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2008年02月28日
『交互にやってくる苦しみと喜び』~☆浦上俊司

後味の悪い研修を経験すれば、その反動として最高のカタルシスを味わえる研修が待っているものだ。
寝ている人など皆無の受講生、私の一言一言にビシバシ反応してくれる受講生、ディスカッションは時間の経過も忘れ活発に意見交換してくれる受講生、私が喋っている時は私語など一切しない受講生・・・。
そんな素晴らしい受講生との出会いだった。
当然のごとく、私も気合いが乗ったまま終了時間を迎えた。
そして受講生の仕事に役立つノウハウをしっかりお伝えできたと確信した。
講師の潜在能力を引き出すのは、やはり受講生だ。
しかし、どんな環境でも一定の成果を挙げるのがプロの講師だ。
どんな受講生でも、その潜在能力を引っ張り上げるのがプロの講師だ。
明日もまた、受講生と講師は「合わせ鏡」だとの実感を得る。
ありがとうございます、感謝。人間関係の「鏡の法則」を体験できる自らの職業。
ありがとうございます、感謝。「喜びの研修」の味わいを倍化するために訪れる「試練の研修」。
ありがとうございます、感謝。今日の受講生一人一人の幸せを祈れる清浄な心になれた今。
~☆浦上俊司
2008年02月24日
『頭打って将来大恥かくなよ~』~☆浦上俊司

この商売を長くやってきたが、受講生がモロに目の前で爆睡する姿を見たのは初めてだった。
私の話がよっぽどオモロなかったのだろう。そして私というキャラに嫌悪感を抱いたのだろう。研修開始直後から、とうとう最後まで机に突っ伏したまま爆睡だった。いびきまで聞こえてきそうな念の入った寝姿だった。
眠気と戦い、睡魔と真っ向勝負しながら頑張っている受講生の姿は、時として可愛く見える瞬間もあるが、最初から完全拒否されたのは初めてだ。
企業人には、ここまで露骨に失礼な態度をする人はいない。ましてやリピート指名で引き受けた案件で、こんな経験はあり得ない。
しかし大学1年生や2年生では仕方ないか・・・。
私も18~9歳の頃は態度の悪い若者だったかも知れぬ。
過去の私の姿を‘映し鏡’として見せてくれたと思えばありがたい気付きだ。
しかし、人としてのマナーを義務教育の先生方が教えてこなかったのが如実に浮き彫りになった。
家庭での両親の躾が出来てないのかも知れないが、この若者のマナーを教えたのは今まで関った大人たちである。
自分の子供には、勉強以外のマナーをしっかり叩き込んでいこう。
彼女が将来において大恥をかかない事を祈る。
ありがとうございます、感謝。‘聴く気が無い人には語らないッ!’とボイコットを起こした私の正直な口。(予定より大幅に早く終了した。苦痛を感じている人に我慢して聞いて頂こうとの勇気は私には無い)
ありがとうございます、感謝。‘人の話を聴く時は顔上げて聴く、人が前で喋っている時は私語は慎む’という基本的マナーを私に教えてくれた両親と小中高の先生。(私の時代は極々当たり前の事だった)
ありがとうございます、感謝。毎日この状況の中で講義を続ける大学の先生の根性。(凄まじい精神力だ、私には出来ん。天晴れッ!)
~☆浦上俊司
2008年02月22日
最近思うこと:☆高橋宗照☆

