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2008年12月30日
『万年筆』~☆浦上俊司

万年筆を使う習慣は無かったのだが、これから一気に増えそうだ。
万年筆で文字を書くのが、ここまで楽しいとは知らなかった。
紙の上を、舐めるように滑るように動くペン先。
紙の上を、流れるように這うように走るペン先。
決して達筆ではない私の字が結構上手く見えるペン先の魔術。
ペンを持つ角度によって、紙の上の字が力強く見えたり、楷書になったり続け字になったり、四角張った字になったりと様々な新発見も楽しめる。
こんな素敵な万年筆との出会いを作ってくれた女性がいる。
彼女は私と同じ研修講師。年齢は知らぬ。
私は生涯ピン芸人なので‘弟子は取らない’と、このブログでも公言しているが「浦上さんの弟子にして下さい!」と連絡をくれた。
お茶を飲みながらのアドバイスで彼女の役に立てるなら私も嬉しい。
確かこの秋だったと思うが、研修本番前の2時間ほど大阪で会った。
たいして立派な話も出来ず、私の言葉で何か気付きを促せたとも思わず、「又会いましょね~」と私は昼からの研修会場へ入った。
それが先日突然、嬉しい宅急便が届いた。
見ただけでかなりの高価なシロモノだと思う。
PARKERの万年筆とボールペンの2本セットだ。
リボンを解き、丁寧に包装された箱を開けると素敵なメッセージカードが出てきた。
「浦上さん、いつぞやは大変ありがとうございました。今後の人生の方向性について、整理できたように思いました。お茶代とコーチング料と出版祝いがず~っと気になっていたのです。クリスマスプレゼントには間に合いませんでしたが、この万年筆で2冊目、3冊目と素晴らしい執筆をして下さいね」と書かれてあった。
自分がした事など忘れていたにもかかわらず、こんなに温かい心のこもった贈り物をされて、不覚にも涙が溢れ出た。
ささくれ立った私の壊れた心にジワ~ッと温かい何かが流れ込んできた。
‘本当にありがとう。本当に感謝です。心からありがとう’と一人静かに呟いた。そして一筋の涙が、いや二筋も三筋もの涙が頬を伝った。
‘ありがとう’以上の言葉が見つからないのが自分でも少し癪だった。
私は一応まだ既婚者なので、倫理道徳上、恋に発展する事はあり得ないが、彼女の優しさが身に沁みた。
万年筆という形を取っているが、私にとってのお守りになるだろう。全国一緒に旅しよう。
今後は本のサインを求められた際は、この万年筆でさせて頂くつもりだ。
年賀状の宛名書きには間に合わなかったが、これから登場する機会が一気に増えるはずだ。
ありがとうございます、感謝。人の心の機微に触れ清浄な涙が流せた先日。
ありがとうございます、感謝。万年筆から始まる新たな物書き人生。
ありがとうございます、感謝。お守りによって、ますますファーが増えるであろう2009年の仕事。
~☆浦上俊司
2008年12月29日
『献血結果』~☆浦上俊司

私が月に一回献血に行くのは半分が自らの健康診断の為、もう半分は、こんな自分でも社会の役に立てるというボランティア精神の為である。
前者については、私には会社もなければ所属している組織も無いので、いわゆる健康診断の機会が無い。そこで献血はあらゆる角度から検査してくれ一週間ほど後に検査結果を送付してくれるから、私にとっての定期健診になるわけだ。
後者については、自分が人様のお役に立てる実感が得れるのと、業を積み過ぎた過去世の魂の浄化に繋がればとの些細な徳積みになればと思ってだ。
先日の結果が届いた。
ドス黒く濁った血液で人様のお役に立てるのか不安であったが、多少の有効成分は含まれていたのだろう、使って頂けたようだ。
そして、身体はこうも正直なのかとの驚きと気付きがあった。
白血球数(WBC)が異常に増加していた。
精神的ショックから自律神経がムチャクチャになり、白血球が自動的に反応してしまったのだろう。
コレステロール(CHOL)が異常に減少していた。
人間は、単純に食わなければ痩せるのだとのシンプルな気付きを得た。
私の身体の中でどんな変化が生じているのか表面上では分からないが、きっときっと‘良くなる力’は動き始めているはずだ。
ありがとうございます、感謝。有効なダイエット法は‘食わない事である’との単純な発見。
ありがとうございます、感謝。私のネガティブな思いを乗せた血液でも人様のお役に立てた事。
ありがとうございます、感謝。人智を超えた神秘のメカニズムを有す人間の身体の仕組み。
~☆浦上俊司
2008年12月28日
『涙の数だけ強くなれる』~☆浦上俊司

これからの人生後半の荒波を乗り越えて行くためには、強くて強くて強い心の器を作らねばならぬ。
ヤケクソになって自殺するのは現実逃避だ。
来世は地獄が待っている。
それだけは嫌だ。
これ以上嫌だ。
もう食い止めたい。
ならば、目の前の理不尽な仕打ちに耐えれるだけの強さを自らの内側に備えねばならぬ。
何かの歌の歌詞にあった‘涙の数だけ強くなれる’、まさにその通りなのだ。
人生、苦しみと喜びが交互にやってくる。
その時々で異なる種類の涙を流す。
胸を掻き毟られ、腸(はらわた)を抉り出されるような悔し涙もある。
反対に、喜びに打ち震え、身体の芯から浄化されるような嬉し涙もある。
前者の涙は、心を強くするエキスなのだ。強く生きる心に変換する魔法の液体なのだ。
私はきっときっと強くなれる。
45歳からの人生後半は、少々の事に遭遇しても挫けない心になる。
私には感謝道があるし、私の背後には仏教の霊妙不可思議な救いの力が注がれているはずだからだ。
ありがとうございます、感謝。やっと食欲が復活してきたここ数日。
ありがとうございます、感謝。やっと6時間ほど熟睡できるようになってきたここ数日。
ありがとうございます、感謝。私の心を強くしてくれた2週間以上かけて流し続けた涙。
~☆浦上俊司
2008年12月27日
『浄めの修行』~☆浦上俊司

静かに仏舎で内観した。
ご宝前で正座し軽く目を閉じて、自らの心の奥底に巣食う醜さを直視してみた。
結局のところ、我欲を滅する修行なのだ。
そして自分の為だけではなく、人の為に祈れる心を作る修行なのだ。
み仏さまは、手を変え品を変え様々な事象をお与え下さり、覚醒を促す。
自らが過去世から持ち越した深き因縁、自らの大切な人が過去世から持ち越した黒き因縁、それら全てを今世で見せて下さる。
少し見せただけで気付ける人もいれば、ここまでの事象を見せて深いショックを与えなければ気付かない私のような凡夫もいる。
気付いてからが‘浄めの修行’が始まるのだ。
どこまでも続く苦行になるのかも知れぬが、今世で逃げれば来世で再度挑戦になる。
もう、今世だけでコリゴリだ・・・。
ありがとうございます、感謝。今世での精進の覚悟をくれた絶対安心の仏舎。
ありがとうございます、感謝。長らく疎遠になっていても、ギリギリの所で守護を戴いていた絶対安心の仏舎。
ありがとうございます、感謝。肉体は借り物で本質は仏性(ぶっしょう:魂の事)であると強く言い聞かせる日々。
~☆浦上俊司
2008年12月26日
今年もありがとうございました!:☆高橋宗照☆

