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2006年05月31日

ちゃんと仕事しよーよ!

今日は蒸し暑い一日でしたねぇ・・・
また今日は陽射しも強く、夏の暑さを予感させる、そんな一日でした。

今日は月末ということもあり、また昨日はこのブログにも登場して
いただいている浦上先生が東京にいらっしゃったので、今後の
ビジネスの展開などを含めて、打ち合せ&飲み会という「よくあるパターン」
で飲んでいたこともあり、事務所でひたすら事務作業に徹していました。

そんな昼下がりの午後、あまりにも喉が渇いて西東京のオフィスの近くに
できた最近勢いがある「7と11」が看板になっているコンビニに行きました。
スカッとするようなコーヒー飲料を飲みたいなぁ・・・と思っていたので
先日ある雑誌に掲載されていた「スパークリングカフェ」なるものを飲んで
みようと、その商品を探してみました。
(ちなみにこの飲み物のネタを探すと、かなり多くのブログネタにヒットします)

しかし・・・あいにく商品ケースをどう探してもないんですね。

仕方がないので、適当に無糖のブラックコーヒーを買ってレジまで行きました。
そしてレジの兄ちゃん(私の観察では20歳前後)にそれなりに聞いてみました。
「あのう・・・ここにはスパークリングカフェってあります?」と。
すると
「あ、あそこ(商品ケース)に出ているだけです」と・・・

まぁイチイチ胡散臭いおっさんに話すのも面倒なのかもしれないのかぁ・・・
と思いつつ、別の考えが頭にふと浮かんだのです

「あ、この兄ちゃんは商品を把握していないから、こんな言い方しかできないんだな」と。

真偽のほどは分かりませんが、その彼の言い方から受けたのがこんな印象だったのです。
①(あそこに無いなら無いんでしょ)
②(俺はその商品は知らないよ。おっさんが勝手に見つければ?)
③(あんなにあるコーヒーの種類をイチイチ覚えられるかよ)
④(だって俺バイト(パート)だもん)

もちろんこんなのは私の「独断とかなり強い偏見」から来ているわけですが、
最近こういう対応はどこでもあるよなぁ・・・(俺が悪いのかな??)
まぁ④のように、バイト(パート)だから俺には関係ないという姿勢も分かり
ますが、それじゃあ仕事じゃないよね!と思うわけです。
時給を稼ぐため、ただそこ(仕事場)にいればいい・・・
それじゃあ仕事じゃないよね。

自分の所(店・会社)の商品(仕事)を満足に理解する気もなく、ただいればいい・・・
バイト(パート)だからカンケーない・・・
時給さえもらえればそれでOK・・・
それじゃ寂しいよねぇ・・・

と思うわけであります。
どんな立場でも少なくても「仕事」をしている「自覚」は持てよ!
と言いたくなりました。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

PS
そんな不本意な思いで買ったコーヒーでしたが、これが思わずうまい!!
私は結構こういう味が好きです! だんだんアイスコーヒーがおいしいと
感じる季節になりました!

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このブログを書いた続きです・・・

しつこいというか、どうにも飲んでみたいと思って今日の朝
自宅近くのファミリーマー○というコンビニで、
「スパークリングカフェ」を買って飲んでみました・・・
慣れないせいか、なかなか今まで味わったことのない
テイストでありました・・・


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投稿者 : | 22:18 | トラックバック

『ヒデ変身』

浦上俊司

中田ヒデはあんなに明るい男だったか・・・?
私はサッカーはあまり知らないが、ワールドカップが近づくにつれ新聞報道もかなりヒートアップしてきたのでヒデ情報に触れる機会が多くなってきた。

私の印象では、求道的な雰囲気で独自の哲学を持ち、他者を寄せ付けない畏怖の念を感じさせるアスリート然としたヒデの顔ばかりが思い浮かぶが、ここ数日のヒデの写真はチームメイトと戯れて笑顔で練習しているものばかりが目立つ。

そういえば何週間か前、報道ステーションのゲストとして古舘さんと対談した時から、以前の印象とは全く変わっていた記憶がある。
孤高の天才に何の変化があったのだろうか?

全くの素人判断であるが、私が察するにWBCでのイチローの影響があるのではなかろうか。

イチローは今まではチームプレイよりも個人技を極める職人のようなイメージがあったが、WBCではチームメイトに積極的に関わり、王さんのために自らを滅し、最終的にはメンバーの意識改革に成功した仕掛け人でもあった最大の功労者だ。

ワールドカップでの中田ヒデがWBCでのイチローになれば、ひょっとして奇跡が起きるかもしれない。

頼むぞッ!ジーコジャパン!ニッポンを熱狂させてくれッ!今日のvsドイツもいい試合だったぞ!

ありがとうございます、感謝。またもやスポーツから多くの学びを得れるであろう6月。
ありがとうございます、感謝。イチローやヒデのような世界に通用するアスリートを育んだ我が国ニッポンの土壌。
ありがとうございます、感謝。人間は環境によって進化し成長していくとの真理を教えてくれるヒデ。

投稿者 : 浦上俊司| 08:17 | トラックバック

2006年05月30日

『桜井“マッハ”速人』

浦上俊司

こらぁ~~ッ!何ッしょんどぇ~~ッ!マッハ!
プロの格闘家が素人の兄ちゃんにストリートファイトで負けてどないすんねんッ?!

どんな状況だったかは現場を見てないので知らぬ。

しかし、しかしであるッ!

いくら酔っぱらっていようとも、いくら体調が悪かろうとも、いくら不意打ちを突かれようとも、ストリートファイトで素人の土木作業員の兄ちゃんに‘ケンカ’で負けたらあっかんがなぁ・・・。

その昔、新日本プロレスの道場には命知らずの‘道場破り’が毎日のように飛び込んできたそうな。
猪木が「誰の挑戦でも受けるッ!新日本が最強の戦闘集団だッ!」と公言してから、世間の腕自慢がこぞって果たし合いを挑んで来た。
空手家もいればキックボクサーもいる、柔道家もいれば関取崩れやクラブの用心棒、はたまた逮捕術の達人などもいた。

その時に、いつも危ない奴らの相手を淡々とこなしていたのが、新日本の興行では前座の試合を務め一般的な知名度も全く無かった藤原さんだ。(後に長州襲撃事件で‘テロリスト’の異名を取り、UWF後は‘関節技の鬼’となる)
又は地味なファイトスタイルであったがためにメインイベンターにはなれなかった実力者、木戸修だ。

前田も高田も山崎も時には捨て身で襲い掛かってくる素人の相手をしたが、もちろん負けたことが無かった。いや、大人と子供のようで、相手にならず数分で仕留めた。

事前に承諾書を取った上で、リアルファイトが始まると一瞬で‘プロのサブミッション’で骨をへし折ったという。
事前の承諾書がないと後で傷害罪で訴えられる事もあるし、負けた奴が「俺はプロレスラーとやって勝った!」とデマを流す奴がいるので、道場破りに対しては生命を絶つ寸前まで追い詰めたと聞く。骨は必ず折ったと聞く。
日常生活に復帰できないくらいの根本的な致命傷を与えた上で、新日本の道場から家路に着かせるのが、あの世界の常識だった。

そんな伝説が数々残る‘プロ格闘技’の掟に、見事な汚点を残した今回のマッハの惨敗だ。

どんな状況でも絶対にプロが素人に負けたらあかんてぇ~。それで飯喰うてんねんから~。
○玉を握り潰してでも、目ん玉に指を突っ込んで失明させても勝つのがプロやってぇ~。それで飯喰うてんねんから~。

あぁ~、マッハに失望・・・。

ありがとうございます、感謝。マッハに勝った土木作業員の兄ちゃん。(世の中にはまだまだ強い奴がウジャウジャおる。PRIDEに来い!)
ありがとうございます、感謝。昔の藤原さんや木戸修の真の強さが再確認できた今回のマッハ事件。
ありがとうございます、感謝。史郎さんやったら止めを刺したであろう亀田一家の殺気。

投稿者 : 浦上俊司| 07:38 | トラックバック

2006年05月29日

『偏差値』

浦上俊司

学歴社会が出来たのは、ほんのここ100年くらいのものだろう。
なのになぜ多くの親は我が子の学校の成績にこだわるのだろう?(どないでもええやん・・・)
人生において大切なことは、どこまでも自分自身を信じきる積極心を養成することと、自分自身に関わる全ての事象に感謝する心を醸成することだ。
学歴だけでは生きていけないが、心を作ると逞しく生きていける。

私の両親は私の学校の成績に、大したこだわりを持たなかった。全く自由にさせてくれた。放任主義では無かったと思うが、とにかく私を信じ込んでくれていた両親だった。

しかしその分、私が学歴にこだわった。
18歳から19歳までの2年間は偏差値65をキープすることに躍起になった。
関学での夢のキャンパスライフを実現するために合格確実圏内の65キープに命がけだった。
もっとも関学に行くのは学歴ゲットのためではなく、中央芝生に寝転がり白亜の時計台を眺めながら神戸女学院の彼女を作り、その膝枕で耳掃除をしてもらう、という極めて不純な動機ゆえであったが・・・。

しかし今の教育制度の狭い範疇で得た知識が、ほとんど実社会では役に立たない現状はいかがなものか。

やりたいことが出来れば評価してあげる教育制度。
やりたい仕事で生活していける社会制度。
人それぞれの生き甲斐を実感できる日本社会が完成しないものかなぁ。

ゲームが出来ればその偏差値、ピアノが出来ればその偏差値、家事が出来ればその偏差値、リーダーシップが取れればその偏差値、野球が出来ればその偏差値、ケンカが強ければその偏差値・・・、そんな一人ひとりの個性と才能を思う存分伸ばしていく学校教育であれば、子供たちの未来予想図も変わってくるのではなかろうか。
明るい未来予想図を自らの心のキャンバスに、色彩鮮やかに思う存分描かせてあげたい。