(これから校了もあるのですが、ゼロから書き上げるのと違ってやはり気持ち的にはラク)
時間的には多忙であっても、「真の多忙の状態」であってはいかんなぁと
最近思うのです。
こんなことをツラツラと考えられるのも、気持ちの余裕があるからなのでしょう。
思うに・・・
「真の多忙の状態」とは?
(多:多く)+(忙:心を亡くす)=(心を亡くすことが多い)状態
だと思うんです。
時間的には多忙であっても、相手に対する気遣いや感謝の気持ちなど
「自分らしい心」を亡くすようなことがあってはよろしくないないのだと思うんです。
とはいえ、時間に追われてしまうとついこの「自分らしい心」を忘れて(亡くして)しまいがち。
私の会社の「社是」の一つにこういうことが書いてあります。
「自分に素直であれ、自分に誠実であれ」と。
これは「他人に対して・・・」という前に、まずは自分自身に対してこうなれなければ、
他人様にすら素直や誠実にはなれない・・・という思いから書き記したものです。
まぁ私としてこれに近い言い方では、
「自然であること」と「普通であること」の違いとなります。
よく「それは普通じゃないでしょ?」と言われることもありますが、「普通」とは世間一般が
認める「在り様」のこと。
(親としてこうでなければならない、夫としてこうでなければならない・・・などなど)
そして「自然であること」は「自分自身が認める在り様」のことなんだと感じています。
(一人の人間としてこうしたい・・・など:自然を表現する方がはるかにシンプルです)
しかし実際には「自然」でいるより、「普通」でいる方がはるかにラクですよね?
なぜならあまり自分で考える必要はなく、周囲に合わせていればいいから。
で、最近の自分は
「普通」でいることを「優先」しちゃっているのかなぁ?なんて思いますね。
ともかく「自分らしい心」は失わず、あくまでも(周囲の権利や考えなどを尊重しつつ)「自然」に、
そして素直で誠実にいたいなぁ・・・とふと考えたりします。
今年で42歳になりますが、まだまだ全然「不惑」になれませんね(笑)
(株式会社タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)
投稿者 : 高橋宗照| 20:03
『一般化されてきたもの』~☆浦上俊司

世の中の流行やヒット商品には、潜伏期間のように静かにゆっくりと拡大する時期がある。
そして溜め込んだエネルギーが一気に広がるモメンタムの瞬間を迎えるのが常だ。
モメンタムが来るまでは、‘聞いてはいるけれど見たことないし詳しくは知らない’という状況が続く。
しかし一旦モメンタムを迎えると、身近な友達や知り合いの間にそのユーザーが一気に溢れ出すという流れだ。
近視回復のレーザー手術。
いわゆるレーシックというやつだ。
昔はプロスポーツ選手など限られた人だけの手術との印象があったが、最近では一般に普及している。
20万までの安価な費用で、痛みもなく入院の必要もなく数十分の時間で日帰り出来るとあっては、近視の不便さから開放される夢の世界に出向きたくなる。
そんな中、私の周りにもレーシックで新しい視界を手に入れた友人が急激に増えてきた。
「朝起きた時に世界が激変してるでぇ~~ッ!こんなに見えるのん、小学校以来やでぇ~ッ!」と友人達は口を揃えて熱く語る。
中二から始まった私のド近眼は、もはや行き着くところまで進行し、30年経った現在では両眼とも0.06くらいだ。
眼鏡がないと、まさに一寸先は闇で風呂に入る時も眼鏡を掛けてないと、とんでもない所を洗ってしまいそうだ。
しかし私は未だ手術に踏み切っていない。
安全性は完璧に保証されていると聞いてはいるが、いくら角膜であっても人体の一部にメスを入れた後の後遺症が気になってしまうからだ。
‘近視は良くなった、視力は1・5に回復した、しかし一気に老眼になった’というような展開が懸念されて仕方ない。
人体の特性として、メスを入れた瞬間に細胞が悲鳴を上げるというのは紛れも無い事実だと思うからだ。
ありがとうございます、感謝。決断まではまだまだ時間がかかるであろう自らの慎重な判断力。
ありがとうございます、感謝。まだ老眼には縁が無く、近眼だけで耐えていてくれる自らの眼球。
ありがとうございます、感謝。目よりも先に奥歯を全てクリセラに変えたい自らのボディケア概念。
~☆浦上俊司
2008年02月21日
『結婚という形態』~☆浦上俊司

