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2008年03月30日

『必然の諦念』~☆浦上俊司

浦上俊司

‘諦(あきら)める’の語源は‘明らかに見極める’である。
いつまでも執着して掴んでいるのではなく、ゆるやかに手離していくのが賢明な知恵という事か。それがストレスからの開放になる。

私にも、そろそろ明らかに見極めようと思う事がある。
プライベートな事なので、私の近しい友人以外は誰も知らない。
だから公のブログに詳細は書けぬが、ある目標に向かってずっとずっと頑張ってきた。

何度も何度も挫けかけたが、その都度仕切り直して希望を繋げてきた。
歯を食いしばってストレスと前向きに闘って、明るく明るく考えてきた。

特に2月の初旬からこの2ヶ月間は、天地が引っくり返る奇跡が本当に私の身に降臨するのではないかと期待させた。希望と絶望の繰り返しの中、一筋の光が見えかける瞬間が何日かあった。
もしもこの奇跡が現実化すれば、研修や講演で熱く語る予定だった。
この体験談は、世の多くの悩める人に元気と勇気を与え、希望と安らぎを与える処方箋になるはずだった。

しかし、もうそろそろ執着から離れて諦めようと思う。いや、明らかに見極めようと思う。

未来先取り思考を駆使し、万能である感謝道をもってしても諦めざるを得ない事もあるのだ。
問題の根が深すぎて、さすがの感謝道もお手上げである。

私自身が目標を手離すのは自然の流れなので、悔しさとか悲しさは感じない。
ただ私は感謝道をお伝えする身である。その点で悔しさが残る。

感謝道にも不可能が存在するのを認めざるを得ないのが悔しい。
感謝道の限界の壁を知らせなければならぬのが悔しくて堪らん。

しかし冷静に熟考してみた結果、気付いた事がある。

それは、‘執着から離れて諦めるコース’は、実は感謝道が運んでくれた必然なのだと。
私が掲げた目標はあくまでも‘私レベル’であって、‘感謝道レベル’から見ると、それは現実化しないのが必然なのだと

つまり、感謝道は‘可能性が数パーセントしかない奇跡を現実化する魔法’ではなく、‘その人のレベルに合わせた必然の気付きを運ぶシナリオライター’なのだ。

ありがとうございます、感謝。感謝道の定義と認識が深まるきっかけとなったプライベートの絶望。
ありがとうございます、感謝。感謝道の願望実現法としての機能は万能ではないが必然であるとの学び。
ありがとうございます、感謝。感謝道に‘一切お任せ’と委ねきれてなかった実践者としての浅さに気付けた事。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:59 | トラックバック

2008年03月29日

『太陽信仰』~☆浦上俊司

浦上俊司

先日の研修会場が淡路島だった事も何かの因縁だったのだろうか、不思議な流れで洲本温泉に行ってきた。

カニは既に旬を過ぎているので城之崎温泉は諦めた。
近場で探せば有馬温泉あたりかとイメージして旅行代理店に足を運んだのだが、カウンターのお姉ちゃんに勧められるままに決めたのが「ホテル♪ニュ~ゥ♪ア~ワァ~ジィ~♪」だった。

知名度は抜群だし、先のCMソングが頭の中をこだましてきたので即決で申し込んだ。

結論は大満足だった。

特に、海が目の前まで迫る露天風呂からの日の出は絶景かな、絶景かな、その荘厳さは‘感動・歓喜’に値する。

湯船に肩まで浸かりながら神秘的なオレンジ色の太陽を見ていると、太陽こそが信仰の対象であったプリミティブな信心が理解できるような気がした。
古代人は毎朝こうして太陽を拝み、様々な思いを馳せていたのだろう。
それは家族の安穏を願う思いか、自らの健康を祈る思いか、狩猟の成果を期待する思いか。

太陽は、国籍も性別も職業も人生観も一切関係なくあらゆる生命に、惜しみなく満遍なく慈しみを注ぐ。

その大きさや広さや深さは、特定の宗教といった小さな枠組みなど比ではない。
神仏に願いは掛けるものではないと常々書いてきたが、太陽にだけは自分のご利益を願っても受け入れてくれるような気がした。

