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2009年05月30日

『緩やかに流れていく時間』~☆浦上俊司

浦上俊司

昼飯を喰おうと思い自転車で出かけた。
天気のいい日は、独りでブラリと自転車がいい。

馴染みのカレー屋に行くのにだと10分ほどで着いてしまう。
車は風景を視界から一瞬で飛ばし、カーナビのテレビが外の音をシャットアウトする。
自転車は見落としがちな風景をジックリと味わえ、外の音は生ライブで聴覚に届く。

30分ほど掛けてユラユラと、まるで酔っ払いのオッサンが帰路につくように自転車をこいだ。
時間がゆっくり過ぎていくのを楽しみながら自転車を操る。
昨日まで東京でハード日程のもと、連日研修をさせて頂いてたのだ。たまにはゆっくりとした時間を味わうのもいい。
来週からは岐阜~名古屋~東京~埼玉と続くのだ。今日くらいは、立ち止まったかのような時間を味わうのもいい。

公園から野球少年の元気な声が聞こえる。試合中なのだろうか、時たま大きな歓声と共に拍手が鳴っている。
フリスビーやバドミントンに興じる家族連れの楽しげな嬌声が聞こえる。汗を流した後、手作り弁当でも広げるのだろうか。
小さな子供を抱きかかえながら昼寝している若夫婦の姿が見える。パラソルを立てて影を作りウトウトしているのだろうか。

みんながみんな、穏やかな時の流れを楽しんでいる。
私にも子供達とそんな過ごし方をした時期があった。
下の娘は本当に食べてしまいたいくらい可愛かった。

その娘が今日で13歳になった。
彼女の誕生日はいい天気で、穏やかな空が私を包み込んでいる。


ありがとうございます、感謝。今日まで事故も病気もトラブルも無縁で、健康で元気に生きてくれている愛娘。(娘とグランドマザーは同じ誕生日だ。娘も100歳越えを果たすのかッ?!)
ありがとうございます、感謝。誕生日でも朝から出て行ったきり帰ってこない愛娘。(そらそうやわなぁ~。親よりも友達優先は当たり前~)
ありがとうございます、感謝。みんなそれぞれの人生を抱えながら、穏やかだったり峻烈だったり様々に過ごしているであろう今のこの時。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 14:15 | トラックバック

2009年05月27日

『正しい医学情報を宣布すべし』~☆浦上俊司

浦上俊司

夕方のニュースを見て驚いた。
もう、ええ加減に正しいインフル対策の情報を出さなアカンでぇ~。

宝塚市役所が50枚入り550円のマスクを売り出す措置を取り、自分だけがうつされたくないという利己心の姿で約200人が行列を作ったそうな。

先日書いた通り、あの行列に‘マスクを着けても予防効果は極めて薄いですよ~。あくまでも他人にうつさないためのものですよ~。この行列の中で既に感染している人に配るのが今回の措置ですよ~’と正しい医学情報を言ってやったら、行列は一気に解消するはずだ。
にもかかわらず、市役所が‘予防の為に~’と言うもんだから、そりゃ市民は殺到するわな。

本当に予防を考えるなら、本格的な防護マスクとゴーグルを配らんかえッ!
インフル菌は目の表面から感染する事も知らんのかッ!

隙間だらけのマスクを配る暇があるなら、少しでも多くの簡易うがい手洗い場所を設置するべきだ。
そして、うがい薬がかえって菌に対する抵抗力を弱め、逆効果である事も啓蒙すべきだ。
とにかく水道水でマメにうがいする事しかないのだ。

ありがとうございます、感謝。人は哀れなほど間違った情報に揺り動かされる事実を目の当たりにした事。
ありがとうございます、感謝。相変わらずマスクをせず、頻繁にトイレに駆け込んでうがい・手洗い・洗顔を繰り返す日常。
ありがとうございます、感謝。明日から人ごみの多い東京に行っても習慣を変えないという自らの信念。(ちょっと私も頑固になってきているかも・・・)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 18:07 | トラックバック

2009年05月26日

『落書き』~☆浦上俊司

浦上俊司

トイレの落書きも、その気で見ればオモロイ発見がある。
卑猥でチープな落書きが大半を占めるが、中にはオモロイものがたまにある。
人の悪口差別表現の落書きが大半を占めるが、時にはオモロイものがふと書かれてある。

‘備え付けのトイレットペーパー以外のものは流さないで下さい’との表示に対し、稚拙な鉛筆文字でツッコミが書いてあった。
‘ほな、大便は流さんでええんかいッ!’と。

私は洋式トイレに座りながら、思わず吹き出してしまった。‘ホンマその通りやがなぁ~’と共感すると同時に、このツッコミを書いた奴はトイレでよっぽど暇やったんやろなぁ~と心の中で苦笑した。

日本語はオモロイ。解釈の仕方で色々と楽しめる。
同時に日本語は難しい。平然と間違った使い方がまかり通る。

「とんでもないです」「とんでもございません」と言って丁寧表現をしたつもりになっている人を見たり、「閑々諤々(かんかんがくがく)と議論する」を、喧々囂々(けんけんごうごう)と混ぜて「喧々諤々(けんけんがくがく)と議論する」と言って難解表現をしたつもりになっている人を見たりする。

受験生時代に国語辞典を読む習慣を身に付けた。
古舘さんプロレス実況で絶叫ワードに触れるたび、国語辞典をひもといて興味深く調べた。
そして日本語が大好きになった。
その日本語で喋らせて頂いて、人並みの生活をさせて頂いている。

ありがとうございます、感謝。日本に生まれ、日本語を学べ、日本語で商売ができる大好きな日本。
ありがとうございます、感謝。が生まれ、が育ち、が20歳までお世話になった大好きな韓国。(私は行った事ははないが、いい国なのだろう)
ありがとうございます、感謝。外国語は勿論の事、関西弁しか喋れない言語能力でも、なんとか生きていける環境。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 17:51 | トラックバック

2009年05月25日

『滑稽な勘違い君』~☆浦上俊司

浦上俊司

人の振り見て我が振り直せ’の格言は、私がリーダーシップ研修でよく使うフレーズだ。
かつての先輩上司からされた事を振り返り、‘その気になった言葉と行動、やる気を失った言葉と行動’をタックシールで洗い出す。そしてKJ法で模造紙にまとめてクロス発表という流れの時に使うフレーズである。

その格言を思い出させてくれるビデオを見るチャンスに恵まれた。
日本一有名な経営コンサル会社のコンサルタント氏が熱弁を振るう講演ビデオだ。

結論から言うと、まぁ~嫌になるほどの‘上から目線’で喋るコンサルタント氏だった。
自分を何様だと勘違いしているほど、厭らし~く、人に嫌われるよ~なトーンでガンガン喋る。
そして講演中に何度もロン毛をキザっぽく片手で掻き上げる。(わ、わ、悪かったなぁ~ッ!ワ、ワ、ワシは禿げとるんじゃぁぁぁ~~~ッ!!掻き上げる髪の毛ないんじゃぁぁぁ~~~ッ!)