いつもこの時期になると
「今年は早かったなぁ~」という言葉が決まり文句になってしまいます。
おかげさまで本日で弊社は仕事納めとなりました。
(来年は1月5日(月)~が仕事初めになります)
相変わらずバタバタしてしまった月末でしたが、皆さんはいかかだったでしょうか?
さて・・・
ここのところの経済事情は、お先がまったく見えない寒い状況もありますが、
つい私たちはこんな時(辛い時や悲しい時など)に
「観ざる、聴かざる、言わざる」・・・まさにこんな感じです。
![]()
(上記画像は(社)日光観光協会オフィシャルサイトより)
になりがちですよね。
だってその方が現実を直視しなくて済みますからね。
しかしそれでは問題は全然解決されないので、少なくても私のような者はしっかり
「観て、聴いて、言う(話す)」をしなければならないと思うのであります。
しかし・・・です。
実は最近気づいたのですが、私の身体に変化が現れました。意識ではこうエラそうに思っても
実は肉体は全然そーではないんだなぁと痛感しました。
来年で私は43歳になります。前・本・後厄も無事明けることになります。
(ホント厄年っていろいろありますよね・・・実感です)
はっきり言って世間では間違えなく「おっさん」です。
そして人生間違えなく半分以上は生きてしまったのです。
「おっさん」なんだから仕方ないだろぉ~と言われても、やはり本人にとっては結構ショックです。
何を言いたいのか?毛の話です。
ある日鏡を見ると・・・
あれれぇ~?耳毛(ミミゲ)が生えてるぅ~~~!!それも一本が長い!!やばい!!
これではどこかの仙人みたいではないか!!
以後定期的に剃ったり、抜かないと着実に生えてきてしまいます。
げぇ~~!!眉毛(マユゲ)が妙に長いのがあるっ!!それも何本も!!やばい!!
これではどこかの国の連立与党を組んだときの首相のようではないか!!
これも定期的にチェックして抜いていますが、どんどん元気良く伸びてきます。
うーむ・・・口髭(クチヒゲ)が生えるのが早いよねぇ!!それに白髪もかなーり目立つしぃ!!
それに悲しいかな白髪のほうが勢いがあって強いときたもんだ。
2、3日放っておくとすぐ「いかついおっさん」になってしまいます。
そーなんです。
肉体は自然に毛を長くすることで、
「観ざる、聴かざる、言わざる」をさせてしまっているんですよね。
もう「おっさん」なんだから、まぁいいか!とついつい思って流されてしまうのではなく
意識的に「観て、聴いて、言う(話す)」をしないとダメですね。
今年の言葉は「変」だそうですね。
来年からどーなるのかは(特に経済事情は)、誰も予想できませんが、少なくても
自分自身に起きている「変」にも敏感に対応していこうかな・・・と思っています。
私の好きな言葉でこんな言葉があります。
「もっとも賢い種でもなく、もっとも強い種でもない。生き残るのは“環境の変化”にもっとも
敏感に対応できた種である」(※)
環境の変化を受け入れ、そこから自分が何を出来るのか?を考えて行動するできることが
大切ですよね。
今年皆様には本当にお世話になりました、ありがとうございました!
来年もよろしくお願い致します!!
(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)
※について
これは一般的に自然科学者のチャールズ・ダーウィン(種の起源)が言った言葉と言われています。
しかし最近ではダーウィン自身は「種の起源」においてこのようなことは言っていないという説もあります。
ちなみにその言葉を高橋本人が多少アレンジして言っています。なおここで言いたいのは、
「弱肉強食」を支持しているのではなく、言い訳せず「環境の変化」に敏感対応することが大切だと
言うことをお伝えしています。念のため。
投稿者 : 高橋宗照| 18:56
『さようなら』~☆浦上俊司

さようなら・・・、すかいら~く。
さようなら・・・、我が青春の聖地。
ニュースで驚いた飯島愛ちゃんの死に続いて、ついに‘すかいら~く’ブランドが消滅するという。
すかいら~くで友情を学んだ。
すかいら~くで酒の美味さを学んだ。
すかいら~くで恋を学んだ。
すかいら~くで働く喜びを学んだ。
全てが鮮明に記憶に残る25年前のシーンだ。
時代の趨勢には逆らえなかったのだろうが、一時のファミレスブームがあっただけに驚きと悲しみが残る。
これから従業員の方々はどうされるのだろう?アルバイトはともかくとして正社員の方々の生活はどうなるのだろう?
関連店舗に移動ならまだ良いが、リストラも充分な可能性を残す。
決して他人事ではないのが、私が就職していた可能性があるからだ。
新卒で、すかいら~くに就職する縁故話を頂いた際、一瞬迷った事も覚えている。
‘営業マン’という世界に妙~な魅力を感じたからリクルートへ行ったが、少しのボタンの掛け違いがあれば、すかいら~くの社員だった私。
勤続23年くらいになっていたであろう今。
外食産業一筋で来た私は、これからどうするのか路頭に迷っていたと想像するに難くない。
やはり、私には運があったのだろうか。
いや、私には運がなかったのだろうか。
最近は何が何だか分からない状態で、人生の羅針盤が変な方向に向いてしまっているので答えは見つからない。
パラレルワールドで‘すかいら~く就職の人生’なら、お金は無くても精神的な幸せはあったかも知れない。
ありがとうございます、感謝。もう見る事もなくなった‘すかいら~く’のロゴ。
ありがとうございます、感謝。リストラ後、外食産業裏話で全国講演をしているパラレルワールドの私。(結局、喋くりの仕事をしとんねんなぁ・・・)
ありがとうございます、感謝。過去も未来も考えず、とりあえず‘今・ここ・自分’で生きていかざるを得ない自らの宿命。
~☆浦上俊司
2008年12月24日
『クリスマスイブの光景』~☆浦上俊司

世はクリスマスイブらしい。
街には煌(きら)びやかなライトアップが所々にあり、繁華街は仲睦まじげに手を繋ぐ20代カップルが溢れる。
お互いを見つめ合う目が‘愛といたわりと優しさとエロス’を醸し出している。
小さな子供ちゃんを中心に、お父さんをしっかりと立ててくれる奥さんが家族水入らずで買い物をしている。
口元に微笑を浮かべ、今日の晩御飯の食材をあれこれと小首を傾げて迷っている。私の理想とする良妻賢母だ。
60代と思われる熟年夫婦が、子供は独立したのだろうか、二人で腕を組んで歩いている。
歴史を共に作ってきた夫婦の間に漂う‘安定と安心と信頼’の空気を漂わせながら歩調を合わせている。
みんな幸せそうだ。
みんな平和を満喫している。
みんなこの世での人生を謳歌している。
私には全て一切が縁の無い世界だ。
しかし、人を羨むなかれ。自分を蔑むなかれ。
孤独の中で、どれだけ人に対する優しい心を作っていくかが、この世での私の修行なのだ。
ありがとうございます、感謝。どんな環境に身を置いても自らの心は‘人に向ける優しさ’を体得するぞとの勇猛心発露。
ありがとうございます、感謝。こんな私にも過去には素敵なクリスマスイブがあったとの懐古と、未来に向けてあるかも知れないとの淡い期待。
ありがとうございます、感謝。クリスマスイブに先生からコテンパンに叱られた息子の三者面談。(厳しい指導を頂いたが、担任の先生は熱血で私の好きなタイプの好青年だった。いい担任に恵まれて息子は幸せだ)
~☆浦上俊司
2008年12月23日
『何かが近付く予感』~☆浦上俊司

‘自らの人生シナリオは、劇的で波乱万丈で大ドンデン返しのドラマティックな脚本で構成されており、苦の後に訪れる幸は常識を遥かに超えた凄まじい奇跡なのだ’と思い込む事が大切だ。肯定的な錯覚に勝る自己コントロール法はない。
いつものごとく‘根拠はないが信念はある’に基づくが、何か凄い事が私の身に起こる前触れのような気がしてならないここ数日なのだ。
嬉し涙が身体の芯から溢れて止まらないラッキーな出来事が、もうすぐそこまで足音を響かせているような気がしてならないのだ。
感謝道の神様は、粋でイナセな人生脚本を用意して下さっているような予感がビシバシするのだ。
そしてそのバカでかいギフトを天から戴いたなら、世の苦しむ方々に勇気を持って語る日が来そうなのだ。
自分の人生は途轍もなく幸せな展開をするとの大前提を脳髄の真ん中にブチ立てて軸を造る。
そして全ての事象をその軸に会わせて思惟する。
これも感謝道の思考方法の一種である。
ありがとうございます、感謝。普通では乗り越えられない苦も乗り越えられるレールになっている私の人生。
ありがとうございます、感謝。普通では乗り越えられない心の傷も乗り越えられる‘いやぁ、私は人と違いますから!’の言葉。
ありがとうございます、感謝。自分の劇的で幸せな人生にワクワクできる思い込み。
~☆浦上俊司
2008年12月22日
『真理眼を開け!開眼せよ!そして改心せよ!』~☆浦上俊司

