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2006年10月30日

『自殺』

浦上俊司

最終選択肢が‘自殺’だったのが悲しい。
千葉の中学教師、ハラスメント(嫌がらせ)に対する抗議だったのかハラスメントからの逃避だったのか。

私も強烈なハラスメントを10年以上受け続けているが、ある思考方法のお陰で乗り越えられている。
同じ思いで苦しむ人が沢山いるだろうから、その思考方法を3つに分けて以下に記しておこう。

ここでは広く‘ハラスメント’としているから、上司からのパワハラに苦しむ人も、医者からのドクハラに苦しむ人も、家庭内のモラハラに苦しむ人も、それぞれの環境に変換して応用して下さればお役に立てるかも知れない。自殺防止とハラスメントに対する自己防衛策に繋がれば嬉しい。

1、
まず大切な事は、「自分の人生を真剣に愛する」ことだ。自暴自棄になってはいけない。
私も‘何故ここまでの事を私がされなければならないのだッ?!’と苦しんでいた頃、多くの知恵者から、それは‘先祖の祟り’だとか‘前世の因縁だ’とか‘家相の障り’だとか散々言われ、信念の無かった頃の私は、救われたい一心で宗教や占いやおまじないなどに走った過去がある。人智を越えた苦しみには神仏に頼るしか対処法はないと考えた。

その、すがる心理の背景には‘目の前の困難な障害を追っ払いたい’心がある。しかしそれでは苦しみは去ってくれないのだ。
そうではなく‘目の前の困難な障害も含めて私の大切な人生’なのだ。
つまり‘追っ払う’から‘受け入れる’に視点を変えてみる。困難ごと障害ごと因縁ごと祟りごと自分の愛する人生なのだ、と思考する。

自らを救うのは神仏ではない、自分自身だ。神仏の願われる自分になろうと努力した時に、目に見えない不思議な力の後押しがある。

2、
次に、目の前の事が‘人生の全て’だと思い込まないことだ。自分の愛する人生には、ハラスメント以外の構成要素が山ほどある。どんな人の人生も単色ではない。様々な明るい色や暗い色が混ざり合って人生の色合いが構成されているはずだ。

また悲しみや苦しみはいつまでも同じ所にはとどまらない。必ず時間と共に変化していく。
絶望の心理というのは‘今の苦しみが永遠に続く’との錯覚から生じるのだ。人生は流れていくのだから絶対に同じ苦しみは続かないのだ。

ならば先の明るい未来を設定しようではないか。
私が研修でいつも言う‘未来先取り志向’を都合良く使おうではないか。

私も50代以降の人生は最高にハッピーなバラ色の人生を先取りしている。
だから目の前の困難を乗り越えられるのだ。
‘辛抱貯金・幸福満期’は絶対に裏切らない、との信念を持とう。

3、
ハラスメントに苦しむ人は、ハラッサー(ハラスメントを行使する最低の人間のこと。こいつは他人の心の痛みなど全く理解できないクズだ)に‘どのように評価されるか’を気にし過ぎなのだ。
その‘よく思われよう意識’を拭い去る事が苦しみからの解放になる。

ハラッサーになんか、どない思われてもええやん~。ハラッサーは全ての判断基準がおかしいヤツなのだから。

この思考方法が習慣化されると、ハラスメントが行使された瞬間に、ニヤッと笑えるようになる。こうなればシメタものだ。
‘おっ、来た来た。又嫌がらせしよるがなぁ~。こいつアホちゃうか’と高みから見下してやればよい。間違っても同じレベルに堕ちてムカつく事は避けるのが賢明だ。ハラッサーと私たちは別の次元の人種なのだから。

有り難う御座居ます、感謝。ハラスメントも吹き飛ばしてしまえる人生哲学が構築できた事。
有り難う御座居ます、感謝。森昌子だけじゃなく私にも訪れるバラ色の未来
有り難う御座居ます、感謝。教師にも生徒にも犠牲者が出た事で荒廃した教育現場が改善されるであろう事。

投稿者 : 浦上俊司| 08:16 | トラックバック

2006年10月29日

心に余裕を持つ

高橋宗照

昨日・今日と西伊豆方面で仕事をしていました。
(最近各企業も人材育成に力を入れられているようで、この手の合宿研修も増えて
きました)

