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2008年07月31日

『内藤、坂田、おめでとうッ!』~☆浦上俊司

浦上俊司

ほんまに来よったがなぁ~、興毅が。
まさか私の昨日のブログを亀田一家が見てくれたわけではなかろう。
まさか私のリクエストに亀田一家が応えてくれたわけではなかろう。

ヒールの登場は大歓迎だ。興行にはエキサイティングな演出が欲しいものだ。
しかし登場のタイミングがあかんがなぁ・・・。
あれは誰の演出なのだろう?それとも興毅本人の意志によるタイミングか。

チャンピョンのヒーローインタビューが最後まで終わって、会場のお客様に向かって内藤が手を振ったタイミングでリングインせなあかんがなぁ。
インタビュー途中で、まるで乱入のノリで入ってきたら‘やはり世界チャンピョンに対するリスペクトがないねんなぁ’との印象を、会場内の観客にもお茶の間のファンにも持たれたに違いない。
アナウンサーにも失礼だし、リングを囲む全員が受け入れて良いのかどうか戸惑ったことだろう。

その昔、「猪木vsビル・ロビンソン」の‘これぞ正統派レスリング!’というクリーンファイトの後に、上田馬之助が乱入してきたシーンを思い出した。

このままラフファイトを仕掛けて、最高にクリーンだった試合を馬之助がブチ壊すのではないかという不安を観客はブーイングに乗せた。
しかし馬之助は、猪木とロビンソン両者の腕を高々と掲げてファイトを称えた。
そのシーンを違和感を持って見た10代の記憶が蘇ってきたほどだ。

演出は全て‘タイミング’という‘間(ま)’を失敗すると逆効果になるのだ。

ありがとうございます、感謝。これで実現せざるを得なくなった「内藤vs興毅」。(これは見応えありまっせ~)
ありがとうございます、感謝。挑戦者が二人とも最高に輝いていたフライ級ダブルタイトルマッチ。
ありがとうございます、感謝。ビジネスマインドのお手本にもなりそうな坂田の前へ前へ出る圧力。(突進力で進めば進むほどに自分のペースが出来上がっていくのだなぁ)

~☆浦上俊司

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2008年07月30日

『魂を磨くための長く終わりのない旅』~☆浦上俊司

浦上俊司

内藤vs清水」、「坂田vs久高」の世界タイトルマッチが今晩行われる。
格闘技マニアの私の心には、どうもいつものワクワク感がない。
4人とも爽やかなスポーツ青年だからだ。

やはり、亀田一家は必要だと痛感する。
ヒール(悪玉)がいなければ興行は盛り上がらない。
ベビーフェイス(善玉)4人でやるのなら、せめて戦前から遺恨めいたギミックが欲しかったなぁ・・・。スポ根物語風でもいいからドキドキするシナリオが欲しかったなぁ・・・。
実力者4人の試合だから手に汗握るベストバウトになるかも知れんが、勧善懲悪のカタルシスを味わいたかった。

このごとく、人生においてもヒールの存在は必要である。
5つの健康で触れた人生の様々な修行テーマの中でも、家庭的健康においてはヒールの存在が不可欠である。

ニートや引きこもりになって親に心配をかける子は、ヒールの役割を演ずる使命を持っている。
DVといって奥さんをド突きまくるオッサンは、ヒールの役割を演ずる宿命を持っている。
借金しまくって旦那の経済を圧迫する浪費妻は、ヒールの役割を演ずるDMAを深く魂に刻んでいる。

全ての役割は健康をゲットした後(修業を乗り越えた後)に、訪れる喜びを倍加するための辛口スパイスである。

過去に結婚式のMCを通し、1000組を越える若いカップルを見てきた。
ヒールになれそうな新郎新婦もいたし、そうでない新郎新婦もいた。
どうやら、結婚とは2パターンに分類されるようだ。

修行のためのヒールを演ずるために結ばれるカップルと、本当に前世からの強く太い赤い糸で結ばれるカップルとだ。

前者は修行を終えた後には強い信頼感が生まれるが、修行中は辛いものだ。
後者は前世で修行を既に終えているのだろう、とにかく一緒にいる時の空気が自然で違和感がないようだ。

私の来世はどうなるのだろう?
延々と続く魂を磨く長い旅が楽しみになってきた。

ありがとうございます、感謝。前世(一つ前の人生)でも過去世(二つ以上前の人生)でも修行をしたのだろうが、一切の記憶を消されている宇宙真理の不思議。
ありがとうございます、感謝。記憶がないからこそ、解答を見ながら問題集を解かなくてすむ好奇心の発露。
ありがとうございます、感謝。今から楽しみで仕方ない息子と娘の結婚相手。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 11:04 | トラックバック

2008年07月28日

『正しい日本語』~☆浦上俊司

浦上俊司

東京からの帰りの新幹線、敬愛する西田先生の真似をして‘ワンカップ大関’を楽しんでいた。

車内販売の売り子の姉ちゃんがワゴンを押しながらやってきた。
私の前の乗客が呼び止めて、「幕の内弁当ちょ~だい~」と言った。

いつもの「かしこまりました。ご一緒にお飲み物はよろしかったでしょうか?」が来るのかと思った。
すると彼女は「かしこまりました。ご一緒にお飲み物はよろしゅうございますか?」と言った。

匂いに対する鼻が異常に敏感な私だが、人の言葉に対する耳も‘敏感度A級’を誇る。
人の発する言葉の微妙な言い回しや、発した時のニュアンスで感情を推し量るのが得意だ。

最近の若者言葉の乱れに嘆いているオッサンの一人として、美しい大和言葉を愛する中年の一人として、コンビニでもファミレスでも「よろしかったでしょうか?」と聞かれるたびに私は心の中で‘な、な、なんで過去形なんじゃぁぁ~ッ!!’と突っ込みを入れていた。
現在進行形のシーンに対して、なぜ過去形で対応するのだろうか?
誰の接客トレーニングがこんな間違いを全国的に流布させてしまったのだろうか?