‘私たちの本質は肉体ではなく魂である’とは以前から書いてきた。
しかし凡夫であるが故、肉体にこだわってしまう小さな自分がいる。
‘本質が魂だから、肉体は今回の人生での借り物である’とは以前から書いてきた。
しかし凡夫であるが故、借り物である肉体にこだわってしまう小さな自分がいる。
‘魂は不変であるが、肉体は着替えを繰り返し何回も何回もこの世を訪問する’とは以前から書いてきた。
しかし凡夫であるが故、着替えに過ぎない肉体にこだわってしまう小さな自分がいる。
‘魂を磨く進化と向上のための学校がこの世である’とは以前から書いてきた。
しかし凡夫であるが故、目の前の現実が満たされればそれでいいと思う小さな自分がいる。
真理眼と肉体眼との戦いがここにある。
真理眼が備われば、苦しみから一気に解放されるのだ。
後者の眼の視点であれば、今回の人生の中で犯してしまった黒点がいつだったかという時期を重視しがちだが、前者の眼の視点であれば意味合いが全く変わってくる。
つまり、何回も何回も生まれ変わり死に変わり、この世への再訪を繰り返す悠久の時間軸からすれば、過ちの時期は瞬きに匹敵するほど短い時期になる。
その時期に自らがどう関わっていたかなども大した問題ではなくなってくる。
前世での繋がりという視点に立てば、ずっと昔から繋がっていたのだから。
魂レベルで言えば、もともとずっと昔から知り合いだったのだから。
こう考えれば、男と女の間(はざま)に存在する嫉妬心など、いかに幼稚なものかが見えてくる。少しだけ見えてくるのだ。
非常にハードルは高いかもしれないが、超える時は一瞬で一気に超えてしまえるような気もする。そんな所まで来ているような気もする。
あと一歩なのだ。
感謝道の威神力が発動されるまで、あと一歩なのだ。
ありがとうございます、感謝。内なる自己と向き合って‘この世の意味’がやっと分かりかけてきた事。
ありがとうございます、感謝。真理への気付きという知恵の水を出すには、時間と事象というポンプが必要なのだとの発見。
ありがとうございます、感謝。大きく進化と向上を遂げた後、研修や講演に凄まじい迫力が伴うであろう私の天職。
~☆浦上俊司
2008年12月21日
『ようこそ!ティグアン』~☆浦上俊司

私の心は立ち止まったままでも、行事ごとは進んでいく。
私の脳は思考停止状態で何もかもが嫌になっているが、潜在意識では感謝道を貫いているせいか、行事ごとは次々とやってくる。
行事ごとで苦が紛れるのであれば、忙しいのは大歓迎だ。
新車の納車日だった。
ベンツかボルボかワーゲンかで迷った車選びが、総合評価でワーゲンのティグアンに軍配が上がった。
本来は喜び沸きあがる納車日にしたかったのだが、これが私の悪因縁なのだろう、そして修行を自らで課した苦なのだろう、一人寂しい納車日になった。
しかしシートに座り、新車特有の香りが鼻腔を刺激し、軽やかなステアリングを楽しめば、その時間だけは苦からの開放が得られる。
ティグアンが私の傷を癒してくれる。
ティグアンが私に幸せを運んでくれる。
根拠はないが信念はある。
ありがとうございます、感謝。今まで事故なく私の家族を運んでくれたゴルフ。
ありがとうございます、感謝。これから事故なく私の家族を運んでくれるティグアン。
ありがとうございます、感謝。幸せ運搬車になってくれるだろうティグアン。
~☆浦上俊司
2008年12月20日
『いつかきっと・・・』~☆浦上俊司

‘一皮(ひとかわ)も二皮(ふたかわ)も剥けなさい!もっともっと心の器を大きくしなさい!’と、声なき声が脳内をこだまする。
‘人を赦(ゆる)しなさい!人を深い愛で包み込みなさい!’と、内なる神が私の顕在意識に囁き続ける。
‘お前は天職を通し、言葉でもって多くの人を勇気付ける使命を担って生まれてきた。だからこそ棘(いばら)の道を通らなければいけないのだ。経験として通った道があるゆえに、多くの人の魂に届く言葉がお前の口を通して発せられるのだ’と、守護霊が私にメッセージする。
全て自らが魂の状態の時に自らに課した修行である事が、やっと分かりかけている今日だ。
夜にウトウトとして4時間は集中して深い睡眠が取れるようになってきた今日だ。
食欲は未だない。食えば吐きそうになるので怖くて食えない。しかし多少の炭水化物とタンパク質は入れるように頑張っている。不足分は46種類の微量栄養素が入ったサプリメントで補充している。
いつかきっと、心の傷は消えてなくなる。
記憶には一生涯刻まれてしまうだろうが、それが赦せて気にならなくなる日は必ず来る。
いつかきっと、元通りになれる。
溝は簡単には埋まらないだろうが、グジュグジュの膿は乾いて風化する日は必ず来る。
ありがとうございます、感謝。壊れそうな時、フッと沸きあがる内なる神による救い。
ありがとうございます、感謝。時間と共に自然治癒力が、ゆるやかに穏やかに自らの傷を修復し始めている実感。
ありがとうございます、感謝。どんな出来事もいつかきっと笑って話せる日が来る近未来の実感。(昔、こんな事もあったなぁ~と穏やかに笑っている近未来の私がいる)
~☆浦上俊司
2008年12月19日
『過去世』~☆浦上俊司

午前中、時間があったので献血に行った。
こんな私が、どこかで誰かのお役に立てるという沸きあがる喜びを味わえるのが、献血によるボランティアだ。
しかし、ここ数日の私の血は汚れきっているはずだ。
怒りに任せて、脳からアドレナリンが大量に噴射し全身に巡ったドス黒い血だ。
身体中の細胞に、ストレスによる活性酸素を駆け巡らせたドス黒い血だ。
献血チューブを流れていく私の血の赤い色を確認するまでは、本当に真っ黒の血が流れるのかと思っていたほどだ。
いつもの成分献血なので1時間は有す。
ほとんど寝ていない数日間の影響か、献血ルームのベッドが妙~に心地良くなり、久々に副交感神経優位の状態になった。
静かに迫り来る睡魔に逆らう術(すべ)は無かった。
ウトウトしかけた時、好みのタイプ(極細・貧乳・小顔・小ゲツ・色白・童顔・ショートヘア・八重歯・口元のホクロ)の看護士さんが優しく毛布を掛けてくれた。私の首筋までゆっくり引っ張り上げてくれた。
今の私は女性に少しでも優しくされると、ビクンッ!と反応してしまう。
私の傷付いた心に看護士さんの労わりが浸透して行った。不覚にも涙が出そうになった。心から迸(ほとばし)るような声で「ありがとう・・・」と私は呟いた。
あれは寝ていたのだろうか、いや、覚醒状態だったように思う。
夢ではない、もちろん現実でもない。
そんな3次元と4次元の間(はざま)のような状態で、私は自らの過去世の映像を見た。
いや、見たくもない映像だったが見てしまった。
志村けんのバカ殿のセットそのものだ。
私は殿だ。時代は江戸あたりか。
石砂利が引かれた庭に、農民と思われる夫婦たちが5~6組土下座をして、殿である私にかしずいている。
私が一組ずつ、その農民夫婦を上げ別室へと誘う。
そして、なんと・・・、あろう事か、殿である私はそこから世にもおぞましい事を始める。
その旦那の前で妻を犯すのだ。AV男優並みのエロさでガンガン犯すのだ。
そして終われば次の農民夫婦を呼び、同じ事をする。
現実問題、5回も6回も出来るものではないだろうが、過去世の映像の中では醜い痴態が延々と繰り広げられる。なんせチョコボール向井並みなのだ。加藤鷹ではない、チョコちゃんだ。
妻の羞恥心と嫌悪感、旦那の苦しみと悲しみ、五臓六腑から沸きあがる怨念、人としての道徳破壊、様々な人間感情が江戸時代から平成の私に届く。
「この味わった苦しみがお前に分かるのかッ!」、「気が狂う寸前のエグイ嫉妬心がお前に分かるのかッ!」
まるで農民一揆のように徒党を組んで、集団の圧力で多くの人たちの恨み声の大合唱が平成の私に届く。
憎悪のシュプレヒコールだ。
狂気のシュプレヒコールだ。
の、の、呪い殺される・・・と思った瞬間、ビクンッ!として飛び起きた。
そこには優しい看護士さんの笑顔があった。
「大丈夫ですか・・・?痛くないですか?汗びっしょりですよ(笑)」と声を掛けてくれた。
何に気付いていくべきなのだろう・・・。
過去世との‘一人リーディング’が始まる・・・。
ありがとうございます、感謝。半眠半覚で見た過去世の映像解析に取り組む気付きのチャンス。
ありがとうございます、感謝。過去世の映像での私は筋肉質な身体をしていた妙~な気付き。(私が大学時代、筋トレに惹かれて仕方なかったのは過去世の影響からか)
ありがとうございます、感謝。平成の私を見た瞬間、「あれっ?えらいヤセはりましたね」と声を掛けてくれたいつもの看護士さん。
~☆浦上俊司
2008年12月18日
『苦は様々な形をとって』~☆浦上俊司