私は先入観を持って見てはいけないと思い、何度も何度もコンサルタント氏の言葉に集中しようとした。
喋り方は人を不快感のレッドゾーンへ誘う声質とクセのある喋り方だが、内容が素晴らしいかも知れぬ、何とか少しでも学ぼうと試みた。

しかし結局何も見い出せなかった。内容がメッチャ薄いッ!
しょ~もない事を得々と喋る。しかも同じ事を何回も喋る。
更に受講生を小バカにした態度で‘あなたたちはこんな事も知らないでしょ?’といった決め付け態度で喋る。
「○○という部分において~」とか、「僕的には~」と言った流行の曖昧言葉を使う。(コンサルティングのプロが、そんな曖昧表現つこてええんかいなぁ・・・)
まぁ、それはそれは見事だった。

聞く所によると、この日本一有名なコンサル会社は莫大なコンサル料を取るらしい。
私からすると全く理解できないが、会社の看板というのはこれほどまでに威力があるのかと感心した。
私はピン芸人だから会社の看板はないが、絶対に内容で負けないようにしようと決意を新たにした。

ありがとうございます、感謝。ブランド力に錯覚してしまうお客さまの悲しい性(さが)の発見。
ありがとうございます、感謝。‘人の振り見て我が振り直せ’が実感をもって迫ってきたビデオ。
ありがとうございます、感謝。勘違いしている同業者の滑稽な姿を観察できたチャンス。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 20:46 | トラックバック

2009年05月23日

『無観客試合』~☆浦上俊司

浦上俊司

それは不思議な光景だった。
受講生の反応が、最後まで分からない一日研修だった。
10時から17時までの間、見えたのは受講生の‘’だけだった。

クライアントさまの社内ルールで、時節柄、全員がマスク着用を義務づけられていたからだ。
私から見えるのは、から下を完全シャットアウトした受講生の‘目’だけである。
笑っているのか、怒ってるのか、反抗しているのか、納得しているのか、サッパリ分からない。全員が能面のようだった。鼻と口がこれほどまでに、コミュニケーションには不可欠なツールだとは思わなかった。

大阪会場で喋る私の姿が、テレビ回線で繋ぐ東京会場にもライブで映し出されていたが、東京の受講生の様子は画面越しなので雰囲気が伝わってこない。だから大阪会場の受講生に向けて言霊を発信する。

講演の時は受講生の反応を私は気にしない。
どんな反応であれ90分間は一方通行だし、人と人の間に視線を置くので、一人一人の反応を気にせず全体から伝わってくる‘氣’だけを意識して喋る。

しかし研修は違う。
特に一日研修になると、受講生の反応によって内容も微妙に変化させるし、時には割愛するプログラムもあるし、反対に急遽追加する内容もある。

それが全く分からないまま一日が過ぎた。
それはまるで、無観客試合のようだった。
途中からは、無人島で一人演説しているような感覚にさえなった。
やはり、人間は独りでは生きていけないのだと痛感した。

ありがとうございます、感謝。しばらく夢にまで出てきそうな60個ほどの‘目’だけの受講生。
ありがとうございます、感謝。テレビ回線で臨場感はなかっただろうが、積極的に参加してくれていたであろう東京会場の受講生。
ありがとうございます、感謝。観客なしの独り舞台でマスターべーションになってしまったかも知れない貴重な経験。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:02 | トラックバック

2009年05月21日

『天邪鬼(あまのじゃく)のつもりはないが・・・』~☆浦上俊司

浦上俊司

一時間に一回はうがいをする日常が続く。
チャンスを見つけては公衆トイレコンビニに駆け込み、ガラガラ、ゴロゴロやっている。
ついでに顔もジャブジャブ洗っている。

もはや電車内や道行く人は、マスクを着けていない人を探す方が困難だ。
素顔で歩く私を奇異な目で見る人さえいる。

先日書いた通り、マスク装着による予防効果は非常に低い。
あくまでも人にうつさないエチケットの為であり、感染した人が他人に迷惑をかけない為に装着するのが本来のマスクのあり方だ。

それどころか反対に、マスク装着のデメリットが多い事に気付いた。
それは、マスク装着者はトイレでほとんどうがいをしない事を発見したのだ。
その心理は二つあって、マスクをいちいち外すというワンアクションがあって手間だという点と、マスクを着けてるから大丈夫との錯覚からだろう。

まさに本末転倒とはこの事で、基本は手洗いとうがいなのだ。
薬局にマスクを求めて殺到するのではなく、公衆トイレめがけてうがいに殺到するのが正しいあり方だ。

まだまだデメリットはある。
それは、マスクの表面に付着したインフル菌とずっと一緒に過ごしている事に気付かないという事だ。
最新の不織布技術により、インフル菌を99%カットするらしいが、自らののわずか数ミリの先に常にインフル菌を付けてずっと一緒にいるのだ、危険である事に気付こうぞよ。

我々‘一時間に一回うがい派’は、この危険とは無縁だ。
さらにも同時に洗うので、その都度洗い流せている。

これは食後の習慣に似ているのだ。
☆マスクを装着して安心している人=食後にキシリトールガムを噛んで安心している人
☆一時間に一回うがいをする人=食後に必ず歯磨きをする人
☆マスクもうがいもしない人=歯磨きは朝と寝る前だけの人