ありがとうございます、感謝。日の出によって清浄な心を喚起できた淡路島の湯。
ありがとうございます、感謝。今朝の日の出に向けて12文字の言霊を放射した際、太陽が我が心に入ってきたような錯覚を体感できた事。
ありがとうございます、感謝。今シーズンは先発ローテに入ってくれ~ッ、藤田太陽。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 12:37 | トラックバック

2008年03月25日

「報連相」について

高橋宗照

 

 

 

3年ぶりくらいに4冊目の著書が出版されました!
「デキる人ほどやっている報・連・相のコツ」

出版社サイトから著書の詳しい解説が載っています)

通常業務が忙しい間を縫って書き上げ、最後は正月中まるまる著書を書き上げていた
ものです。
実は昨年には著書を出版したいなぁ・・・と思っていても、なかなか縁に
恵まれなかったのですが、こちらの出版社さんからオファーをいただき、このたび
出版ができました。

実はコンサル先でも、研修でも思うのが、この「報連相」

誰でも大切なのは知っているのですが、ちゃんと実践できるとなるとこれまた難しい
ものなんですよね。
ではどうやったらできるようになるのか?
対象を若手社員層の方々を対象として、わかりやすく書き上げたものがこれです。

いつも執筆していると感じるのですが、

「あの時、あの上司からこんなことを言われたよなぁ~」

「うるさい先輩だったけど、今から思えば当り前のことを教えてくれていたんだよね」などなど。

当時の自分に戻ってついそれらの言葉を反芻(はんすう)してしまう自分がいます。


その時は「あ~うざいなぁ~」や「いちいち、うるさいな!」と感じてしまうのですが、
実はいつでも上司や先輩とは、

「自分にとって、その時一番欠けている部分を教えてくれる人」

なんですよね(たぶん)。


報連相もしかりですが、やはり「話せて、言ってナンボ」「聴けてナンボ」なのでしょうね。


(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)

投稿者 : 高橋宗照| 15:11

『感謝道と共にある人生』~☆浦上俊司

浦上俊司

感謝道を始めて数年間、「ありがとうございます、感謝」の言霊を累計にすると何万回唱えてきただろう?
脳の中に習慣を作ってからは、焦らず休まず常に脳細胞の中に響かせてきた。
やっと感謝が呼吸レベルに近づいてきた。普段は意識せずとも、ふと気が付けば唱えている状態がキープ出来ている。

最初は‘自分が幸せになるためだけにやっていた秘密の呪文’で未公開の予定だった。人の事よりも自分が幸福になりたいとばかり念じていた。
しかしブログを開設してから多くの法友を得、実践に伴って現世利益をふんだんに手にする人が現われてくるにつれて、感謝道を普及する使命感らしきものが私の中に芽生えてきたここ1~2年だ。

人に伝えて、その方が素直に実践され、そして奇跡とも言うべき幸福を呼び込んだ報告は聞かせて頂く私が感涙する。そしてますます伝道師としての熱き魂に点火される。
伝えるから喜びに出合え、人の体験を聞かせて頂くから確信に高まり、さらに実践に力が入る。

良き事は人に伝える事で好循環を引き起こすのだ。
‘自分の為だけにやるのは有限力、他の為にやるのは無限力が発動される’と研修で言ってきた事が、確実に証明されようとしている。

ありがとうございます、感謝。奇跡の幸福報告をくれた友人。
ありがとうございます、感謝。友人の奇跡に我が事と同じく喜べる素直な感性。(20代の利己心の塊だった私からは想像できない変化だ)
ありがとうございます、感謝。感謝道がある限り、人生の全ての局面で得られる絶対安心の境地。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 13:52 | トラックバック

2008年03月22日

『‘お試し’に負けるなッ!』~☆浦上俊司

浦上俊司

あらゆる事象から感謝の意味付けを見い出す感謝道は、12文字を唱えながら‘もっともっと最悪な事態を瞬時にイメージする事で、現状のありがたさをジワジワ体感する実践道’であるが、悲しいか人間は、現状に対して愚痴の心に傾きかける瞬間が日々何度も訪れる。