朝のワイドショーでやっていた。
‘派遣切り3万人、早くもホームレス化!?’と・・・。
人生の苦しみは、貧(ヒン)・病(ビョウ)・争(ソウ)にカテゴライズされる。
つまり、経済苦・肉体苦・精神苦であるが、なかでも最も辛く厳しいのが貧である。
私の大好きな貧乳の貧ではない。貧乏の貧だ。
先日も所持金9円になった無職の青年がコンビニ強盗に入り、逮捕後‘ここ数日は水しか飲んでなかった’と言った。今頃は、取調べで出される軽食にも涙が出るほどの舌鼓を打っている事だろう。
このように人間は苦しみの極地に追いやられた時、自暴自棄になっていわゆる‘魔’がさすのだろう、常識では考えられないような行動に及ぶ。
貧(経済苦)がその引き金になる時は、もう自分でも止められないものだ。その気持ちは私も同じ過去を持つから、十二分に理解できる。
私はギリギリの所で、何か不思議な力に止められたような気がする。
そう考えると、今私の肉体と精神を蝕むここ数日の地獄は大した問題じゃない・・・・という気がしてきた。
無理強いした‘肯定的な錯覚’であるが、過去に味わった経済苦の灼熱地獄よりはマシだ。
食欲が無く、胃の奥底から酸っぱい何かが逆流してき、見えない敵と戦って動悸が異常に早くなり、交感神経が刺激され過ぎて不眠が続くが、今日明日食うには困らないお金がある。
精神苦は今までで最高の深さであるが、多少の貯えはあるからギリギリの所でバランスを保てている。
ありがとうございます、感謝。もっともっと苦しんでいる人をイメージする事で一瞬救われる自らの地獄。
ありがとうございます、感謝。精神苦はすぐに肉体苦に直結するのだとの発見。(健康で頑丈な私の身体にまで事象が出るとは驚いた)
ありがとうございます、感謝。‘諦めていた’と思っていたのが‘愛していた’のだとの再発見。
~☆浦上俊司
2008年12月17日
『感謝道の神様』~☆浦上俊司

以前‘トイレの神様’について書いたが、今日は‘感謝道の神様’についてだ。
私が2005年から提唱した‘感謝道’は宗教ではなく人生哲学なので、そもそも‘神様’という概念は入らなかった。
しかし、宇宙のどこかにある方向に向けて意識を集中し、感謝の言霊を放射していく事で宇宙に何某かの‘鋳型’が刻み込まれる。
この鋳型が、神様のような存在に膨張し、威神力を宿し、意志を持ち、感謝道の実践者に現世利益をもたらす仕組みになってきたようだ。
だから‘辛抱貯金’はまさに感謝道の神様からの宿題であり、‘幸福(しあわせ)満期’はまさに感謝道の神様からのご褒美である。
頑張った分、耐え凌いだ分、意志を持った感謝道の神様は、宇宙の閻魔帳に‘辛抱10’とか‘辛抱20’といったポイントを付けてくれ保管して下さる。
そして、感謝道の神様の意志で、必要なタイミングと必要な分量で‘満期’を決めて下さり、‘幸福(しあわせ)15’とか‘幸福(しあわせ)30’といった現世利益を下さる。
お金で下さる場合もある。健康で下さる場合もある。人間関係修復で下さる場合もあり、多種に亘る。
もちろん辛抱も多種に亘り、経済的苦労もあれば、病気での苦労もあれば、対人トラブルもある。
この‘辛抱’と‘幸福(しあわせ)’の種類をどのようにマッチングするかは我々には分からない。
それは感謝道の神様の大いなる意志である。
ただし、分量はマッチングするようだ。
沢山の分量の辛抱後に必ず訪れる幸福(しあわせ)は、途轍もなくバカでかい分量である。
この神様の存在が出来上がるには3年半の年月を要している事になる。(ブログ記事第一号が2005年6月9日なので)
ここに至るには、私一人が頑張っても出来なかった。沢山の読者の方の力が必要だった。
アクセス調査をすると毎日2000弱のアクセスを頂いているそうだ。
見ず知らずの2000人が日々この感謝ブログに触れて頂いているからこそ、宇宙に鋳型が完成した。
宗教法人の登記に信者数が最低○○人は必要、といった具合だろう。
感謝道に似たものは沢山ある。
‘ありがとう’をひたすら繰り返して言うのもあるらしいし、‘有り難う’という漢字に意味を持たせるのもあるし、‘嫌な事があれば即「ありがとうございます」、いい事があれば即「感謝します」’というものある。
しかし、私の提唱する感謝道は‘ありがとうございます、感謝’の12文字だ。
いつでもどこでも何にでも‘ありがとうございます、感謝’と照射する。そして宇宙に届けられる。
感謝道には入信手続きは無い。
感謝道には勧誘ノルマも無い。
感謝道には戒律も無い。
感謝道の神様と接点を持つ入り口はこのブログである。
ありがとうございます、感謝。読者数が増えるにつれ、感謝道の神様から御加護が得れる人が増えていく幸福な未来。
ありがとうございます、感謝。2008年に間に合った感謝道の神様の誕生。(これで2009年からはこのブログの読者には幸福が複利計算のように膨れ上がるはずだ)
ありがとうございます、感謝。今日も静かに唱える事で心の安定を得れる12文字の言霊。
~☆浦上俊司
2008年12月16日
『祝!花田勝』~☆浦上俊司

お兄ちゃん、再婚おめでとう!
いやぁ、ほんまに自分事のように嬉しいニュースだ。
花田勝氏に関しては過去記事にも書いてきたように、大変好意的な興味を持って見てきただけに嬉しい。
童顔好みのところも私と一緒なので大いに共感できる。
前の奥さんも今回の奥さんも、絵に描いたような童顔だ。
童顔マニアを納得させるに充分な‘ええ表情’だ。
私同様‘子煩悩’な彼だが、心配なのは4人の子供ちゃんが父親の再婚をどう捉えるかだけだ。
まだ小さい事が幸いするのか、その反対なのかは私には分からないが、応援している人が幸せになるのを見るのは掛け値なしに嬉しい。
間違いなく言えることは、財力のある男でないと出来ないと言う事である。
養育費を前妻に送りながらの新生活は、普通のサラリーマンの収入では不可能である。
ありがとうございます、感謝。全ての問題解決は財力であるとの再認識。
ありがとうございます、感謝。2回目の結婚で本当の幸せを掴む人たち。
ありがとうございます、感謝。これでますます事業繁栄に拍車がかかるであろう花田勝ビジネス。
~☆浦上俊司
2008年12月15日
『落ちねば見えざる何か』~☆浦上俊司