昔の偉人の言葉に出会った。
「男は結婚によって性欲と食欲を満たし、女は結婚によって金銭欲を満たす」と。
男には抑えきれないような突き上げる性欲と真っ向勝負せねばならん瞬間があるが、その時に結婚していればパートナーがいて満たされると言う意味か。
食欲は男女共通の根源的な欲求であるが、やもめ暮らしで不規則な食生活だったのが女の手料理によって満たされると言う意味か。
経済的安定は誰しも望むところだが、男が家に入れる金で生活の安定が保障されると言う意味か。
しかし時代は変化している。
セックスレスの夫婦が増え、どこででも外食できる環境が整い、女性が稼げる社会が完成している。
では何のために結婚という形態を取るのだろう。
それは「修行」のためである。しかし「苦行」にしてしまってはいかん。「楽しんで喜んで願(ねご)うて取り組む行」にせねばいかん。
会社の上司からは学べないジャンルの修行、友人や親からは学べないジャンルの修行、近隣住民や親戚縁者からは学べないジャンルの修行、その他あらゆる人間関係で学べない何かを学ぶために人は結婚するのだ。
そこにはきっと前世からの深い繋がりがある。
苦しみを乗り越えた先には、明るい何かが待っているかも知れない。
人生後半が幸せな事が最高に充実した生き方である。
ありがとうございます、感謝。自らの人生をふと立ち止まって振り返れるここ数日間。
ありがとうございます、感謝。前世からの繋がりを実感しながら気付きの日々を送れる幸せ。
ありがとうございます、感謝。‘相手は自分の心を映す鏡である’真理を確信させる、楽しんで喜んで願(ねご)うて取り組む行の日々。
~☆浦上俊司
2008年02月18日
『開運グッズ』~☆浦上俊司

チープなB級週刊誌の裏表紙には‘開運グッズ’の怪しげな広告に溢れている。
身に付けるだけでオーラが変化するブレスレットや、財布に入れるだけで競馬やパチンコといったギャンブルに勝ちまくる護符や、急に異性にモテるキーホルダーまである。
全て真っ赤なウソだ。
あり得ないようなオーバートークで引き付けて、なぜか知らんが権威の教授らしき大根役者が科学的に効果を証明するデータを掲載したりしているが、一番笑けるのは札束風呂に2~3人の美女と一緒に入ってご満悦のブッサイクな男の裸姿である。
開運グッズに頼る心のあり方を考えた時に、おのずと答えは出るだろう。モノに頼れば頼るほど運気は逃げていくという答えが。
依存心は自らを信じきっていない所に端を発する。
天風師も仰った。「迷信や易や方角を気にするのは、自分に消極的な暗示を掛けているのに等しい」と。
さらに、「人間は万物の霊長であるから、信念を煥発しさえすればどこまでも強くなるのだ、生命の力は本来伸びよう伸びようとしているのだ」とも残されている。
作り手の念が籠もった開運グッズに頼るのは危険でもある。
そんな時間があるのなら、鏡に映る自分の眉間に向かって「私はあなたを心から信じますッ!」と念を送るほうがよっぽど開運するぞよ。
ありがとうございます、感謝。12文字を唱えれば開運グッズ以上に開運する効果。
ありがとうございます、感謝。手首に変な数珠を巻くより凄い開運効果のあるプロマスター。
ありがとうございます、感謝。人が作ったモノよりも太陽や月に向かって感謝の念を送る事が最高の開運儀式であるとの気付き。
~☆浦上俊司
2008年02月16日
『みんな強運の持ち主』~☆浦上俊司

自分の人生を心から愛していこう、自分の運命を価値溢れる宝物のように大切にしよう、と研修や講演で常々言ってきた。
自分を‘ツキのある人間’だと心底思い込めるか、あるいは逆にどこかに少しでも疑念を持つかで人生の展開は大きく変わってくる。
前世から持ち越した課題で、ある程度は基本設定された人生シナリオだろうが、それはあらすじに過ぎない。
ディテールを描く筆は現世での自分の心だ。
‘ツキがある’というのは脳に肯定的な錯覚を与える事であるが、あながち根拠が無いわけではない。
どんな人も、この世に生を受けた時点で強運の持ち主でありツキがあるのだ。
父親の体内から母親の胎内へ放出された精子の数は億単位である。
小学生の頃に受けた性教育の漫画で、何億という精子がハチマキを締めてゴールである卵子に向かって全力疾走しながら切磋琢磨するシーンが鮮明に記憶に残っている。
たったひとつのゴールを奪い合うために、精子が我先にと爆走するのだ。
その時、隣を走っていた精子が一足早くゴールである卵子に結合し受精卵となっていたら、今の顔かたちではない。今の身長でもない。ひょっとしたら今の性格でもないかも知れぬ。似ているだろうが、今の自分とは様々な点で異なるのだ。
つまり今ここにある私たちは、既に億単位の凄まじい競争を勝ち抜いてきたウィナーなのである。
だからもう既に充分なツキを持っているし、強運の持ち主として生まれてきたのだ。
そんなセルフイメージを持てれば、決して目の前の困難には挫けない。
「こんなにツキがある私の身に起こった困難は、きっと深い意味があるに違いないッ!これを乗り越えていける強運が私にはあるからこそ、私の身に訪れた困難なのだッ!」と立ち向かえる勇気が噴出してくるのだ。
何があっても原点を自分に帰す事が、楽しみの人生を謳歌していくコツである。
何が起こっても自分をとことん信じきれるかが、さらに強運ロードを突き進んでいくコツである。
ありがとうございます、感謝。自分を惨めに思えばその通りの現実が待ち、自分を幸運と思えばその通りの現実が舞い込んでくる‘善悪の判断の無い潜在意識の力’。
ありがとうございます、感謝。感情抜きのメカニックな反応をするからこそ活用しやすい潜在意識の力。
ありがとうございます、感謝。潜在意識を作るのは顕在意識で12文字を愚直なまでに唱える事であるとの確信。
~☆浦上俊司
2008年02月14日
『予防接種のようなもの』~☆浦上俊司

