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2009年09月01日

『運は受け取る側の器の問題』~☆浦上俊司

浦上俊司

天からはこれでもかッ!これでもかッ!と毎日毎時、救いの御手が差し伸べられている。
天は決して我々衆生を見放さない。どこまでも温かく、どこまでも慈しみ深く、いついかなる時も我々の心を磨く修行を見守って下さっている。

にもかかわらず、何故こうものいい人との悪い人に二極分化しているのだろう。
つぶさに世の事象を観察していて気付くのは、結局のところ‘受け取る側の差’であると実感してきた。

天は(‘’という表現でも‘’という表現でも‘’でも‘サムシンググレート’でも‘宇宙霊’でも表現は何でもいい)人を好き嫌いしないはずだ。
太陽が善人にも悪人にも共通の光と熱を届けるように、空気が分け隔てなく全ての生物に酸素を提供するように、天はいつも不変の愛を注いで下さっている。しかし、受け取る側の器の大きさは千差万別だ。

神社の境内から行われる‘餅撒き’をイメージすればいい。
境内から一斉に撒かれる餅を、天からの救いのお力の象徴と仮設する。
小さなハンカチを広げて餅を受ける人と、大きな風呂敷で受ける人とでは、ゲットする餅の数が異なる。
ブルーシートのようなもので大きく広げていれば、ほとんどの餅を受け取る事が可能になる。
これが器の差だと思えば、ハンカチの人と風呂敷の人とブルーシートの人とではの差が生じてきて当然だ。

ハンカチの人より風呂敷の人の方が、きっと日頃から人様の役に立つ仕事をしている人なのだろう。
風呂敷の人よりブルーシートの人の方が、きっと日頃から人様を笑顔にする言動を心がけている人なのだろう。
こうした徳積みによって、受け取る餅の数が異なってくるのだ。

ありがとうございます、感謝。私の器では受け切れないほど大量の救いを今この瞬間も注いで下さる天の存在。
ありがとうございます、感謝。大きなブルーシートを広げれるような精進努力を貫こうとの再決意が出来た今日。
ありがとうございます、感謝。と徳積みと心構えの相関関係が分かりかけた今日。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 2009年09月01日 20:25

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