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2008年04月30日

『真のプロは泣かぬ』~☆浦上俊司

浦上俊司

研修終了後に号泣してしまった経験が後にも先にも一度だけある。
5年ほど前だ。

約一ヶ月間に亘る研修だった。
28人の受講生と‘通い’だが一ヶ月間まるまる一緒に過ごした。
月の半ばからは研修のネタがなくなって、映画を観て感想をディスカッションしたり、研修会場の掃除などもプログラムに入れた。

初日の荒れていたシーンが鮮明に脳裏に焼き付いている。
50代半ばの28人は私をナメくさり、反抗という生易しい表現では済まない‘拒否の姿勢’を貫いた。
私が言う事には薄ら笑いを浮かべて一切耳を貸さない。
腕組みをし、ふんぞり返って座り、窓の外を向いて徹底的に私を無視する。
私語が収まらず、後ろのほうで消しゴムを投げ合って遊ぶ二人組みまでいた。

人事の方からは「絶対に個人的に注意しないで下さい。何が起こっても淡々と時間通り研修を続けて下さい」と言われていた‘曰く付きの研修’だったので、私は煮えくり返る感情をセーブしつつ進行した。
若い私は負けじと必死でやり続けた。四面楚歌の中、自分が信じた研修講師道を貫き通した。

講師としての力量に自信を失いかけた約10日間が過ぎた頃、私がスーツ姿のまま会場の床を雑巾掛けする姿に受講生が心を開き始めた。
「こいつ、言うだけちゃうやん。ドロドロになって見本をちゃんと示してるやん」とのヒソヒソ声が聞こえてきた。

この日からは完全に私のペースになった。
私の一言一言がビンビンと伝わる。私の講義中の一挙手一投足に受講生がグイグイ反応する。
ここから講師と受講生の間に漂う空気が一体感を醸し始めた。
中旬以降は朝9時を迎えるのが楽しみになってきた。

そして最終日を迎えた。
一ヶ月ほど一緒に過ごした受講生との別れの時が訪れた。
最終日の前日、宿泊先のホテルで28人一人一人に手紙を書いた。

最終日の午後のプログラムで、その手紙をみんなの前で読みつつ一人一人と握手をして手渡した。
私の涙腺は異常なほど決壊した。
体の中に、涙という液体がこれほどまでに多くあったのかというくらい泣いた。
こんな純粋に泣けるのは高校生の時くらいしか記憶にない。

受講生も全員が泣いていた。
会場内はオッサンの涙で大洪水だった。

プロの歌手は泣いてはいけないと言う。
聴いている人を歌で泣かせるのが仕事であるから、自分が泣いてしまってはいけないと言う。

5年前の私はまだまだ素人だった。
今では受講生とのどんな辛い別れでも泣く事はなくなった。

ありがとうございます、感謝。5年前の未熟だった講師スキルを思い出せた事。
ありがとうございます、感謝。今では元気に現場復帰されて活躍されているだろう28人のオッサン達。
ありがとうございます、感謝。プロなら泣かずに頑張れ橋下っちゃん

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 10:25 | トラックバック

2008年04月27日

『共感力』~☆浦上俊司

浦上俊司

研修中や講演中いかにして受講生と共感を得るか、これが成否のキーを握る。

人それぞれの人生観があり、人それぞれの環境がある。そして、人それぞれの好みがあるので私のキャラが‘嫌い’と思う人には、私がどんな言霊を吐いても‘拒否’のフィルターで撥ね付けられてしまう。

この商売を長く続けさせて頂いてる年数は共感を得てきた数量に比例すると思うので自信を持ってやっているが、たまには悲しくなるアンケートもある。いや、悲しくなるというよりも彼の将来を考えると気の毒になる。

新社会人に向けての1ヵ月後のフォロー研修をさせて頂いた。
エージェントさんの作った受講生アンケートは、なかなかシビアなもので講師評価を10段階で付けさせる欄がある。
10(大満足)・9(満足)・8・7・6・5(普通)・4・3・2(不満)・1(大不満)といった分かり易い目盛り付きだ。

ありがたい事に約50名ほどのうち9割方が‘10(大満足)’と‘9(満足)’だったが、たった一人だけ‘1(大不満)’がいた。
どの研修に行っても必ず一人はいるのだが、私が心配したのは無記名ではないアンケートで新入社員が辛らつなコメントを残すその感覚である。

社会人の卵は、あらゆる事をまずは受け入れて吸収するのが仕事だ。他者批判するのは十年早い。
このアンケートは私が目を通すだけでなく当然人事の方も目を通す。
記名アンケートなので、今後どんなレッテルを貼られるかを考えれば書き方にオブラートを包むくらいの処世術は身に付けておかなければ将来大きな損をすると思うのだが・・・。

「全く意味のない研修である。講師が言っているのはどこにでも売っている本に書いてある事だ。同じ時間と費用を掛けるなら、会社も、もっと意味のある研修を企画すべき。」

私はノウハウ本は一切読まない。私の体験談だけで構成される研修であるし、人の受け売りで商売はしない。
私の言う事がたまたま本に書かれているかも知れんが、それは真理を突き詰めていけば終着駅は同じであるという事だ。