習慣の積み重ねが、その人の性格になり生き方になる。

ありがとうございます、感謝。顔を洗えば心地良い時期にインフルが流行してくれた事。(これが従来の真冬であれば、うがいは出来ても洗顔まではきつい)
ありがとうございます、感謝。インフル騒動が終焉を迎えても変わらないであろう、うがいと手洗いと歯磨きの習慣。
ありがとうございます、感謝。マスク非装着実験成功の暁には、研修や講演で熱く語れるであろう‘自らの目での判断と直感を信じる志’の大切さ。(情報収集は必要だが、振り回されてはいけない。今の日本はマスコミに自由に操作され過ぎである)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 14:26 | トラックバック

2009年05月20日

『初体験!30分講演』~☆浦上俊司

浦上俊司

学生時代からタクシーはMKと決めていた。
河原町で朝まで飲み明かした後、鳴滝のアパートまで帰る時はMKを選んで乗る事が多かった。
大学生に対しても礼節を忘れず素晴らしい接客をして下さるMKのタクシードライバーは、私にとって‘青春の聖地・京都’を思い出させる象徴でもある。

そんなMKさんと20年以上の歳月を経て、仕事でのご縁を頂戴する運びとなった。
ドライバーさん達100名ほどが集まる勉強会で、モチベーションアップのテーマで講演をさせて頂いたのだ。
講演前には全員の社歌斉唱で迎えて下さった。凄まじいほどの大声と、身体に一本芯の通ったようなキビキビ感で、全力を振り絞るかのように歌う。

司会の方が私のプロフィールをご紹介下さり、講演が始まった。
内容はいつも通りなのだが、なんせ時間が30分講演である。
いつもの‘間(ま)’は作れない。とにかく伝えたいポイントだけをマシンガントークのように展開した。

講演には研修以上に‘作品’を意識する私は、少し沈黙の‘間(ま)’を作ったり、‘引き’で会場内の笑いを待ったり、‘の’の字を書くように会場内をゆっくり見渡したりといった演出を楽しむのだが、それは90分講演ゆえに可能であり、この日は‘隙間なし’で一方的に務めさせて頂いた。

私より明らかに年輩の50代、60代のドライバーさん達が、熱心に頷きながら聴いて下さるお姿が目に飛び込んでくる。
モチベーションアップの原体験を探る件(くだり)になると、自らの半生を回想しながら昔を懐かしむような表情を浮かべて聴いて下さる方も多かった。

きっと皆さん、タクシードライバーという職業に至るまで様々なハードルを乗り越えて来られたのだろう。
きっと皆さん、様々な人生の節目を経て今という日を送っていらっしゃるのだろう。
人それぞれに‘人生の交差点’があり、一瞬の出会いと別れを繰り返すのが人生航路だ。

この日のドライバーさん達との一瞬の出会い、そして30分間での別れを通し、自分自身の50代、60代の生き方を深く考える事が出来た。

ありがとうございます、感謝。熟年ドライバーが会場内を割れんばかりに絞り出す大声での社歌斉唱のド迫力
ありがとうございます、感謝。熟年ドライバーが自らの人生と重ね合わせて聴いて下さった聴講姿勢の素晴らしさ。
ありがとうございます、感謝。熟年ドライバーが100名ほど集まる事で会場内に満たされた加齢臭の空気。(窒息しそうだった)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:13 | トラックバック

2009年05月19日

『利己心を象徴するマスク姿』~☆浦上俊司

浦上俊司

昨日書いたマスクについてある医者の興味深い発言を耳にした。

「インフルエンザ感染について、マスク装着で我が身を守れていると安心はできない」と。
やはり私の素人考えが当たっていたようだ。

では何の為に‘可能な限りマスクを着けましょう、人ごみではマスク装着を忘れないように’とニュース報道でしつこく言うのかとの問いに、その医者は「人にうつさないためのエチケットです。マスク装着で感染拡大はかなりの確率で抑えられます」と。

つまり、マスクの効果は、人からうつされない為にという目的の前では非力だが、人にうつさない為にという目的の前では効果絶大との事。
ということは既に感染してしまった人が装着するべきもので、まだ感染していない人は、やはりマメな手洗いとうがいが最も効果アリなのだ。

しかし薬局に殺到する厚かましいオバチャンたちは、自分の事だけを考える利己心の権化のような勢いで、「マスク、なんで売り切れなんよ~ッ!次いつ入るんッ?!入ったらウチに連絡して~」と薬局店員に迫る。

「本来マスクは人にうつさない為であって、自分が着けてもうつされないわけではないんですよ~」との医学的真理を言ってやれば、「なんや~ッ!そうやったん!ほなはよ言うてよ~」とブツブツ言いながら、蜘蛛の子を散らすように薬局から去っていくような気がする。

道行く人ほぼ全員が、‘他の為’にではなく‘自分の為だけ’にマスクを着けているように見えて仕方がない。

ありがとうございます、感謝。自分さえ良ければといった利己心が見え隠れする象徴的なマスクの存在。
ありがとうございます、感謝。人とのコミュニケーションを遮断している意志表示に見えてしまう象徴的なマスクの存在。
ありがとうございます、感謝。今も全力フル稼働で頑張っているであろうマスクメーカーの方々。(社会貢献の為にここは全力で取り組んで欲しい)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 11:01 | トラックバック

2009年05月18日

『実際効果とプラシーボ効果』~☆浦上俊司

浦上俊司

今週はエライ事になりそうだ。
なんせ大阪市内を歩く人は、ほとんどの人がマスク装着だ。
そして薬局に行っても‘売り切れ御免’状態のマスクだ。
マスクメーカーはさぞかしウハウハでインフルエンザバブル’さまさまかも知れないが、事態は深刻である。

息子の高校も、の中学も今日から一週間休校になった。
子供たちは休みになって嬉しい反面、かと言って外で遊びまくれるわけでもなく複雑なようだが、我々社会人には休みはない。インフル菌との戦いもあるが、収入を得続けなければならない戦いもある。