そんな中、20代前半と思しき可愛い売り子の姉ちゃんが、我々オッサンにも分かる正しい日本語を使った事に妙~な清涼感を得た。

彼女の言葉遣いのお陰で‘ワンカップ大関’が横綱級の美味に変化した。

ありがとうございます、感謝。売り子の彼女を正しく育てたのであろう彼女のご両親。
ありがとうございます、感謝。きちんと接客トレーニングをしているのであろう新幹線の車内販売業者。
ありがとうございます、感謝。自分も正しい日本語をきちんと学ぶぞよ、と燃える向学心の発露。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:39 | トラックバック

2008年07月27日

『成底ゆう子』~☆浦上俊司

浦上俊司

たまたま点けたテレビで歌霊(うただま)に触れた。
歌を聴いて涙が溢れたのはいつ以来だろう。

澄んだ声や、南の島出身特有のハッキリした顔立ちや、明るいムードを醸し出す表情や、素晴らしく深い歌詞など、どれをとってもアーティストとして一級品なのだが、何よりも私の心を鷲づかみしてくれるのが全体から伝わる凄まじいパワーなのだ。私の拙い文章力では到底表現できないオーラが、成底ゆう子全体から噴出している。

この正体が‘何か’は分からない。
しかし‘何か’が確かに彼女の背後に存在しているのだ。
彼女は‘何か’を身体の周囲に纏(まと)っているのだ。
この‘何か’を見つけるために、しばらくの間、成底ゆう子に注目してみよう。

悲しい時や苦しい時、虚しさを感じた時やどうしようもやり切れなくなった時に、歌によって救われる人は多いと聞く。成底ゆう子の歌は、どんな時でも確実に心を潤してくれるだろう。
国境を越えて宗教を越えて、性別を越えて人生観を越えて、多くの人の心の深部に届くはずだ。

ありがとうございます、感謝。私が目を付けた人がヒットしていく喜びを味わわせてくれそうな成底ゆう子。
ありがとうございます、感謝。私の琴線にドッカァ~~~ンッ!と楔を打ちつけた成底ゆう子。
ありがとうございます、感謝。数々のアーティストを世に輩出する南の島の風土。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 00:16 | トラックバック

2008年07月26日

うなずきの効用:☆高橋宗照☆

高橋宗照

 

 

 

 

この時期はセミナーや研修の講師として、非常に多忙な日を過ごしています。

今月は北は仙台から南は福岡まで・・・よく移動しました。
(しかしこの暑さは辛いですねぇ~特に最近メタボ度合いが増えた私には
かなりつらいかも??(笑))

さて・・・最近よく感じられるのが、この「うなづきの効用」。

人と話す時、あなたは

「私はあなたの話をしっかり聴いてますよ!」というサインとして

「うなづき」を意識してますか?

まぁ意識しているかどうかは別にして、話を聴きながら「うなづく」のはフツーでしょ?と思うのが
大方の反応のようです。
しかし、最近いろいろな受講生を方々としてお会いして気づくのが、この「うなづき」をしない
方が結構多いんですね。

そしてこの傾向がどこでも観られるので、最近では研修の合間にこの「うなづき」を
取り入れた「プチワーク」をしたりします。

おもしろいもので、このワークをした後とする前ではまったく受講生の反応が違うんですね。

また何よりも・・・

「うなづく」ことは、話をしている相手に対してもよい効能を与えますが、実は「うなづいている」本人に
もっとも大きな効用をもたらすんですね。

(いろいろ相手が話をすすめるため、多くの情報が自然に入手できる)

(相手から信頼されやすくなる)

(相手が話しやすいので、自然に相手自身に「気づき」が生まれやすく、それによって相手から
感謝されることもある)

などなど・・・

コミュニケーションを円滑に行ないたいなら、この「うなずき」をちょびっとでも意識してやってみる
ことをお勧めします。

 

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)





投稿者 : 高橋宗照| 11:53

『時は流れて』~☆浦上俊司

浦上俊司

続々と夏の甲子園出場校が各地で決まっているが、高校野球には不思議な魅力があるものだ。
普段は野球に関心ないけど高校野球だけは観るという人は多いし、地元代表校を応援することで地域の結束力が強まる。
ベスト8進出でもしようものなら、どこやかしこの喫茶店では必ずテレビ中継をしているし、店内の壁にはトーナメント表まで貼り出している。

プロ野球ほどの深い学びはないし、甲子園を使うので昔は‘死のロード’と言われたことから我々虎キチにとって‘はよ終わってぇ~なぁ~’という心境も多少はある。
しかし自分の年齢と選手の年齢を比較して観戦するのは、誰もが経験するのではなかろうか。

小学生の頃、高校球児は‘憧れのお兄さん’だった。

土浦日大の工藤、鹿児島実業の定岡、作新学院の江川、東海大相模の村中、銚子商業の土屋、平安の山根、早稲田実業の荒木、東洋大姫路の松本、星陵の小松、報徳学園の東・・・、みんなカッコ良かった。
投げ方を真似したり、打ち方を真似したり、小学生なりにヒーローと同化する楽しみがあった。

やがて、自分が高校生になる。
同い年のヤツらが、こんな爽やかな汗を流していることに軽い嫉妬を覚える。

自分が海やプールに行ったり、クーラーの利いた部屋で彼女とイチャイチャしたり、勉強もせず悪友たちとたむろして怠惰な夏休みを送っている間、目標に向かって真っ黒に日焼けしてスポーツをしているヤツらに、リスペクトの念嫉妬の念羨望の念とが複雑に入り混じった感情を持った。
15歳から17歳の夏はそんな観方をした。

やがて自分が高校球児より年上になる。
ここで少し興味が薄れ数年が経ち、やがてオッサンになると‘素人スカウト’として高校野球を観る。

星陵の松井、上宮の元木、平安の川口、近いところでは大阪桐蔭の中田、‘この子ら阪神に来てぇ~やぁ~’との観方に変化する。

時の流れを感じさせる高校野球の観方だ。
最愛の息子も高校球児と同い年になった。


ありがとうございます、感謝。この夏も筋書きのないドラマで大人たちを感動させるだろう甲子園の少年たち。
ありがとうございます、感謝。どちらか一人でも阪神に来てくれ~と期待させる‘PLの清原二世’‘東海大相模の原二世’
ありがとうございます、感謝。甲子園に出た経験がなくても今現在プロ野球界を引っ張る最強アスリートたち。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:54 | トラックバック

2008年07月25日

『SEA BREEZE』~☆浦上俊司

浦上俊司

その年齢らしくありたい。
年齢は単なる記号に過ぎないとは言え、その人を推し量るひとつの目安になる。

世はアンチエイジングブームらしい。
年齢に抗って若返りを図るという。

私は特にアンチエイジングに積極的に取り組んでいるわけではない。自然体でいいと思う。
しかし加齢臭対策だけは絶対に貫きたい。
禿げてもが出ても老眼になっても早起きになっても、クサイのだけは絶対に避けたい。クサさとは一生無縁でいたい。

前をオッサンが歩いているだけで、吐き気をもよおすような時がある。
人格まで疑いたくなるようなクサイ中高年がいる。
あんなオッサンにだけは、なり下がりたくない。

そんな中、友人がいい情報をくれた。
感謝道はいつもベストなタイミングで必要な人から必要な情報を運んでくれる。

「浦上さん、そら、シーブリーズが一番よろしおまっせ」と。
早速、マツモトキヨシへ走った。
230mlボトルを一本と、持ち運び用の小さな容器を買った。
いいと感じたら即実践である。

付けてみた。
う~ん、これはいいッ!!
さすが全身薬用ローションだ。
冬場は寒そうやけど、今の季節にはピッタリだッ!