ひとしきり終わったあと、ふと窓から見えた夕陽・・・
水面(みなも)に映るまぶしいばかりの夕陽と何とも言えない赤々とした
沈みゆく太陽。

061027_1649~0001.jpg

これを見て素直に
「あ~きれいだぁ・・・」と思える自分がいました。 
そしてこういう風景を観ることができたことに「幸せだなぁ・・・」とも感じました。
普段仕事柄、ほとんど自然を感じることがないので、久しくこういう自然に
触れていない自分に気が付きました。

またここは(残念ながら)部屋では携帯の電波が入らず、私の携帯の表示は
寂しく「圏外」の文字。(まぁ簡単に言えば、陸の孤島なんでしょうね・・・)
普段ならこの「文字」は、何となく自分の心を不安にさせる「文字」なのですが、
この自然を前にして、圏外でよかった・・・とも思ったのでした。
(↑連絡を取られたかった方、ごめんなさい!!)(笑)

おそらく仕事の行き帰りでも、そしてどこにいても自然を感じられることって
いっぱいあると思うのです。しかし・・・心に余裕がないと、それらを見過ごしてしまう。
こういうところで、こういう風景に触れないと自然や周囲の美しさなどを感じられない
自分は、やっぱり「心の余裕」がなかったんだなぁ・・・
と改めて思ったのです・・・

そして・・・

どこかで読んだ文章でこんなニュアンスのことが書いてあったのを思い出しました・・・

「人生において”生きててよかったなぁ~”と思える回数が多いほど、その人の人生は
豊かであり、幸せである」
と・・・。

こう思えることが多くなれる「自分」になりたいですね・・・

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : 高橋宗照| 01:07 | トラックバック

2006年10月28日

『7500円のグラブ』

浦上俊司

WBCの後、4月中旬くらいまで感動が尾を引いたのを記憶しているが、同様にここ数日間は新庄が私の心に住みついている。

阪神入団時に7500円で買ったグラブを、阪神~メッツ~日ハムと引退まで使い続けた話はあまりにも有名だが、「形ある物には魂が宿る」を確信した。

他のどんな親しい人にも触らせず、毎日の手入れと修理を怠らなかったグラブには‘新庄剛志そのもの’が宿っていたのだろう。グラブも一緒になって感動の涙を流していたような気さえしてくる。

皮膚の一部と化した新庄のグラブが雄弁に語るのは、‘本当のプロとは商売のツールを丹精込めて手入れする’という基本的真理だ。
私たちは商売のツールである携帯電話やパソコンや、スーツや靴や名刺入れや、ボールペンや手帳にまで丹精込めているだろうか?改めて自分の‘想い’を振り返った。
いやはや私は、まだまだ素人に毛が生えた程度の甘ちゃんだ。

有り難う御座居ます、感謝。今後強烈なプレミアムが付くであろうSHINJOグラブ。(新庄の事だ、孤児施設などにポン!とプレゼントしそうだが)
有り難う御座居ます、感謝。北の侍:ガッツまで新庄と共に日ハムを去る事で白熱するストーブリーグ。(プロ野球は結局一年中楽しめるのだ)
有り難う御座居ます、感謝。指揮官まで去ってしまうとはシンジラレナ~イ監督ヒルマン。(新庄の外国人版みたいなオッチャンやったなぁ)

投稿者 : 浦上俊司| 08:48 | トラックバック

2006年10月27日

『流行語大賞やッ!』

浦上俊司

シンジラレナ~イ!予想通り北の大地で聞けた。日ハム4勝1敗で日本一!
「シンジラレナ~イ!」は今年の流行語大賞になるだろう。

それにしても、野球の神様は実在すると確信させるに充分な今年の日本シリーズだった。
新庄ラスト打席の涙に阪神ファンは貰い泣きをしたはずだ。
槇原の敬遠球を打って三遊間サヨナラヒットを打ったあの日から、新庄は稀有なスターになる運命を背負ったのだろう。引退試合が日本シリーズで、しかも勝ってしまうのだから神のニクイ采配を感じてしまった。

ましてやウイニングボールが新庄の弟分の森本のグラブに収まるのだから、象徴的な世代交代を彷彿とさせる。来シーズンは背番号46番から1番や。
ヤクルトを干された稲葉がMVPを取ったことも、劇的に日本シリーズを彩ったスパイスだ。