ちなみに私はマスクを着けていないのだが、あれは本当に効果があるのだろうか?
素人の私からすれば、ミツバチバスターのプロが装着している完全密封の防護マスクなら、その予防効果は分かる気がする。
しかし、薬局で市販されているマスクを着けている人を見ると隙間だらけで、インフル菌にすれば侵入など朝飯前ではないのだろうか。

ニュース報道で‘マスク着用!マスク着用!’と言い過ぎるので、着けていさえすれば安心といったプラシーボ効果が大きいように思うのだが・・・。実際の効果はいかほどか。

ありがとうございます、感謝。マスクを着けない代わりに1時間に1回は手洗いとうがいを継続している習慣。
ありがとうございます、感謝。習慣化すれば全く苦にならない、うがい習慣と1日4~5回の歯磨き習慣
ありがとうございます、感謝。新型インフルがどんなに流行しても自分は絶対に感染しないという信念

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 19:29 | トラックバック

2009年05月17日

『感情が混ざり合って到達する境地』~☆浦上俊司

浦上俊司

どうしようもない事を、どうにかしようとするのは愚かな事だ。
どう考えても答えの分からない事を、あ~でもないだろうか、こ~でもないだろうかと憶測するのも賢者の思考方法ではない。

自分の力の及ばない事に心を振り回されるのはもうゴメンだ
人の心を自分が操作する事などしょせん出来ない事だし、自分にはどうしようもない事なのだ。

信じる疑うかという感情は、あくまでも自分の心の内側にだけ存在するのであって、事実は何ら変わらない。
自分の感情がどうであれ、事実は淡々と進んでいく。刻々と深くなっていく。
自分の心が穏やかでいられるよう、自分でコントロールして肯定的な錯覚をするのが賢者の生き方だ。

ありがとうございます、感謝。神様が人間に備えた‘信じる’という感情。
ありがとうございます、感謝。宇宙が人間に与えた‘疑う’という感情。
ありがとうございます、感謝。ポジティブとネガティブが感情の中でハイブリッドされ、挙句には無色透明になっていく感覚。(何も感じなく、ただありのままを自然に受け入れられる心は自分でも驚くほど楽でいられる)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 19:29 | トラックバック

2009年05月15日

『講演は成功したが・・・』~☆浦上俊司

浦上俊司

一人旅の最終日は長野での講演会だった。

一日研修が続いていたので、講演は‘つくづく楽をさせてもらえるなぁ~’と実感する。
80分間全神経を集中させて喋る事と、時間配分には最大限の注意を払うが、体力的には一日研修と比べるとその楽さは大きな違いがある。

しんどいのは、1日6時間くらい電車に乗っている事だ。
特急あずさ22号での3時間と、新幹線のぞみ123号での3時間は同じ長さでも疲れ具合は雲泥の差になる。
つくづく人間の脳は横揺れに弱いと痛感するのだ。

長野では、主催者の方が温かく丁寧にお迎え下さり、昼食も豪華なランチをご馳走になり、聴いて下さるお客さまも熱心な受講姿勢で、納得のできるパフォーマンスが発揮できたのだが、なぜか不思議なトラブルが続いた。

私の講演では大スクリーンにパワーポイントでのスライドショーを映す。
パソコンは私のノートPCをいつも持ち込むのだが、この日は予期せぬマシントラブルが起こった。
途中で固まってしまって動かないのだ。
エンターキーを連打しても、いつものようにシュンッ!シュンッ!とキーワードが画面左から飛び出してこないのだ。
焦りながらもホワイトボードを使い、事無きを得ようとした。

すると今度は会場であるホテルのバックヤードから、皿がグゥワッシャ~~ンと割れる轟音がした。
気になりながらも声を張って、事無きを得ようとした。

もうこれ以上無いやろと楽観しかけたのも束の間、ホテル内の掃除のオッチャンが舞台の私の後ろを横切った。
聴衆の目がオッチャンに移っているのが分かったので、「今日は色々と試されますなぁ~」とワザといじって、事無きを得ようとした。

講演内容は達成感を得るに充分だったが、これだけの事象が続くのだから、何か私の心が間違っていたのだろう。
その答えはまだ見つからないが、今晩は焼酎を食らいながら気付きを深める時間を過ごそうと思う。


ありがとうございます、感謝。私の中の何かの間違いを気付かそうと、固まったノートPCの存在。
ありがとうございます、感謝。私の中の何かの慢心を気付かそうと、割れて轟音を立てた皿の存在。
ありがとうございます、感謝。私の中の何かの怠惰を気付かそうと、舞台を通り過ぎたオッチャンの存在。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 23:12 | トラックバック

2009年05月13日

『感情が揺れる瞬間』~☆浦上俊司

浦上俊司

一人旅が続き、都内のビジネスホテルでの生活だ。
ここ数日は10時~17時の一日研修ばかりで、終了後、一日の反省と明日への気付きを求めて立川の総本部へお参りさせて頂く。

駅近辺で適当に夕食を摂り、ホテルに帰ってきて洗濯をしてシャツアイロンをかけていた時に、ふとが頬をひと筋流れた。

このは何だろう?
悲しみの涙ではない。喜びの涙でもない。しいて言えば、寂しさの涙だろうか。

子供が小さい頃は夢中になれる対象があった。一分でも早く帰って息子を膝の上に乗せてテレビを観る時間が至福の時だった。
が生まれてからも、ホンマに‘食べてしまいたい’くらい可愛かった。
いつも抱きしめて頬ずりしていた。彼女の一挙手一投足が私の心の潤いだった。

しかし時を経て彼らは成長し、親ではなく友人に全てを求め始める。
私という存在には経済的な支え以外に、その価値を見い出していない。

こうして年を重ねていくのだなぁ。
こうして孤独耐力が試されていくのだなぁ。

そんな中でも、私を支えてくれる人がいる。
プライベートの友人たちであり、仕事仲間たちであり、私を取り巻く様々な人脈だ。

自然の流れの中で‘子離れ’をさせてくれているのかも知れない。

ありがとうございます、感謝。日に日に無愛想になってくれる中一の娘。(話しかけもしてくれへんがなぁ~)
ありがとうございます、感謝。高二の割には父親を慕ってくれる息子。(私がに反抗した経験がないように、彼も私と気が合うようだ)
ありがとうございます、感謝。自然に子離れさせてくれる時の流れ。(あと10年後のライフスタイルはどうなっているのだろう)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:30 | トラックバック