とことん悩み抜くのもいいものだ。
とことん考え過ぎてアドレナリンを大量分泌させ、動悸が激しくなる毎日も価値があるのだ。
とことん思考暴走させて、咽がカラカラになる日常も意味があるのだ。
落ちる所まで落ちないうちに、自らの内側から‘そんな事はないはずだ。もっと明るい方向へ考えろ。’とポジティブなエールが送られ、表面上だけ自分を納得させても、すぐにムクムクと黒い影が沸き上がっては自分を苦しめる。
だったら、とことん落ちるまで思考暴走させるのだ。
夜は交感神経が働きすぎて一睡も出来ないくらい思考暴走をやってみる。
そして、まんじりともしない夜を明かす。やがて新聞配達の音が聞こえる。
食事も咽を通らないくらい胸のあたりのドス黒い圧迫感が膨らむに任せる。
何を食っても美味く感じないし、それ以前に量が食えないくらいの胃袋状態にする。
食えないし寝れないから、トイレに行っても便が出ないくらい自律神経系統をムチャクチャにしてみる。
こうして人は鬱病になっていくのだなぁ~・・・と漠然と思いを馳せる。
落ちきった所で‘悩んでるアホらしさ’が見えてくればOKだ。
それが見えた瞬間、それはまさに‘闇に射す一筋の光明’だ。
きっとそこに至るためには、一度‘落ちきらないと辿り着けない’のだと思う。
ありがとうございます、感謝。我が事も含め、ブログ読者の悩み苦しみが潜在意識に届く感覚。(一緒に頑張りましょう!)
ありがとうございます、感謝。ここ数日で3キロは激ヤセしたであろう自らの肉体。
ありがとうございます、感謝。苦悩の湖に溺れていても、どこかで‘楽しんでいる’感覚のある私の脳内。(まぁ~、めでたい奴や、私は・・・)
~☆浦上俊司
2008年12月14日
『宇宙の閻魔帳』~☆浦上俊司

きっと、壮大な宇宙には嘘隠しの一切出来ない‘閻魔帳’のような物があるに違いない。
今まで、自分が積んできた思いが全て記載される。
いや、思いだけでない。取った行動、吐いた言葉、全てだ。
修正ペンで消せるようなシロモノではない。刻印された書き換え不可の書物である。
そしてそれら全てが、時を経て、状況を変え、シチュエーションを変え、一切合財が自らに返ってくる。
そこで、気付きを得て深く反省して心を立て替え、生き方を正しく軌道変更していく人もいる。
そこで、自分の不幸を呪い、自暴自棄になって世間を恨み、社会を呪い、堕ちていく人もいる。
ここが試されるのだ。
ここが人生の分かれ道なのだ。
今、辛い出来事に遭遇している人は、どこかで必ず自分が取った言動の反映だと思惟するがよい。
今、幸せな出来事に巡り合っている人も同様である。
私は自分に返ってくるものを‘幸せな出来事’だけにしたいから、正しい生き方を残り35年間していきたい。
ありがとうございます、感謝。絶対に人を傷つける行為は謹んで生きていこうとの不動の決心。
ありがとうございます、感謝。自分の閻魔帳もかなりの劣悪さで汚れまくっているとの気付き。(全ての事象の原因は自らの過去にある)
ありがとうございます、感謝。今、気付いて反省すれば今からすぐに幸せの方向に進み始める閻魔帳の働き。(ここが宇宙の寛大な所で、敗者復活戦になっているのだ)
~☆浦上俊司
2008年12月13日
『苦しみはやがて溶けて無くなるはず』~☆浦上俊司

今こそ感謝道の原点回帰をする時期なのだ。
つまり、今こそ‘もっと最悪の事態の仮設’を意識の中で徹底すべきなのだ。
感謝道の師範級を目指す者にとっては、修行の時期やレベルが必要なタイミングでやってくる。
熾烈な試練を課せられ、‘他人の痛みが分かる人間になりなさい’や‘自分がされて嫌な事はやってはいけません’や‘自分が相手である可能性もあったのだから、相手立場の理解に努めなさい’といった様々なメッセージが天から降ってきて、私の潜在意識が心の真ん中でキャッチする。
苦しい事はやがて思い出に変わる。
抉られた傷はやがて修復され、傷跡はどこにも残らなくなる。
どんな事にも感謝だ。
そのためには、‘もっと最悪の事態の仮設’を実践し、少しでも‘恵まれている点’に目を向け、強烈な自己コントロールをしていくのだ。
ありがとうございます、感謝。少しでも恵まれている点を見れば、試練が有り難い事なのだと錯覚できる日々。
ありがとうございます、感謝。錯覚している時間を積み重ねていくうちにやがて時間薬で忘れられる試練。
ありがとうございます、感謝。強烈な試練を頂く事で以前の試練が‘大したことなかったなぁ~’と思える事。(感謝道で言う‘試練の上書き保存’だ)
~☆浦上俊司
2008年12月12日
『俯瞰法 Part.2』~☆浦上俊司

どんな理不尽な事が身に起ころうとも、どんなに信頼していた人に平然と嘘をつかれようとも、デカイ器で受け止めよう。無理やり笑ってドッシリ受け止めよう。
どんなに傷付いても、いずれその傷は時間薬によって癒される。
だから辛い出来事にも可能な範囲で感謝しよう。
全てを感謝のフィルターで受け止めている人は、間違いなくデカイ器の持ち主である。
そのために有効なのが‘俯瞰法’である。
私は幽体離脱をイメージの中で心掛けるが、‘本当の自分’を意識で高みへと運ぶ。
肉体を持って苦しんでいる自分は‘仮の自分’だ。
そして高みから‘本当の自分’が‘仮の自分’を俯瞰する。
「頑張れ、頑張れ!苦しみの中に価値を見い出せ!時間が全てを解決するぞ!この修行を乗り越えた先に明るい未来が待ち構えているぞ!」と様々なエールを‘本当の自分’が‘仮の自分’に送る。
俯瞰法によって得られるメリットは、自分が悩んだり苦しんだりしていた事が、実はちっぽけなものであり、取るに足りぬ事に過ぎないとの気付きをゲットできるのだ。
人生は、ほっといても流れていく。
時間は止めようとしても勝手に経つ。
いずれ‘苦しい出来事’は‘懐かしい過去’に変わるのだから、今この時を苦しまないようにしよう。
苦しんで過ごす1時間も、楽しんで過ごす1時間も同じ量だ。
ありがとうございます、感謝。心の傷を治す俯瞰法に取り組む毎日。
ありがとうございます、感謝。いまだ生傷だが、いずれカサブタができ、いずれ完治する心の傷。
ありがとうございます、感謝。人生の意味や価値について、嫌になるほど熟考せざるを得ない自らの宿命。
~☆浦上俊司
2008年12月11日
『共感する偉人の言葉』~☆浦上俊司

私はノウハウ本は一切読まず(その割りには自らノウハウ本を出してしまったが・・・)小説しか読まない、と以前から書いてきたが、偉人の言葉で大きく共感するフレーズに触れ得た。
本田宗一郎氏だ。
‘立派なことが書いてある本はどうせ嘘だから読まない’と読書嫌いだったホンダの創業者である。
後年に残された言葉が心に響いた。
「本には過去のことしか書かれていない」。
つまり、今までのやり方を参考にするのではなく、‘これからどのように生き残るか’という問いの答えを書物には求めなかったということか。
やはり偉人の語録には深い共感が得れるものだ。何気ない文字でも心の琴線に触れる。
ありがとうございます、感謝。答えは現場にしか存在しないという持論の正しさの証明。
ありがとうございます、感謝。それでも分かり易く答えが書いてある自著の内容。
ありがとうございます、感謝。独身時代に乗っていた懐かしきホンダの車、プレリュード。(何人かの彼女が助手席を占拠してくれたなぁ・・・。こんな私にも一瞬だけモテ期があった。今はその片鱗もなし。)
~☆浦上俊司
2008年12月10日
『辛抱貯金・幸福満期 Part.2』~☆浦上俊司