有り難う御座居ます、感謝。壮絶な悲壮感オーラを漂わせ力投した川上。(阪神に来てくれんかの~)
有り難う御座居ます、感謝。新庄のラスト打席でも勝負に徹しきった谷繁。(祝儀でド真ん中放ってくれると思いきや高めの釣り球やがな)
有り難う御座居ます、感謝。ほんまに「もってるわ~」スーパースターSHINJO。(身体に気ぃ付けてや~)

投稿者 : 浦上俊司| 08:30 | トラックバック

2006年10月26日

『必修科目』

浦上俊司

今朝の電車内で高校生グループが‘日本シ’と言う言葉を連発しているのが私の耳に届いた。
「やっぱり高校生も日本シリーズが気になるんやなぁ。プロ野球観戦は我々オッサンだけの特権とちゃうねんなぁ。みんなで日ハムを応援しよう!」と思いきや、‘日本シ(リーズ)’ではなく‘日本史’だった。

高岡南高校が話題になっている。
ちなみに私は姫路南高校だ。
高岡南高校は富山県内きっての進学校らしいが、姫路南高校は兵庫県内のアホ高校だ。
同じ南校でもエライ違いや・・・。(でも在学中は貴重な友人にも可愛い彼女にも恵まれた、私にとって楽しき想い出満載の学び舎だ)

さて、その高岡南校の3年生が必修科目が足らんとの理由で卒業できないらしい。
報道によると、受験科目だけに特化して進路指導をしていた教育熱心が高じての誤算とのこと。
私自身の事を思い出し、25年前に南校でもらった通知表を引っ張り出してきた。

赤面するほどの欠点オンパレードだ。
当時は10段階評価で日本史と倫理社会と物理Ⅰと化学Ⅰが見事「2」になっている。(しかも欠点は‘赤字’で記入しよる。やめてぇ~なぁ~、先生~、分かり易すぎるやん)
しかし数学Ⅰは10だ。数学ⅡBも9だ。現代国語と英語も7でなかなか頑張っておる。

どうしようもなく極端な学力だった私は、関学に行くためには‘文系数学’での受験しか道が無いと思い、社会と理科の授業中も隠れて英・国・数の勉強だけをしていた。
関学だけが私の挫けそうになる心の支えだった。苦しくなると上ヶ原の白亜の時計台をイメージして、「マスタリー・フォー・サービス」を歌った。

しかし報われなかった。
やはり、人間はバランスが大切だとの教訓を学んだ。ビジネスに通ずる真理である。

有り難う御座居ます、感謝。高校時代の偏った自分を彷彿とさせてくれた高岡南高校。(冬休みに70時間授業を受けなければ単位が揃わないそうだが、3年生頑張れ~)
有り難う御座居ます、感謝。極端な私を気持ち良く卒業させてくれた清水先生。
有り難う御座居ます、感謝。極端な私を大学まで行かせてくれ、一人暮らしをさせてくれた両親。

投稿者 : 浦上俊司| 18:51 | トラックバック

2006年10月25日

ありがとう・・・の大切さ

高橋宗照

先日のこと。

研修が始まる13:00前に、ある企業のビルに入っている喫茶店でカレーを急いで
食べてました。(実は結構カレー好きなんです。ちなみにカツカレーにはかなりうるさい)
おそらく私を除いた全員がこの企業の社員さんなのでしょう。

私は汗だくになりながら、カレーを食べて(かっ食らっているというのが正解)いると
お店の方が
「お水でもどうですかぁ?」
とナイスなタイミングで聞いてくれたので、すかさず私は
「ありがとうございます!」
と言いました。

しかし・・・
その後お店の方は、周囲の方々にも水を入れてくれていましたが、誰も何も言わない・・・
その時「え?なんで?」と思ったんですね。
確かにお店の人がそのようなサービスをするのは「フツーのこと」なのかもしれないけど
せめて「ありがとう」くらいは言えるでしょ?と。

そこであらためて思ったのが8月の末に米国研修で行った時のことでした。

誰もが店員さんからサービスされたら必ずニッコリしながら
"Thank You  ! "
と言いますし、歩いているときに軽くぶつかってもお互いに
"Excuse me"
と言い合いました。私は「あ~米国の人はちゃんと挨拶もするし、他人ともしっかり
コミュニケートするんだなぁ・・・」と感心したもんです。