学生時代にノウハウ本を読み漁り‘分かったつもり’になって理論武装した素直でない奴は、ビジネス戦士として使い物にならん。
詰め込みすぎた知識が邪魔をして肝心の行動が伴わない奴は、収入がいずれ途切れるのが経済真理である。

ありがとうございます、感謝。1年半ぶりに私の心のデンジャラスゾーンを刺激するアンケートを見れた事。
ありがとうございます、感謝。共感するセンスのない人さえもを共感させようと燃える‘芸に対する求道心’の発露。
ありがとうございます、感謝。人間いくつになっても素直さが成長の原点であると学べた事。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 17:14 | トラックバック

2008年04月26日

『ベストなご縁を呼び込む感謝道』~☆浦上俊司

浦上俊司

スーツを着た日雇い人夫であるがゆえ、空いているスケジュールには可能な限り本番をブチ込む。
働けば働くほどに現金が舞い込んでくるし、働かなければ収入はゼロだからだ。
私が身を置く世界は、働かなくても固定給が降ってくる甘い世界ではない。
だから手帳が空くのは怖いものだ。ドンドン詰めて入れていく。

高額ギャラのオファーが入ってきた。
手帳を見るとこの日は既に打ち合わせが一件入っている。
しかもこの打ち合わせ日時が決まったのは、たった数時間前だ。
ほんのタッチの差だったが‘早い者勝ち’だ、埋まったアポはたとえ打ち合わせでも動かせない。

昔なら打ち合わせ変更を打診していた。
打ち合わせでは一銭にもならないので本番を優先したいからだ。
しかし最近は、何であれ入ってきた順番を優先している。
それもこれも全て含めて「ご縁」だからだ。

そうすると不思議と、まるで損失補てんするかのように他の空き日に本番オファーが入る。
金に繋がる「ご縁」には勿論の事、金にならないそれにでも、心を込めて「ありがとうございます、感謝」と唱えると、なぜか長い目で見ればベストな結果が用意されている。

つくづく学ばせて頂けるのは、目先の損得にとらわれなくなった時に大きな利が引き寄せられてくるという経済真理だ。

ありがとうございます、感謝。「ご縁」を大切に意識する事で巡り巡って結局儲かる事実。
ありがとうございます、感謝。‘急がば回れ’の言葉がつくづく身に沁みる日々。
ありがとうございます、感謝。必然の「ご縁」を呼び込む12文字言霊

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 23:12 | トラックバック

うれしいですねぇ:☆高橋 宗照☆

高橋宗照








3月下旬頃に上梓させていただいた

「デキる人ほどやっている報・連・相のコツ」

が早くも増刷するとのご連絡を出版社よりいただきました。やはりうれしいですねぇ~!
内容的にもおかげさまで

「わかりやすい!」
「報連相がよくわかった!」

などの賛辞をいただき、苦労して書き上げた甲斐がありました。

そしてよく聞かれるのが「印税」

「いや~4冊も出していると、印税なんぞもいっぱい入ってくるんでしょうねぇ・・・

と、親しい方からは「ありがたい?」(ただ単に興味本位?)お言葉もいただきます。
また研修のサブテキストなどで著書を使いましょうとご提案すると、

「いやぁ~しっかりしてますなぁ~!(笑)」

というお言葉も頂戴したりします。

まず・・・印税について。おそらく他人様が思うほどではないんですね(笑)。
もちろんミリオンセラーになるとかなりの額は入るそうなのですが、ビジネス中心の
本はマーケットの規模があまり大きくないことと、私自身が全然有名人ではないので
執筆する労力と印税の額で比較するとバランスはあまりよくないかもしれません。
実際私はあまり印税は気にしていません(ちょっぴりは気にしていますよ)。

しかし・・・やはり著書が出せる、出していただけることだけでもうれしいんですね。

なぜなら・・・自分の言いたいことが世の中に(少しでも)広く伝わり、
(良くも悪くも)評価を受けるから。


なんです。

あとはやはり「自分自身が商品そのもの」なので、(イマドキの言葉で言えば)
自分自身のブランディングには必要だよね、とも思っています。
また今まで思ったことや感じたことの「集大成」にもなるんです。

あとサブテキストに使う場合、渾身の力で書いているので研修などで使う場合
自分の言いたいことが一環してお伝えできるからなんですね。

だから・・・
執筆とは(もちろん印税も大切だけど)、
自分の「バージョンアップ」のためと言える
のかな?と思っています。

ホント感謝です。


(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)


PS
増刷が決定しましたが、また新たな執筆に向けて企画がほぼ決まりました!!
出版は夏ごろになるとは思いますが・・・
乞うご期待ください!!