変に高価なトアレで誤魔化したりするよりも(オッサンが付けているアラミスが一番クサイ)、シーブリーズを加齢臭の発生源である耳の裏に付けたり、汗をかきやすい首筋に付けると、匂いの元から根こそぎ分解してくれるような爽快感が味わえる。
しかもすぐに揮発するから後々の匂いが残らない。たとえ残ったとしても嫌な匂いではない。

ハッカ油、ユーカリ油、チョウジ油、オイゲノールたちよ、ありがとう。
涼しくなる秋まで、シーブリーズとの共生が始まった。

ありがとうございます、感謝。700円ほどで最高の清潔感を運んでくれるシーブリーズ。
ありがとうございます、感謝。生活改善のプチ情報を届けてくれる近所の友人。(彼はとにかく物知りの雑学博士だ)
ありがとうございます、感謝。禿げても腹が出てもダンディズムは忘れないとの矜持と決意。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:12 | トラックバック

2008年07月24日

『願望実現法についての私見』~☆浦上俊司

浦上俊司

本屋さんに行くと‘願望実現法’やら‘人生を変える成功読本’といった類のものが溢れている。
それらのほとんどが、‘リアルに願望をイメージする、毎日メラメラと強く強くイメージする’というイメージトレーニングだ。

私もかつて、イメージトレーニングに凝った時期がある。
指定されたサブリミナル音楽を聴きながら目を閉じて願望を強くイメージした。
指示された通り、アファメーションをして願望を紙に書いて壁に貼ってみた。

その結果、ほとんど何も実現しなかった。
私にとってイメージトレーニングは‘執着に執着を重ね、願望通りになっていない現実に対する不満を積み重ねる作業’でしかなかった。

不満を蓄積した愚痴の心の状態での願望は、実現しないようになっている気がする。
多分、宇宙真理がそのような構造になっているのだろう。

そして30代後半から感謝道を始めた。
感謝道における願望実現は、まず現状よりも最悪の事態を瞬時に仮設する事で、大難が小難に小難が無難に変換されている気付きを得て沸々と現状感謝の心を作る
そして次に、未来において実現したい願望を先取りして、先に感謝してしまう
願望実現した自らの運命に先に感謝してしまう
願望実現に協力してくれたまだ見ぬ人にも先に感謝してしまう

といった仕組みだが、感謝道は総合的に願望を実現してくれるのが大きな特徴のように思う。

一切を大いなる何か(この正体は私には分からない。太陽か・・・)に委ねきって先に感謝してしまうと、数々ある願望の実現優先順位さえも決めて下さるようだ。
何かひとつの事に執着してイメージしなくても、必要な質量と必要な時期と必要な順番で次々と実現する。これが感謝道と巷のイメージトレーニングとの大きな違いである。

‘自分基準の優先順位’ではなく‘大いなる何か基準の優先順位’が、自分にとって最高の願望実現のタイミングなのだ。

ありがとうございます、感謝。苦しい時期もあったけどコツコツ継続してきて本当に良かったと実感する感謝道。
ありがとうございます、感謝。ついに今年中に実現しそうな昔からの願望が目の前に迫ってきたと実感する感謝道。
ありがとうございます、感謝。感謝道に触れ得る毎日こそが本当に感謝に値するのだと実感する感謝道。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 07:44 | トラックバック

2008年07月22日

『オシャレの条件はシンクロだ』~☆浦上俊司

浦上俊司

オシャレって不思議だ。
同じ物を付けていても似合う人とそうでない人がいる。
いくら高価なブランド物でも、持つ人に似合っているかどうかで‘見え方’‘光り方’‘噴出するオーラ’まで異なる。

その人に溶け込むまでに、ある程度の時間が掛かるのではないだろうか。
そして、その人に溶け込んだ時に人の目を引くのではないだろうか。
そんな実感をここ数日している。

選んで選んで選び抜いて、探して迷って熟考して、そして決断の末に買った腕時計は、私に溶け込むまで誰も気に留めてくれなかった。
ま、自己満足していればそれでよい。

しかし買って1年が経つと、ここ数日何人もの方から、「むっちゃインパクトのある時計ですなぁ~。どこのんでっか?凄い迫力がありますなぁ~」と言って頂けるようになった。

前から欲しくて欲しくて堪らなく、店で手にとって触れてみて、あらゆる角度から眺め回して、そして決断の末に買った好きなブランドのベルトは、私に溶け込むまで誰も気に留めてくれなかった。
研修中、暑くもないのにスーツを脱いでベルトをチラ見せしても誰も見てくれなかった。
ま、自己満足していればそれでよい。

しかし買って半年が経つと、ここ数日何人もの方から、「高そうなベルトしてはりますなぁ~。ロゴがインパクトありながらも嫌味なく彫ってありますなぁ~。靴の色に合わせてはりますなぁ~」と言って頂けるようになった。

仕事仲間の彼が持っている姿に釘付けになり、絶対に手に入れるぞッ!と即衝動買いに走った愛用鞄は、私に溶け込むまで誰も気に留めてくれなかった。
ま、自己満足していればそれでよい。

しかし買って1年半が経つと、ここ数日何人もの方から、「ええ色合いですなぁ~。辛子色は使い込むほどに味わい深くなるんですなぁ~」と言って頂けるようになった。

‘形あるものには命が宿る’が私の持論だ。

だから、動物や植物といった命が宿っていると実感するもの以外の鉱物などにも善念を注入するようにしている。
すると、ある時期から突如として自分に‘シンクロ’するような気がする。
シンクロしたものは、同じブランド物であっても‘その人だけのオリジナルブランド’になって、人から見た時に「似合ってるなぁ~」となるのではないだろうか。

私が身に付けている全ての物たちは、これからも私にシンクロし続けてくれる

ありがとうございます、感謝。1年の時間を掛けて私にシンクロしてくれた腕時計。
ありがとうございます、感謝。半年の時間を掛けて私にシンクロしてくれたベルト。
ありがとうございます、感謝。1年半の時間を掛けて私にシンクロしてくれた頒布。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 19:56 | トラックバック

2008年07月21日

『眉間注意報』~☆浦上俊司

浦上俊司

毎日強烈な猛暑が続く。
えげつない暑さのために‘○○注意報’が、必ずどこかで発令されている我が国ニッポンだ。

太陽信仰に心底共感できる私は、炎天下の凄まじい紫外線に‘神の怒り’を感じるが、同時に運を呼び込むために気をつけたい事がある。

猛暑の中で道を歩く人の顔を見ていると、ほぼ全員が眉間に深い縦皺を刻んでいるのだ。
眩しさに耐えるためだ。
御堂筋を歩くサラリーマンはほとんどそうだ。

中には口を苦しげに空けて、目をひん剥いて、扇子でバタバタあおぎながら、‘いやぁ~、も~アカンわぁ~’と左右に小刻みに首を振って愚痴るオッサンも見かけるが、いずれにせよみんな眉間に縦皺だ。
堺筋を歩くサラリーマンもほとんどそうだ。