昔観た映画で「誰も知らない」というのがあった。
柳楽優弥をはじめ、よくもあれだけの天才子役を4人も集めたものだとの感心と、お母さん役のYOUの自然体の演技に感動した印象作品だったが、あの子供たちは学校に行かずに異父兄弟4人が仲良く奇妙な共同生活を送っていた。
ラストシーンに向けて子供たちは歪んでいくが、前半のシーンでは学校など行かなくても心の優しい子供に育つのだなぁ、と妙に納得した事を思い出す。
柳楽が演じるお兄ちゃんが、優しさや思いやりや面倒見や家事スキルなど、偏差値65に届いていたからだ。

100年前は学歴偏重社会ではなかった。
100年後は学歴ではなく、個性と才能で飯が喰える社会が出来ていて欲しい。

ありがとうございます、感謝。勉強そのものは役に立たずとも、受験勉強を一心に取り組むことで養えた根性。(目標に向かって驀進する習性は受験勉強の成果だ)
ありがとうございます、感謝。なんやかんや言うても学歴コンプレックスが払拭できない自己矛盾。(多少はトラウマという心の闇を持つほうが他人の痛みが理解できていいのだ~)
ありがとうございます、感謝。将来の可能性を無限大に秘める柳楽優弥。(まだ15歳であの目力は凄い役者だ)

投稿者 : 浦上俊司| 08:58 | トラックバック

2006年05月28日

『さらばじゃ、存在感を示した小さな奴』

浦上俊司

愛用の○-mobileのアンテナが紛失しよった。
どこで落としたのか記憶が無い。前々から、いかにも取れそうな繊細な作りであったのが気にはなっていたのだが、カバンからノートPCを出し入れする際に引っかかって取れたのだろう。

どうも今日は接続が悪いなぁ・・・なんですぐにプチプチ切れるねん?!と感じたところ、ふとカード端末を見るとアンテナだけがその姿を消していたのだ。
これだけで、ここまで接続が悪くなるとは、こいつは小さい存在ながら物凄い役割があったのだなぁと妙に感心する。
そう、小さいのに存在感がある口内炎みたいな奴だ。

口内炎とはもう二度と縁を持ちたくないが、○-mobileのアンテナには一日も早く再会したい。
と言っても、あんなに小さな爪楊枝みたいなものは二度と出てこまい。週明けに電気屋へ走ろう。

普段は‘あって当たり前’と思っているものが、‘突如として失うこと’で俄然存在感が認識できる。
まだまだ探せばある‘失って初めて価値が分かる’もの。

目が見えることも、息が吸えることも、手足が動くことも、心臓が一定のリズムで動いてくれることも、トイレに行けばちゃんと出ることも、夜には眠たくなることも、朝には目が覚めることも、コンビニに行けば何でも揃うことも、みんなみんな本当は凄まじいほどのありがたいことなのだ。感涙に咽ぶほどの出来事なのだ。

‘失わなければ価値が分からない’ようでは感謝道初級なのだなぁ。
一生涯、感謝道の修行は続く。師範級に到達するまで。

ありがとうございます、感謝。薄れた頃に深めるきっかけをくれる感謝道の不思議。
ありがとうございます、感謝。消えることで新たな気付きを私に運んでくれた○-mobileの小さなアンテナ。
ありがとうございます、感謝。部品だけを売ってくださる店が存在するという事実。

投稿者 : 浦上俊司| 07:49 | トラックバック

2006年05月27日

問題解決とは?

ここのところ、ブログがご無沙汰になってしまいました・・・
新事業部の発足、6月より社名変更などなど・・・

さて・・・
最近非常に多くオーダーされる研修コンサルティングの一つに
「問題解決」のカテゴリーがあります。
ビジネスとは「問題解決」の連続であり、これからのビジネスパーソンには
まさに要求されているスキルであると言えるのでしょう。
(まぁ人生そのものが「問題解決の連続」ではありますが・・・)

ちょっと強引ではありますが、問題=その人にとっての「悩み」と置き換えて
みましょう。
以前私がある心理学の先生からお聴きして
「う~ん・・・なるほどぉ~!!」
と唸ってしまった言葉があります。それは・・・

「悩みとは、その人にその悩みを解決できる能力が備わったから訪れるもの」

というものです。
(これは以前このブログでも書きましたね)
では、その悩みとは際限がないのか?悩みを解決できると次々と手を変え品を変え、また私たちを
訪れちゃったりするのだろうか?という疑問がありました。
(確かにそーいう人生の連続だったような気がしなくもないのですが・・・)

まぁこんなことを考えるのも私の仕事の大きな一つでもあるのですが、
このことについて、とても大きなヒントになることを学びました。
それは先日あるクライアントでの研修をサポートしているときの話。
私の師匠であり、人生の師でもある当社顧問の小林先生の一言でした。

(これはある心理学者の話なのだそうですが、話のニュアンスとしては・・・)
「人生は思いのままにならないと言うが、実は人は思いのままで人生を決めている」

という言葉でした。
つまり自分がもっともっと!と望み、そして思いが叶っていけば「それに伴う悩み」は質量共に変わる。
また自分がこんなもんでいいや~!と思えば、「それに伴う悩む」もまたそれに準じたものになる。
と私は思ったんですね。
当事者にとって「悩み」の高低はありませんよね。だったら同じ悩むなら「思いのまま」を広げた上で
のその「悩み」を抱えたいです。生きている間、大小は別として「悩み」から解放されることって
ないのですから・・・だったらそれも楽しんだ方がいいよなぁ。


私はどんなに「悩み」があっても「こんなもんでいいや!」という人生より、
「その思いのまま」の範囲を最大限広げた人生にしたいですね。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

(PS)
最近天気が不順です・・・休みの日に愛馬に乗れないので、かなり欲求不満です
(先日ちょっと晴れた日に青梅街道を爆走した時の画像です) 

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投稿者 : | 20:28 | トラックバック

2006年05月26日

『追いかければ逃げるモノと引けば付いてくるモノ』

浦上俊司

こないだ桧山がシビレるコメントをくれた。
「野球選手が試合で使う体力は、試合の中でしか作られへん」と。
さすがヒーヤン。私の脳髄を直撃してくれる真理の言葉をありがとう!

私も研修スキルは研修本番の中で作られると常々思っている。
そして、やはり仕事で豪快に稼いでいきたいのでギャラは気にする。
超高価のオファーなら自分でもビックリするくらい気合が入って、いい研修効果をあげるが、超安値のオファーなら白けてしまう自分を発見する。誠に私は正直で分かり易い。

だからプロ野球選手が契約更改の席上で、球団と揉めて保留にした理由を「お金ではありません」と言うのは私には理解できない。

プロは堂々と経済を主張すればよいッ!

しかし、先のヒーヤンのコメントによって私の中で微妙に変化してきているのが、‘大切にすべきなのは、ギャラではなく実戦勘である’という事なのだ。

超安値の研修では、経済は得られないが実戦勘は得られる。
超高価の研修を追いかけると、経済は得られるが件数は少なくなる。そして実戦勘が鈍る。
実戦勘は目先のギャラ以上の価値に満ち溢れている。


ありがとうございます、感謝。ギャラを追いかけるスタンスが是正されるきっかけをくれた桧山。
ありがとうございます、感謝。ギャラを追いかけなくなった途端に超高価なオファーを下さるお客様。
ありがとうございます、感謝。「お金ではありません」のコメントの、ほんのひとかけらが分かりつつある今。

投稿者 : 浦上俊司| 06:46 | トラックバック

2006年05月25日

『空の向こうに』

浦上俊司

「辛い時や悲しい時は空を見上げるんだ・・・。」
とは昔に観た映画のセリフだ。

確か、『アユの物語』といって援助交際に走る女子高生が、やがて本当の愛に目覚めつつも最後にはエイズで死んでいくという実話に基づいた映画だったと記憶する。
あの映画以来、出張で渋谷に行くと、109あたりを歩いている女子高生がみんな援助交際をしているような錯覚を覚えたものだ。

さて、その映画の先のセリフだが、不思議と快晴の空には人の心を勇気付ける爽やかな力が宿る。
同じく満月の星空にも、人の心を優しく包み込むような癒しの力を感じる。

それはきっと、空の向こうには宇宙があって、今も宇宙は膨張を続けていて、私たち人類の進化と向上を温かく見守ってくれているからだ。

そしてこの世で愛する人を失ったとしても、きっと空の向こうには‘魂の状態’で、私たち残された者を温かく見守ってくれているからだ。

ありがとうございます、感謝。大自然とつながっている私たちの心。
ありがとうございます、感謝。私を守護してくれている空の向こうの人。
ありがとうございます、感謝。人は人によって傷付き、生きる事に絶望するが、人によって生き甲斐を取り戻す真理を気付かせてくれたアユ。

投稿者 : 浦上俊司| 09:26 | トラックバック

2006年05月23日

『狂気発露と慈悲降臨』

浦上俊司

朝からその男は荒れていた。
人目も気にせず、道端の自転車を片っ端から頭上に振りかぶり、力任せに路上に叩き付けていた。
そのたびに‘グゥワッシャ~ンッ!’という激しいクラッシュ音があたりに響き、通勤途上の駅に向かうサラリーマンや学生の迷惑そうな視線を全身に浴びていた。
関わりたくないので足早に去っていく人がほとんどだ。