投稿者 : 高橋宗照| 12:59

2008年04月25日

『研修前とは違う講演前の心』~☆浦上俊司

浦上俊司

出番前の揺れ動く心を楽しんでいる。
講演の出番前は控え室で‘一人禅問答’の時間だ。
目を軽く閉じて右脳と左脳で展開イメージをキャッチボールする。

研修前は大体、会場の一番後ろに座っているのでこの時間はないが、講演だと講師控え室なる空間が用意されるので禅問答が可能になる。

禅問答では、‘ええ事喋ったろ~、ここでオチを持ってきて決めたろ~’という自分中心の心と、‘今日来て下さったお客様のお役に立ちさえすればそれでよい’という相手中心の心が行ったり来たりする。

‘今日の講演も絶対にうまくいくぞッ!’という自信満々の心と、‘今日は反応悪いかも知れんな・・・’という不安感に支配される心が行きつ戻りつする。

‘緊張と緩和’‘集中とリラックス’という相反する心が、私の中で占める面積を次々と変化させる。
不思議と研修前には感じない揺れ動きが、講演前には必ずやってくる。

そして禅問答を楽しんだ挙句、出番1分前は「ありがとうございます、感謝」を静かに唱えて心を落ち着かせる。
私の出番直前の秘密の儀式だ。

ありがとうございます、感謝。いつもの儀式で取り組めた昨日の富山で初めての講演会。
ありがとうございます、感謝。私のモチベーションをグンッ!と上げたドンピシャリ好みのタイプの女性MC。
ありがとうございます、感謝。来月も北陸の皆さんと再会できるスケジュール。(最近はサンダーバードにお世話になっている・・・しかし、時刻表通り動いて~なぁ~、頼むわJR!)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 17:03 | トラックバック

2008年04月24日

『もう・・・、ええやん』~☆浦上俊司

浦上俊司

自ら発する言葉によって心が影響される。
まず言葉ありき心後付けである。

さらに形を変える。表情や姿勢や歩き方を変えて心を変える。
その結果形なき心が形に表れるとなる。

何も意識しなかったら私たち大人は‘下りのエスカレーター’に乗ったままだ。周囲に溢れるマイナスの波動に影響されてしまう。
‘下りのエスカレーター’を見ると俄然燃えて駆け上がる子供の心が頼もしい。周囲や他人がどうあろうとも自分のゴールだけを見続ける絶対積極の境地だ。

とは言え我々大人の日常には、苦しい事が試金石のように待ち構えている。
大きな口を開けて待つ魔王のようにスタンバイしている。
そこにまんまと飛び込んでしまうか、自己防衛しつつ気付きに繋げていくかが愚者と賢者の違いとなる。

そこで、苦しい時に発して効果大の便利な言葉が、「もう・・・、ええやん」なのだ。
決してマイナスのニュアンスで使うのではなく‘前向きに諦めて’使うのだ。
こだわりから離れて、明らかに見極めるために使うのだ。

人を自分の思い通りにしたい。しかし思った通りにならない。
そんな時は即、「もう・・・、ええやん」ニッコリ笑って口に出す。

起こる出来事を自分のイメージ通りに実現したい。しかしイメージとは反対の事が起こる。
そんな時は即、「もう・・・、ええやん」と穏やかな微笑を浮かべて口に出す。

自分の体を好きなようにコントロールしたい。しかし体が意思に反して言う事を聞いてくれない。
そんな時は即、「もう・・・、ええやん」と口角を上げて優しい声で口に出す。

‘張り詰めた緊張の糸のような何か’にスッと優しくとハサミを入れる。
そして楽~に、自由~に、緩やか~に、何かから開放された自分の存在を意識する。

そんな魔法の言葉を見つけた移動中の時間だった。

ありがとうございます、感謝。潜在意識からフッと湧き上がってきた便利な言霊の発見。
ありがとうございます、感謝。「もう・・・、ええやん」と前向きに諦めた瞬間に向こう側からやってくる幸運。
ありがとうございます、感謝。諦めとこだわりと、開放と執着とのバランスの中で揺れ動くスリリングな日常。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 06:37 | トラックバック

2008年04月23日

『はるな愛』~☆浦上俊司

浦上俊司

目を付けた芸人がブレイクしていく姿を見るのが楽しい。
きっとプロダクションの社長は、こんな親心で芸人を育て応援し世に送り出していくのだろう。

‘エアあやや’が面白くてしゃーない。
関西人のDNAが根底にある‘はるな愛’だからこそ、口パク物真似という昔からあったジャンルを、まるで新ジャンルのような新鮮さで復活させた。やはり大阪のニューハーフはオモロイ。
そして、今までの彼女(彼?)の人生に興味がある。
驚愕、逡巡、自己不信、そして決断・・・、人生の節目節目でどんな思いを積み重ねてきたのかを知りたい。

少し前までは、エド・はるみ「グゥ~~~」を発する際のイッちゃった顔が焼き付いていたが、最近ではエアあややの「Yeah!めっちゃホリディ~」が強烈なインパクトを残している。

姫路は今、「ひめじ菓子博2008」とやらで各地から連日何万人と訪れ、姫路城界隈は大賑わいだ。
初日には姫路出身のホンモノのあややが来たが、ホンモノが喋る声も‘ひょっとして口パクちゃうか~’と思わせるほどエアあややが私の中で渦巻いている。