インフルエンザの予防接種は何十年も受けた事が無いが、見方によれば人生の示唆に富んでいる。
敢えてインフル菌を体内に入れて抗体を作る事で、イザと言う時に感染を防ぐのが予防接種だ。
この如く、人生における小さな困難は、抗体を作るためのスパイスなのだ。
小さな困難で抗体を作れば、後に来るかも知れない大きな困難に耐え得るスキルが身に付くのである。
抗体を作って耐性を高める。
辛抱貯金・幸福満期の真髄がここにある。
どんな人の人生にも無駄な修行は一切無く、辛抱した事象は大いなるどこかに貯金される。消えて無くなるような意味無き辛抱は存在しない。
さらに感謝道における大難が小難に小難が無難に変換されるシステムにより、乗り越え可能な質量で抗体を作る事が出来る。
マメにうがいと手洗いをする習慣は‘ありがとうございます、感謝’を24時間唱える習慣に通ず。
まことに感謝道はありがたい。
ありがとうございます、感謝。抗体を作るべく小さな困難が来てくれる日常。
ありがとうございます、感謝。学びと気付きをくれた予防接種の仕組み。
ありがとうございます、感謝。抗体作りの連続だった30代の過去。
~☆浦上俊司
2008年02月13日
『天風語録はいつも勇気をくれる』~☆浦上俊司

天風師は不思議な存在である。
昭和43年にお亡くなりになっていて、現在この世にはいらっしゃらない。
しかし、いつもベストなタイミングで声なき声を私の心耳に届けて下さったり、必要なシーンでご著書を私にひもとかせたりして下さる。
「運命を拓く」。
天風作品の中でもべストセラーになった文庫本だ。
その中に以下のくだりが出てくる。
天風会に三島徳七という文化勲章と勲一等を貰った会員がいるが、貰った時に「先生が文化勲章を貰えるように推薦します」と言うから、「馬鹿野郎!冗談を言うな。私が文化勲章や勲一等を貰ったら、それ以上の人を教える事ができないじゃないか。俺は何もそんなものは要らないのだよ!」と言った。
一般的に‘研修講師’と呼ばれる人は、文化勲章までは行かずとも大半が‘中小企業診断士’とか、‘なんちゃら産業カウンセラー何級’とかをお持ちだ。
しかし私には資格も勲章も無い。あるのは体験談だけだ。
研修講師の中で私は異色なのかも知れないが、先の天風師の言葉に救われる思いがした。
だが、私の仕事は‘教える仕事’ではない。それは学校の先生の仕事だ。
私の仕事は体験談をネタに‘気付きのヒントを模索する仕事’だ。
ベストな答えは受講生の中にある。
それを引き出す‘産婆さん’のお役目が私だ。
ありがとうございます、感謝。教える仕事ではないからこそ資格も勲章もいらない天職。
ありがとうございます、感謝。資格や勲章以上に価値があると確信できる自らの体験。
ありがとうございます、感謝。いつも温かく見つめて下さっているかのような天風師の存在。
~☆浦上俊司
2008年02月11日
『発言注意』~☆浦上俊司