察するに、自分の駐車場の前に勝手に駐輪した自転車が邪魔で、自分の車が出せない事に苛立ち、暴れているらしい。

私が歩ませて頂いている感謝道では「形あるものには全て命が宿る」という‘ものを大切にする心’を練り上げるのと、「自分が外に向けて発した言葉と態度は時を経て自らに帰す」という‘因果律’の理を学ぶというのが信念の中にある。

その因果律の真理は、‘果’として現われるのがいつなのかが分からない。(しかし必ず現われる)
仏教では‘順現、順次、順後、順不定’といって、蒔いた種がいつ花を咲かせ実を結ぶのか分からないが、すぐに現われる‘順現’は仏の救いそのものだと言われる。

あの男は種を蒔いた。
必ず花が咲き、実を結ぶ。宇宙真理は誠に厳粛で一切の躊躇も無い。
と気の毒に感じながら見ていると、早速に現われた。

順現だ。

仏があの男に慈悲を垂れたもうたのだ。

男が自分の車に乗り込み、ドアを乱暴に閉め急発進しようとした時、男が積み上げた数台の自転車の山が何かの意志を持ったかのように崩れたのだ。そして男の車のバンパーに、こすり付けるようにして当たった。

男はさらに目を吊り上げて車から降り、自転車を睨み付け、踏み潰し、完全にクラッシュしてしまった。そしてさらに悪因を作った。仏が与えたもう順現の慈悲の深さに気付かずに・・・。

猛スピードで走り去った男のその後に訪れた悪果を私は知らない。

何気なく通った駅までのいつもの道で、私の視野に入ってきたシーンだ。仏の声無き説法がそこにあるに違いない。
感謝道では、身に起こる事は全て必然と説き、身に起こった事は全て大難が小難に、小難が無難に変換されていると説く。

男の怒りの矛先が、通りかかった私に八つ当たりで向かわなかった事に感謝、と同時に目撃した必然の意味を探し求める日になった。

ありがとうございます、感謝。狂気を湛えた危ない男の姿から学べた因果律。
ありがとうございます、感謝。自分の身を壊してでも私に学びをくれた数台の自転車の命。
ありがとうございます、感謝。あの男の狂気が私の内側にも宿ってないかどうかの自己チェックが出来た今日の意義。

投稿者 : 浦上俊司| 16:38 | トラックバック

2006年05月22日

売れる営業の「方程式」

営業において「売れる」ためには何が必要だと思いますか?
人生において「成功」するためには何が必要だと思いますか?
経営者にとって(もしくは経営者になるためには)何が必要だと思いますか?

こう聞かれると、それを受け取った方それぞれにいろいろな思いや考えを巡らせますよね?
例えば営業が売れるためには?という質問の場合、
「うーん・・・やっぱり熱意かなぁ?あ、スキルも大事かな?」といった具合です。
私も研修でこのようなことを聞くのですが、その人によっていろいろな回答が出てきてとても
興味深いんですね。

そこでいつも私はこのような質問をする時に
「合っている、間違えているはないんですよ。ご自分が思うことを自由に答えてみてください」
という言い方を必ずします。我々は学校教育が一般的には長く、そこで培われた習慣(?)から常に質問された時に(まるで「パブロフの犬」状態に近い)
「この答えはこの質問に合っているか?間違えているか?」
ということをすぐ考えてしまう
んですね。

ですから自分の考えや思いを素直に表現できない、つい答えるのに躊躇してしまうことがあるからです。
ある程度学校教育では「白か黒」「○か×」という場面も必要ですが、それがあまりにも顕著なためこうなってしまうのではないかなぁと思っています。
さて、皆さんはさきほどの質問はどう答えますか?
実はこれを

言葉ではなく「方程式」でまとめてみるととても「頭の整理」につながります。
例えば私なら先程の「売れる営業とは?」という質問には
「売れる営業」=目標×能力×熱意×素直さ
と答えます。この式で言えば「目標」や「能力」などがない(=0)であれば「売れる営業」にはなれないと思っています。つまりこの場合「×(掛け算)」にしているのはどの項目が欠けても「売れる営業」にはなれないということなんですね。

また人によっては
「売れる営業」=熱意(根性)+スキル+夢

と答える方もいるかもしれません。この場合の「+」はどれかが仮に「0」であっても他の項目の数量(度合い)が多ければ「売れる営業」になれるということになります。しかしどちらにしても「合っている、間違っている」ということはありません。ここで大切なのは「自分はこう考える!」ということをしっかり言えて、まとめることができるかどうかが問題になっているんですね。もっと簡単に言えば、こうなりたいと思う自分自身の「方程式」を持つことが大事だと思うんです。
たまたま今回は「売れる営業~」ということを題材にしていますが、いろいろなことでも言えますよね?
「成功するための自分自身の方程式は?」
「自分が目指す管理職になれるための自分自身の方程式は?」

「ハッピーになれるための自分自身の方程式は?」 などなど・・・


PS
以前学生のころに国語でこういう問題がありましたよね?(いまでもあるんでしょうか?)
ある文章に傍線部などが引いてあって、
「作者はこの時どう思ったでしょうか?句読点を含め20字以内で書きなさい」
という問いです。まぁこの場合「学校」での答え方は、前後の文脈からそれらしき文章を選ぶことが要求されましたよね?しかし今の年齢になってなおかつ本を執筆する立場になって分かったことは、
こんな質問は社会では実は「愚問」(?)
ではないかと思っています。
今の私なら
「そんなのは分からない」もしくは「作者ですら分からないかもね」
と答えます。
好きで本を書いているのですが、やはり書いている最中は結構辛いものです
(唯一この辛さが癒されるのは、
「自分の本が書店で平積みされて売られているとき」と
全く今まで面識のなかった方から「高橋さんの本を読みましたよ」と言われる時なんですね)。
その際どんなことを考えているか?まぁ辛いなぁと思っている時は
「こんなの放り投げてどこかへ遊びに行きたい!!」
という本の内容とはまったく関係ない思いが私の頭の中をぐるぐるめぐりますよ(笑)。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 09:25 | トラックバック

『桜、天晴れっ!』

浦上俊司

いやぁ、感動をありがとう!波乱尽くしだった5月場所が幕を閉じた。
千秋楽で久々の勝ち越しを決めた高見盛の涙も良かったし、千秋楽で白鵬vs把瑠都をマッチメイクしてくれた北の湖理事長の英断も良かった。

いやいや、それだけではない。5月場所は私にとって‘感動の玉手箱’だった。

稀勢の里が千秋楽で勝ち越してくれた事で、来場所の新三役にグッと近づいたのも良かったし、‘地位が力士を育てる’というが、強い把瑠都をまさに地位でねじ伏せた雅山と白鵬の意地も素晴らしかった。

さらには優勝決定戦で両雄全力を出し尽くした大一番にも感動した。(ああいう相撲をお茶の間に見せてくれると、必ず相撲人気は再燃する)
涙を誘ったのはそれだけではない。君が代を一緒に口ずさむ白鵬の姿にはシビレたぞよ。(お前は立派な日本男児だッ!言葉遣いも面構えも!・・・コラッ!NHKのアナウンサーッ!‘モンゴル語でお父さんにメッセージを’などと、しょーむないカラミをするなッ!白鵬が困っとるがなぁ・・・)

と今場所の振り返りは語り尽くせないが、その中で最も私の心をワシ掴みしたのは北桜と豊桜にファンクス並みの兄弟愛を感じた事だ。

なんとか十両陥落を免れた兄・北桜が、十両優勝に挑む弟・豊桜に気合いを入れる姿にファンクスが重なった。
これで来場所は兄弟そろって幕内で暴れてくれ!頼むぞッ!‘桜兄弟’。

往年の‘若貴兄弟の上品さ’なんかより‘桜兄弟の無骨さ’のほうが充分魅力的なのだ。

ありがとうございます、感謝。ほんまにオモロなりそうなワクワク7月場所。(把瑠都が今場所の経験を活かし、カキ回すはずだ)
ありがとうございます、感謝。モンゴル勢の先駆者・旭鷲山。(お前は相撲界の野茂や)
ありがとうございます、感謝。威風堂々たる白鳳に流れる最強遺伝子の元、ムンフバトさん。(モンゴル横綱だけあって史郎さんより強いかも?)

投稿者 : 浦上俊司| 08:32 | トラックバック

2006年05月20日

『マッチメイクに疑問』

浦上俊司

こ、こ、こ、こらぁぁぁ~~ッ!な、な、な、何を考えとんねんッ!相撲協会の番組マンはッ!
私は昨日、13日目が終わった時点で残り二日間の取り組み予想を見て、開いた口がふさがらなかった。

なんで白鵬の残り二番が千代大海と魁皇やねんッ??!
磐石の風格漂う白鵬に、肘がイタイイタイ病の千代大海をぶつけても、胸がイタイイタイ病の魁皇をぶつけても3秒と持つまい。

なんで把瑠都戦を組まぬかッ!!