感謝道なき人生は苦しみ多い人生になるが、感謝道を貫く人生もなかなか辛い。
それは、まるで覚悟を試されるかのように襲ってくる試験のようなハードルがあるからだ。

感謝道は人生を豊かに幸せにする最高最勝の哲学であるが、感謝道が運んでくる‘お試し’に負けてはならない。負ければ元も子もなくなる。
‘お試し’が運ばれてきた時にヤケクソになって感謝道を中断させてしまうと、せっかく今までコツコツと積んできた功徳が泡と化す。

苦しい時も悲しい時も、感謝道を極めた先にある未知の世界を信じて信じて信じ込んで、信念と高めきって継続する覚悟が試されるのだ。

長い人生には山もあれば谷もある。
感謝道の凄まじさを一喜一憂といった短期的な視点で判断してはならぬ。
喜んで生き喜んで死ねる境涯に至るには感謝道は不可欠であり、貫く過程での‘お試し’に一瞬でも心が揺らいではならぬ。

今回の人生を全うし本来の故里に還る瞬間に、「ああぁ、感謝道と共に生きて幸せだったッ!」と心から思える人生こそが充実した生き方である。

貫いた先には、きっときっときっと素晴らしい世界が待ち構えているはずだからッ!
その世界に辿り着くまで、共々に勇気を持って感謝道を歩んで行こうぞよ。

ありがとうございます、感謝。厳しい‘お試し’が訪れれば訪れるほどに感謝道への信心が深まる日々。
ありがとうございます、感謝。感謝道を貫く強さが揺らいだ時には、自らを安心へと変換させる‘辛抱貯金・幸福満期’の思考方法。
ありがとうございます、感謝。突如やってくる‘お試し’は、きっと前世からの課題なのだと納得できる‘輪廻転生’の思考方法。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 18:48 | トラックバック

2008年03月21日

『喉元過ぎても忘れてはいけないもの』~☆浦上俊司

浦上俊司

‘喉元過ぎれば熱さを忘れる’とは、苦しい事も悲しい事も時間と共に消え去っていくといった意味だったと思うが、何事も初心を忘れてはいかんし継続する事でイザという時に威力を発揮するものだ。

その最たるものが感謝道である
息子の受験が終わった途端に感謝道の実践が薄れてはいかん。
四六時中「ありがとうございます、感謝」12文字の言霊を脳内にこだまさせる事を止めてはいかん。

天風師潜在意識は自らの人生を建設する力と破壊する力とを共に有す。かるがゆえに、心構えを絶対積極にする事こそが、健康も運命も完全なる状態にする秘訣である」と残された。

潜在意識は感情がなく、非常にメカニックに発動する。
ゆえに、潜在意識に魔が入る隙を作ってはいけないのだ。

テレビを観ていても、風呂に入っていても、本を読んでいても、トイレに入っていても、お茶碗の洗い物をしていても、お気に入りのシャツにアイロンをかけていても、飯を食っていても、エッチをしていても、とにかく脳のどこか一部分が感謝道を実践している状態をキープしていないと危険でさえある。

私たちには神から授かった防衛本能があるがゆえ、失敗を恐れるあまり、悪いイメージに傾きがちな心癖がある。
それによって潜在意識にマイナスイメージが刷り込まれると現実面に決して好影響を及ぼさない。

感謝道は潜在意識に魔が入る事を完全シャットアウトする予防箋であり、継続する事で蓄えた徳力の残高証明になり得る。

ありがとうございます、感謝。喉元過ぎて改めて気を引き締める重要性に気付けた事。
ありがとうございます、感謝。喉元過ぎたら一日中遊びまくって帰ってこない息子。
ありがとうございます、感謝。次の目標に向かって延々と感謝道を継続できる日々。

~☆浦上俊司 

 