感謝道は瞬発力が大切である。
つまり、グチ不平不満に傾きかけるような出来事に遭遇した際、瞬時にもっと最悪な事態を仮設し、大難が小難に小難が無難に変換されている喜びを痛感し、脳内に感謝の感情を充満させる。
これが一日経ってから、‘あれは実は良かったことなんやなぁ~’とジワジワやるのでは遅い。
あくまでも、その瞬間でないと感謝道にはならぬ。
同じく、瞬発力が求められるのが‘辛抱貯金’である。
辛抱しなければいけない事が次々とやってくる。これでもかッ!これでもかッ!と天からのお試しのごとく宿題提出の嵐だ。
あまりにも多くの宿題に、もう嫌になりかける。
ツイてるはずの自分に一瞬の猜疑心がよぎる。
‘ひょっとして自分はツイてないのかなぁ~’とか、‘やはり自分の呪われた因縁は根が深いのかなぁ~’とか、‘前世で敵(かたき)同士やったから、ここまで拗(こじ)れるのかなぁ~’といった様々なネガティブ感情が心の端っこを横切ろうとする。
その瞬間に辛抱貯金だ。
つまり、‘この辛抱がどこか大いなる所へ貯金されたぁ~ッ!よっしゃぁぁぁ~ッ!ありがたぁ~いッ!’と瞬時に思う。強引に思う。誰が何と言っても無理やりにでも‘貯金できたツ!’と思い込む。信じ込む。
すると、幸福満期がメッチャ楽しみになってくる。
満期はいつ来るのかなぁ、・・・明日?一週間後?一ヵ月後?来年?
幸福はどんな形で来るのかなぁ、・・・お金?出会い?信じられないようなラッキーな奇跡?
辛抱をグチ不平不満に結び付けてはいけない。
辛抱を貯金に結び付ける事で、自分の人生がとても素敵に思えてくるのだ。
「因果応報の理(ことわり)」が宇宙に厳然と真理として存在するごとく、「辛抱貯金・幸福満期」も真理として完成されているのだ。
一度蒔いた種が花を咲かせないうちに無くなることは絶対にない。
そのごとく、一度蓄えた辛抱の種が幸福の花を咲かせないうちに無くなることは絶対にない。
ありがとうございます、感謝。辛抱を貯金できる自らの日常。
ありがとうございます、感謝。幸福を受け取れる未来の満期。
ありがとうございます、感謝。自分の人生を心底楽しめる‘感謝道’と‘辛抱貯金・幸福満期’。
~☆浦上俊司
2008年12月09日
『だから面白いんやんかぁ~』~☆浦上俊司

人生はある程度思った通りになる。そして同時に、ある程度思った通りにならない。
それが交互にやってくる。だから面白い。
この‘だから面白い’は、とても勇気を煥発するキーワードである。
何でも楽しむ、多少無理があっても楽しむ、強引でも屁理屈でも楽しむ、これによって一瞬心が明るくなるのだ。
思った通りになれば感謝が深まり、思った通りにならなければ不平不満が蓄積されるのが人の常であるが、そこを何とかセルフコントロールしたいものだ。
どの方向に目線を合わせるかで心境がコロッと変わると以前書いたが、外的刺激が何であれ、目線は‘オモロイ’方向に照準を合わせておく事が賢明に生きる知恵となる。
思った通りの事が起これば感謝、思った通りの事が起こらなければ感謝。
全てに感謝の意味付けを見い出していく作業は、掛け値なしに‘オモロイ’作業である。
ありがとうございます、感謝。毎日、思い通りに進む出来事。
ありがとうございます、感謝。毎日、思い通りに進まない出来事。
ありがとうございます、感謝。どちらも‘楽しみ’に自然変換してくれる感謝道。
~☆浦上俊司
2008年12月08日
『ライフライン』~☆浦上俊司

私は紛れもない‘健康オタク’だ。
健康に関しては完璧主義の私だ。
人に対しては完璧主義を求めない。
ゆるやかに全てを大きく受け入れているつもりだ。
子供に対して完璧主義を求めないのは、言うまでもなく親としての常識だ。
仕事に対しては完璧主義の一面はあるが、答えのないものに完璧を求める事は出来ない。
しかし健康に対してだけは、毎日毎日が120%完璧な体調という答えを求める。
少しでも鼻がグズグズしたり、少しでも頭痛がしたり、少しでも体が重かったら、自分が許せなくなる程だ。
だから食生活には気を使っている。
といってもオール外食の‘孤独のグルメ’が毎日毎日続くので、そこには工夫が求められる。
毎日温かい家庭料理が喰いたい!との心のストレスは強引に封印するしかないが、実際に食べる食材で完璧なバランスを整えていく事については自らの工夫次第で可能になる。
そこで、毎食ごとに「ライフライン」という46種類の微量栄養素をブチ込んでいる。これがメッチャ効く。どんな粗末な食事でも完璧なメニューに変わる。
即実感できるので今回、ブログのトップページにも紹介タグを追加した。
ご興味ある方は、ぜひ「初めての方のご注文」→「オンライン初回ご注文手順」→「初回インターネットご注文フォーム」と進んで頂きたい。
高い印象があるかも知れないが、決して後悔しない優れものサプリである。
病気になってしまってから発生する治療費の高さを考えると、まさに‘転ばぬ先の杖’であろう。
他にも完璧な健康への取り組みとしては、晩酌は一切せず少食で済ます。(もっとも、クライアントさまやエージェントさんとの食事では思いっきり飲んで思いっきり喰うが、一人で夕食を取る日々では一滴も飲まず、セットではなく単品だけにする)
その代わり、寝る前に陶陶酒をロックで一杯飲(や)る。
その際に落花生を食う。堅い殻を割って赤薄い皮ごと食う。‘ピーナッツは薬である’との学説があるほどだ。
さらに、にんにく卵黄をブチ込む。
ピーナツの香ばしさと、にんにく卵黄の香りが絶妙のバランスで口中にフゥワァ~~ッと広がる。
そして、早よ寝て早よ起きる。
何もなければ23時には寝る。何かあっても24時には寝る。
私は寝不足だと極端に仕事に響く体質だ。
朝は何時でもOKだ。どんなに早くても起きられる。
そんな工夫と改善を楽しみながら継続している日常だ。
毎日が楽しき健康への旅である。
ありがとうございます、感謝。健康オタクになる原体験になっている小児喘息で何度も死にかけた幼き過去。
ありがとうございます、感謝。健康だからこそ、いい仕事ができて稼がせて頂ける有り難き日々。
ありがとうございます、感謝。今日も健康な笑顔を惜しみなく私に見せてくれる息子と娘。
~☆浦上俊司
2008年12月06日
『聴き上手を勘違いしている営業マン』~☆浦上俊司