今の白鵬には、朝青龍か把瑠都しか土を付けれる力士はおらんぞよ。(今場所は、たまたま雅山に負けたが・・・)
この取り組み編成は、明らかに白鵬を初優勝させるための番組マンの意図(相撲協会の意図?)としか私には思えんッ!!
白鵬をベビーフェイス(善玉)として位置づけて、ヒール(悪玉)の朝青龍と熱きバトルを繰り返させる‘龍鵬時代’(青が勝つか白が勝つか)を到来させたいのだろうが、作られたスターにはファンは敏感だ。全てをなぎ倒して優勝してこそ、ほんまの白鵬である。

もっともっとファン心理を考慮しないと凋落の相撲人気を救えぬぞ。
なにも14日目や千秋楽は‘横綱vs大関’を組まねばならぬとの古き慣習にこだわる必要は無い。
一番勢いのある力士を上位にぶつけるべきだ。それがいい経験になって若手も育つ。ファンも興奮する。ひいては昔のように連日‘満員御礼’の垂れ幕が館内にかかるのだ。

PRIDEやK-1を見習って欲しい。ファンが望む‘夢のカード’を惜しみなくどんどん提供しろッ、相撲協会!

千秋楽は白鵬vs把瑠都が実現しないといかんゾ!

ありがとうございます、感謝。大銀杏が結えないスピード出世の把瑠都の底力。(髪の毛が伸びる速度よりも出世が早い)
ありがとうございます、感謝。大銀杏が結えなくなりつつある北桜のパフォーマンス。(来場所も私を虜にしてくれ)
ありがとうございます、感謝。大銀杏が完全に結えない白露山のむき出し頭皮。(往年の青葉城を完全に越えちゃったッ)

投稿者 : 浦上俊司| 00:03 | トラックバック

2006年05月19日

『東急ハンズ』

浦上俊司

新宿の東急ハンズは平日の昼間でも混んでいた。
確かに混んだ店内でキャリーケースをゴロゴロ引きずる私の存在は迷惑だったに違いない。

すぐ後ろに‘危険な氣’を感じた。

振り返ると、ウォークマンのヘッドホンからカシャカシャとビート音を漏らしながら、反射するような薄茶色のサングラスをかけ顔面に画鋲を埋め込んだ金髪兄ちゃんが血走った眼光で迫っていた。

私のキャリーがよほど邪魔になったのだろう、私を追い抜きざまにチェッ!と舌打ちして“邪魔なんだよなぁ・・・、どけよッ!”とつぶやき、私にメンチを切って足早に歩いて行った。

高校時代の私なら間違いなく後を追いかけて、トントンと後ろから肩を叩き、振り向きざまに迷うことなく掌底を相手の鼻柱に叩き込んで鼻骨をヘシ折っていただろう。
そして倒れた顔面をかかとで躊躇なく踏みつけて、とどめをさしていたはずだ。

しかし現在は42歳のオッサンで、もったいなくも感謝道を歩ませて頂いている修行中の身である。
早速、気付きの修行に入る。

結論から言えば、私に兄ちゃんをイライラさせるオーラがあったのだ。
私に何かが足りないから、兄ちゃんをイライラさせたのだ。
まだまだ私は感謝道初級やのぅ~・・・。反省。

感謝道の師範級になれば、まずこのような事象には遭遇しない。
初級だから、レベルの低い兄ちゃんの人生修行の題材に私が加わってしまうのだ。(波長が合ってしまうのだ)

あの兄ちゃんには当然、因果律の法則(他人に向けて自分が発した感情や言動は必ず自らに返ってくる)によって天から‘倍返しの悪事象’が身に降りかかる。
その時に人生真理に気付くか否かが問われるのだが(多分あの兄ちゃんには無理だろう。何にも気付かず愚痴に不平を重ねて、とことん堕ちていくだろう)、そこまでは多くの人の力を借りて我々は進化と向上を目指す。

気付いて見返って懺悔して、‘生まれてきた本来の使命’を理解するまで色々な事象に巡り合い、色々な感情を体験するのだ。

社会の役に立たない犯罪者予備軍のような兄ちゃんのお陰で色々な感情が学習できた。
この世のクズでも、たまには役に立つ。おおきに!

ありがとうございます、感謝。気付きをくれた東急ハンズにいた危なそうな兄ちゃん。(まともに働かんかえッ!!)
ありがとうございます、感謝。一瞬の激昂もクンバハカと感謝道で乗り越えられた実例。(この年で傷害で捕まっては堪らんぞよ)
ありがとうございます、感謝。ハンズで物色できた生活面白グッズの数々。

投稿者 : 浦上俊司| 09:27 | トラックバック

2006年05月17日

なわばり

私もそうですが、誰でも「なわばり」というものがあります。
イヌでもネコでもなわばりはあります。
「ここまではいいけど、これ以上入ってくるな!これは俺(私)のなわばりなんだからね!」と。
赤の他人との会話の距離と、親しい友人とのその距離は違います。
さらに愛し合う者同士であれば、さらにその「距離」は縮まりますよね・・・

まぁ言ってみれば、その「距離」は自分とその相手との「心理的な距離」でも
あるわけです。

こんなことは、心理学に興味のある方なら「なぁんだ、そんなこと~」かもしれません。
しかし、この「距離」=「なわばり」を実感したのは、私が学生時代に塾の講師を
やっている時でした。

私は当時中学生の数学を教えていました。
(あ~早いもので、当時中学生だった生徒さんも今では30~33歳くらいになっています)
その時感じたことは、こんなことでした。
(ちなみに座る席順は、この塾ではまったくの自由でした)

・「前の週で成績の良かった子は、今週座る席は先週より1列程度前進する」
・「前の週で成績の悪かった子は、今週座る席は先週より2列程度後退する」

ということなんですね。

またさらにいろいろ調べると、
「前に座る子が概ね成績は良い、もしくは成績はアップしやすい」
「後に座る子は概ね成績は芳しくないし、さらに成績は下降しやすい」
「いつも座る席を定位置に決めている子は、通期通して成績はアップせず、さらにならだかに下降しやすい」

ということも分かってきました。別に成績が悪いからって怒鳴り散らす講師ではありませんでしたが、
生徒さんにとっては、成績の良し悪し=席順の前後を自然と決めていたんですね。
つまり自然と自分で「なわばり」を作り、そこでまた自然と自分の「立ち位置
(ここでは成績)」を決めている
んだなぁ・・・と思ったわけです。

実はこれは大人の世界でもあります!

それが最も分かるのが、研修のときの席順です。
もちろん講師として来ているわけで、各個人受講生の普段の業績など知る由もありません。
(最近個人情報もうるさいですし、余計な個人データはもらわないようにしています)
しかし、だいたいその方々の業績って分かってしまうんですね・・・その座席で
講師である私と自然と「なわばり」を作り、そこで自然と自分の(会社での)「立ち位置」も表現
しているように見えてならないのです。

どこの企業での研修でも大抵そうなのですが、
前から2列までは案外早く席が埋まるのですが、一番前はなかなか埋まらない。
そしてその最前列のアリーナ席(笑)は・・・
「時間ギリギリに研修会場に入った哀れな方々」の指定席
となるんですね(笑)。
だから私はいつも研修会場には誰よりも早く行き、そして誰がどこの席に座るのか?
を注意深く見るようにしています。
誰がどこに座るのか?どのあたりで座るのか?など・・・
つまり、その方々を知ろうとすることが「私の仕事」の第一歩なのです。

そして自然と受講生の方々が無意識で作っていく「なわばり」を観て、研修会場の雰囲気や
「場の流れ」をなるべく早く捉えるようにしているんです。

一度会議や研修会場でもいいので、座った座席位置を客観的に観てください。
まさにその「位置」が「会社における今のあなたの立位置」
かもしれませんよ・・・

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)


投稿者 : | 19:41 | トラックバック

『骨折からの学び』

浦上俊司

松井秀のエグイ角度で曲がった戦慄の骨折から数日が経ち、彼が手術後のインタビューに応えていた。

その中のコメントで私が驚いてしまったのが、「いつか、こんな日が来るのではないかと、どこかで怯えていたような気がする・・・。」と言ったことだ。

イチローと並ぶ世界級のプレイヤーでさえも、不安と戦いながらプレイしていたのだなぁ、とある種の親近感さえ感じた。

しかしここには見逃せない真理が見事に結実されていて、つくづく宇宙真理の厳粛さに恐れおののく。

天風師が言うところの‘鋳型’が出来ていたのだと思う。

天風哲学では、「心で強く思ったことは、その時点で宇宙に鋳型が出来る。そしてその鋳型どおりに実現しよう実現しようと宇宙霊が動き出す。そのように人間の背後で常にほとばしり出ようと待ち構えているのが宇宙霊だ。ゆえに心を絶対に積極化しなければならない。」と教えられる。

さらに、宇宙霊には善悪の感情がないので‘積極’であれ‘消極’であれ、人間が心で思った通りに‘建設の方向’にも‘破壊の方向’にも全力で実現されてしまうのだ。
まさに‘人生は心ひとつの置きどころ’である。

松井は無意識のうちに‘破壊の鋳型’を作ってしまっていたのだろう。
イチローと金本アニキは無意識のうちに‘建設の鋳型’を作っているのだろう、不思議と怪我をしない。

どんな人間にも備わった天賦の心の力を、まざまざと見せつけられた骨折からの学びだ。

ありがとうございます、感謝。松井には気の毒だが、骨折からの学びで天風哲学の真髄を再認識出来た事。
ありがとうございます、感謝。夏には復活するであろう頑丈な松井の肉体。(奇跡の復活の末、タイガースで掛布監督・松井4番を実現してくれ~)
ありがとうございます、感謝。ビジネスもスポーツも真理は同じ、私のいるビジネスの世界で‘建設の鋳型’を作ろうとの決意。

投稿者 : 浦上俊司| 11:04 | トラックバック

2006年05月16日

『ジーコの決断』

浦上俊司

久保が落ちて巻が選ばれたそうな。23人のサムライを選ぶ事で、悲喜こもごも伝わってくる。
私はサッカーはあまり興味なくルールもよく分からんが、前評判では久保だったらしく劇的な逆転人選だったらしい。

ジーコの眼力、的中するか?・・・興味津々である。

もう10年以上も前になるが日本代表メンバーに、三浦カズが落ちて城が選ばれた時は岡田監督(阪神のちゃいまっせ。阪神の岡ちゃんは最高です。今年も優勝やッ!)の眼力を疑った事を記憶している。

三浦カズといえば日本のサッカーを世界レベルに近づけた第一人者。
もちろん海外の選手間でも知名度があった。そのカズが控えにいるだけでも存在価値があったのに(今で言うとイチローがベンチにいるだけで相手に与えるプレッシャーは相当なはず)、底無しの持久力を持つ北沢豪と共に外された。

あの時はショックやったなぁ・・・。
サッカー素人の私でも立腹したのだから、カズファンは憤懣やるかたなかったと察する。
まして、選ばれた城がヘラヘラと笑いながらプレーするし、画面に映るたびにクチャクチャとガムを噛んでピッチに立っている姿に怒りは増したものだ。

今回も久保ファンは内心忸怩たる思いを抑えきれないと思うが、もう決まったことだ、気分一新、ここは日本国民一丸となって来月からの1次予選を応援しようではないか!
国際試合は野球同様、サッカーも‘戦争’だ!
大和魂見せつけたれッ!!神風特攻隊やッ!!