投稿者 : 浦上俊司| 12:14 | トラックバック

2008年03月20日

『VAIO』~☆浦上俊司

浦上俊司

なかなかいい感じだ。
長年使ってきたシンクパッドの反応が鈍くなり、修理から戻って来るのが1ヶ月先だというので代替機としてVAIOを買った。

私には心強いITコンサルタント氏が付いている。
神戸在住の彼がくれる懇切丁寧なアドバイスのもと、吟味に吟味を重ねての購入だ。
その道のプロの意見を参考にして買うので、いつも一切の後悔なき買い物が出来る。
やはり、持つべきものはありがたい人脈である。

私も人様のお役に立てるプロの仕事をしていきたいと改めて燃えてきたッ!
‘働く(はたらく)’の語源は‘傍(はた)を楽(らく)にする’である。


ありがとうございます、感謝。どの世界にもいるプロのアドバイスで世の中が円滑に構成されている日本。
ありがとうございます、感謝。これから2年ほどは毎日私の指に愛撫されるVAIO。(なかなかいい反応をしてくれるぞよ・・・)
ありがとうございます、感謝。毎日触れるパソコンと腕時計手帳財布に渾身の言霊をブチ込める毎日。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:48 | トラックバック

2008年03月19日

『未来先取り思考法成就』~☆浦上俊司

浦上俊司

年明けからずっと気がかりだった息子の受験に、やっとピリオドが打てた日になった。
未来先取り思考のおかげで、第一志望の公立高校に合格してくれ、我が家にも春到来である。

内申点や競争倍率やその他諸々の条件を考えれば非常に厳しい関門だったが、奇跡を起こしてくれたのは、感謝道をベースにした未来先取り思考の凄まじい効果に他ならない。

さらに大きな気付きがあり、今後の研修や講演でもご紹介していくつもりなのが、未来先取り思考には直前の前触れがあるという事だ。

先日書いたように、試験当日は渾身の言霊を講演先の金沢から姫路の息子に送り続けたが、ここ数日は‘大いなる何か’に全てを委ねきって生きていた。

すると昨日あたりから感じ始めたのだが、潜在意識から喜びが湧き上がってくるような感覚である。
特に事象面で変わった事はなかったのだが、訳もなく嬉しくなるという前触れのような感覚が常にあった。

そして寝る前には、合格発表の掲示板に受験番号が載っている事は確信に近い状態にまで高まっていた。
質の高い睡眠を取り、10時の発表を見た瞬間はデジャブ(既視感)を感じていた。
既に過去から予知していたものを確認するような作業だった。

効果を信じて実践していたが、改めて‘ほんまに感謝道は凄いッ!’と思う。
数字上ではあり得ない奇跡を現実化する感謝道は、やはり普遍的な成功哲学である。

ありがとうございます、感謝。感謝道の凄まじさをさらに確信できたプライベートな出来事。
ありがとうございます、感謝。感謝道は金運や健康運や対人運はもちろんの事、受験運にも効果を発揮するという気付き。
ありがとうございます、感謝。これから3年間最高に素晴らしい青春を謳歌するであろう最愛の息子。

~☆浦上俊司 

投稿者 : 浦上俊司| 18:50 | トラックバック

2008年03月18日

『初体験』~☆浦上俊司

浦上俊司

妥協なき最高の品質を提供したい。
人とのコミュニケーションを取る際は、柔軟に広く大きく受け入れる事を心がけているが、いざ仕事の品質になると一切の妥協はしたくない。

私は芸人であるが、職人としての矜持もある

いつも苦しむのが、受講生満足クラCアント満足エージェント満足かの狭間である。

三方良しが理想であるが、往々にして三者のベクトルが異なることが多い。
どうしても「穏やかな着地点」が得られない時は、受講生満足の方向で強行突破だ。

そんな中、研修オファーをお断りするという初体験をした。
三者のベクトルの違い云々からではない。

ニーズに完璧にお応えできる自信がなかったからだ。
いや、難解なオファーだったわけではない。
むしろ新人講師でも充分にファシリテートだけなら出来る簡単な内容だ。

しかし、私なりにガツンッ!と落とし込みたいポイントを入れる余地がなかった。
研修終了後に私の中で消化不良になる未来が見えてしまったのでお断りした。

目先のギャラを追いかけて品質を落とした研修をしてしまったら、もはや職人の看板を下ろさざるを得ない。
妥協した仕事をしていると、やがて評価が落ちて仕事量が減ってしまうのが物事の道理だ。

