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2006年06月27日
『無条件の愛』

奈良の自宅放火事件は、同じ年頃の息子を持つ私をはじめ、全国のお父さん方も他人事ではないとの思惟が必要だ。
報道では、少年の‘心の闇’に焦点が当てられており、先の東京世田谷区の事件にも、板橋区の事件にも、共通する‘厳格すぎる父’の存在が問題視されている。
確かに奈良のお父さんの‘集中治療室’はシャレとしてはオモロイが、息子ちゃんは堪らなく不快だったろうと心境を容易に察する。
「僕はお父さんの‘持ち物’じゃないんだぁぁぁ~~~ッ!」
「僕はお父さんのプライドを維持するための‘ブランド品’じゃないんだぁぁぁ~~~ッ!」
「僕の進路はお父さんが決めるのではなく、僕もやりたい事を探したいんだぁぁぁ~~~ッ!」
との少年の心の叫びが聞こえてくるようだ。
犯罪心理学者によると、「厳格すぎる父→そこから開放されたい→溜め込んだ怒り→すべてを壊したい激情→殺意」へと発展して行ったのだろうとのこと。
私は‘優しい父’の元で自由に育てて頂いたので、‘厳格な父’というのに苦しめられた経験が無い。
だから追い詰められる心境はよく分からんが、私の友人の父は厳格な父が多かった。
高校時代の友人は自分の父親としょっちゅう殴り合いのケンカをしていた。翌朝学校で‘親父殺したる!’とよく激昂していた。
私には考えられなかったが、世の中には色々な家庭があるのだなぁと妙に感心したものだ。
そして私もやがて父親になった。
現在はもちろん‘厳格な父’ではない私。息子と娘にとって‘良き友人’でありたい。私の父がそうであったように。
結局のところ一番大切なのは‘無条件の愛’だと思う。
私は息子にも娘にも‘私を父として選んでこの世に来てくれたから無条件にお前たちを愛するよ’と事あるごとに言っている。(父を選ぶというスピリチュアルな観点がどうも彼らには理解できないようだが・・・。ま、いずれ分かる日が来るだろう)
‘勉強が出来たから’とか‘スポーツが出来たから’とか‘友達に優しくしたから’とかいった‘条件’は一切関係ない。親が子に向ける愛情はあくまでも‘無条件’だ。
その‘無条件’に‘条件’という欲目が加わった瞬間から、親子間に不協和音が生じはじめるのだ。
産婦人科病院で産まれた直後、初めて我が子と対面した時は、どの親も‘無条件’だったはずだ。
そして無事に産まれた運命に対する清らかな感謝、病院の先生方に対する真っ直ぐな感謝、これからの人生をこの子と一緒に歩んで行けるんだとの前向きな感謝、そんな様々な思いを持ったはずだ。
そこには何の条件も入る余地がない。
その原点に立ち返れば、健康でいてくれるだけで後は何を子供に望もうか。何もいらないではないか。
有り難う御座居ます、感謝。崩壊する親子関係を見せられる事で学べる昨今の事件。
有り難う御座居ます、感謝。集中治療室を作ろうにも作れない超狭マンションの我が家。(だからこそ引き篭もらなくていいのだ!)
有り難う御座居ます、感謝。友人である息子と恋人である娘。
投稿者 : 浦上俊司| 2006年06月27日 22:14
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