それに巻のコメントも立派だったぞよ。
「僕が選ばれたという事は、落ちた人がいるという事なので・・・」と言って、決して浮かれたコメントをしなかった。
好感が持てた。
爽やかなスポーツマンとしてのマインドが出来た人なのだなぁ・・・巻は。

ありがとうございます、感謝。若いのに落ち着いたコメントをするプロサッカー選手。
ありがとうございます、感謝。落ちた悔しさでさらに成長するであろうプロサッカー選手。
ありがとうございます、感謝。日本中をWBC以上に熱狂させてくれるであろうプロサッカー選手たち。(今年が元年だったWBCに比して伝統と歴史のあるワールドカップの注目度は凄いはずだ)

投稿者 : 浦上俊司| 08:35 | トラックバック

2006年05月15日

『流暢な日本語は覚悟の差』

浦上俊司

曙が、ただの醜いデブで弱すぎても、その昔、北尾が高田の掟破りのハイキックで無様な失神KOされてどっか行ってもても、期待した戦闘竜がPRIDE転向後あまりパッとしなくても、相撲が最強格闘技でストリートファイトやったら相撲取りがいっちゃん強い!との幻想を捨てきれない私だ。

エストニアの用心棒(ほんまに前職はナイトクラブにいたそうな)把瑠都は、今からすぐにでも総合格闘技で通用する。
そして相撲取りについて、もうひとつ感心するのは日本語の上手さだ。
ファイティングスピリットの権化、朝青龍はナマリさえもない流暢な日本語を話す。(完璧なイントネーション!)

街に溢れる若者の‘チョー○○やし~’とか、事あるごとに‘ヤバイ’を繰り返すだけの枯渇したボキャブラリーに比して何十倍もモンゴル勢の話す日本語のほうが聞きやすい。

これは見習わなあかんでぇ~、プロ野球選手。
何年も日本球界にいる助っ人外国人のヒーローインタビューはいまだに通訳付きだ。
相撲取りの勝ち力士インタビューは、荒れた息遣いがマイクにかかって何を喋ってるのか分からん時もあるが、少なくとも通訳はおらんぞよ。

これは‘覚悟’の差からくる。
日本語習得のスピード差はひとえに‘覚悟’の違いだと察するのだ。
母国を捨てる覚悟で入門してくる外国人力士は‘その気’で日本語を勉強する。
出稼ぎ感覚のプロ野球選手は、日本語に対して‘その気’になってくれない。

こらっ!シーツ!
お立ち台では、「おおきに~!まいど~!阪神ファン最高でっせ~!」くらい喋らんかぇ!

ま、でも今の調子で打ち続けてくれたらそれでええわ。
喋れんでも金本アニキと今岡とで、甲子園バックスクリーン3連発を今シーズン中にほりこんでくれたらそれでええわ。

ありがとうございます、感謝。舞の海のモンゴル版、安馬の流暢な日本語。
ありがとうございます、感謝。往年の輪島のモンゴル版、白鵬の流暢な日本語。
ありがとうございます、感謝。相撲でも野球でもサッカーでも、日本で活躍してくれる助っ人外国人たち。

投稿者 : 浦上俊司| 12:17 | トラックバック

2006年05月13日

『仲間に支えられる喜び』

浦上俊司

「浦上さんのコラム、好きなんです。思い切ってブログという形で立ち上げませんか?」
あるメルマガに週一回の投稿をしていた私に、神戸のITコンサルタント氏から嬉しい助言を頂いてから早いもので約一年が経つ。

以来、好きなことが高じて、ほぼ毎日公開する日記代わりのブログになった。
このブログを見て興味を持った!と研修依頼オファーを沢山頂戴している今、インターネットの底力に感銘を受け続けている私だ。

その氏が、さらにバージョンアップを画策してくれ、トップページの‘受講生の声’を集計して貼り付けてくれた。さらにベストセラー作家の池田光氏までも引っ張って来てくれ、推薦コメントまで頼んでくれた。

アナログな私一人では全てが出来なかった事ばかりだ。
私に出来る事は、思いのままを指先に込め、キーボードに文章を打ち込むだけだ。

ふと見渡すと、世の中で自分に出来る事は数少ない。ほとんどが多くの方たちの知恵とスキルに支えられて生活している。いや、生かされている。

毎日着るスーツを作る事は私には出来ない。
毎日履く靴を作る事も私には出来ない。
毎日使うPCや携帯も作れない。(中身はどないなっとんねん?ほんまにミクロな‘小宇宙’や)
毎日見るTVもどんな仕組みで映像が流れるのか皆目わからない。(子供の頃は中に誰か入ってると思ってた)
毎日感動をくれるタイガースナインの真似は到底出来ないし、ゾクゾクする試合のために日々トレーニングを積んでくれるPRIDE戦士のボディには天地が引っくり返っても近づけない。

自分に出来ない事をして下さる方との出会いで人生は変わる。
このブログのフレームを作ってくれたコンサルタント氏との出会いで私の人生は好転していった。
さらに、私に出来ない事をして下さる池田氏から頂いた以下のメール文は心に沁みる。

>>世の中は何が起こるかわかりませんし、
>> また、何でもありだと思います。
>> 浦上さんのブログが
>> 誰の目にとまって、
>> どんな話になるか
>> 楽しみなことです。
>> 発信したあとは、
>> 動け、世の中!ですね。


池田氏の文章は、いつも行間から温かい何かが滲み出る・・・。


ありがとうございます、感謝。私には出来ない事をして私を支えてくれる世々の人々。
ありがとうございます、感謝。その分、自分に出来る事を全身全霊打ち込もうと燃える決意。
ありがとうございます、感謝。人生は誰と出会うかで決定していくという真理。

投稿者 : 浦上俊司| 14:07 | トラックバック

2006年05月11日

商売の基本

私は仕事を終え、家に帰るとニュースを観る事も多いのですが、
ほとんどは映画を観ることが日課になっています。
ジャンルは問わないし、何度も同じものを観ることも多い。
また最近では昔の映画のDVDが格安で売られていることもあって、
つい「あ、これ観たかったんだよな~!」という映画タイトルを観ると
つい衝動買いしてしまいます。
(映画はかなり観ている方で、それなりに”映画通”かな?と自負していますが・・・)

さて、最近とある映画を入手して観てみました。

もともとは教育用ビデオ(ちなみに保健・体育のビデオではありません・・・念のため(笑))
として作られたものだそうですが、かなりこれに感動してしまったんです。

題名は「でんびんの詩」というものです。(知ってました?)

この映画の内容は割愛しますが、まさに「商売の基本」「営業の基本」
あらためて思い出せてくれる映画でした。
登場人物が少年(それも金持ちの商人の長男なので、結構クソ生意気なガキですが
かなり演技はうまい!!)ということもあり、最後のシーンではかなり泣いてしまいました。
これはこの「クソ生意気なガキ」がかわいそう・・・ということで泣いたのではないのです。

この「クソ生意気なガキ」の姿に、新人のころの「自分」を観た

からです。

売れなかった時の自分・・・

売れなくて毎晩うるさい上司から、たっぷり「愛のある説教?」を真夜中まで受けていた自分・・・

「ちくしょう!今に見てろよ!」と歯を食いしばっていた自分・・・

周りの同期は皆売れているのに、ただ一人売れなかった自分・・・

売れないことで、すべてがイヤになって自暴自棄になってしまった自分・・・ 
など。

これらが走馬灯のように(今は既に40になってしまった)私に一気に訪れたんです。
そしてなぜか・・・ツーっと涙が溢れてきたんです。

そっかぁ・・・俺もこういう時期があったんだよな。

そして上司や先輩の力添えがあったから、自暴自棄になった自分が何とかドロップアウト
しないで頑張って来れたんだよな。

まったく頼りなく、ノリは軽い新人の私にすべてを任せてくれたお客様がいらっしゃったんだよな。

そして・・・(当社の社訓にもなっていますが)
ただ売ろうとするのではなく、またお客様が望むものを売るのでもなく、
お客様のためになるものを売ることが善である・・・このことをあの時ちゃんと仕事を通じて経験させて
くれたんだよな。

(このブログに掲載している浦上先生のお言葉ではありませんが・・・)
自分以外のすべての方々に、本当に素直に感謝できた瞬間
だったんですね。
あらためて「商売の基本」を再認識できた夜でした。
しかし・・・こんなことがないと「再認識」できない自分もいかがなものか?とは思いますね。


(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)


(PS)
先日あるお店に行って、気づいたら新しいヘルメットを買っていました(笑)
まさにこの店員さんの「お客様のためになるものを売る」姿勢が立派で
それに感動して買ってしまったんです。今年の夏はこれで行きます!!