2009年05月12日

チェンジすること:☆高橋宗照☆

高橋宗照

 

 

 

このGWは執筆で終わったが、やっとこの「長く苦しい」執筆もほぼ目途がついた。

こんな「長く苦しい・・・」なんてほざくなら、最初からやらなきゃいーでしょ?と
言われそうだが、この後のちょっとした「達成感」が堪らないのでついついまた
「書こうかな?」と思ってしまう。

まだ著書を出していないころは、

「あぁ~俺もいつか“自分の本”を出してみたいなぁ~」というあつ~い羨望
はあったが、今では多くの出版社様からお声がけをいただけるところまで来た。
本当にありがたいことだ。

そして・・・

今度は是非「今までとまったくジャンルが違う本」を出してみたいよね!という欲
が出てくるのだから不思議なものだ。



さて・・・

ここのところ多少時間には余裕があるため、普段ではできないことをやっている。

まず・・・

新しいセミナーやコンサルティングメニュー(=商品)の開発

新しいパートナーの先生との提携強化

今までやったことがない場所への進出(B to Cへの世界)

経営や事業のスリム化

などである。
(本来なら自分自身の“スリム化”も図るべきだろうが、これはたぶん後回しになりそうだ)

ちょうど私が独立した時は、まさに「バブル崩壊後」だった。
「ホントにこれで食っていけるのか?」という不安があったものの、何とかここまで来れた・・・
というのが本音。
しかし仕事そのものが「ほぼ自分の身体にくっ付いている商売」をやっているため、
いろいろな面を考える時期に来ていることは実感する。
(おかげさまで今年の3月に後厄も終わりました)

そこで大きなものは、

「自分の気力と体力の維持と向上」 だ。

多少ルーティンでできる業務もあるが、ほとんどはお客様の前でしか「できない仕事」なので
これはルーティンではまったく出来ないこと。

いつも最高のパフォーマンスを提供するのが、この仕事の「基本要件」と言える。

そのためには今までと同じことをやっていては、(私自身の思いとしては)ダメなので
新たなことにチャレンジすることを自らに課す、それも楽しみながら・・・が基本なのだ。
(この人生、お一人様一回限りだからね)

まずはチャレンジするから、チェンジできるのだ! と思っている。

口先ばかりで「チェンジ」を唱えても、これは下手な念仏と同じではないのか?
きれいごとなんていくらでも言える。
しかしその後の取る行動を見れば、その人の「本音」がわかる。まさに
「行動こそ本音」という私のセミナーで大きなメソッドにもなっているテーゼだ。


What Do you Say?(何を言うか?)ではなく

What Do you do?(何をするか?)を私は優先したい。


(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋宗照)

 

投稿者 : 高橋宗照| 10:29 | トラックバック

2009年05月11日

『思いが引き起こす事象』~☆浦上俊司

浦上俊司

自分の身に天から示される事象は、過去に自らが積んだ思いがとなっている。そう思ってほぼ間違いない。

100年に一度のなんとやらで、最近仕事が暇という人がいる。
ついには自宅待機を命じられている人も多いと聞く。

私もご多分に漏れず、昨年同時期より本数は減っている。
しかし、なんとか喰うに困らない程度にはオファーを頂ける有り難い日々でもある。

今、仕事がないと嘆いている人は、過去に積んだ思いを振り返るべきかも知れない。
過去において、一日中仕事に時間を費やし残業まみれで会社に全てを捧げていた人は、何回かこんな思いを抱かなかっただろうか。

「たまには休みたいよなぁ~。なんでこんなに忙しいねんッ!」
「又明日も仕事かぁ・・・。最悪やッ!」
「こんなダルい仕事、この給料でやってられへんよなぁ・・・」


この類の思いを持った過去はなかっただろうか。
私もサラリーマン時代は口癖のように言っていたから気持ちはよく分かる。

そういった思いや言葉の積み重ねが、必ずどこかに蓄えられる。
決して消えてなくなる事はないのだ。宇宙の閻魔帳に書き込まれ、修正液で消す事は不可能である。

そして蓄えれらた何かは、数年の熟成期間を経て、を咲かせとなって自らに事象として示される。
全国多くの人の過去のネガティブな想念の集合体が、マイナスのマグマとなって今の不況を実現させたような気さえしてくる。

モノの価値は失って初めて分かるもので、仕事がなくなった時に人は‘仕事っていうのはあるだけで実はとてもとても有り難い事なのだ’と気づけるものだ。

しかし、まだまだこれから先の人生は長い。
先を明るくハッピーにしたいならば、今すぐ仕事に対する愚痴を一切吐かない事だ。
今の種蒔きが、先の結果を引き起こす。
未来を幸せにしたいならば、現在をすぐに変えるしかない。

ありがとうございます、感謝。研修でよく言う‘過去・現在・未来は点で切れず線で繋がる’が実感を伴って迫ってきた事。
ありがとうございます、感謝。過去に仕事がなかった時期があるからこそ、今の仕事がある喜びが実感を伴って迫ってきた事。
ありがとうございます、感謝。感謝の思いの積み重ねが未来の幸せを強烈に引き寄せていると実感を伴って迫ってきた事。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:37 | トラックバック

2009年05月10日

『年齢がもたらす美と醜』~☆浦上俊司

浦上俊司

紳助のテレビに出ていた岡田奈々。50歳と言っていたが、昔の青春ドラマ時代とほとんど変わっていなかった。

昔のままと言えば太田裕美もそうだ。
今でも顔を見ると‘恋人よ~♪ボクは旅立つ~♪’脳内を優しげで甘えた声が駆け巡る。

彼女たちと天地真理との差は一体何だろう?
年を重ねても変わらない美貌もあれば、見る影もなく無残に年を取ってしまうこの差は一体何だろう?