‘吐いた言葉で心が影響され、とった態度や表情で心が作られる’の私の持論が正しければ、これは運気を下げる顔になる。

昭和の哲人、中村天風師「宇宙エネルギーは眉間から脳髄に向けて入ってくる」とのお言葉を残された。
ならば、その大切な入り口に縦皺というバリケードを作ると、せっかくの入り口に蓋をしてしまうのではなかろうか。
眉間注意報発令だ。

入り口は全開にして、太陽神からの大いなるエネルギーをふんだんに体内に取り込みたい。

ありがとうございます、感謝。眩しくても暑苦しくても眉間は意識して皺を刻まない自らの習慣。
ありがとうございます、感謝。太陽を神格化する事で得られる絶対の安心感。
ありがとうございます、感謝。気が緩むと必ずタイムリーに現れる反面教師のような人たち。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 23:43 | トラックバック

2008年07月20日

『帽子とルージュと尻尾』~☆浦上俊司

浦上俊司

移動はほとんど新幹線だが、たまに在来線に乗ると色々な人種がいて‘学び’の連続である。
もはや定例化し誰も疑問さえ感じず、怒りの感情さえも湧き上がらなくなった‘時間通りに動かないJR’に乗り込んだ。

先日は、時刻表から堂々の4分遅れであった。
凄まじくルーズな企業姿勢である。
よくぞ毎日、改善なしで続けられるものだ。
よくぞ毎日、お客様から平気でお金を頂けるものだ。

さて、そのお客様をヒューマンウォッチングすると色々ながある。
色々な人生修行があり、色々な職業があり、色々な困難に直面して生きているのだろう

入り口付近の床に直接座り込んで、輪になっている金髪モヒカンの子供たち・・・(お前ら邪魔になんねんッ!)
今にも自殺しそうな顔で吊革につかまっている、虚ろな目付きのサラリーマン・・・(生きてたら楽しい事いっぱい待ってるよッ!)
朝から、よ~こんだけ喋る事あんねんなぁ~と感心するほど高いトーンのキンキン声で会話するオバチャン連れ・・・(公共の場での会話はもう少し静かに喋ろうねッ!)
‘暑っいぃ~!もう嫌やしぃ~!むかつくぅ~!’と愚痴りながら下敷きでスカートの中を扇ぎまくり、パンツ丸見せの女子高生・・・(こ、こ、これはおいしいッ!)

そんな中、戦慄の光景を目にした。

20代と思しきアホ夫婦だ。

旦那は迷彩服を着てアーミー帽子をかぶっている。
帽子から、はみ出る髪の毛は紫色で、目付きは凶器のように周囲を威圧する顔だ。

嫁ハンは金髪にド派手な化粧を塗りたくり、100均で買ったようなサンダルを履いている。足の爪は黒く汚い。
前歯の抜けた口元に真っ赤なルージュを引いた知能指数の低そうな顔だ。

この夫婦の間に出来てしまったのであろう1歳前後の男の子が、アーミー帽子の父親に抱っこされていた。
チラ見すると、この子も金髪だ。
しかも襟足の部分だけ、サラサラと尻尾のように伸ばしている

この子が泣きわめきだした。機嫌が悪かったのだろう。絶叫に近い泣き声だ。断末魔の叫びのようだ。

するとアーミー帽子が‘高い高い’をしてあやそうとした。
しかし効き目がなかったとみるや、今度は真っ赤なルージュが交代して左右に揺らしてあやそうとした。

やはり効果がない。

またもやアーミー帽子に代わった。

すると・・・。
すると、である。

な、な、なんと、アーミー帽子は突如として、サラサラ尻尾の坊やの両足首を持って逆さづりにしたのだ。

そして、「よし、よし、よし」とあやしているつもりなのか上下に激しく何度も揺さぶる。
それを横で見ている真っ赤なルージュもケラケラ笑っている。手を叩いて笑っている。笑うと前歯がない。

私は見てはいけない光景に触れた気がした。
私がカウントしただけでも、ゆうに10回は‘これでもかッ!これでもかッ!’と言わんばかりの勢いでシャッフルしていた。
アーミー帽子と真っ赤なルージュはゲラゲラ笑いを続けているが、サラサラ尻尾は急に静かになった。静かになったと言うよりも、私の目にはグッタリしたように映った。

赤ちゃんの脳は豆腐のような柔らかい状態だという常識を知らないのだろうか。
逆さづりをして激しくシャッフルを加えると、確実に脳に障害が残るはずだ。繊細で緻密なシナプスは切断されているだろう。
電車を降りる際、まるで縫いぐるみを乱暴に扱うかのごとく我が子を肩に担いだアーミー帽子は、親としての自覚があるのだろうか。

ほんの2~3分のシーンだったが、私の背筋に冷たい何かが駆け抜けていった。

ありがとうございます、感謝。幼き日、息子もガラス細工のように大切に慈しんだ自らの過去。
ありがとうございます、感謝。‘孫の扱いにはくれぐれも注意せよ’と我が子に伝えられる教材を見せてくれた帽子とルージュ。
ありがとうございます、感謝。親の資格がない子供が子供を作る日本の憂うべき現実を知れた事。(子供を育てるスキルがない奴はエッチしたらアカンって!が、が、我慢せいッッ!!

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:16 | トラックバック

2008年07月19日

『西田先生とワンカップ大関』~☆浦上俊司

浦上俊司

敬愛する西田先生の真似をして、講演帰りの電車で‘ワンカップ大関’を飲んでみた。
西田先生はご著書に書かれている通り、講演後の自分へのご褒美として‘ワンカップ大関’をゆっくりお楽しみになられるそうだ。

西田先生のようになりたい、西田先生のように聴衆の心を打つ講演家になりたい、西田先生のようにベストセラー本をバンバン世に出したい’と切望しているが、近づくのは髪の毛のボリュームだけで実力がまだまだ付いていかない。
だから、せめて‘仕事の後の一杯’くらいは真似しようとキオスクで買って乗り込んだ。

日本酒はたまに飲むと旨いものだ。
熱くても良し、冷たくても良し、いやいや、温くなっても良しである。

ビールはキンキンに冷やして飲みたいが、車内販売のは温~くなっている。
ウイスキーはロックグラスに歪(いびつ)なでかい氷をブチ込んで飲みたいが、車内販売のはすぐに溶ける小さい氷だ。ちなみにみのさんはクラッシュアイスを並々とグラスに盛ってウイスキーを一気に注ぎ込むそうだ。
陶陶酒は最高の酔い心地を得れるが、出張に持参できるコンパクトな瓶ではない。