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投稿者 : | 17:55 | トラックバック

『波動』

浦上俊司

きっと‘波動’という目に見えないものは実在するのだと本能で感じる。
とりわけ、人間が発する言葉によって口から外に吐き出される波動は、周囲にかなりの影響力を有していると感じる。

私が実践している感謝道(先のブログ『感謝道の定義』)では、食事を頂戴する時にも、食材に向けて‘ありがとうございます、感謝’の言霊を放射してから戴く。すると不思議なもので、食材の味は格段アップするし、きっと添加物のような身体に悪いものも低減されるように感じる。

このごとく‘感謝’の言葉の波動は凄まじい力を持っているが、逆に凄まじい醜さを有するのが‘愚痴’の言葉の波動だ。
目には見えねど、愚痴の言葉の波動は物凄く汚い。(と私には直感で伝わってくる)

実験として、愚痴の言葉を吐く息を、金魚を入れたナイロン袋に吹きかけると金魚は数時間で死ぬという話を聞いたことがある。

私も週に一回は‘愚痴’の波動を全身に照射されているが、その時は確かに体調が悪化する。
その波動を受けている時は、私の場合は背中に痛みを感じたり、目の奥の右脳に鋭い痛みが走る。(まぁ、そんなに過剰に反応しなくても良いものなのだが、修行が足りず、器不足ゆえに敏感に反応してしまう私の心と身体だ)
そしてその‘愚痴’の空間から外に出ると、瞬間に嘘のように体調が元に戻る。(このあたりが、変に素直な私の心と身体だ)

こんな話をすると、色々な人が「それは、生霊の仕業だ。お祓いをしたほうが良い。」だの、「それは浮かばれない先祖の苦しみが、あなたに縋ってきてるのだ。」などと言ってくる。

まぁ、真相はそうかもしれないし、そうでないかもしれない。
それは分からぬが、大切な事は根拠のない迷信じみたオカルト話に怯えるのではなく、そこから感謝の意味付けをして学びに変えることが、本当にマインドの強い人間がすることなのだ。
それが感謝道の師範級を目指す人間のあり方である。

ありがとうございます、感謝。目には見えないがハッキリと波動を感じる潜在意識。
ありがとうございます、感謝。愚痴の波動を照射されても、体内に取り込まずに跳ね返せるマインド。
ありがとうございます、感謝。どんなことがあっても私は愚痴の波動を放射すまい、と学べる環境。

投稿者 : 浦上俊司| 08:05 | トラックバック

2006年05月10日

『人は見た目が9割』

浦上俊司

タイトルを見て、ググッ!な、な、何?!と抵抗を感じた。
おそらくイケメン兄ちゃんが恵まれた容姿で今までの人生をいかに有利に送ってきたかという自叙伝か、もしくは新宿のホストが女から一財産を巻き上げるまでの武勇伝か、または流行のプチ整形に関する入門書か・・・。
どんな本やねん?と思い、書店の棚に手が伸びた。

新潮新書という硬い出版社から出ているし、作者は元大学教授の博士だし、背表紙の著者近影から判断しても‘見た目’で大いなるアドバンテージを有するルックスでもない。(笑)・・・失礼っ!

小説好きの私としては日頃縁の無いジャンルではあるが、興味を持って買った。680円也。

タイトルが衝撃的なのに比して、内容は極々マトモで真面目。
ノンバーバル(非言語)が占めるコミュニケーションの優位性について漫画や舞台演出の観点から心理学的に証明していくという展開。

正直言って特に新しい発見はなく、グイグイ引き込まれることもない3時間の読書タイムだったが、次のフレーズは心に残った。(また、研修で使わせて頂きます)

“私たちは子供の頃、小学校の先生に「人を外見で判断してはいけない」と教えられた。それは「人は外見で判断するもの」だから、そういう教育が必要だったのだ。逆に言うなら「人を外見で判断しても基本的には問題ない。ごくまれに例外があるのみである。」といってもよい。”

なるほどなぁ。
私たちは、放っておけば○○になってしまうものに対しては○○してはいけないよ、と確かに教えられたもんだ。

‘見た目’は大切であるという真理については私も研修でよく言ってきた。(先のブログ『人相学』でも触れた)
‘見た目’とは、顔の造作ではない。表情だ。
‘見た目’とは、顔の部品ではない。面構えだ。
前者は親が作ったもの、後者は自分が作るもの。ゆえに‘見た目’は、その人を評価するうえで大切なアイテムなのだ。形なき心は形に表れる。

もちろん顔だけではない。この本の中で触れるノンバーバルは、立ち居振る舞い、何気ない仕草、手の動かし方、歩き方、姿勢、声のトーンから話すテンポ、はたまた瞬きの回数にまで及ぶ。
いずれにせよ後天的に自分が創るものばかりである。

ありがとうございます、感謝。私が感じていたことを本にして世に出してくださった方。
ありがとうございます、感謝。先天的なものには自信はないが後天的な‘見た目’を高めていきたいモチベーション。(男も女も中年過ぎて、あきらめてしもたら終わりや。急降下あるのみ)
ありがとうございます、感謝。今日も出会った多くの人の‘見た目’を観察できた事。(今から夜まで更に観察は続く・・・。ありがたいなぁ。)

投稿者 : 浦上俊司| 13:27 | トラックバック

2006年05月09日

『天風哲学』

浦上俊司

私の内側で‘天風ブーム’が再燃している。
天風師は不思議な存在感を有して、私の心のド真ん中にドッカリと住んで下さっている。クンバハカの態勢で微動だにせず鎮座ましましておられる。

人生におけるあらゆる外的刺激によって、心の‘軸’がブレそうになると、いつも夢を通して天風師の地を揺るがすようなダミ声が私の脳に響く。

信念を強くせよッ!!」と叱咤激励して下さる日もあれば、「今すぐに心を積極にせよッ!!」と観念要素を掃除してくださる日もある。
また「宇宙霊が背後から抱きかかえるように優しく包み込んでくれているッ!!宇宙霊と一体であるッ!!」と目に見えないところの真実に触れ、私に“絶対の安心立命”を授けてくださる日もある。

私は『哲学形成のベース』で触れたが、天風哲学に大いに影響を受けた時期がある。東京出張の際、護国寺の中村家のお墓参りが楽しみだった。天風師がそこにいらっしゃるような気がして清らかな涙を流したものだ。

その後、私は天風哲学から少し距離を置いたことがある。その理由は二つある。

ひとつは、私の信念の根幹を成す‘輪廻転生’については言及されなかったからだ。
天風師は‘人生は一度きり’をよく強調された。しかし今思うには、輪廻転生を否定していらっしゃったのではなく、‘今回の人生は一度きりだと思って全力で活(天風師はこの字をお使いになる)きていけ!’という意味だったのかと察するが。

二つ目は、‘積極’や‘信念’というキーワードが前面に出るあまり、私が研修で出会う受講生のように“どう考えても積極になれない人”や“信念や理想とかとは最も遠い距離で生きている人”に対して、どう導いて差しあげれば明日からの人生を元気と勇気とヤル気で歩んで頂けるのだろうか・・・と悶々としてしまったからだ。

そして私は感謝道を体系化した。(感謝道はマイナス志向の人も無気力思考の人も救える)

がしかし、ここ数日来のマイブーム再燃の感覚を受け、私がバイブルにしている「運命を拓く」をひも解いてみた。
横線と二重丸と囲み線でボロボロに使い込んだ本だが、ぜんぜん読み込めてなかった自分を発見し恥ずかしくなった。

ちゃんと天風師は‘感謝’についても教えて下さっていたのだ。

すべてのことを喜び、すべてのことに感謝していく。感謝に値するものがないのではない。感謝に値するものに気づかないでいるのだ。」とシンプルに残して下さっていたのだ。

さすが昭和の哲人、中村天風先生。

今の私にとって必要だから、天風哲学の芯の芯を学びなさいと、大いなる何かが導いて下さっているのだろう、次の研修本番日まで、しばらくは引き篭もって読破しようと思う。

ありがとうございます、感謝。爽やかに溌剌颯爽と力強い文体でグイグイ入ってくる天風語録。
ありがとうございます、感謝。私のような凡夫には、極め切れなかった真如苑の仏教概論。
ありがとうございます、感謝。感謝道が天風ブレンドで、さらにバージョンアップしそうな予感。

投稿者 : 浦上俊司| 09:55 | トラックバック

2006年05月08日

俺にできたんだからさぁ~

営業の方々(大抵は売れる営業の方)と話していると、次のようなことを聞きます。

「俺にもできたんだから、努力すれば誰でも売れる」と・・・

まぁ確かに個人の意見としては聞けるのですが、これが管理職になった人が
このようなことを部下の前で言うのはいただけないなぁと思うのです。
確かにそう言っている本人は、
「もともとは全然営業に向いていないと思ったんだけど、やってみたら(もちろんかなり
努力もして)結構売れるようになった」と謙遜ではなく、素直にそう思われている方も
案外多いものです。
だから、その次に出る言葉も素直に(それも何ら嫌味なく)言えるわけです。
「俺にもできたんだから・・・」と。

しかしそれを言われた部下の目線に立つとまったく違った見え方になります。
つまり・・・

「だって○○部長は売れたからその立場になっているんじゃないですか~」
とか
「○○部長はもともとから売れている人なんでしょ?
(だから売れないヤツの気持ちなんか分からないよな・・・)」
と。

つまり「もともと全然営業に向いていない」と思っていた○○部長の若い時代を
部下は知らないし、見てもいない。
分かるのは売れて、成功して、それなりに自信を持っている現在の○○部長だけ。

これだけの意識のギャップがある中で、
「俺にもできたんだから・・・」という言い方はまったく部下には通用しないんです。

例えば今あなたの目の前に90歳のおじいちゃんが歩いているとします。
もうお歳ですし、腰も曲がっていらっしゃるかもしれない・・・
歩きもおぼつかないかもしれない・・・
その方を観て、あなたはそのおじいちゃんの「イキがよくてガンガンに働き、遊んでいた」
ころを想像できますか?
もしかして、そのおじいちゃんは「生まれてから今までヨタヨタしたおじいちゃん」なんだと
つい思っていまう自分がいませんか?