生き方なのか、元々の運命なのか、細胞に宿ったDNAなのか、付き合ったの影響なのか・・・。
その答えは分からないが、‘美’から与えられる修行もあれば、‘醜’から与えられる修行もある。

前者は‘美’ゆえに‘いけない男’に引っかかり、後者は‘醜’ゆえに修羅場を経験せず一人で気楽に生きていけるかも知れない。
前者は‘美’ゆえに‘いい男’と出会え、後者は‘醜’ゆえに惚れた男に振り向かれず寂しい老後になるかも知れない。

岡田奈々と天地真理、今後の人生はどちらの修行が厳しく、どちらの人生がとして本当の幸せを掴むのだろう?
神様が人間に与えた‘見た目’のテーマに興味が湧いてきた。

ありがとうございます、感謝。いつまでも変わらずファンに夢を与え続ける岡田奈々。
ありがとうございます、感謝。見た目の容姿を数億パターン作る事で生じる人生の差を設定した神様の意志。
ありがとうございます、感謝。数億パターンの容姿があるからこそ満たされる世のニーズあれこれ

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 23:09 | トラックバック

2009年05月08日

『婚カツ』~☆浦上俊司

浦上俊司

男と女が同じ屋根の下で互いの役割を果たし、寄り添うように支え合うように生涯を全うしていくのは美しいあり方だ。
それは多分、古代からDNAに組み込まれた生活の仕方なのだろう。

だから神様は身体の作りを正反対にし、異性を意識させる脳を備えて下さったのだと思う。
男が女を‘守ってあげたい!’という本能や、女が男を‘支えてあげたい!’との本能は、家族という単位を考える上で必要なDNAメカニズムなのだろう。

しかし最近はそれが崩れてきている。
以前にも書いたが、女性が社会進出できる世の中になってきた事と、男性がどこででも外食が出来る世の中になってきた事が背景だ。
女性は結婚に‘経済的な安定の場’を求め、男性は結婚に‘性欲と食欲を満たす安定供給の場’を求めていたのは過去の遺物なのだ。

そう思っていた。
ところが最近そうではなくなってきた。
‘婚カツ’である。

聞くところによると、30代から40代、はたまた50代の熟年が人生後半のパートナーを求めて‘婚カツ’に勤しんでいるとの事。
離婚経験ありの人もいれば、初婚の人もいる、子連れ再婚の女性もいる、とにかく‘新しい縁(えにし)’を求めて頑張っているそうだ。

実は私の友人が‘婚カツ’に励んでいるのだが、この年齢になると妥協できるのかと思いきや、逆に‘今度こそ失敗したくないッ!’との強い思いや、年輪を重ねてきたがゆえに肥えてしまった目が邪魔をして、なかなか理想のパートナーに巡り会えないそうだ。

やはり結婚という形態が必要だという根源的な思いが、身体中に蔓延している我々なのだと痛感する。
時代と共に男女の形は緩やかに変化せども、奥底に宿っているものは不変なのかも知れぬ。


ありがとうございます、感謝。‘人生は人との出会いによって劇的に変わる。そして出会うべき準備が出来た時に出会うべき人に出会う’の持論が説得力を持って蘇ってきた事。
ありがとうございます、感謝。今でいう‘婚カツ’だったのだろう、カップリングパーティーの司会をして沢山の男女を結び付けてきた過去の仕事。
ありがとうございます、感謝。最初のパートナーと添い遂げる幸せもあれば、人生後半に新たなパートナーと味わう幸せもあるとの学び。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 20:01 | トラックバック

2009年05月07日

『不死鳥、グランドマザー』~☆浦上俊司

浦上俊司

いやはや今回は覚悟した。

何回も生死の境界線をくぐり抜け、そのたびに‘奇跡の生還’を果たしてきたグランドマザー
かつて90歳代の頃には足の骨を折る大怪我を負いながらも数日で骨が再生し(ど、ど、どんなカルシウムやねんッ)、医者を驚愕させ元気に退院してきた彼女だ。
しかしもう105歳である。今回だけは‘奇跡の~’はないと思った。

大好きな姫路の叔父から電話があり、グランドマザーが病院へ運ばれ、もはや意識も薄れているとの一報。
私から兄貴にも連絡を取り、喪服の用意なども一応しておいた。
ここまでの長寿になれば、浦上家親戚一同に悲しみの悲壮感は漂わず、むしろ‘これだけの寿命を頂いておめでたい’といった空気である。

後は苦しまずに、笑顔で眠るように逝ってくれる事を願いつつ、出来るならば来週まで長引かずにいて欲しいと私は正直思った。
来週から一週間は、大阪~東京~長野へと研修・講演一人旅なのだ。

芸人は親の死に目にも会えないと覚悟しているが、交通機関が許す限り、通夜か葬式のどちらかには顔を出したい。
しかし、どう考えても姫路まで戻ってくる事は不可能だし、本番に穴を開ける事はプロの芸人としては天地がひっくり返っても出来ない。

だから、なんとか今週中に・・・と思った私の潜在意識がグランドマザーに届いたのだろうか、今週来週どろこか又もや完全復活したのだッ!(ど、ど、どんな生命力やねんッ)

叔父から連絡があった。
「俊ちゃん、こないだの電話では近日中にと言ったけど、まだまだ先になりそうやわ~」と。

このグランドマザーの脅威の生命力は、一体何なのだろう?
これは医学研究に値するのではないかと思うのだが、私の仮説では‘12人の子供を産んだ’という経験ではないかと思う。

つまり、ある特定の女性に限っては、子供を産めば産むほどに身体中の毒素が排出される仕組みがあるのではなかろうか。
つまり出産のたびに健康体へと若返っていく特異体質が、何人かに一人の割合で存在するのではないか。
そしてその若返り財産が、70歳以降の健康長寿をもたらすのではなかろうか。

いずれにせよ、ここまで来たら日本記録更新に向けて頑張って欲しい。
それがやひ孫たち数十人の思いである。
これからはグランドマザーを‘スーパーフェニックス’と呼ぼう!