こう考えていくと、車中でのアルコールは日本酒の偏差値が高くなる。
感謝道を実践しながら車中で傾ける‘ワンカップ大関’に少しハマってみよう。

ありがとうございます、感謝。200円ほどで楽しめる仕事後の振り返りの数時間。
ありがとうございます、感謝。西田先生の真似とはいえ客観的に見ると‘ワンカップ大関’を嘗(な)める姿はオッサン化の象徴だとの気付き。
ありがとうございます、感謝。車中で飲んでも決してバカ騒ぎしない自らのダンディズムの維持。(最近の新幹線車中は人の迷惑を考えぬ輩が多過ぎる)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:13 | トラックバック

2008年07月18日

『‘その気’のスイッチ』~☆浦上俊司

浦上俊司

一社単独の研修と、一般参加者を募る公開研修とでは明らかに開始前の会場の空気が異なる。

前者の場合、主催者の事前根回し(この研修の意義やら、会社がこの研修にかける覚悟を受講生に予め浸透させておく)によっては非常にやり易い。
しかし後者の場合は、主催者も当日初めてお会いする受講生だし、お客様をおもてなしする立場でホスピタリティを発揮しなければならないし、なによりも受講生同士が初対面である。
よって、会場の空気はガチガチシ~ンと静まり返っている。

私の研修はグループワークなども多用するので、初対面の受講生同士がガチガチの雰囲気では活発なディスカッションが難しい。だから最初に自己紹介をして頂く。
変哲もなく会社名と名前だけ言うのは面白くないので、1人3分間で‘最近感動した出来事’についてグループ内で一周して頂く。

これでいつも気付く事が二つある。
ひとつは、‘人間いくつになっても感動する事を忘れちゃいかんなぁ~’という事と、もうひとつは‘感動するのは自然発生的に湧き上がる感情の発露ではなく、「感動するスキル」が存在するのではないか’という事だ。

つまり、‘感動するぞッ!’という「その気のスイッチ」を入れるか入れないかで、事象に対する心のフィルターが変化する。

‘感動するぞッ’とスイッチを入れて映画を観るのと、入れずに観るのとではカタルシスに差が出る。
‘感動するぞッ’とスイッチを入れて小説を読むのと、入れずに読むのとではの量に差が出る。

実験として、コンビニに行く前にレジのお姉ちゃんの顔を記憶に焼き付けるぞッ!’とスイッチを入れてを買ってレジで小銭を払うのと、何気なく棚から水を取ってレジで小銭を払うのでは違いがある。
コンビニを出た後、海馬に刻まれた情報量は明らかに異なっているのだ。

「感動力」というスキルが私たちの脳内に存在するのではなかろうか。

ありがとうございます、感謝。些細な事でも私に感動をくれる息子と娘
ありがとうございます、感謝。些細な事でも研修ネタを作れるのは一種の「感動力」かも知れぬとの気付き。
ありがとうございます、感謝。私の拙い研修でも「感動しましたッ!」と言って下さった先日の受講生。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:00 | トラックバック

2008年07月17日

『‘無’が成果を出す』~☆浦上俊司

浦上俊司

気合を入れ過ぎて臨んだ研修講演は、大体が上手くいかない。
しかしながら気を緩め過ぎて登壇するのは、聴いて頂く人に対して失礼である。

舞台で最高のパフォーマンスが発揮できるのは、どんなコンディションの時なのだろうかとの思索は続く。
喋くり芸を行き着く所まで極めたい。もっともっと話芸の奥にある未知の世界を垣間見てみたい。

自分でも不思議なほど上手く進んでいく講演もあれば、なぜこんなにエンジンがかからんのだ、なぜこんなに声が伸びてこんのだと焦る講演もある。

この違いを決する答えはいまだに分からない。
ただ、感覚としてキャッチしているのは、考えて考えて考え抜いてイメージしてイメージしてイメージでコテコテに仕上げた後に‘フッ’と訪れる‘無心’、突如として入り込む‘自然体の世界’に突入した瞬間に上手くいく感じがする。

ビジネスもスポーツも同じで、きっとバッターは‘打つ気が前面に出過ぎると三振し、気を抜きすぎると凡打に終わり、自然体で振り抜いた時にヒットになる’のだろう。

来週の東京は、この‘無の感覚’を味わえるのだろうか。
それもこれも自然の流れにお任せだ。

ありがとうございます、感謝。本番がない日には次の本番に向けて研究を重ねれる日々。
ありがとうございます、感謝。自然の流れに徹しきった時に‘欲のない無の世界’に入れるのだとの学び。
ありがとうございます、感謝。仕事の成果を決する心をバランスよくコントロールするコツが体得できつつあるここ数日。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:34 | トラックバック

2008年07月16日

『愛機入院』~☆浦上俊司

浦上俊司

刹那的な復活劇だった。
VAIO「フ~ッ」によって立ち上がったのは、最期の断末魔の気力だったのか、12日(土)のブログを書き終えた後、眠るように再び動かなくなった。
寝顔は可愛かったが、なんせパソコンがないと仕事が一切できぬ。
えらいこっちゃ。どないすんねん。

日曜日は高校時代の友人と会う予定があったので、月曜日の開店を待ってパソコン屋に駆け込んだ。
診断してもらうと、‘メーカー預かりになりますね~’との事で一ヶ月の入院を余儀なくされた。
えらいこっちゃ。どないすんねん。

あわてて昔のThinkpadを取り出した。
‘思いっきり文系’の私はスッカラカンの空っぽになったThinkpadをどう動かすのか分からん。
パワポもオフィスもどないすんねん?!メールはどないしたら繋がるねん?!といった幼稚園レベルだ。

パソコン屋の兄ちゃんに「すぐに動くように設定して~」と言うと、「手数料がソフトひとつあたり3000円ほどかかりますが・・・」との事。
「なんぼかかってもええから、すぐ仕事できるようにして~な~」と私。
「かしこまりました。では今日は混んでますので5~6時間後に取りに来て頂けますか」と兄ちゃん。

あ、あ、あ、あっかんがなぁ~。
今から四日市に移動やがなぁ~。

「そないに待てませんから自分でやりますわ。とにかく一ヶ月かけてVAIOをしっかり直しといてなぁ~」と言ってパソコン屋を出たものの、近鉄電車の中でドキドキしまくった。
とにかく翌日には動いてくれないと、公開研修に支障をきたす。

四日市都ホテルの一室でThinkpadとの格闘が始まった。
結果、1時間ほどで全ての設定が完了した。
やってみると意外と簡単な作業だった。
私のような‘ド素人’にでも設定できるように、懇切丁寧に画面上でナビゲーションしてくれた。

何事もやってみて初めて学びに繋がるのだなぁ。
自分でやらなければ気付かない事って沢山あるのだなぁ。
人任せでは学べず気付けず、自分トライは学びと気付きの宝庫なのだなぁ。