そういうおじいちゃんに「俺の若いころはよぉ~」と言われて、確かにそういう時代も
あったんだろうなぁ・・・と頭で理解できても、つい実感してしまうのは
「90歳のおじいちゃん」・つまり現在ある姿しか実感できない「悲しい視点」しか
持てないものです。

これと同じような視点を部下は実感してしまうのです。

だから管理職になって部下に教えるのは「どうやったら売れるのか?」を具体的に
示すしかないのです。絶対「俺にもできたんだから・・・」は禁句ですよ。

(PS)その1
今日用事があって市役所に行きました。周囲を見渡すと高齢の方々が多いことに気が付き
ました。ふと「この方々も青春を謳歌して、その人なりの年齢を重ね、今こうしていらっしゃるのだなぁ」
と思ってしまいました。

(PS)その2
この度、株式会社コンサルジェント様とのコラボレートセミナー企画で、公開セミナーを実施
することになりました!
詳しくはこちらから!です。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

 


投稿者 : | 21:16 | トラックバック

2006年05月07日

『BGM』

浦上俊司

私の大切な友人が毎日メールで‘今日の一言’という人生の格言めいた言葉を送ってくれる。
出どころは知らないが、週に一回くらいは私の心にヒットするものが含まれている。

先日の言葉で、面白かったのは‘感情はBGM’だとの事。
実験として、音の入っていない映像だけを見せる。他愛の無い動物がじゃれあっているような漠然としたものだ。
見た人はその映像から様々な思いを心に描く。

例えば、草原をヨチヨチと歩く3羽のヒヨコがいる。
仲のいい兄弟のようで、歩きながらお互いにぶつかり合ったり、ペースが合わなくてこけたりしながら一定の隊列をなしてヨチヨチと歩いている。
少し離れたところに一匹の猫が昼寝をしている。
ヒヨコが猫に近づいてくる。
猫はその気配を察し、目は閉じているが耳はピクピクと動かしている。
猫とヒヨコの隊列が30センチの距離に接近遭遇した時に、突然、猫が目を開けてヒヨコを見た。

・・・と、ここまでで映像は終わる。


そして後から幾種類かのBGMを乗せて再度同じ映像を見る。
ほのぼのとしたBGMあり、恐怖を煽るホラーっぽいBGMあり、ハードロックあり、演歌あり、と・・・。
不思議なことに映像は同じでも、彩るBGMによって受け止め方が全く変わってくる・・・という具合だ。
つまり感情はBGM。
私たちは‘ひとつしかない事実’に対し、受け止め方は十人十色。これは十人十色のBGMを脳内にセッティングしているからに他ならない。

まさにこの思考方法こそが「感謝道」の真髄に触れている。

ありがとうございます、感謝。色々なシーンで様々なBGMを流す人間の脳というオーケストラ。
ありがとうございます、感謝。毎日大変だろうにマメに私にメールをくれる姫路の友人。
ありがとうございます、感謝。流れるBGMは概ね‘感謝’のBGMが主流を占める私の脳。

投稿者 : 浦上俊司| 08:42 | トラックバック

2006年05月06日

『勝者と敗者の美しさ』

浦上俊司

昨日の興毅は強かった。
今までの強さに加えてクレバーさが加わり、風格漂うボクシングでホンマに世界が手に届くようになってきた。ますます山本KIDとケンカさせたい欲望が抑えきれぬ。

大毅も強かった。
相変わらずのハードパンチで、観客をスカッとさせる試合運びは大したもんだ。(歌だけはやめてほしいけど)
人を食ったような表情もボクサーとしてはいいではないか。

藤田和之が異常に強かった。
久々のPRIDEで立ち上がりは硬かったけど、根性がハンパではなかった。やはり総合ルールでは日本人最強のような気がする。(吉田も日本人相手では敵なしだが、柔道着を脱ぐと藤田クラスには勝てないと思う)

ミルコの横綱相撲(大好きな美濃輪を子供扱いせんといて~なぁ~)やら、ノゲイラの格の違い(ズールは曙と遊んどけッ!ただのデブが神聖なPRIDEのリングに上がるなッ!)やら、様々なことを感じた昨日だが、一番輝いていたのは高阪剛だ。

高阪といえば、前田が立ち上げたリングスジャパンを長井や田村、成瀬や山本たちと盛り上げてくれた、私たちオールドファンにとっては印象深いファイターだ。
昨日の試合で引退とは淋しい気もするが(まだまだやれるぞ)、真面目な性格の高阪のことだ、心中期する期するものがあったのだろう、壮絶な流血試合の後に果てた。(ハントの超重量パンチをまともに鼻で受けても立っていた高阪はTKOに若干の不満を残していたようだが)

勝者はいつも美しいが、昨日は高阪が最高に‘敗者の美しさ’を表現してくれた。

第二の人生はトレーナーか解説者かプロモーターか様々な選択肢があるだろうが、インテリジェンスあふれる高阪のこと、充実した成功人生を送るだろう。ありがとう、高阪。お疲れ様、高阪。

しかしやっぱり、いっちゃん強いのは史郎さんやった。
終了直後、レフリーを威嚇する史郎さんは気合い入り過ぎやった。(確かにもうちょっと早く止めないと相手選手の脳へのダメージが取り返しつかなくなってしまう)

ありがとうございます、感謝。毎回、選手よりも注目してしまう史郎さんの動きと面構え。(ほんまに見るたびにええ顔になってはるわぁ)
ありがとうございます、感謝。毎回、なんであんなええ声が出せるのか感動してしまう高田の解説の声。(藤田スパート時、‘チャンスだ!ここしかないッ!’勝った後、‘凄いッ!鳥肌立った。’の一言が私の心を鷲掴みする。)
ありがとうございます、感謝。見せ場は無かったけど一生応援するぞ、美濃輪育久。(昔のイッチャッてる目付きを取り戻せ!最近は稼げるようになってきたからか、目付きが昔ほど魅力的でなくなってきたぞ。)

投稿者 : 浦上俊司| 08:44 | トラックバック

2006年05月05日

『研修新商品発売!』

浦上俊司

私が世の中に提供させて頂いている‘研修’という商品は、どうもイメージが暗いものだ。

研修=しんどい、眠たい、眉間に縦ジワ、会社が勝手に企画したもの、仕事がクソ忙しいのに何で時間取られなあかんねん、外部講師ってどんなオッサンやねん・・・・・。etc.

という具合に、事前イメージとしてほとんどの受講生は最悪のテンションから始まる。(テンションをピークに設定してきているのは講師だけだ)
それをアイスブレイク(緊張緩和)して徐々に一体感を作り上げていく使命を担っているのが、我々プロ講師なのだが、いっそのこと最初から‘楽しく一緒に学べる研修’を仕掛ければ、より高い効果が期待できるのではないだろうか?

研修=気付きがあって楽しいもの、新しい自分が発見できてハッピーな人生が送れるきっかけになるもの、笑いあり・涙あり・感動ありの一大エンターテイメントなもの・・・・・。etc.

そこで私が今、密かに目論んでいるのは‘温泉付きリラックス研修(営業マン編)’だ。

1日目

10:00 研修会場である温泉旅館の大宴会場に集合(熱海か伊東か、いやいや東北も九州もいい温泉がある)。
講師自己紹介。事前アンケート(今回の研修に臨む決意、学びたい事etcを予め聞いておく)に対してのコメントなど。

11:00 大浴場に入浴。(講師も受講生も事務局スタッフもみな一緒やッ)
昼食。(まだビールはダメよ)
      
13:30 講義+グループディスカッション。「ウルトラCSマインド(顧客歓喜)について」

15:30 休憩

16:00 講義+グループディスカッション。「聞き上手は仕事上手について(質問話法の修得)」

18:00 休憩。入浴。(また入るんかえッ!ま、せっかくやから身体ふやけるまで入ろ)
各自部屋にチェックイン。

19:00 夕食。(というよりは大宴会)
ランキング発表。(事前調査として、受講生の方々が日頃お世話になっているお客様にアンケートにご協力いただく。その項目は多岐に亘り、点数化して顧客満足度偏差値が出ている仕掛け)
      
表彰式。(ここで上司からの手紙を披露というサプライズ企画。一人一人に事前に書いて頂いておく。泣かせるBGMも用意しまっせ~。)

以降フリータイム。(飲みすぎ注意!)