‘言葉は心の向きを定める道具なり’とは私の研修ネタのひとつだが、まことに言葉は恐ろしやと痛感させられたのが今回の‘倖田・羊水発言’だ。
人を悟らせるのも言葉だし、人を迷わせるのも言葉である。
私もかつて、研修中に吐いた一言が問題となり受講生アンケートが‘炎上’した経験がある。
真意ではない所で言質を取られ糾弾される恐さは、まさに言葉は凶器となり得ると実感した。
暴力は肉体的なダメージを引き起こすが、言葉は精神的なダメージを色濃く残す。
「沈黙は金なり」という格言が、妙~な説得力をもって迫ってきた。
しかし私は‘喋くり’が職業である。
‘喋くり’という天職を生涯全うする覚悟だ。
ありがとうございます、感謝。両刃の剣である言葉を生業と出来る職業。
ありがとうございます、感謝。浪人時代以来の国語辞典を読む習慣が復活している昨今。
ありがとうございます、感謝。明日からの一週間も言葉に細心の注意を払おうとのきっかけをくれた倖田來未 。
~☆浦上俊司
2008年02月08日
『お奨め呪文』~☆浦上俊司

朝、目が覚めたら一人でニッコリ笑って「ありがとうございます、感謝」と唱える習慣で幸せを手に入れる毎日が続いているが、もうひとつ効果絶大な呪文を最近付け加えている。
つくづく、人間は吐く言葉によって心が影響される事を痛感する。
この言葉を自分の声で自分の耳に入れると、なぜか知らぬが元気になれる。
「ウキウキワクワクして生きるッ!!」と発するのだ。
毎日毎日に、いかに期待を寄せて生きるか、自分のスリリングな人生に思いっきり恋するような生き方は最高に楽しい。
他人がどう思おうが、バカにしようが、頭おかしいんちゃうかぁ~と蔑まれようが、錯覚でも何でも自分が幸福感を味わえればそれで丸儲けである。
自分の人生に恋し、期待し、憧れるという独りよがりの魅惑世界にはまれば、時には信じられないような幸運に巡り合う事もあるし、時には厳しい事象に遭遇しても感謝の意味付けを必死で模索している自らの器用さに笑けてくる事もある。
そんな、あざなえる縄の如くの人生の瞬間瞬間にウキウキワクワクの感情を散りばめていくのだ。
その積み重ねが時間の経過と共に大きく開花する。微差が大差を生むのだ。
どんな時も言葉で自らを鼓舞していこう。
吐く言葉によって心が決定され、心構えが人生を作っていくのだ。
心をどのように設定するかは‘人生の羅針盤’そのものである。
さぁッ!高らかに叫ぼうぞよッ!
「ウキウキワクワクして生きるッ!!」
ありがとうございます、感謝。呪文どおり今日もウキウキワクワク生きれた事。
ありがとうございます、感謝。ウキウキワクワクの時間が待っている期待溢れる明日。
ありがとうございます、感謝。出番前にコソッと‘ウキウキワクワクして喋るぞッ!’と呟く事で第一声が変化する発見。
~☆浦上俊司
2008年02月07日
『ポケットチーフ』~☆浦上俊司

ネクタイ以上に気を使うのがポケットチーフだ。
シャツの柄と合わせる時もあるし、ネクタイの色と同系色にする時もあるし、思い切って全く違う柄と色のチーフをインパクトで付ける日もある。
ネクタイの結び方と同様にチーフの折り込み方も色々な流儀があるそうだが、私はいつも無造作にグシャッと胸ポケットに突っ込んでいる。
どうすれば、大好きな高田延彦のようなダンディズムを感じさせるチーフになるのかと模索したところ気付いた。
早速実践してみたが、なかなか良い。
チーフを付ける習慣の方に、ぜひお勧めしたい。
やってみられてはいかがだろうか。
2枚重ねにするのだ。
いや、何も難しく考える必要は無く、合いそうな好きな色のチーフ2枚を包むように重ねて胸ポケットに突っ込む。これだけだ。
今まで10数枚しかなかったチーフが、このバリエーションで30パターンくらいに膨れ上がった。
ありがとうございます、感謝。重ねるオシャレのヒントをくれた天下一品の‘味がさね’という名のメニュー。(独特のこってり味はなかなか美味いぞよ)
ありがとうございます、感謝。ネクタイは2本重ねられぬがチーフは2枚重ねればオシャレになるとの発見。
ありがとうございます、感謝。チーフの次は左胸のピンズに凝ろうとの探究心発露のきっかけ。
~☆浦上俊司
2008年02月06日
『露出度アップしてきてんのかなぁ』~☆浦上俊司