ありがとうございます、感謝。やきもきさせながらも依然として‘動かざる岩のような存在’の祖母。
ありがとうございます、感謝。あちらの世界で苦笑しながら見てるような気がする父の存在
ありがとうございます、感謝。親戚に何かあった時に、ここ一番で頼りになる姫路の叔父の存在。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:44 | トラックバック

2009年05月06日

このGW:☆高橋宗照☆

高橋宗照

 

 

 

 

中には16連休という方もいっらっしゃるようですが、今日で一応GWも終わりになりますね。

ニュースではETC割引でどこまで行っても片道1000円だから、高速道路の渋滞が
激しいようでした。
以前からその「兆候」は感じていましたが、さすがに今年はすごいです!



そんなニュースを聞きながら、
「まぁこれならどこへ行っても楽しく走れないよね」と半ば自分を納得させながら・・・
このGWはずっと6冊目の執筆のため、事務所で「引きこもり」していました。
なので、ハーレーには全然乗れていません・・・(正直これが辛い)。

そしてやっと、たった今ですが何とか執筆にメドが着いたんです!!\(^^\) (/^^)/

まだ追加原稿の依頼が出版社さんから来るかもしれませんが、今回はかなり気合いを
入れて書きました。
いつも気合いを入れては書くのですが、今回は文体(口調)も少し変えて

「こんなのやってみたらどーでしょ?」的な言い方から、「これは絶対にすべし!」的な
言い切り型にしてみました。(ただ校正で変わって、皆さんのお手元に届く時は変わって
いるかも??)

そしてなるべく外からの雑音を入れず、ただただ一人の世界に浸っていましたよ。

そんな中でこんな仕事(執筆)していると、つい「自分と対話」しちゃいますね。

まぁいろいろな意味でそんな時期かもしれませんね・・・
創業当時のことを思い出したり、良いことも悪いことも・・・
四十を過ぎて「不惑の年」と言いますが、まだまだ全然ダメじゃん!という自分に
気づいたり・・・

だからたまには忙しい中で見過ごしがちなことを、こんな時期に考えるのは
いいことなのかもしれません。


なので、今はちょっと開放感に浸っています。今度の土日は全開放してハーレーでまた違う
「一人の世界」を堪能します。
なるべくナンシーを避けながら(笑)

 

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)

投稿者 : 高橋宗照| 17:57

『人は人によって磨かれ変化し成長を遂げる』~☆浦上俊司

浦上俊司

人は決して一人では生きていけない。
その意味は二つあり、衣食住の全てを自分の力だけで賄っているのではないという事がひとつ、そしてもうひとつは、独りで生きていくのはかなりの心の強さが要るという事だ。
孤独耐力偏差値がかなりの高数値を示すであろう私でも独りでいると、時として胸がキュンと寂しくなるものだ。
そんな時は‘常住’を祈り‘不孤’を感じ、温かい大いなる何かの存在を楽しむようにする。

この世修行の場であると何回も過去記事で触れてきたが、大きく分けてこれも二つある。
ひとつは‘人を知る修行’であり、もうひとつは‘自分の心の奥底に巣食う何かを知る修行’だ。

そのために人を愛し、人から愛され、人を信じ、人を疑い、人に裏切られ、人を憎み、そして人を裏切り、人に慈悲の心を向けていける境涯を目指す。
人との修羅がなければ、人は本当の深い学びを修し得ないのだ。
だからこそ、人は人との軋轢の中で、人を知る。
だからこそ、人は人との葛藤の中で、自分の心の奥底を知る。

相手は鏡であり、相手の立場になりきるという高いハードルの先にあるゴールに向かって。

ありがとうございます、感謝。着ている服も自分が縫ったのではない、食べる食材も自分が畑で作ったのではない、住んでいる空間も自分が建てたのではない、そんな非力な自分に気付ける事。
ありがとうございます、感謝。仏教でいう怨憎会苦愛別離苦が小さく理解できる自らの環境。
ありがとうございます、感謝。毎年G・Wになると深く熟考する人生設計。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 10:34 | トラックバック

2009年05月05日

『披露宴からの学び』~☆浦上俊司

浦上俊司

披露宴での主賓スピーチは、ほとんどがハズレだ。
いや、ハズレは言い過ぎかも知れないが、ただ長いだけで伝わってくるメッセージは薄いものが大半を占める。

そんな中で、たまに大ヒットがある。
たった3~5分間の中に、90分講演以上にインパクトがあって心に残るものに時として出合う。
新人生を送る若き新郎新婦への人生訓に満ちた言霊は人の心を動かすものだ。

‘人は思い込みの習性を持ちます。その思い込みには様々なパターンがある事を充分知っておかねば結婚生活は悲惨なものになります。同じ屋根の下に住みだすと、自分の思い込みを全てに優先させる価値基準は、非常に危険です。’

こんな類のスピーチだった。
‘なるほどなぁ~’と心の中で唸ると同時に、思わず‘うんうん’と司会台で大きく頷いた。

司会者は列席者と一緒になって、‘披露宴に参加するのが私の信条だ。
キャプテンは、友人の余興がメッチャおもろくても笑わない。主賓のスピーチが教訓に満ち溢れていても無表情で姿勢を崩さない。

それが全体指揮をとるキャプテンとしてのプロの姿だ。
しかし、司会者は大笑いしたり、大きく共感したり、新郎の友人にツッコミを入れたりするのがプロの姿だ。

列席者と同じ目線で司る。これが会場内を巻き込む進行である。
研修も同様で、受講生目線が大切だ。
講演も同様で、聴衆目線が大切だ。

全てを相手目線に合わせて、自らを微調整する、これこそがプロ目線なのかも知れぬ。

ありがとうございます、感謝。数分間で人生訓を頂戴できた披露宴での一コマ。
ありがとうございます、感謝。新郎新婦への祝福の想いがストレートに伝わった主賓スピーチ。
ありがとうございます、感謝。プロ目線が何たるかを学ばせてくれたキャプテンの姿。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 06:30 | トラックバック

2009年05月04日

『霊的なものに支配される』~☆浦上俊司

浦上俊司

人は霊的な存在であり、で考える意識とは異なる何かに突き動かされるものだ。
よく言われる‘分かっちゃいるけど止められない’というのは、まさにその人を支配する背後霊の働きであるような気がする。