2日目

10:00  講義+グループディスカッション。「感謝道について」

12:00  研修終了。昼飯食って解散やぁ~。

以降フリータイム。(温泉旅館の近郊を観光するも良し、さっさと帰宅するも良し、残っている私に質問してくださるも良し。)

これくらいのスケジュールが一番楽しいのではないか。
人間は、楽しく感じなければ学びの効果は薄いものだ。
‘苦痛’というフィルターがあると撥ね付けてしまって、入るものも、なかなか入らない。

このプラン、2日間40万で、どやッ?
効果おまっせ~~~ッ!

ありがとうございます、感謝。今までの旧態依然としたスタイルから変貌を遂げそうな世の研修ニーズ。
ありがとうございます、感謝。このプランが実現し、生まれ変わったようにモチベーションを上げるであろう未だ見ぬ受講生の方々。(未来先取り思考法じゃ)
ありがとうございます、感謝。スーツを脱いだ浴衣での研修という新たな挑戦。(またジム行って身体しぼっとかなあかんがなぁ)

投稿者 : 浦上俊司| 08:03 | トラックバック

2006年05月04日

『みんな自分のポジションで・・・。』

浦上俊司

‘その気’で見ると、世の中の掲示物や広告や看板は全て‘学びの対象’になる。

「湯上り美人に散髪男」と看板を掲げているレトロ風の理髪店。(外から覗くとマスターもレトロ風だった)
「万引きは犯罪ですッ!!」と威嚇する貼紙を掲げている本屋さん。

この本屋さんの貼紙は、さらに続いて「絶対に許しません!進学が決まっていようが就職が決まっていようが100%警察に通報します!容赦しませんッ!」となかなか過激な筆致である。(できたら、この後に‘わかっとんかぁぁぁぁ~~~ッ!!わぁ~れぇ~~ッ!!’くらいを付けてくれれば、私はパチパチパチと拍手を送ったのだが・・・)

私の兄がいる広告の世界は世の中には不可欠だ。
昔、兄が‘業界のプライド’のようなニュアンスを持って大学生の私に言ったことがあった。
「世の中は広告で動いている」と。(その影響で私は大手広告代理店にも就職活動で訪問した。しかし落ちた。)

確かに街から看板という看板が全て無くなったとしたら味気無い風景になるだろうし、吊り広告やチラシ広告が無くなったとしたら情報源が極端に少なくなって不便だろう。

世の中には色々な人が色々な職業で支えあって成り立っている真実がここにもある。

私には気の利いた広告は作れない。
ブルドーザーで土を掘り起こす技術も無い。
新地の路上でたこ焼きを売る度胸も無い。
パソコンの中身を作っている技術者は私にとっては宇宙人だ。

私は私にしか出来ない事で、世のお役に立っていきたい。人の喜ぶ事を全力でさせて頂く、それが‘徳積み’である。

ありがとうございます、感謝。今日もインパクトのある広告作りをしている業界の人。
ありがとうございます、感謝。あの本屋の貼紙を見て万引きを思い止まる青年たち。(たかだか何千円程度で人生を棒に振るなよッ!)
ありがとうございます、感謝。世の中のバランスの中で、自分の存在価値を見い出せる事。

投稿者 : 浦上俊司| 15:39 | トラックバック

2006年05月03日

『お詣りの仕方』

浦上俊司

「浦上さん、初詣は毎年どちらに行かれるんですか?」とある知人に先日聞かれた。

私は神社仏閣には、よく立ち寄る。
ふと仕事で通りかかった時など、時間があればお詣りをさせて頂く。
神仏に手を合わせるのは清清しい気分になれて誠によろしい。

その時の真言は、「ありがとうございます、感謝」と唱えさせて頂く。
それが自分の心に一番正直になれて誠によろしい。

「あれを叶えてください、これが欲しいです、神さん頼んまっせ~。」と言ったご利益祈願は絶対にしない。
‘ご利益信仰の末路は哀れだ、悲惨だ、止めといたほうがいい’と私の潜在意識が盛んにメッセージしてくるからだ。
想像するに、私は前世でご利益信仰を必死でやって、神仏に‘借り’を作って大変な思いをした経験があるのかも知れない。(借りたものは必ず返さなければいけない。人間同士でもそれが常識だ。)

だから何処にお詣りをさせて頂いても感謝感謝感謝しかないのだ。
ちなみに私はお墓参りの時でも、実家の仏壇に線香を上げる時でも、道端にひっそりと佇むお地蔵さんにでも、「ありがとうございます、感謝」と唱えさせて頂く。

いつからこのスタイルになったのかは覚えてないが、自然体でいるうちにこうなった。だから私にとっては真理なのだろう。

少々脱線した。
先の初詣云々の質問だが、結論から言うと私は初詣は行かない。

別に意識して避けているわけではないが(もちろん誘われたら喜んで行く)、本来は24時間365日感謝を捧げるべきはずの神仏に、なぜ1月1日だけ必死になるのか、その心境が私にフィットしないからだ。
しかも強烈なご利益を願うのが、初詣の一般的なスタイルになっているので、前述の通り違和感がある。

「今年こそはいい年でありますように!今年こそは儲かりますように!今年こそは結婚出来ますように!今年こそは受験合格しますように!」・・・。

私は1月1日の朝日に渾身の願掛けをする暇があるのなら、12月31日の夕日に全身全霊の感謝を捧げるのが、本当に神仏が喜ばれる人間のあり方ではないかと思うのだ。

「今年一年、何か大いなるお力に守って頂いてありがとうございます、感謝です。今年一年、大難を小難に小難を無難にして頂いてありがとうございます、感謝です。今年一年、健康でいれてこの夕日を拝むことが出来てありがとうございます、感謝です。」・・・。

と、いくらでも無限に感謝の意味付けは可能だ。(100個以上はリストアップできそうだ)

真の信仰とは、人間から神仏にベクトルが向くのではなく神仏から人間にベクトルが向く、つまり願いを掛けるのではなく、願われる人間になる(期待される人間になる)、それが真の信仰心だと私は思う。

大晦日の夕日に感謝の祈りを捧げ、日が沈んだ後は、K-1とPRIDEを観戦する。
最高のライフスタイルだ。

ありがとうございます、感謝。私と神仏の関わり方に興味を抱いて下さった知人。
ありがとうございます、感謝。12月31日の夕日。
ありがとうございます、感謝。この年末もビッグカードを頼むぞッ!我が憧れの高田延彦。

投稿者 : 浦上俊司| 12:38 | トラックバック

2006年05月02日

はじめまして。二世のコンサル、武井です。

はじめまして。
このたびブログに参加することになりました、
武井です。

二世経営者、継承者のコンサル、コーチング、研修などを行っています。

日本の企業の大半は同族企業です。家族で世代から世代へ継承される、
企業の形態です。キッコーマンや虎屋など、日本には数百年の歴史を誇る
同族企業がたくさんあります。

世界を見ると、デンマークのLEGO、スエーデンのIKEA
(最近船橋に日本の1号店を出した家具屋さん)、リーバイスなど。
世界のトップ企業のリストであるフォーチュン500の内、30%は
同族企業であるといわれています。

これらの大企業から、夫婦だけで営む企業まで、
大小さまざまな形がありますが、
単に企業経営だけの問題でなく、
同族企業には家族、親子、世代、財産管理など、
一般の経営論では語られない、たくさんの課題があるものです。

そんな同族企業ですが、長い間、ビジネススクールなどで
まともに研究されることはありませんでした。

ところが、今世紀に入る頃から米国のビジネススクールを中心に、
同族企業を研究する学者が増えてきました。
その長寿の秘密や企業文化など、経営学はもとより、
社会学、心理学など、さまざまな切り口から研究が進んでいます。

私自身、3代続く繊維問屋の家に生まれ、4代目として育てられました。
父の会社に入ってみると、歴史の重みと業界でのポジションは大きいものの、
経営上の問題、親族の問題など、課題は山積みでした。

父から私へと、事業を受け継ぐ中で体験した様々な出来事、
成功したこと、失敗したこと、そこからの学びなど、
また、その後のコンサルやコーチングでの学び、
米国の学者たちの研究の成果など、
このブログでお伝えしていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

二世のコンサル 武井一喜

PS.
先週、私の初めて本が出ました。
「NLPでリーダー脳力をグングン高める法」
出版社:ヴォイス
です。

こちらもよろしくお願いします。

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2006年05月01日

新事業部発足について

本日より人材紹介事業部=キャリアインテリジェンス事業部が発足しました!

           (人材紹介事業部専用ロゴです)
                  ↓ ↓ ↓

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以前より、当社診断のメソッドを使い「採用者と転職者」のお互いのミスマッチ
を減らしたいという考えを持っていました。
また取り扱う職種や分野も、「営業職」「IT職」「外資系」「女性の転職」に特化
した人材紹介をついに発足しました。

またこの事業部発足に伴い、専門のキャリアコンサルタントをスタッフとして
この度当社のメンバーに入ってもらいました。
(今後当コンサルタントにもブログを開始してもらおうと思っています)

当社の強みは、経営・人事コンサルティング業務などで培われた人材育成や
キャリアデベロップメントにおけるメソッドを使った診断ツールを使って
転職者の能力を分析しています。これらツールは採用側の現在の経営課題や
その転職者に期待する分野でその人が十分にパフォーマンスを発揮できるか?
など様々な視点から客観的に観察できるようにしています。
それを転職紹介や転職者の能力アップなどの教育研修システムに活かしていく
予定でいます。

これらは常に企業の経営課題解決に取り組んでいる当社でしかできない
強みあると自負しています。

また詳細は当社サイト内にてご紹介致します。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

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