ありがとうございます、感謝。いざという時のためにサブ機としてThinkpadを大切に保管していた事。
ありがとうございます、感謝。いざという時のためにUSBに大切なデータを保管していた事。(それでも新しいデータは一部消滅してしまった)
ありがとうございます、感謝。消滅したデータを再送して下さった大切なお客さま。(今後は2~3日に一回はUSBに最新データを上書きしていこう。機械もんは怖いわ・・・、何が起こるか分からん)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 20:03 | トラックバック

2008年07月13日

かゆいところに手が届く:☆高橋宗照☆

高橋宗照

 

 

 

先日ある営業マンとお付き合いすることがあった。

久しぶりに「本当に売れる営業マン」に会った。

この方は決して押しが強いわけでもなく、どちらかと言えば紳士的な営業マン。

しかしだ・・・

まさにこの営業マンがいたから、私も買う決断ができた!と言えるくらいの
方だった。

私の性格がひねくれている?せいか、いろいろな営業マンを見ても
「おぉ~この人はスゴイ!!」と感動してしまう方はとても少ない。

そしてこの営業マンは・・・と言うと、

一言で言えば、どんな場面でも「かゆいところに手が届く」方なのだ。

今回私は「お客」としてお付き合いさせていただいたが、非常に勉強もさせてもらった。

久しぶりに「この営業マンがいたから、決断できた!」と実感させていただいた。

 

やはり常に「視点は現場から」とあらためて感じさせてもらった。

「お客から本気で感謝される営業」の実践をがっつり教えてもらったような気がしている。

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)

 

PS

これまた先日の話・・・

いろいろ諸事情があって愛馬を売ることにしました。車よりはるかに手がかかりましたが、愛着も
それ以上あった愛馬でしたが、残念です。

今まで何回も車は売買したが、その時は何ら郷愁的なものを感じたことはなかったのですが、
どうも愛馬だけは・・・やはりドナドナされていく姿はとても寂しいものがありました。

 

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↑(ドナドナされて、バイク専門業者さんのトラックに乗った瞬間)

 

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↑(思わずさようならぁ~と言いながら、見送ってしまいました)

投稿者 : 高橋宗照| 21:37

2008年07月12日

『ヤキモキさせる愛機』~☆浦上俊司

浦上俊司

二日間の飛び込み営業合宿研修「甘ったれた営業マンに喝ッ!」が終わった。
年に3回ほど実施するが、夏場に行うこのシリーズは辛い。

一日目3時間、二日目2時間の計5時間を熱中症になりそうな炎天下で、土地勘のない都内の個人宅を飛び込むのだ。春と秋の飛び込みとは身体の辛さが違う。
しかし、だからこそ極限の集中力で取り組まざるを得ない。油断すると脳がボーッとして機能停止しよる。脱水症状で気力が減退しよる。

そんな中で今回の二日間は、いまひとつ集中できなかった自分を発見した。
何か気になる事が引っかかっていると、目の前の事に集中しきれない自分の未熟さを痛感する気付きにもなった。

家で待つの首筋に湿疹が出来ている事か・・・、いや違う。それくらいは感謝道で完治する。ちゃんと薬も貰っている。

家で待つ息子が高校生活がオモロ過ぎて遊びまくっている事か・・・、いや違う。父親が感謝道を歩んでいる限り息子は道を外す事はない。思春期は遊びから学ぶ事も多かろう。

VAIOだ。

4月に買ったばかりの愛機の電源が突然入らなくなったのだ。
しかも研修開始30分前にだ。
急遽、エージェントさんのパソコンを借りてスライドショーでの講義は無事に行えたものの、気は滅入る。

月曜日までには完全復活してくれないと大変な事になる。
火曜日には初めて行く土地での初めての公開研修もある。

焦れば焦るほどに電源はウンともスンとも反応しない。
いつも木目細やかな画素数での美しい画面は真っ暗なままだ。

夜22時に一日目の研修が終わり、会場上階のホテルの部屋に戻った。
なんせ、パソコンが立ち上がらないと仕事にならん。
テキストも作れないしブログも書けない。
おまけにメールも吸えないとなると致命的だ。
絶望感の中、感謝の言霊‘ありがとうございます、感謝’をブツブツと唱えていると、ふと気付きが湧き上がってきた。

息子が小学生だった頃、64(ロクヨン)とか言うファミコンの調子が悪くなった時にソフトを外して、おまじないのように「フ~ッ」と息を吹きかけていたシーンが湧き上がってきた。

‘まさかなぁ~’とは思いつつ、VAIOの背面のバッテリーを外して本体と接する金属面に「フ~ッ」とやってみた。
そして、元通り装着した。
さらに、恐る恐るVAIOの電源ボタンを長押しした。

数秒後・・・、立ち上がった!
VAIOの画面が立ち上がったのだッ!

これでテキストも作れるのだ!
これでブログも書けるのだ!
これで溜まっていたメールも読めるのだ!

技術的な仕組みは皆目分からない‘文系バリバリ’の私の想像だが、肝心の接続面にホコリが付着していたようだ。

デリケートな奴だ。
でも可愛い奴だ。
そんなVAIOを連れての一人旅はまだまだ続く。

ありがとうございます、感謝。日頃のメンテナンスを怠ってはいけないとの気付きをくれたVAIOの不具合。
ありがとうございます、感謝。おまじないのように「フ~ッ」をやっていた小学生時代の可愛い息子。
ありがとうございます、感謝。集中力は欠けたが数字の目標は達成した二日間の飛び込み実習。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 22:45 | トラックバック

2008年07月10日

『負の連鎖は続く』~☆浦上俊司

浦上俊司

世の中‘偽装’だらけだが、今度はブラジル産の鶏肉だそうな。
しかし中国産の鰻と同様、これが又柔らかくて美味いらしい。

産地偽装は商道徳上許される行為ではないが、ブラジル産だと正直に言ったとしたら購入しない‘受け入れ側’が、もう少し柔軟な姿勢を取れないものか。
何も毒物を混入して出荷したわけではない。しかも安くて美味いのだ。

‘国産は衛生上も完璧で、外国産はルーズな管理体制の下で生産している’とは限らないだろう。
国産がズバ抜けて素晴らしいのは腕時計ぐらいであって、グランドセイコーは世界一の水準を誇るが、その他、車も精密機械も食品も繊維も取り立てて大きな差はないと思う。

それよりも許せないのが、同じ‘偽装’でも教職員採用試験の偽装だ。いや、コネとカネの汚職だ。
常々、警察官や教員といった‘聖職者’のモラルダウンには手厳しく書いてきたが、今回の大分県教育委員会の事件は酷すぎる。

アホな子を合格させるために、定員人数合わせの必要から真面目に取り組んでチャレンジした子を不合格にしたというではないかッ!