何度も同じ間違いを犯し、前回の反省も教訓も活かせず愚かな人生を送る人。
周囲の人を傷付けるのを頭では理解しているつもりでも、本能に負けて自由奔放に走る人。
自分でも抑え切れないほどのどうしようもないジャンルは、ほとんどの場合この背後霊の働きが大きいのではないかと感じるここ数日だ。

人と人との相性についても、この背後霊の存在が強烈な影響を及ぼす。
この人と一緒にいると、別段喋らなくても居心地がいい。
あの人と同じ空間を共有すると、揉めているわけではないのに息が詰まりそうになる。
その人に言われた言葉は心の奥にグッと染み入るが、この人の言葉なら素直に受け入れられない。

これらもひょっとすると背後から、には見えず、には聞こえず、には触れる事のできない霊的な何か信号を送ってきているのかも知れない。

人生における本当の幸せの境地に辿り着くためには、この霊的なハードルをクリアせねばゴールは見えない。
人間的な努力は大変尊く素晴らしい事であるが、それだけではどうしようもなく越えられないハードルもある。


ありがとうございます、感謝。私の首の後ろあたりから、いつも信号をくれる背後霊の存在。
ありがとうございます、感謝。私の背後霊からの信号に従うのがベストな選択だとの自信
ありがとうございます、感謝。あと35年ほどの長いお付き合いの中で、背後霊と共に成長していけるであろう人生航路

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 10:23 | トラックバック

2009年05月03日

『キャプテンに惚れた』~☆浦上俊司

浦上俊司

いやぁ~、昨日は気持ちのいい披露宴だった。
もうMCの仕事引退しようと決意したにもかかわらず、指名を頂戴すると断るわけにはいかない。
みのさん‘仕事を選ぶなんて、もってのほかだ’と叱られてもいけない。もっとも、みのさんとは一面識も無いが・・・。

神戸のホテルでの披露宴、新郎は京大卒で大手メーカ勤務のエリート、新婦は神戸の公立小学校教師の才媛、更に列席者も上品な方ばかりだった。
時間内にスムーズにお披楽喜を迎えたのは勿論だが、担当のキャプテンが素晴らしく良かったのだ。

披露宴の仕事を1000組以上を司ってきたが、こんなに気持ちのいいキャプテンは初めてだった。
ほとんのどキャプテンは、司会者を‘出入り業者扱い’する傾向にある。もちろん例外もあるが、ホテル側が‘司会の仕事振ってやってるやん’との空気があるのが常だ。

しかし昨日のキャプテンは、その対極にいる好青年だった。
男でも惚れ惚れするような笑顔が最高にいい、新郎新婦を誘導する時の身のこなしが最上級のカッコ良さを漂わせる、ご両親への懇切丁寧なホスピタリティは出過ぎず引き過ぎず丁度良い、お客さまのご要望にテキパキと対応する、列席者の子供ちゃんのあやし方まですこぶる上手い。
そして、なんといっても司会者への気配りが丁寧で、タイムリーで、親切で、痒い所に手が届く。

やはり仕事は誰と一緒に組むかで成果が決まるものだ。
何をするかではなく誰と組むかで、パフォーマンスは最高レベルにまで引き上げられる。


ありがとうございます、感謝。MCとキャプテンのいい連携が会場内に伝わり、最高に思い出深い作品に仕上がった昨日の披露宴。
ありがとうございます、感謝。同じ空間にいた人が感じた光景を‘言葉という名のハサミ’で切り取っていくMCの仕事。(結局、引退撤回・現役復帰してしもたがなぁ・・・。プロレスラーみたいや)
ありがとうございます、感謝。きっと家庭でもいいお父さんで、優しい奥様に支えられているのだろうと想像するキャプテンのプライベート。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:46 | トラックバック

2009年05月01日

『座右の銘を侮るなかれ』~☆浦上俊司

浦上俊司

座右の銘にしている‘九分九厘をもって半ばとせよ’を痛感した昨夜だった。

大学時代の親友と甲子園に行った。
数年前に息子と二人で行って以来だから、ツタが無くなった甲子園の外観は少し違和感があった。
当日券で取った席は、レフト側外野席の最上段に近い。
球場全体がよく見えるが、トイレに立つにも、ず~っと下まで降りるのでメッチャ時間がかかる。

周囲のファンは、みんな思い思いの選手の背番号入りのハッピにメガホンで熱烈な応援をしている。
その中でスーツ姿のオッサン二人が我々だ。

どうにもこうにも、ストレスが溜まる試合だった。
貧打にあえぐ阪神・横浜両チーム。
貧乳は大好きだが、野球は貧打戦ではオモロない。やはり打撃戦で点の取り合いがエキサイティングだ。

名前も知らん横浜の選手にパッコ~ンとツーランホームランを打たれ2-0になった。
8回裏まで逆転を期待して応援したが、無得点に終わった時点で虎ファン全体に‘あ~あ・・・’といったタメ息が出、球場のムードも敗戦カラーに包まれ、帰路に着くファンが目立ち始めた。

親友が言った。
「うーちゃん、ちょっと気分転換にタバコ吸うてくるわ」と。

私は、「あっ、そう。ほなここで待っとくわ」と答えたものの、残すは9回表裏だけ。しかもタバコ吸いにず~っと下まで降りて、吸い終わったら又ず~っと最上段まで上がってくるのも彼が大変だろうと思った。

「○○ちゃん(親友の名前)又戻ってくるの大変やろし、最後まで観たら甲子園駅メッチャ混むし、多分9回裏は三者凡退やろし、ここでもう帰ろか」と言ってしまった。
すると彼も、「そやな、そうしよか」と言ってしまった。

そんな事を言ってしまった二人は、三宮までの阪神電車内で、アニキ金本の劇的なサヨナラ安打があったとケータイ速報で知る事になった。

だから、言うてるやん~、人生全て‘九分九厘をもって半ばとせよ’やっちゅ~て。

ありがとうございます、感謝。何事も最後まで下駄を履くまで分からんものだとの教訓を学べた事。
ありがとうございます、感謝。ファンの心を掴んで離さない熱いゲームをする猛虎戦士たち。
ありがとうございます、感謝。お互いにオッサンになっても25年来付き合ってくれる大学時代の親友

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 16:40 | トラックバック