ありがとうございます、感謝。目先の40万に飛びつかず信念を貫けた初体験。
ありがとうございます、感謝。‘損して得取れ’の商いの真理が実感できた初体験。
ありがとうございます、感謝。断った日程に自信満々で実施できる他案件が入ってきた事。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:03 | トラックバック

2008年03月15日

『絶対にいるはずだ』~☆浦上俊司

浦上俊司

人間関係で、ついつい‘自分ほど苦しんでいる奴はいないのではないか’と惨めになる時がある。
そんな時は‘世の中にはもっともっと壮絶な怨憎会苦に向き合っている人がいるはずだ’と自分を説得してみる。
すると、自分の苦しみなどちっぽけなもので、こんな事で悩んでいた自分が少々滑稽になる。

苦しんでいる時は視界が狭くなりがちである。
しかし、一瞬でも視界の限定枠を取り除いてみると、見えてくる世界がある。
主観に凝り固まっていた目線を客観に切り替えてみるのだ。

私がよくやる思考方法のひとつに映画館バージョン’がある。
つまり、苦しんでいる自分はあくまでもスクリーンの中にいる自分であって、本当の自分は客席から観ている自分だとイメージする。

すると、苦しんでいる映画の主人公に向かって楽しみながら「頑張れよ~、頑張れよ~」とエールを送る自分の姿に気付けるのだ。

このように視界を広げてみると、世の中にはもっと苦しんでいる奴が絶対にいるはずだ。
自分が持って生まれてしまった怨憎会苦の因縁は、実は取るに足らないちっぽけなものに過ぎないのだ。

感謝道のコツは、今以上に最悪の事態を瞬時に仮設する事である。
大難が小難に小難が無難に変換されているラッキーを、いついかなる時も忘れてはならぬ。

ありがとうございます、感謝。苦しくて苦しくて逃げ出したくなる時に深まる感謝道。
ありがとうございます、感謝。一難去って又一難だが、それでも小難に違いないと信じこませてくれる感謝道。
ありがとうございます、感謝。馬鹿にされようが軽蔑されようが迷信だと揶揄されようが生涯貫く覚悟の感謝道。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 11:45 | トラックバック

2008年03月14日

『高校受験』~☆浦上俊司

浦上俊司

長男の高校受験が気になって、ここ数日間、落ち着かなかった。
滑り止めの私立は受かっているとはいえ、公立の普通科に合格して欲しいものだ。

私は今、金沢のホテルで昼からの講演のスタンバイをしているが、息子は今、受験の真っ最中だ。午前中の科目が始まった頃か。
合格した未来を先取りして‘ありがとうございます、感謝’と北陸の地から想念している。

思えば、大学受験には失敗した私だが高校ベストな選択だったと思う。

高校時代に親友たちと背伸びして‘半分大人のセブンティ-ンズマップ’を描く毎日だったし、ミス南高と言われた彼女との素敵な甘い想い出も作れたし、恩師にも巡り会えた。

多感な高校時代をどのキャンパスで過ごすかによって、基本的なコミュニケーションスキルが醸成される。
そして大学時代をどの土地で青春謳歌するかによって、社会人になるための基礎が身に付く。

どの道になっても、その人にとって最良の道なのだ。
人生には必要な事しか起こらない。

ありがとうございます、感謝。息子にとって最良の道が決定するであろう今日の入試。
ありがとうございます、感謝。人の為に真剣に祈る経験をさせてくれる最愛の息子
ありがとうございます、感謝。息子の入試中に最高のパフォーマンスで喋れるであろう今日の講演会