‘聴き上手は仕事上手なり’の格言は、営業の世界に厳然と存する真理であるが、勘違いしている営業マンと出会う事も多い。
真の聴き上手とは、聴いていながらにして誘導をかけるスキルを有しているのだ。
誘導の先にあるゴールは、言うまでもなくクロージングである。
それが、‘聴き上手=黙って頷いてお客さまの言いなりになる’との解釈をしている営業マンと出会う事がある。
まるで‘触らぬ神に祟りなし’とばかりに、私の言いなりになって御用聞き営業に堕ちている営業マンと出会う日がある。
一切余計な事は言わぬ、下手に喋るとキャンセルになるかも知れぬとの‘低レベルな下心’が伝わってくる時がある。不利になることは一言も触れぬよう、ビクビクしながら商談に臨む姿勢が私にはモロバレなのだ。
そうではなく、私は堂々と主張して欲しいのだ。
私を説得するくらい、力強く営業をかけて欲しいのだ。
自社商材の弱みもしっかり伝えてくれた上で、それを遥かに凌駕する強みを自信たっぷりにプレゼンして欲しいのだ。
私の前で萎縮する営業マンは魅力ないぞよ・・・。
頑張れッ!世の営業マンたちよッ!
営業マンがいなければ、世の流通は起こらないのだ。
使命感を持って目覚めよッ!プライドを持って立ち上がれッ!世の若手営業マンたちよッ!
ありがとうございます、感謝。御用聞き営業マンの姿から見返れる自らの営業スタイル。
ありがとうございます、感謝。引いてばかりではお客さまの心は動かないという営業真理の発見。
ありがとうございます、感謝。押してばかりでもお客さまの心は動かないが、記憶に残る営業マンになれるという営業真理の発見。
~☆浦上俊司
2008年12月05日
『鼻毛力』~☆浦上俊司

インフルエンザが猛威を振るうらしい。
その危機感を煽る報道のせいか、町を歩く人はみんなマスクをしている。
最近では、バスや電車の運転士までマスク着用での乗務である。
決して私は天邪鬼(あまのじゃく)で逆らっているわけではないが、マスクを長年着けていない。
それは鼻毛力(はなげりょく)を信じているからだ。
感謝道を実践している修行者の鼻毛は、抗菌マスク並みに強靭で精巧でインフル菌99%カットする機能を有すると確信しているからだ。
根拠はないが信念はある。
いつも書く通り、信じ込めば本人にとって真理に変わる。
もちろん私は無謀な生活を一切送らない。
12時までには必ず寝るし、深酒もしない。
手洗いはマメにするし、うがいはトイレのたびにする。
さらに、にんにく卵黄と46種類の総合微量栄養素を身体中にブチ込んでいる。
これらの付帯要素はあるだろうが、自分を信じ感謝道を信じ、信念を抱いて生きている人間の身体には、インフル菌が増殖できる環境になるわけがないのだ。
さぁッ!みんなッ!
神経質にマスクを着用するよりも、自分を信じようぜッ!
鏡に向かって今日も声高らかに叫ぼうぞよッ!「私はあなたを心から信じますッ!」と。
ありがとうございます、感謝。インフル菌を敵視せず感謝する事で、寄り付いてこない最高の防御法の発見。
ありがとうございます、感謝。自らの肉体の強き可能性を信じ込む事で、寄り付いて来ても跳ね返せる防御法の実践。
ありがとうございます、感謝。感謝道の言霊と共に私の身体に毎日溶け込む‘にんにく卵黄’と‘総合微量栄養素’たち。
~☆浦上俊司
2008年12月04日
『不当解雇』~☆浦上俊司

私は全く実感しないが、世の中は不景気らしい。
東京での研修の帰り、新幹線の中でいつものごとくFM79.6を聞いていると、全国の工場などで派遣労働者や期間従業員が一斉に解雇されるニュースが流れていた。
自動車メーカーや電子機器メーカーの工場に勤める方々に対する悲惨な仕打ちが報道され、気の毒な気持ちでいっぱいになる。
私も勤めていた会社から一方的に解雇される試練が29歳の時に訪れたが、今にして思えば29歳の若い時で良かったと痛感する。
若かったからこそ復讐心に火が点いて、フルコミッションセールスの世界へ飛び込む決心ができたし、若かったからこそ訪問販売会社の支店長が私を採用してくれたのだ。
もし45歳の今までサラリーマンでぬくぬくと固定給を貰い続け、突然「ごめ~ん、クビや。来週から君の席あらへんねん」と当時と同じセリフで上司から言われたら、私は立ち直れるだろうか?想像するだけでも恐ろしい話だ。
転職先は皆無だろうし、独立するスキルも身に付いてないだろうし、自営業で食っていく勇気も湧いてこなかっただろう。
‘若い頃の苦労は買ってでもしろ’との先人の言葉がつくづく身に沁みる。
ありがとうございます、感謝。買いたくない苦労だったが‘買わされて良かった苦労だった’と分かる今。
ありがとうございます、感謝。絶望感を味わった29歳の試練が‘通らなければならない道だった’と分かる今。
ありがとうございます、感謝。解雇された派遣労働者や期間従業員が新たな職場を得て‘仕事があるだけで感謝’との気付きを得てくれるだろう近未来。
~☆浦上俊司
2008年12月03日
『弁当バトルじゃぁぁぁ~~~ッ!』~☆浦上俊司

大切なクライアントさまの2010新卒採用に向けてのイベントが今年も始まった。
場所は恵比寿。会場は大ホールを貸し切り、午前午後ともに200名くらいの大学3年生が集客される。
このイベントには、広く業界を知って頂くための様々な仕掛けが網羅されている。
プロの劇団を呼んで寸劇による就職活動をリアルに体感させるコーナーあり、先輩社員との懇談会により仕事のヤリガイを‘生の声’で伝えるコーナーあり、選考はまだ始まっていないものの人事の方とのざっくばらんな触れ合いをさせるコーナーあり、といった具合で盛り沢山な内容である。
参加した大学生の満足度も非常に高いと察する。
これだけの仕掛けだから、当然スタッフも大人数で掛かる。
イベントを主催するエージェント(私に仕事のオファーを発注してくれる会社)からは女性受付スタッフだけで5~6人は配置するし、クライアントさまの人事の方はじめ協力してくれる先輩社員は総勢30名を越える。
寸劇で熱演してくれる俳優さんたちは10名以上の大所帯だ。
もちろん、会場には音響スタッフや照明スタッフといった、我々とは直接関係ない専門業者の方々も来ていた。
あくまでも我々とは直接の関わりのない‘単なる業者’である。
彼らが食った。
午前の部が終わり、午後の部に入る昼休憩中に食った。我々の弁当を食った。
控え室に入ってきて、「じゃ、私たちの分、もらっていきまぁ~すっ!」と言って持っていった。
そして食った。
我々とは直接関係ないので、我々の経費で彼らの分の弁当を用意しているはずがない。
しかし食った。
当然のごとく、我々が必要人数分、用意した弁当が4個足りなくなった。
それは彼らが食ったからだ。
足りないのが、エージェント側のスタッフの分ならまだ良かった。
しかし、空き時間の都合で最終的に足りなくなったのが、最も大切なクライアントさまの分になったのだ。
それは、業者が食ったからだ。
えらいこっちゃとエージェントスタッフは焦りまくり、慌ててホカホカ弁当を買いに走り、結果的には事無きを得たのだが沢山の学びがあったハプニングである。
それは、‘先入観の危険さ’と‘確認の大切さ’である。
このハプニングに関わった誰一人として‘悪意’があったわけではない。
食った業者も‘自分たちの弁当も用意されているだろう’との先入観があったのだろうし、控え室から弁当を奪取する際に‘音響さんと照明さんたちの分は用意されてましたっけ?’とスタッフが確認するのを忘れていたのだろう。
まことに人は誰しも‘自分基準のフィルター’で判断してしまうものだ。
沢山の気付きは必ず今後に活きる。
必要な学びをくれたハプニングに感謝深まった師走の午後だった。
ありがとうございます、感謝。用意していた弁当は業者に食われたが、会場のすぐそばにホカホカ弁当があった立地。
ありがとうございます、感謝。業者に食われてホカホカ弁当になってしまっても「全然気にしないでくださぁ~い」と言ってくれたいつもチャーミングな人事の女性。
ありがとうございます、感謝。自分基準に走りそうな時ほど、相手基準を意識する大切さを学んだ弁当バトル。
~☆浦上俊司
2008年12月02日
『期待のトラップに気をつけろッ!』~☆浦上俊司