「浦上さんが飲んではる寝酒はどこに売ってるんですかぁ?」と研修後の懇親会の席で受講生に聞かれた。
一瞬戸惑ったのは、このブログの存在を知らない受講生だと思っていたからだ。
いつもの研修では私のプロフィールが事前に配られブログのURLも記載されているのだが、昨日の研修では私が‘個人事業のピン芸人’ではなく‘エージェントさんの社員講師’とのキャスティングだったのだ。
当然、受講生に渡した名刺もエージェントさんの社名が入った即席名刺で、本来の私の名刺ではない。
「えっ?」と私が尋ねると、「ブログ見てますもん~」とのお返事。
特技が高じて今の仕事に辿り着き、趣味が高じてこのブログを書き始めたのだが、いつの間にか露出度が上がっていたのだなぁ。
嬉しい思いを抱きつつ東京へ移動した。
ありがとうございます、感謝。知らない所で知らない方が見て下さっているブログの存在。
ありがとうございます、感謝。私に興味を持って下さった受講生の存在。
ありがとうございます、感謝。売り切れにならんように程々に売れて欲しい陶陶酒の存在。(1週間で1本飲んで又買いに行ったら‘そら飲み過ぎでっせ~’と注意してくれた酒屋のオッサン、ありがとう)
~☆浦上俊司
2008年02月04日
『企業は人なり』~☆浦上俊司

このブログを始めて間もない頃、‘ジンザイ’について書いた事があった。
「企業は人なり」ではなく、私は「企業は人の組み合わせなり」が持論であると書いた。
前者はクールな勝ち負けを彷彿とさせ、後者はチームワークとしての温かさを連想させるし、どんな人も縁があってその企業に入社し、モチベーションアップの法則に則って言えば「その企業に入ってその職業に就く為の‘必然’が過去の人生のどこかにあった」からだ。
しかし「企業は人なり」を否定しているわけではなく、解釈を変えてみると面白い気付きに繋がる。
つまり「企業は人なり」を「企業は人である」に変換する。いや「企業は人の身体である」とする。もっと言うならば「企業を一人の人体と捉える」のだ。
社長室が脳、人事部が胃、経理部が腸、総務部が肺、製造部が心臓、営業部が手足、などとイメージしてみる。
どこかの部位が調子悪くなれば全体に支障をきたす。
どこかが良くなれば全体としてバランス良く反応し始める。
企業は人そのものだと思えた時に優しい気持ちになれたり、他部署に対して気遣いを運べたりするものだ。
20代の若い世代では、終身雇用が復活ムードにあると聞いた。
人体の一部である企業戦士の方々に、今月も心からのエールを贈りたい。
ありがとうございます、感謝。終身雇用とは全く無縁だった汚れた履歴書である自らの過去。(私の場合は転職を繰り返した事が今の仕事に活きたが、20代の方は最初の会社で全うされる事をお勧めする)
ありがとうございます、感謝。明日から末日まで休み無しで多くの企業戦士に出会える事。
ありがとうございます、感謝。地球も人体と考える事で実感できる自らの細胞としての小さな存在。(全体の中の一部である自分を意識する事で、謙虚になれ人に優しくできるものだ)
~☆浦上俊司
2008年02月02日
『ベストな答えは近くにある』~☆浦上俊司