どうしても教職者に就きたいと燃える青年たちは、仕事をしながら浪人して教員採用試験を受験する。
その真摯な努力が、ひと握りの親バカが贈った汚いカネで泡と消える。
気の毒でならん。

今回の偽装でエセ教職者に君臨した10数名の子たちは当然のごとく教職資格は一発取り消しで二度と教育業界には戻れないだろうし、社会復帰にも困難な壁が立ちはだかろうが、懸念するのは本人たちが知っていたかどうかだ。

親が勝手に数百万ブチ込んだ場合は、この子たちもある種の被害者だろう。
知らなかった場合はまさに青天の霹靂で、ある日突然クビになるのだ。私が29歳の時にクラボウで経験した絶望と同じだ。
気の毒でならん。

合格してたのに落とされた子たち。
合格する力がなかったのに親のカネで受かってしまった子たち。
共に20代の前途ある青年たちが、大人たちの汚い相関図の中で人生の方向を捻じ曲げられてしまった悲しい事件だ。

ありがとうございます、感謝。子供を愛するがゆえに正義を貫こうと学ばせてくれる‘ひと握りの親バカ’の姿。
ありがとうございます、感謝。大分県は氷山の一角で続々と摘発されるだろうが、兵庫県教育委員会だけは一点の曇りもないと信じれる事。
ありがとうございます、感謝。関学へのコネもカネもなかった26年前の我が家

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 18:55 | トラックバック

2008年07月09日

『食材の潜在能力を引き出す』~☆浦上俊司

浦上俊司

研修によって、講師のお昼ご飯は様々なバージョンがある。
会場内で受講生の方と一緒に弁当を戴くパターンもあれば、会社の食堂でご馳走になるパターンもある。
事務局さんと一緒に外の店に行くパターンもあるし、講師控え室で豪華な仕出し弁当をご用意頂くパターンもある。

いずれにせよ有り難い事だ。
朝食はホテルに付いているし昼食はご用意頂いているし、夜に接待があれば本当にお金を使う機会がない一週間などもある。

今日は豪華な仕出し弁当パターンだった。
フタを開けると、ご飯の上に鰻が乗っかっていた。

中国産だろう。
しかしメッチャ美味い。

巷のニュースでは、中国産を国産に偽装したと問題になっているが、中国産で充分美味い。
‘偽装などしなくてもいいのに・・・’と素人考えで思ってしまう。

中国産であれ国産であれ、添加物だらけであれ賞味期限切れであれ、食材に心を込めて’ありがとうございます、感謝’と唱えれば最高級の美味に変化するのだ

ありがとうございます、感謝。朝昼晩と食材に感謝の祈りを捧げれる日々。
ありがとうございます、感謝。感謝の言霊で確実に味の変化をキャッチできる敏感な味覚。
ありがとうございます、感謝。私の身体の中で既にタンパク質に変化しているであろう今日の鰻。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:59 | トラックバック

2008年07月07日

『巻末の解答を見て解く問題集』~☆浦上俊司

浦上俊司

どうも反応がイメージ通りではない。
いつものように、受講生の‘次は何をやるんだろう?’との興味津々の表情がゲットできない。

昨日懸念した‘反動’がこれなのか?
いや違う。私の中の研修に対する‘熱いマグマ’のようなモチベーションは一切枯れていない。

しかし、どうも肩透かしのような感覚が今日の午前中はずっと続くのだ。
高田延彦のように渾身のローキックを相手の内腿にブチ込むのだが、膝に力が入らず抜けるような感覚。
藤川球児のように渾身の火の玉ストレートを矢野のミットに投げ込むのだが、指先がボールの縫い目に掛からず抜けるような感覚。

何故だ?何故、受講生のワクワク感が得られないのだ?
分からないまま昼休憩になった。
講師控え室で豪華な弁当を戴いたが、午後からの立て直しにばかり気が行く。
孤独なマウンドは闘い抜くしかなく、‘逃げる’というワードは私の中にはあり得ない。

13時になり午後が再開した。
そしてグループワークをして頂いている最中に、ある受講生の机の上の紙がふと目に入った。

その瞬間、心臓が飛び出そうになった。
同時に午前中の引っ張りきれない空気の原因が分かった。

二日間の研修プログラムの全ての実施内容が事前配布されていたのだ。
つまり受講生は、次に何をやるのかを全て知っている状態で座っていらっしゃったのだ。

私の研修はライブである。
会場の空気に合わせて、突然のプログラム変更などしょっちゅうある。
だから受講生にはテーマしかお知らせしない
次に何が飛び出すか分からない期待感が、受講生の中の興味関心を喚起させるからだ。

しかし事前配布されていたプログラムには、タイムスケジュール入りで落とし込みポイント入りで丁寧に全てが記載されていた。
これはあくまでも私が展開イメージを立てる時に書いた、いわば‘講師用虎の巻’である。

だから受講生はまるで、解答を見ながら問題集を解いているようなものだ
期待感が出てこないのは当然だった。しかし今さら回収も出来ない。

主催者の方に聞いてみた。
「あのぅ~、この紙は全員に配られているんですよね・・・」
すると主催者の方は、「はい、公開研修は参加者を募集する際に、事前にある程度の内容をお知らせしますので」とお答え下さった。

明らかに私のミスである。
しまった。やってしまった。
やっちまったなぁ~、である。

主催者の方が仰るとおり、公開研修は事前内容をお見せするのが当然だろう。
それを私が事前に気付いて、‘大まかな研修内容だけを記載した案内文’を募集用としてお渡しすれば良かった。
まさか、講師用の展開案がそのまま受講生に手渡されるとは予期していなかった。

2000本を越える研修をしてきたが、まだまだ気付かない事が私には沢山ある。
大きな反省を得た一日目の研修だった。


ありがとうございます、感謝。明日二日目の内容もモロバレだが、その中でどこまで出来るかと燃え上がるチャレンジ精神の発露。
ありがとうございます、感謝。運転に慣れてきた頃に車で事故するごとく、仕事に慣れ過ぎてはいけないとの戒めを得れた事。
ありがとうございます、感謝。ネタが先に分かっても後半は反応して下さった受講生の方々。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 18:09 | トラックバック

2008年07月06日

『セールスの猛者たち』~☆浦上俊司

浦上俊司

群馬のホテルにいる。
明日から二日間の公開研修だ。
テーマはモチベーションアップとリーダーシップ」なので、いつも通り気合いを入れてやるだけだが、昨日の大阪の研修が充実し過ぎていただけに、その反動が来るのが少々怖い。

昨日の営業マン研修は、公開研修ではなく一社単独のクローズ研修だった。
公開研修は受講生同士が打ち解けるまでに多少のロスタイムを要するが、クローズ研修は開始前から空気が既に出来上がっている。
ましてや全国から選抜された営業の猛者たち40名だ。盛り上がらないはずがない。

私の言霊を聞き逃すまいとの集中力がビシバシと伝わってくる。
受講生が‘その気’であれば、私も真剣白羽になる。
受講生に聴く気がないと分かるや否や、自分でも驚くほどテンションが下降する。
まことに、講師と受講生は合わせ鏡である。

昨日の受講生は素晴らしい方々ばかりだった。
会場の後ろで役員方が勢ぞろいで鎮座ましましている事もあろうが、とにかく一人一人の反応が手に取るように伝わってきた。
新規開拓営業をメインでやっている人は、私と同じ感覚を持って下さっているので、何を言っても吸収して下さるのがありがたい。

彼らとの3ヶ月間に亘るお付き合いが始まった。
9月にはお互い様、バリバリのプロフェッショナルセールスマンになろうぜッ!!

