなのあたり前だろ~」と言われるかもしれませんが、このようなことを私は大事にしています。
・靴は意外に目立つんですね。特に踵(かかと)が磨り減った靴をよく見かけますが、私はあまり好きではありません。
・筆記用具は住宅営業をしていたころからです。お客様にウン千万円という「買い物」(契約)をしてもらうのに、契約書にご署名いただく際105円(消費税込み!)のボールペンを差し出すのはあまりにも失礼だなぁと思ったのです。そしてお客様の好みもあるから万年筆とボールペンを2本揃えて差し出してご署名をもらっていました。まぁせめて2本合わせても10万円くらいの筆記具は用意したいです。
・これは今の仕事で感じたことです。私たちのような仕事は言ってみれば「スーツを着た日雇い人夫」のようなものです。今日はAという企業でコンサルティング、明日から明後日まではBという企業で研修・・・というような活動が主になるからです。すると企業によって「雰囲気」は違いますから、当然その中である程度合わせることも自然と要求されるからです。また私は無地のシャツは着ません。色は淡いものから濃いものまでありますが・・・
・1時間前に行く・・・これは私の性格もあります。アポイントの場所・時間にバタバタして行くのが苦手なんですね。必ずもう一度頭の中を整理して、リラックスした状態で臨むのが私にとってはベストなんですね。また研修・講演前はいつやっても「ある程度」は緊張します。だから気力がブレないようにさせることにも効果があるんですね。
さて、こう書いて(読んで)みるとあることに気がつきませんか?
私にとっての「あたり前」とは実は「こだわり」なんですね。
自分だけのこだわり・・・これは大切ですよね。このこだわりは仕事の姿勢にもそのまま直結しがちですからね。ですから少なくても「こだわり」や「あたり前」を持つということは、仕事をして行く上でも必要なのですね。
これは当社顧問(小林)から聞いた話ですが、こういうのがあります。
「優秀なビジネスパーソンこそABCの法則をしっかり分かっている」と・・・そのABCの法則とは何か?
A(あたり前のことを)
B(バカにせず)
C(ちゃんとやる)なのだそうです。まぁあたり前のことをバカにする者ほど、他のこともちゃんとできないんですよね・・・金言です。
投稿者 : | 10:04
2005年04月19日
金平糖(こんぺいとう)の時代

皆さんは金平糖(こんぺいとう)というのは知っていますか?
最近私はめっきり食べなくなった(体重も気にしているので)のですが、突起が
いっぱいある砂糖のお菓子です。
最近ある中国事情に詳しい方と話していたら、今の中国の現状をこうおしゃってい
ました。
「いま中国はこんぺいとうみたいなものなんです」と。
私は??という感じでしたが、よくよく聴くと「あ~なるほどぉ」と思ってしまっ
たわけです。
つまりいまはまだ成功者の階層(ヒエラルキーともいいます)が明確になってはい
なくて、ところどころ飛び出している(成功して財をなす)者がいるような現状で
あるというわけです。
しかし、あと3~5年もすれば間違いなく階層ができるだろうと言っています。
では、これは中国だけのことでしょうか?
ある意味日本もそういう状況でもあるのではないか?と思っています。
いままでの既存勢力や既得権がどんどんなくなり、(日本にとっては)新しいビジ
ネスのやり方や考え方が最近目立つようになりました。
それが突出してぼこぼこと出てくるようになってきているんですね。
以前から言われていますが、ボーダーレス社会や2:6:2社会の一時的な崩壊な
どがまさにこれに該当するのかもしれません。
そしてこれは4月以降行われる様々な法改正でもそれが現れています。
この法改正のキーワードは「法令遵守」と「自由化」と「自己責任」です。
この法改正については様々な不安などが表面化していますが、まさにある意味この
動きは「千歳一隅のチャンス」ともいえます。これをうまく活かしていけるどうか
で「こんぺいとう」の突起になるか、塊(かたまり)になるか・・・が分かれるよ
うになります。またこれは企業に限らず、個人にも言えることでしょう。
「いつか誰かが何かをしてくれる・・・」
これはある意味では「子供」の思考パターンなんですね。「大人」の思考であれば、
「いつまでに私はこれをする!」
という思考パターンが正解なのです。
「法律(「当たり前のこと」)」を守りながら、制約をあまり受けず「自由」に参
入でき、「自らの責任」で行動し、結果を出す。失敗しても周りを恨まない・・・
これは「キーワード」とも合致してきます。
「こんぺいとう」の突起になりたければ、まずはこの思考と行動原則でしょうね。
投稿者 : | 08:50