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:45 | トラックバック

2008年03月09日

『徳積みがもたらした天からのプレゼント』~☆浦上俊司

浦上俊司

願望実現のためにはを持っていなければならぬ。
そして、その運を呼び込むのは肯定的な自己暗示で自らの脳に‘ツキがある’錯覚させる事が手っ取り早い。

しかし錯覚だけでは磐石の強運といった揺るぎない物には遠い。
後は何が必要かというと、やはり徳積みである。

徳積みとは「自分の言動で人に喜びを与える事。自分の言動で人を笑顔にさせる事」と私は定義している。
運は主に人を介して運ばれてくるのだから当然の理である。

という土台の上に、肯定的な錯覚が乗せられた時に初めて磐石の強運が完成される。
‘徳の無い錯覚’は‘砂上の楼閣’になる危険性を有し、願望実現に至ってもすぐに失う可能性を残す。

徳積みをベースにした強運を身に備えていると、いざ何かをやりたいと思った時に、実現できるだけの環境と人脈と経済力がキープできるのだ。

日頃からコツコツと積んできた‘徳力’が最終的には自らを救う。

ありがとうございます、感謝。焦らず休まず自然にお任せしながら徳積みに励める毎日。
ありがとうございます、感謝。徳積みが呼び込んだ今日の劇的な15年ぶりの再会。(長年に亘り会いたい会いたいと願っていた人と偶然の再会を果たした)
ありがとうございます、感謝。気になっていた人が昔と変わらない笑顔を見せてくれ健康でいてくれた事実。(これも車屋に行く用事が出来たからだ。やはり全ては必然で、天は粋なシナリオを描く)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 17:43 | トラックバック

2008年03月08日

『もはや奇跡である』~☆浦上俊司

浦上俊司

久々にMCの仕事が入ったので神戸のホテルに向かった。
本業に比べると‘スズメの涙’のようなギャラなので、最近ではほとんどお受けしていない結婚披露宴の司会だが、ご指名とあれば喜んで参上する。
私を必要として下さる方に対してはギャラは関係ない。

すると、向かう道中で朝から奇跡が起きた。
な、な、なんと、私の乗った新快速が三ノ宮駅に時刻表どおりに到着したのだ。

JR西の目に余る時間のルーズさが浮き彫りになる毎日が続く中、時刻表どおりに電車が動く事などあり得ない。これは、もはや奇跡としか言いようがない。

毎日毎日‘10分遅れ’‘15分遅れ’の表示が電光掲示板に当たり前のように記される。
人身事故についてはある程度は不可抗力だと認めるが、信号機故障や車両故障の理由で遅れまくるのが毎日続く。
昨日などついに「本日は新快速の運行を取り止めております」とシャーシャーと感情を抜いたアナウンスをしておった。

他の路線があれば、これだけ時間にルーズなJRなど絶対に乗らないのだが、なんせこの路線しかないので仕方なく乗っている。これは私だけではあるまい。ほとんどの利用者の率直な意見だろう。

脱線事故以来、JRは「安全性」のみを優先する体質になってしまった。
「安全性」はもちろん優先して欲しいが、それによって「正確さ」が欠落する事は誰も望んでいない。
「安全性」と「正確さ」は決して矛盾するのではなく、同じベクトルで同時に成り立つはずだ。
職員全員が真剣に真剣にお客様の事を考え抜く体質になれば、その両者は絶対に同時に成り立つ

機械式の味わいを残しながらクォーツ並みの正確さを有するスプリングドライブ自動巻きを見習えッ!
一日に数秒は狂うけれども秒針の味わい深い動きや、時計本来のメカニズムが魅力的な機械式と、やはり時計は正確さが不可欠というクォーツを複合させた第三の駆動方式グランドセイコーは搭載した。

時計職人の「お客様へ最高にいい物を届けたい」との切なる魂の叫びが世に素晴らしい商品を生み出したのだ。
JRから「お客様を安全に正確に目的地までお運びしたい」との気迫は全く伝わってこない。

圧巻だったのは、先日の金沢からの帰路だ。
金沢から姫路へはサンダーバードで京都まで出て、京都からのぞみに乗り換えて姫路までである。
雪の為の徐行運転は分かる。
しかし「安全性」を優先するあまり「正確さ」は二の次でも許されると思っているのか、いくらなんでも遅すぎる。
私が自転車で並走したら勝てるんちゃうかと思うほどの嫌がらせのようなノロノロスピードだ。