エアあややのお陰で、ホンモノのあややのコンサートに行きたくなった。

ありがとうございます、感謝。ますますブレイクしてお茶の間に笑いの核爆弾を落としてくれ‘よろしくピース’。
ありがとうございます、感謝。プロポーズした‘ほっしゃん’の気持ちが理解できるほどの‘ええ女’大西賢示。
ありがとうございます、感謝。いつかは行くぞ、三軒茶屋の鉄板焼屋「A.garden」

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:21 | トラックバック

2008年04月22日

『禁欲の向こう側』~☆浦上俊司

浦上俊司

禁欲している自分を客観的に楽しんでみるのもよい。
食欲とも性欲とも自己重要感とも、全てストイックに闘っている自分の因縁を心から楽しんでみるのだ。

ボクサーが減量と真剣に取り組む姿には、聖なる神々しさを感じリスペクトの念を捧げてしまうではないか。
競艇選手がギリギリまでエンジン整備に精を出し、1cmでも早く1マークに突入できるように精神を追い込む姿に、平和ボケした自らの惰性を恥ずかしく感じる瞬間があるではないか。

お釈迦様は何不自由ない裕福な王家に生を受けながら、一切の欲を断ち「悟り」を求めて山に入られた。
現代に生きる私たちには、そこまでの荒行のチャンスは滅多にない。
しかし日常で自らを追い込み、禁欲を徹底して課してみるのも長い人生の中で数年間くらいあってもよい。

満たされない時間が長いほど、見えない何かが見えてくるものだ
麒麟の田村は著書に‘味の向こう側’と書いたが、‘禁欲の向こう側’には普通では見えない世界が待っているはずだ。

ありがとうございます、感謝。競艇選手が空腹の限界を越えた時に、‘コンマゼロ台’のミクロスタートが切れる世界が分かる気がする今。
ありがとうございます、感謝。お釈迦様が極限の禁欲を達成された暁に、‘偉大なる悟り’を開かれた世界が分かる気がする今。
ありがとうございます、感謝。減量地獄と今も闘っているであろう尊敬に値するプロボクサーたち。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 00:13 | トラックバック

2008年04月21日

『木山裕策』~☆浦上俊司

浦上俊司

幸せそうな家族連れを見かけるとムカムカするのは相変わらず私の中にある気質だが、心から応援したくなって本気で幸せになって欲しいと祈れる家族連れもいる。

それが木山裕策ファミリーだ。

新幹線でたまに乗り合わせる子供は、ほとんどが腹立ちの対象でしかないが、中には本当に可愛い子もいる。微笑を惜しげなく送ってしまういい子が時としている。
そんな子が木山ファミリーにはいる。4人もいる。

そして、その愛する子供達に向けて、お父さんである木山が発する渾身の歌霊(ウタダマ)で完成されているのが「home」だ。
一度聴くと‘忘れられない何か’が心に残る。

歌詞も旋律も声も全てが一級品であるが、私の真ん中に超ド級のストレートとして届くのは、木山の佇まいである。実に味わい深い。とにかく‘ええ顔’だ。

歌声に人生が染み込み、に人柄が封じ込められている点は馬場俊英に通じる。

また一人、真剣に応援したいアーティストが見つかった。

ありがとうございます、感謝。木山裕策の潜在能力を発掘した多胡邦夫。
ありがとうございます、感謝。木山裕策の甲状腺手術を成功させた名医。(手術失敗なら木山の声は世に出ていなかったはずだ)
ありがとうございます、感謝。中高年の子持ち親父の琴線を揺さぶる「home」

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:18 | トラックバック

2008年04月20日

『感謝道に期限無し』~☆浦上俊司

浦上俊司

人生後半が幸せになる生き方こそが、最高に充実した人生になると以前に書いた

過去は‘過ぎ去ったもの’であるから、過去の幸せを心の栄養にして生きていくのは虚しさが伴う。
未来は‘未だ来たらざるもの’であるから、心配しすぎて杞憂になっては苦しさが伴う。
だからこそ‘今’を充実させる。
そして‘今’の積み重ねが、人生後半の幸せへ向けての種蒔きとなる。

感謝道は万能であり、最高の願望実現法であり、最勝の開運グッズである事は何度も触れてきたが、さらに感謝道には期限は無いという事も付け加えたい。
一般に、「目標達成には期限を設けよ!」とか「夢に実現には日付を入れよ!」とよく言われるが、感謝道は期限無しなのだ。

つまり、一切を‘大いなる何か’にお任せして感謝道を日々瞬間瞬間で継続していると、自然に‘幸せな人生後半’というゴールに導いてくれるのだ。
まさに自動誘導システム’が搭載されているのが感謝道である。

しかし、それがいつの日付なのかは分からない。明日かも知れないし、5年後かも知れないし、60歳以降に突然降って沸いてくるかも知れない。
まことに感謝道は、期待し過ぎず諦め過ぎず、焦らず休まずやるべき事を淡々と継続するゼロ設定の大切さを気付かせてくれる。