ありがとうございます、感謝。営業の兵(つわもの)達との新たな出会いを作ってくれたエージェントさん。
ありがとうございます、感謝。一ヶ月間の宿題を苦とせず嬉々として取り組んでくださる兵(つわもの)達。
ありがとうございます、感謝。今夜でイメージを切り替えて明日の公開研修に臨むテンションを作れるホテルの一室。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 17:34 | トラックバック

2008年07月04日

『トイレの神様』~☆浦上俊司

浦上俊司

トイレで用を足す。
男性用トイレでは、知らんオッサンと隣同士に立って用を足す。

よく見かけるのが、用を足す前に唾をポトンと小便器に落とすオッサンだ。
カァ~ッ!ペッ!と唾を吐くダンディズムの欠片もない汚いオッサンではない。
あくまでも、ポトンと唾を落とすオッサンがよくいる。

あの行為が金運を凄まじく下げている真理を知らないのだろう、全くもって気の毒だ。

トイレと金運にまつわる話は沢山ある。
トイレ掃除をマメにすると金運がアップするというのは私自身が実感するし、トイレ掃除を丹精込めてさせて頂くと、感極まって涙を流す瞬間も味わえる。
心を込めれば込めるほどに便器が、キュッ、キュッ、と嬉しそうな声をあげる。
キュッ、キュッ、の声がするほどに、チャリ~ン、チャリ~ン財布に小銭が舞い込んでくる気がする。
さらに、キュッ、キュッ、と声を上げてくれれば、ザック、ザック財布に札束がどっさり入り込んでくる気がする。

きっと「トイレの神様」っていらっしゃるのだろう。
仏教では、用を足す時は烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)を念ずる。
「おん、くろだのう、うんじゃく」と静かに唱える。

トイレは毎日毎日、無条件で受け入れてくれる。
人を選べないし、黙々と仕事をするだけだ。一方的に待つしかない孤独な仕事だ。
こんな素晴らしい仕事をしてくれるトイレに感謝の念を向ける人は、絶対にポトンと唾を落としたりしない。
私は唾を落とす代わりに、「ありがとうございます、感謝」の言霊を落としたい。

ありがとうございます、感謝。トイレで唾を落とさない習慣を躾けてくれた両親
ありがとうございます、感謝。トイレで唾を落とさない習慣で上がり続ける金運。
ありがとうございます、感謝。‘人の振り見て我が振り直せ’を教えてくれるトイレでの隣のオッサン。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 12:28 | トラックバック

2008年07月02日

使ってみて「一言」:☆高橋宗照☆

高橋宗照

 

 

 

7月1日になって、やれ物価が上がる、サミットで都内の警備が最高レベルまでになるなど
いろいろな話が出てきますが、今回は身近な話です。

実はこの日から日本全国のタバコの自動販売機が「タスポ」なるカードがないと買えなく
なりました。
まぁ最近はこの喫煙に関しての風当たりは強いのですが、タバコを買うのについに
身分(年齢)まで聞かれるようになったのかぁ・・・とおもいましたね。

(今のところ)私は愛煙家なので、物珍しくもありこの「タスポ」を申請しましたが、これが
できるまでは結構面倒でした。
ここまで面倒な思いをするなら、コンビニで買えばいいかな?と思ってしまいますね。
(ここまで面倒な思いをするなら、禁煙したらどうよ?とまではならない)(笑)

さて・・・
昨日の夜、仕事を終えてとぼとぼと一人で帰る途中に自販機を発見。

「早速のこのタスポを使ってみるか!」ということで、実際やってみました。

お金を入れて、タバコの銘柄を選ぶまでは今までと同じ。しかし・・・
銘柄を選択した後で、

女性の声で、
「タスポカードを出してください」(こんなニュアンスの内容)と言われ、おずおずと
カードを所定の「カードリーダー」にかざすと、無機質に選んだタバコが出てきました。

なんだ!この違和感は!!

実はとっても違和感を感じたんですね。
この原因は何だろうか??と帰る道すがら考えて分かりました!!

要は・・・この自販機から「この商品をご購入いただき、ありがとうございました」という
感謝の言葉が出るのを、俺はこの自販機に期待していたんだ!!
しかし無残にもただタバコが出てくるだけ(それも無機質なガタッという音)。

まぁ未成年が安易にタバコを吸えないようにする方法としてはいいのかもしれないけど、
せっかく自販機に言葉が出る「機能」を付けたのだから、せめて

「ありがとうございました」くらいの感謝の言葉を付けても
損はないだろ!!

と思ったから違和感を感じたんですね。

機械ですからこの程度ですが、最近多いですね。感謝の言葉が出ない方が。
相手に何かをやってもらったら、自然と「ありがとう」という言葉が出ないのでしょうか?
やってもらうのが普通なのでしょうか?
そういう方は知らないところで、他人から結果的には疎外されてしまうんですよね。

私はこの感謝の言葉はとっても大事だと思っています。

 

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)

投稿者 : 高橋宗照| 20:47

2008年07月01日

『仕事は気持ちで決まる』~☆浦上俊司

浦上俊司

講師業は先発完投型ピッチャーだと以前書いたが、私の仕事は孤独なマウンドで闘い抜く使命がある。
渡辺江草のような中継ぎエースもいなければ、球児のような絶対的守護神もいない。
私の仕事はマウンドでボロボロに打たれても、9回裏まで独りで投げ抜かねばならん。

ピッチャーはバッターに向かう気迫が鬼神のようであれば、少々甘い球でも抑えられるものだ。
目を転ずれば、バッターもピッチャーに向ける闘氣が噴火状態であれば、打ち損じても不思議と野手の間に球が落ちてヒットになる。

このごとく、仕事はつくづく気持ちで行うものである。
身に付いたスキルやそれまでの努力は、必要条件ではあるが十分条件にはなり得ない。

講師業も、言霊が乗っている時は喋っている内容が大した事なくても聴き手に感動を伝える事が出来る。
逆に、その講演に向かう気持ちが張り詰めていなければ、いい内容を喋っても聴き手は全く反応してくれない。

この世の仕事は全て「込める気持ち」で成否が決まっている

ありがとうございます、感謝。自らの気持ちを常にチェックしながら楽しめる天職。
ありがとうございます、感謝。固定給が振ってこない不安定な人生だからこそ気持ちが緩まない天職。
ありがとうございます、感謝。天職に辿り着くまでの回り道に意味と価値を見い出せる今。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 22:17 | トラックバック