人間関係がうまくいってないとする。
それが上司との関係の人もいるだろうし、お客さまとのそれの人もいるだろう。
友人との関係の人もいれば、親子夫婦のそれの人もいるに違いない。
仏教でいう四苦八苦の一つ、‘怨憎会苦(おんぞうえく)’の対象者が、たまに笑顔を見せてきたとする。一瞬、心が緩む。
平生は戦場に臨む覚悟で接している緊張感が瞬時にして緩み、そこにスキが生じる。
しかし気をつけろッ!
これは‘期待のトラップ’である事が多い。
これに、まんまとハマってしまうと、とんでもない展開になる事がある。
そもそも受け取るフィルターが違いすぎるから‘怨憎会苦’になるわけで、良かれと思って言った言葉や、喜ぶと思ってした行動が全く意に反して逆鱗に触れる事が常々あったわけだ。
だから油断してハマると、後で返ってくるショックの反動が大きい。
そこで傷付きたくなければ、このトラップに気を付けて生きるのが賢明な知恵である。
まことに感謝道は‘ご褒美’と‘試練’を交互に与えて下さる。
逡巡しながら躊躇しながら、手を変え品を変え、感謝道は私たち凡夫に心を磨く道程をご用意下さる。
ありがとうございます、感謝。何度学んでも何度傷付いても、期待のトラップにハマりそうになる自らの素直さ。
ありがとうございます、感謝。営業マン研修でいつも言う「ゼロ設定」の仕組みに深みを加えれた事。
ありがとうございます、感謝。全てが必要なプログラムとして、心を練り上げるシナリオを書いてくれる感謝道。
~☆浦上俊司
2008年12月01日
裁判員制度:☆高橋宗照☆

仕事が多忙な時に、家でゆっくりしながら頭を休ませる(まぁ大して使ってはいませんが(笑))のに
私はDVDでの映画鑑賞をします。
最近たまたまレンタル屋さんで見つけたのが、昔の映画で
「12人の優しい日本人」(中原俊監督)
です。
この作品は中原監督が「十二人の怒れる男」に感銘をうけて、作った裁判コメディーもので
これがなかなかおもしろい!
確かこの「十二人の怒れる男」という映画は、私が新入社員?だったころに研修のテーマとして
観た経験があるのですが、こちらはメチャメチャシリアスな映画。
確か主演はヘンリー・フォンダだったような気がします。(この俳優さんは好きです。ちなみに
彼の息子はイージーライダーにも出たピーター・フォンダなのです)
さて・・・これは先日送られて来る?来ない?で話題となった「裁判員制度」
(この当時は陪審員制度と呼ばれています)を扱ったコメディーなのですが、
「あぁ日本人だときっとこーいう議論になるだろうなぁ~」と実感できました。
欧米では子供のころから「ロジカル」に議論することが「文化」になっているようですが、
日本ではそんなことはありません。
というか、かえって「ロジカル」に話す方が敬遠されたりする傾向がありますよね?
私も研修などで「ロジカルシンキング」の研修をやりますが、プライベートでは全然
ロジカルではありません。
会話も「あれ」「それ」でかなりの会話が成り立っていますから(笑)
そして何らかのことを決定しても、その理由は「何となく・・・」がほとんど。
それを見事に表しているのがこの映画。
陪審員A「何であなたは彼女(被告)を無罪だと思うのですか?」
陪審員B「えぇっとぉ・・・よくは分からないのですが、きっと無罪だと思うんです」
陪審員A「それじゃ理屈になっていないじゃないですか!」
陪審員B「すいません、でもぉ・・・彼女の顔を見て、私は無罪だと思ったんですぅ・・・」
「それにあの人(被告)はそんな悪いことをする人じゃないと思うんです。あの人の
顔を見ていたら、何となくそう思えたものですから・・・」
とまぁこんな具合で進んでいきます。
ここで裁判員制度の是非を問う気はありませんが、やはり法律の素人が人を裁くということは
非常に心労的にも大変なことだと思います。
(そもそも人が人を裁くという行為自体、かなりの心労があるだろうと私は思っています)
ましてや慣れない「ロジカル性=論理性」も問われるようになれば・・・それはかなりキツい。
ちなみにこの映画では、この後陪審員Aにやり込められたBはとうとうは鼻血まで出してしまう始末(笑)
まず制度実施の前に議論の基本的な展開方法や「ロジカル」に考えるコツなどを教える方が
先だとは思うんですけどね。
なんせ「お~い、○○」という清涼飲料水が商品名としてちゃんとまかり通ってしまう国なんですから。
ちなみに私はこーいう「阿吽(あうん)の呼吸」も大好きですけどね・・・何か?(笑)
ついに高橋 宗照の第5弾の著書出版!!
めざせ仕事のプロシリーズ「段取り力を磨けば仕事は成功する!」(C&R研究所)
好評発売中!売れてます!
PS
先日読んだ本もなかなかおもしろかったですよ。
「残業ゼロ」の仕事力 吉越浩一著(元・トリンプ社長)
その中でこんな一説がありました。
・彼の奥さんはフランス人です
・彼女は日本人が持つようなメンタリティーとは結構違いがある
(欧米人の思考は三段論法が基本となっているからでしょうね)
・その事例として・・・
奥さんから夕食に「何を食べたいか?」と聞かれたとします
↓
「今日は肉が食べたい」と言ったとする
↓
しかし・・・ここで「なんで今日は肉が食べたいのか?」その理由を言わないと
食事にありつけないのだそうで、ちなみに「なんとなく」「そんな気分」では却下
されるんだそうです。
そのため
「最近は野菜が多くて、昨日は魚を食べたでしょ。それに赤ワインも飲んでみたい」・・・
だから「肉がたべたい」
と言わないとダメらしい。
うーん・・・
仕事から帰ってきて、疲れている時にこれはキツいなぁ・・・
私ですか?私ならこれから○○家の牛丼(もちろん特盛)を食べに行ってきます!(笑)
だから日本人は議論下手と言われるんでしょうね。きっと。
ちなみに
「最後は気持ちの問題だろ?」とか「食いたいものにいちいち理由がいるんか?」
なんて言ったら一生家ではメシが食えそうもありません・・・(爆)
投稿者 : 高橋宗照| 20:04
『陶陶酒 Part.2』~☆浦上俊司

陶陶酒は全く飽きない味だが、更にバージョンアップしたくなってきた。
そこで‘陶陶酒オールド’という最高級グレードを選択した。
白い箱に入っていてラベルも白く、えもいわれぬ高級感が演出されている。
なんせ、群馬県のジャパンスネークセンターでしか売ってない‘限定販売品’とくれば衝動買い必至である。3本まとめて買ってみた。
夜中に一人で飲(や)ってみた。
いつものお気に入りロックグラスにでかい氷を山盛りし、トクトクトクと陶陶酒オールドを注ぎ込む。
琥珀色の液体には、もちろん陶陶酒と同様、いやそれ以上に身体にいい漢方薬がシットリと溶け込んでいる。
使っているマムシさえも、グレードを高くしているのではないかとワクワクするような見応えである。
静かに唇に運んだ。
でかい氷がロックグラスに当たり、カランコロンと心地良い音を立てて私の口中に流れ込んでくる。
数秒後に味覚が反応し、脳に指令を送る。
う、う、う、美味ぁぁぁぁ~~~~~いッ!
高級スコッチウイスキーの風味と同じだ。
ジョニ黒のような感じで舌に絡みついてくる。
いい酒を飲んだ時は、おつまみを食いたくない。
単純に酒の味だけを楽しみたくなる。口中を酒の香りだけで独占したくなる。
こうして一人静かな夜が、健康を維持するエキスを身体中に浸透させながら過ぎていった。
翌朝が快適な目覚めで、いい仕事ができたのは言うまでもない。
ありがとうございます、感謝。いつまでもいい作品を作り続けてくれるであろう陶陶酒本舗の方々。
ありがとうございます、感謝。いつまでもいいエキスを惜しみなく提供してくれるであろうマムシたち。
ありがとうございます、感謝。高い酒を惜しみなく飲(や)れるようになってきた少しのゆとり。
~☆浦上俊司