つんくが言っていた。
「曲を作るヒントは自分の近くにあるんです。近くに目を配って作った曲はヒットする確率が高いんです」と。
つまり、難しく考えてネタを探そう探そうと焦れば焦るほどにヒントは遠のき、囚われから開放されて、ふと近くに目を移すと答えが自然に見つかるという事か。
確かに私の研修ネタも自分の近くで起こった出来事をベースにしているものばかりで、難解な理論や学者が言う四角四面の一般論は全く無い。
私が日常体験した出来事と受講生の方々の過去の体験の接点を見い出し、そこから学びを発見していく作業が「気付きのワーク」になる。
「共感できること」が最大のキーワードなのだ。
ありがとうございます、感謝。身近に目を転ずると最高のヒントに満ち溢れていると教示してくれたつんくの言葉。
ありがとうございます、感謝。身近な人への感謝を深める事が天風師のいう‘積極の精神’に繋がるとの気付き。
ありがとうございます、感謝。BVLGARIアショーマよりも身近なプロマスに深い愛着を再認識できた事。
~☆浦上俊司
2008年02月01日
あぁ・・・佳境:高橋 宗照

久しぶりのブログになってしまいました!
というのは、今年3月(予定)に出版される書籍の原稿がまさに佳境というところ
なんです。
(題名が決定したら、またここでお知らせしますね)
いつも思うことですが、執筆活動はまさに「長距離マラソン」のようなもので
どこまでやっても終わらないような気がしてしまうんですね。
自分で望んでやっていることとは言え、まさに「苦行」のような心境になります。
とは言え、私の著書がまた世に出ることは、多くの方々のご協力の賜物。
まさに感謝、感謝です。
さて・・・
本日はFMの収録日→セミナーのためで朝から出かけていました。
その収録でのこと。
司会進行の方(いつも感心するほど、ファシリテートがうまい!!絶妙ですね!!)と
ディレクターの方(いつも優しく私をフォローしてくれています)から、
「今日はサブプライムローン問題、株安問題、管理職残業代についての判決について
やりましょう!!」
と言われました。確かにここのところの新聞やメディアを騒がしている問題ではあります。
自分でもそれなりの見解を持っていますが、やはり限られた時間で話すのは難しいこと
だなぁ・・・といつも思うわけです。
(ちなみに原稿はいっさいなく、収録前に簡単に打合せをして、ほぼアドリブで収録する)
この時あらためて、「自分の勉強不足」を実感するわけです。
短時間でもポイント(核心)を突いて話す、これはまさに日々の修練が必要ですね。
まさに「日々是努力」なわけです。
そういった意味では、私の仕事もマラソンのようなものかもしれませんね。
こんな気づきを毎月一回は必ず与えてくれる、FMのお仕事に出演させていただけるのも
まさに感謝、感謝です。
(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 宗照)
※タカハシ&パートナーズが営業研修・ヒューマンスキル研修・人材育成をお手伝いします
『BVLGARI』~☆浦上俊司

節分とは文字通り「節を分ける」であって、運気の節目になるというのが古来からの説である。
今年こそはッ!と年頭祈願するのは1月1日ではなく、本来は節分の日なのかも知れぬ。
「春財布は縁起が良い」と言われるのもそんな古来の言い伝えに由来するのか、立春の日から使い始める財布には、お金がジャンジャカジャンジャカと仲間を連れて飛び込んでくるらしい。
愛用の札バサミの老朽化が激しいので、気分転換も兼ねて財布を見た。
こないだベルトを買って、しびれるほど堪らんロゴの虜になってしまったので、やはりBVLGARIにした。
すると、あった。
一瞬で気に入ってしまった。
出会うのが必然であったかのような佇まいで私を待っててくれた。
感謝道は必要なものを必要なタイミングで運んでくれる。
一目惚れで衝動買いしてしまったミレリゲの二つ折り長財布に向かって渾身の言霊‘ありがとうございます、感謝’を3回ブチ込んだ。
すると、ミレリゲの黒色が一瞬光ったように見えた。
この財布と数年間一緒の全国一人旅が始まる。
ありがとうございます、感謝。不思議な縁で出会い、今後数年間私の左尻ポケットに住まうBVLGARIミレリゲ。
ありがとうございます、感謝。縁起を担いで2月4(月)の立春から使い始めようとこだわる自らの習性。
ありがとうございます、感謝。次の目標であるアショーマクロノグラフ獲得に向けてモチベーションを高めてくれるBVLGARIの7文字のロゴ。(1,617,000円はかなり気合いがいるぞよ)
~☆浦上俊司