感謝道をベースにするからこそ、「辛抱貯金・幸福満期」の真髄が堅固な確信へと高まるのだ。

ありがとうございます、感謝。日付を決めず感謝道を実践できる毎日。
ありがとうございます、感謝。日付を決めなくとも‘幸せな人生後半’へと誘ってくれる感謝道。
ありがとうございます、感謝。感謝道という人生哲学が持てる自らの環境。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:27 | トラックバック

2008年04月19日

『生きていく形』~☆浦上俊司

浦上俊司

人それぞれの生き方があるのだなぁ~と痛感するテレビが「Around40」だ。
ドラマはほとんど見ない私だが、先週ホテルで何気なく見ていて引き込まれた。
40才前後の女性の生き方を全種類見せてくれるようで勉強になる。まことにテレビから学べる事はたくさんあるものだ。

年齢は単なる記号に過ぎないと以前書いた事があるが、やはり記号であっても無視はできない。
その年齢らしくカッコ良く生きたいと思うのは男も女も一緒だ。

いや、男だからとか、女だからとかよりも、その中間である人種も立派に市民権を得た生き方が確立できる世の中だし、‘男尊女卑’‘一社終身雇用’‘夫の元へ永久就職’も過去の遺物になっている今だからこそ、生き方が多岐に亘る。
選択肢は無尽にあるし、それを支える環境もある。

離婚に対する偏見など全くない世の風潮が完成されているし、女性がバリバリと仕事が出来る社会が日々回転している。
男もどこでも食事を済ませられる環境が整っている。
家庭料理に飢えている私も、その気になれば家庭料理を前面に出している料理屋に行けば枯渇感は癒される。

が人それぞれ違うように、生き方は人それぞれのコースがあるのだ。
幸せな生き方に、決まりきったマニュアルは無い。

ありがとうございます、感謝。年齢と生き方を再考させてくれる金曜10時のドラマ。
ありがとうございます、感謝。私の周りに多数いる魅力的なAround40たち。
ありがとうございます、感謝。女性の魅力は若さではなく生き方であるとの気付き。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 10:02 | トラックバック

2008年04月15日

今の時期:高橋 宗照

高橋宗照

 

 

4月もやっと中旬になり、少し弊社も落ち着いたような感じです。

というのは・・・4月初旬は毎年のことながら新入社員研修が多く、バタバタしてしまう
2週間なのです。
(毎年ご指名いただき、ホント感謝です!!)

今年は特に他のことも重なり、まさに土日もない状態でした。

そんな時に(毎年のことながら思うのですが)、いつも感じるのはいろいろな企業様で
お会いする新入社員の方々の「緊張&不安&期待」が入り混じった様子のことです。

早いもので、私もちょうど20年前のいまごろ、まさに某企業で新入社員として
研修を「受ける側」として座っていました。

研修を受けるとまず言われたのが、

「学生と社会人は違いますよ」

「いつまでもいい加減な学生気分でいるな!」(当時はこんなことを平気で叱咤された時代でした)

しかし・・・そう言われても、何がどう違うのか?
そもそも「いい加減な学生気分ってどんなもんよ?」という程度しか
分からなかったような気がします。

まずは何かを一生懸命知ろうとすることも大切ですが、まずは「慣れる」ことを先決に
した方がいいのでは?最近よく思います。

環境が激変(新人のころはせいぜい「朝早く起きること」「学生時代と比べてまったく自分の時間がない」
程度の激変なのですが・・・)するのですから、疲れるのは当然でしょう。
しかしいつまでも「疲れた~~~!!」と言っているばかりではなく、自分なりのペースや習慣をまず
作り上げることからスタートした方がいいでしょうね。

そして・・・

「○○しなさい!」

「○○しなければならない」

という環境はある意味ではとってもラクなのです。なぜなら「自分で考えなくてもOK」だから。

しかし(よっぽどのことでない限り)社会に出ると

「まずは自分で考えてください。そして自分が考えてした行動には責任は取ってね。
(だって自己責任の時代ですから)」

という「今まで使ったことがない筋肉を、使わないとやっていけない環境」に飛び込むのですから、
迷うのも当然です。

今からでも遅くないですから、まずは「なぜ?」「どうして?」という考えを少しでも持つことが
激変した環境に慣れる第一歩なのではないでしょうか?