京都での乗り換え時刻は、とうの昔に済んでしまった。
車掌を捕まえて言った。
「これ、乗り換えの新幹線出てもたけど、どないしてくれんねんッ?!」と私。

そしたら車掌が言った。
「これはもう仕方ないですね~。次ののぞみの自由席なら乗れますので」と車掌。

「いや、私が乗り遅れたんちごて、アンタとこが乗り継ぎに間に合わへん原因を作ったんやがなぁ。それでも遅れたら‘泣き寝入り’せなあかんっちゅー事かえッ?」と私。

すると、「まぁ、そういう事になりますね~」と車掌。

京都~姫路間のグリーン代金返せッ!

ありがとうございます、感謝。腐りきった体質の中でも輝きを放っているごく一部のJR社員。(民間企業でならバリバリのいい営業マンに慣れそうな若者がたまにいる)
ありがとうございます、感謝。研修で言う「ゼロ設定」が実感できるJRに対する見方。
ありがとうございます、感謝。1分遅れたら全額払い戻しの抗議を継続して続けていこうとのマニアックな決意。(いや、マニアックではない。時間を売り物にしている会社なら当然のCSだろう)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 21:29 | トラックバック

2008年03月06日

『勝負どころ』~☆浦上俊司

浦上俊司

‘杜の都’仙台から‘北の大地’札幌へ入った。
札幌では味噌ラーメンを食べるのが、まるで儀式のようになっているここ数年だが、今回も飛び込みで新規アタックをした。
飛び込み訪問は仕事でもプライベートでも十八番(おはこ)だ。

ラーメンの勝負どころはスープと麺だと言う人が多いが、私はチャーシューだ。
チャーシューの歯ざわりやら、口中に広がる香りやらを楽しみ、このチャーシューを作るのに何時間くらい手間隙(てまひま)を掛けたのかをあれこれ想像しながら食す。
だから新規店では必ずチャーシュー麺を頼む。

カレーの勝負どころはルーだと言う人が多いが、私はライスの炊き上がり具合だ。
米が立っているか、べた付いてないか、粘り気はどうかを入念に観察しながら食す。
それから店内にラッキョがあるかどうかも、優良店を見極める大切な基準だ。
だから新規店では必ず定番のビーフカレーを頼む。ビーフカレーとラッキョの相性は抜群だ。

私の商売も、勝負どころは講師によって違う。
資格をそれにしている人、経歴をそれにしている人、指導実績をそれにしている人、理論をそれにしている人、様々だ。

私の勝負どころは、体験談から得たノウハウしかない。
しかしそれで充分に食っていけている。
ありがたい感謝の毎日が続く。

ありがとうございます、感謝。さらなる勝負どころを模索して客観的考察ができる日々。
ありがとうございます、感謝。私のリアルな体験談に耳を傾けて下さる真摯な受講生の方々。
ありがとうございます、感謝。私の体験談を構成する過去に知り合った人脈の数々。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 19:33 | トラックバック

2008年03月04日

『カッコ良く歳とろうぜ』~☆浦上俊司

浦上俊司

花粉が飛び散っているせいか、受講生の中に花をグズグズさせている人が目立つ。
しかし、さらに目立つのが、朝の通勤途中で歩きながら「ぅぅわわっっっほぉ~~ん~~~~ッッ!!!」とデカくしゃみをやる品格を失った不潔オヤジたちだ。
今朝の東京駅構内でも、皆が振り返るほどの騒音を撒き散らしていた。

形に心が影響されるとの宇宙真理に照らして考えると、あれだけデカイくしゃみをすると、脳は完全に「風邪ひいたぁ~」とか「花粉症になってもたぁ~」と錯覚するのが容易に想像できる。
そして自らの力で病を呼び込んでしまうのだ。
そこに気付いたならば、意識して形を整えなければ損だ。