 

ほとんどの人が誰でも一度は通る「新人」と呼ばれるこの時期。
実はこんなところから既に差はついているんですね。


(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)






投稿者 : 高橋宗照| 11:15

『使わない筋肉を使う喜び』~☆浦上俊司

浦上俊司

4月1日からこの中旬まで、休みなく研修をブッ続けた。
オファーがある限り、日程が空いていてギャラさえ合えば何でもお受けする。
体が続く限り、私を必要として下さるクライアント様のために粉骨砕身したい。

その結果、新入社員研修もあればモチベーションアップ研修もあり、合宿飛び込み研修もあれば、ついに昨日は就職活動中の学生に向けた合同企業説明会のブース前での10分講演を一日で7回転する仕事まで受けた。

ブース前を横切る学生が座り、数人集まるごとに‘就職活動必勝のコツ’を10分間語る自分の姿に、競艇場の予想屋のオッサンが重なった。

彼らも、100円玉を握り締めた客が予想台の前に集まるごとに‘勝負レース必勝のコツ’を熱く語る。
一日に何回転するのか知らぬが、ざわついた会場内でマイクなしでどれだけ声を張って喋れるかだ。
客足は一定ではなく出入りする。しかし、お構いなしにやり切る。

東京国際フォーラムが私の中で住之江競艇場に変わった。

今回学ばせて頂いたのは、使わない筋肉を使う事で自分の芸域が広がるという事だ。
筋肉も脳細胞も原理は同じで、営業マン研修だけやっていては脳内の使う回路が限られてくる。
大学生相手のセミナーだけやっていては、脳神経の反応パターンが固定化されてくる。

慣性に陥らず異なる刺激を入れていく事で、イザという時の引き出しが増えるものだ。

ありがとうございます、感謝。2週間で七変化をたっぷり楽しませて頂いたオファーの数々。
ありがとうございます、感謝。様々なシーンで新たな自己発見ができた2週間。
ありがとうございます、感謝。やはり脳細胞が最高に活性化する営業マン研修。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:51 | トラックバック

2008年04月13日

『好々爺ノムさん』~☆浦上俊司

浦上俊司

楽天の試合後の楽しみが、記者に向かって飛び出すノムさん語録だ。

戦力に対するグチコメントの日もあれば、ラッキーな展開に対するルンルンコメントの日もあれば、情緒あふれる川柳の日もある。
自嘲気味にネタを飛ばす日など、球界の知将に失礼だが‘隠居した好々爺’といった印象だ。
一言一言が人を惹きつけるノムさんは、やはり‘何か’持っている選ばれし人だ。

阪神時代のノムさんには、あのユニークさは無かった。
もちろん、ヤクルト最強神話を作った時代のノムさんにも同様だ。

やはり、年齢と共に人間は進化していく。
経験値が積み重ねられて、ブレンドされて、清濁併せ呑んで、味わい深い人間性が熟成されていくのだ。

今の自分が過去最高の自分である真理が実感できた。

ありがとうございます、感謝。過去の積み重ねで最高の境地に立たれている印象のノムさん。
ありがとうございます、感謝。ひょっとしてクライマックス出場を期待させる楽天ナイン。(今日もオリックスいわしてまえよ~)
ありがとうございます、感謝。今年もタイトルを獲ってくれ!我々中年オッサンの星、山崎武司。(山崎はサプリメントも摂らず器具を使った筋トレもせず、自然体で肉体ケアをしていると聞いたぞよ)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 11:05 | トラックバック

2008年04月11日

『期待と実感の間(ハザマ)で』~☆浦上俊司

浦上俊司

私たちは瞬間瞬間で期待を持つ。
関わり合う人に対しても、身に起こる出来事に対しても、自らに降りかかる見えざる運命に対しても。
ひょっとしたら奇跡が降臨するかも知れぬと淡い期待を持つ。

そして、その後に訪れる実感との差異に喜びを感じたり、逆に虚しさを感じたりするものだ。
「期待<実感」であれば前者となり、「期待>実感」であれば後者となる。

実感で傷つきたくなければ、あらかじめ期待を下げておくことだ。
親は子に期待してはいけないし、既婚者は配偶者に期待をしてはいけない。
営業マンはお客様に期待をしてはいけないし、サラリーマンは会社に期待をしてはいけない。

厭世観というネガティブな意味ではなく、ポジティブに期待を下げる。
それが、世知辛い日常に対する賢者の自己防衛策である。

ありがとうございます、感謝。期待を下げざるを得ない日常。
ありがとうございます、感謝。実感なくとも傷つかない自らの耐性。
ありがとうございます、感謝。期待実感の揺れ動く間(ハザマ)で、緩やかにしなやかに水の流れのように生きていける環境。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 22:23 | トラックバック

2008年04月09日

『感動する力』~☆浦上俊司

浦上俊司

研修開始前のアイスブレイクで、「最近感動した出来事」についてグループ内で話し合って頂く時間を作る。
何歳になっても「感動する」感性を忘れてはならぬからだ。

思えば私たちは、幼い頃にはよく感動したものだ。
記憶は薄れているが、3歳までの時期は何を見ても何を触っても素晴らしい刺激の連続で、毎日が感動の嵐だったのではないだろうか。

それがいつの間にか「感動するスキル」が退化し、白けてしまったり冷めてしまって厭世観を持つに至り、日常の怠惰な風景に染まってしまう。

何時いかなる時も、一瞬一瞬がスリリングで感動できるフィルターを維持したいものだ。
そしてそのフィルターが仕事で活用できれば、なおさら最高だ。
私たちは、好むと好まざるとに関わらず一日の大半を仕事で過ごすのだから、仕事を通して感動できれば更に豊かな人生を創造できるはずだ。

昨日はそんなシーンを見るチャンスに恵まれた。

私の仕事仲間で、とても気遣いの出来るいい子がいた。
研修を受注してくる営業力はもちろんの事、講師に対する気配りや段取りの上手さなど天下一品で、私はいつも安心して彼女からのオファーを受けていた。
都内の一流大学を卒業している才媛だけあって教養豊かなので、どんなジャンルの話も出来る。

そんな彼女が退職をする。

昨日の案件で、私と一緒の研修は最終回だった。
これから‘会う理由’が無くなるので寂しい限りだが、彼女がお客様からも絶大な信頼を勝ち得ていたのだと思わせるシーンを見る事が出来た。

お客様にとっても、今後、彼女と‘会う理由’が無くなる。
研修終了後に挨拶をして帰ろうとした時、お客様が彼女と握手をして「本当に今までよくやってくれたね。いつでも気軽に遊びに来て下さいよ」と仰って涙を流されたのだ。
もちろん彼女も泣いていた。
その様子を見ていた私に万感迫るものがあった。

ラストシーンにはありがちな光景だったも知れぬが、二人が握手して涙を流す絵が私に感動するスキルを再燃させた気がした。

私はこのお客様が大好きだし、彼女も大好きだ。
だから、ありがちな光景でも感動を呼び起こすのだ。

感動とは、シーンではなくキャスティングで決まるものだと学べた。

ありがとうございます、感謝。何気ないシーンを感動にまで高めてくれた二人の別れ。
ありがとうございます、感謝。完成された人格の持ち主で、私もあのように年を重ねたいと思わせる大好きなお客様。(私より一回りほど年上か)
ありがとうございます、感謝。第二の人生でも活躍するであろう才媛営業マン。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:08 | トラックバック

2008年04月06日

『売って悔やむ』~☆浦上俊司

浦上俊司

私が敬愛する師匠H氏は近江商人の末裔であるが、まことに近江商人にまつわる名文句は私たち営業マンの心に染み入るものが多い。

売り手良し、買い手良し、世間良し三方良しは商売の原点を表すあまりにも有名な考え方であるが、「売って悔やむ」という言葉からも教えられ気付かされるものだ。

それは、「顧客が望めばその時の相場で損得に迷わず売り渡し、先々の値上がりを思惑して売り惜しんではならない」という意味だ。
目先は売り手が損をしたような気がするが、その分買い手が得をしたと言う事は将来を考えた長い取引をする上では有効であるという事か。
まさに「損して得取れ」にも通ずる真理だ。

私の商売は私自身が商品である。
商品は‘私の肉体’というひとつしかないものなので、オファーが重なればどれかを受けてどれかを断らざるを得ない。

卑近な言い方であるが‘早い者勝ち’となるので、空いている日は順番に埋まっていく。
しかし何の因果か、後から入ってくるオファーの方がギャラが高い事がある。
一瞬悔やまれるが、頂いたご縁が早いのが正解だと自分で強引に納得させてきた。
それでも若干の違和感は否めなかった。
しかし近江商人の言葉で救われた。

「売って悔やむ」。
順番が何であれ、頂けるオファーに心から感謝を捧げる日々が続く。

ありがとうございます、感謝。早くとも遅くともオファーが入ってくるという現実。
ありがとうございます、感謝。高額であれ雀の涙であれ仕事があるという恵まれた環境。
ありがとうございます、感謝。いつもタイムリーに飛び込んでくる近江商人の名言。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 10:00 | トラックバック

2008年04月05日

『たらいの水』~☆浦上俊司

浦上俊司

たらいの水は学びの示唆に富んでいる。
たらいは丸い形状である。
だから、そこに溜められた水は変幻自在で自由自在な動きをする。

イメージの中で、自分がたらいの真ん中に浸かり、向こうから自分の方へ水をかき集めようとすればするほど、水は自分の脇から後ろへすり抜けていく。

逆に、こちらから向こうへ‘どうぞどうぞ’と水を押し出そうとすればするほど、丸いたらいに当たって自分の方へ水が集まってくる。

研修講演で自分が高いパフォーマンスを発揮したいと思い、水をかき集めるように喋ると大体スベル。
逆に、受講生の役に立つ事を全力でお伝えしようと押し出す事を意識して喋るとヒットする。

まことに‘自分が自分が’は自らを滅ぼし‘他の為に他の為に’は自らを救う教訓に通ず。
因果律の真理が深まった。

ありがとうございます、感謝。研修会場に向かう道中でふと思い浮かんだ‘たらいの水’。
ありがとうございます、感謝。水を押し出すような意識で取り組めた3日間の研修
ありがとうございます、感謝。因果律を意識する限り、人は間違った道に進まないだろうとの気付き。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 20:53 | トラックバック

2008年04月03日

『ビューポイントの変化』~☆浦上俊司

浦上俊司

新入社員研修はそろそろ卒業させてもらおうと毎年思いながら、ご指名を頂ければ全力を尽くしてしまう。熱き芸人の性(さが)である。

非常にレベルの高いグループ会社の新人がその対象なので、私自身も学ばせて頂けたり気付かせて頂ける3日間だ。
今回の研修で気付けたのは、自らのビューポイントの変化である。