つまり息を吐ききってから‘くしゅん’と可愛いくしゃみをすれば、脳は「風邪なんかひいてないッ!」とか「私は花粉症とは無縁の人生を送っているッ!」と反応するのだ。

イライラした時ほど笑顔を作ってみる。
不安になった時ほど「大丈夫ッ!」と声に出してみる。
急いでいる時こそ、大股で姿勢を正して威風堂々と歩いてみる。

ちょっとした意識の作り方で、心は驚くほど楽になるものだ

ありがとうございます、感謝。自らの心の微妙な変化を客観的に観察できる日常。
ありがとうございます、感謝。絶対に品格喪失せずにダンディズム維持をするぞとの決意をくれた東京駅構内の不潔オヤジ。
ありがとうございます、感謝。明日の札幌でも遭遇するであろう全国に点在する不潔オヤジたちの存在。(汚いオッサンがいるからこそモテオヤジの存在価値があるのだ。私も後者を目指すぞよ)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 18:12 | トラックバック

2008年03月02日

『ソントキの必然』~☆浦上俊司

浦上俊司

昨日は‘アントキ’を書いたが、今日は‘ソントキ’についてだ。

感謝道‘その時のその人の器にとって必要な事象を運んでくれる’
だからどんな人の人生も、その人のソントキにとって必然の連続なのだ。
もちろん、感謝道を真剣に歩んでいる人だけの限定ご利益であるが。

人は自分に起こる事象を単なる偶然と意味付けた時から他責に変わる。
そうではなく、全てが意味のある必然と認めた時から自責になり、その事象が困難であっても心底楽しめるようになる。

必然の修行を乗り越えた先には、神々しいばかりの眩しさを備えた素晴らしい世界が広がるはずだ。そこにはもう感謝感謝感謝しかない。

困難を乗り越えるスキルを身に付けた時から、いま目に映る風景が激変し、そのスキルが素晴らしい次の世界へ行けるパスポートなのである。

ありがとうございます、感謝。必然が毎日プレゼントされるソントキの積み重ね。
ありがとうございます、感謝。偶然と感じた事が後に必然だったと気付ける時間薬の効用。
ありがとうございます、感謝。潔く必然と受け入れれば何が来ようと恐くなくなる絶対安心の源、感謝道。

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 08:17 | トラックバック

2008年03月01日

『アントニオ猪木とアントキの猪木とアントニオ小猪木』~☆浦上俊司

浦上俊司

心構え外見を作る’というのは、れっきとした宇宙真理であるがアントキの猪木は時間の経過と共に本家の燃える闘魂に激似してきた。

出始めの頃は西口プロレスイノキーズを組んでいたアントニオ小猪木の方が雰囲気は似ていたような気がしたが、今では天賦のデカイ身体も相まって‘若かりし頃の燃える闘魂、今ここに蘇り!’といった感である。
我々オールドファンには堪らない細かさで、古舘さんが過激な四次元実況を繰り出していた新日マットが再現されるようだ。

テレビで見ていると、こいつも猪木が好きで好きでしゃ~ないんやろなぁ~、と微笑ましくなる。
好きな人に微妙な仕草が似てくるのは人間の常だ。

彼の詳しい素性は知らないが、確かテレビ番組で「元々は公務員だった」と言っていた記憶がある。
何がきっかけで、安定した世界を去ったのかは知らないが、少なくとも今はやりたい仕事ができる幸せを実感しているだろう。

「仕事してもせんでも決まった日に固定給が自動的に振り込まれるぬるま湯の世界」から飛び出し、「仕事せんかったら飯が喰えなくて仕事したらした分だけギャラが振り込まれてくる原始的な世界で、真のヤリガイを感じているだろう。

転職をして天職に巡り合えた奴は、どの世界でもイキイキするものだ。

ありがとうございます、感謝。生きる道を見い出し好きな仕事に驀進する勇姿を見せるアントキの猪木
ありがとうございます、感謝。世代を越えて多くの日本人に勇気を与えてきたアントニオ猪木
ありがとうございます、感謝。アントキの猪木の活躍に刺激を受けて鮮やかなジャーマンスープレックスを見せてくれるであろうアントニオ小猪木。(小猪木の身体の柔らかさはホンマに猪木並みだ)

~☆浦上俊司

投稿者 : 浦上俊司| 09:34 | トラックバック