20代の頃、結婚披露宴の司会の仕事をしていた時は‘新郎新婦の友人’というビューポイントを意識した。
プロ司会者でありながらも、友人司会者のような温かさとオリジナリティを意識していた。

30代になり長男と長女を授かった私は‘結婚生活の先輩’とのビューポイントで新郎新婦に接した。

40代の今は‘子供を嫁がせる親’としてのビューポイントだ。
新婦の手紙を代読する際、とイメージが重なって感極まる時がある。
私が特に弱いフレーズが、「お父さんとお母さんの子供に生まれてよかった」である。
これを聞けば、今までの全ての苦労が報われる気がする。

今回の新入社員研修でビューポイントが変化していた。
今までは、新社会人にビジネスマナーを伝授する役目であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
しかし今年から変化したのは、‘子供を社会人にまで育て上げた親’というビューポイントである。

あと7年もすれば息子も社会人だ。
その時に、いいトレーナーに付いて欲しい。
恥をかかないよう誘導して欲しい。

我が子が恥をかかないように基本的なビジネスマナーを伝えてあげようとの自分の内なる変化を感じた。
今年の彼らに対して親心が芽生えた3日間が今日から始まった。

ありがとうございます、感謝。今年の新人を手塩に掛けて育てて下さった親御様たち。
ありがとうございます、感謝。気持ち良い会場で気持ち良く研修できる一期一会の時間。
ありがとうございます、感謝。眠気の微塵も見せず取り組んでくれる素直な受講生たち。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 19:23 | トラックバック

2008年04月01日

『苦しみのジャンル』~☆浦上俊司

浦上俊司

人それぞれ、人生における悩みは千差万別だ。
人それぞれ、の造作が違うように悩みも人によって全く違う。

人が人生の困難にブチ当たり、宗教に救いを求める三大動機は‘貧・病・争(ヒン・ビョウ・ソウ)’だと聞くが、まさに三種とも本人にとっては他人が想像できぬほど非常に辛いものだ。

一番キツイのは誰が何と言おうと‘貧’である。

味わったことの無い人には分からんだろうが、借金地獄はどんな地獄よりも恐ろしい
私は30代でその地獄の住人だったから、その凄まじいほどの恐怖がよく分かる。
お金が無くなった時に心の安定まで確実に無くす。
優しさとか思いやりとか社会貢献だとか人間としての正しい生き方とか、それら全てが木端微塵に砕け散る。
目の前の金利灼熱地獄から開放されるのであれば、善悪の判断さえも見失うほど凄まじい。
金利に追い込まれた人間は何をしでかすか分からん。

まことに、世におけるお金の力は絶大無比で何者をも黙らせる。
世の99%の問題は、全てがお金で解決できるのだから当然の理である。

さて、‘貧’についての問題は、天職に巡り合えさえすれば頑張ってお金を稼いで解決できる。
‘病’についての問題は、質のいいサプリメントを摂取すれば確実に縁を切れる。ただ、質の高いサプリメントを摂取するためには‘貧’と縁を切っておく事が前提ではある。

では、‘争’についてはどうか。
これは相手のある事だから問題の根が深い。

研修で出会う受講生の方々が抱えているのは、嫌な上司との軋轢問題だ。
私には上司も部下もいないのだが、似たような問題を抱えているので根本真理は同じだと思い、いつも申し上げる思考方法が「選ばれし者思考」である。

まず第一に、どんな理不尽な事も一旦は無条件で受け入れてみる。
誠心誠意相手のために尽くしきって、思いやりを運んで、自己犠牲を厭わず、全力を捧げた結果、返ってきた仕打ちが襟元に冷水を浴びせかけられるようであっても無条件で受け入れる。
砂利を噛むような苦しさが伴うが、やってみる。悔しくて堪らんがやってみる。
決してヤケクソにならず、怒りの感情に任せて暴走せず、冷静で穏やかで微笑をたたえてデカイ心の器で無条件に受け入れる。

そして第二に、ここまでの仕打ちを受けるのは自分に天から選ばれし者で、それに伴う心の器が備わっているからこそなのだと思うよう努力する。そこまで思えたらもう大丈夫だ。
困難に立ち向かっている自分の姿を客観的に観察できて楽しめたらもう大丈夫だ。

乗り越えられない困難は、お願いしても天は与えてくれない。
強烈で理不尽な困難を与えてくれているのは、天から選ばれしデカイ心の器を持っているからなのだ。


ありがとうございます、感謝。‘争’の解決方法をマニアックに研究できる日々。
ありがとうございます、感謝。‘私にはツキがある’の肯定的錯覚と同じくらい効果がある‘私は選ばれし者で、私にはデカイ心の器がある’の思い込み。
ありがとうございます、感謝。人生の諸問題‘貧・病・争’に総合的に立ち向かえる感謝道。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 06:36 | トラックバック