そしてこの「ありがとう」という言葉。
言うほうも気持ちいいし、言われた方も少なくても悪い気はしない・・・
でも言えない人が多い。
(ちなみ電車の中で足を踏んでも、軽く謝ってくれる人が少なくなりましたねぇ)

細かいことを気にしすぎなんですかねぇ・・・

ちなみにこのビルに入っている企業さんは「言葉の力」を大事にしている企業さん
なのですが・・・

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)


(追伸です)

今日は富山からこのブログを書いてます。
そして久しぶりにゆったりとした時間を過ごせたので、思わずホテルの備品として
あった「入浴剤」なんぞを使って、まったり風呂に入りました。
(いつもはカラスの行水なのですが)
久しぶりにゆっくり風呂に入ったので、上がった後も汗だくです(笑)

これは入浴剤のおかげなのか??

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慣れないせいか、風呂の中の水が妙に真黄色になったのはちょっと驚きました(笑)

投稿者 : 高橋宗照| 23:05 | トラックバック

『虐待』

浦上俊司

親が子供を餓死させるという残酷物語が報道されるたびに、悲しさや怒りといった冷たい風が心の中を吹き抜けていく。
4~5日に一回コーンフレークだけを食わせるとは・・・ど、ど、ど、どんな神経しとんねんッ!!!

今回の京都の事件では、餓死した子供ちゃんを産んだ本当の母親はどんな気持ちでニュースを聞いたのだろう?後悔か、憤りか、諦めか、恨みか、絶望か、開き直りか・・・。

親というものは死に物狂いで我が子を守るものだ。ライオンでもチーターでもそうだ。絶対に我が子を殺さない。それが生物に宿る根源的なDNAであるはずだ。

もし仮に、誰かが私の息子と娘に危害を加えるような事があれば、私は自らの命を懸けて守り抜く。何があってもだ。火の中、水の中、相手がヤクザでも暴走族でもシャブ中でも、刺し違える覚悟で守り抜く。
普通の親の神経はそういうものだろう。

いつから日本の親は狂ってしまったのだ?
一時の快楽の末、無責任に子供を作ったらアカンッ!
育てられへんのやったらエッチしたらアカンッ!
いや、もし作ってしまったとしても、この世に生れ落ちた瞬間から‘親’になっていかなアカンッ!

そしてさらに悲しいのは京都児童相談所の会見だ。
なんとかという所長の会見時の表情はどうみても「他人事」だ。シラケ切って‘責任を押し付けられて、えらい迷惑ですわぁ~’みたいな表情をしておった。おそらく「なんで俺の管轄内でやってくれるねん?!他でやってくれよなぁ・・・」といったタメ息さえ吐いていたのだろう。

表情と面構えは嘘つかんぞ。

有り難う御座居ます、感謝。悲しいニュースに触れるたび、我が子に向ける愛情が深くなっていく実感。
有り難う御座居ます、感謝。私を無限の愛情で育ててくれた亡きと72歳の
有り難う御座居ます、感謝。所長の仕事に対する無気力ぶりに反面教師を見い出せた事。(涙を流して土下座せんかぇッ!「私どもの状況把握が甘いばかりに、大切な小さな命を失わせてしまいました」と)

投稿者 : 浦上俊司| 06:22 | トラックバック

2006年10月24日

『北の国から』

浦上俊司

ほんまなら、あそこで球児が投げてるはずやった。
ほんまなら、あそこでアニキ金本が豪快にホームランを打ってるはずやった。
ほんまなら、勝利の瞬間に矢野がいつもの満面の笑みでマウンドに駆け寄るはずやった。

そんな我が阪神をブチのめしてセリーグ代表で戦ってくれている中日を応援するのが物事の道理かも知れんが、私は日ハムにテレビ前で大声援を送っている。
いや、声援だけでなく「あ~あ~♪ああああ♪あ~あ♪、あ~あ~♪ああああ♪あ~♪」と‘北の国から’を一緒に歌っている。

新庄が、たまらなくカッコ良すぎるからだ。
阪神にいた時以上に輝いているのにはジェラシーを感じるが、新庄が楽しげに白い歯を見せてプレーしている姿は私にとっては感動モノだ。
さらにしびれるコメントが、「どっちが勝ってもいいじゃん。ファンが感動する試合をすれば」である。

取り方によっては‘戦う男’のコメントとしては敢闘精神に欠けるかもしれない。
しかしプロスポーツは野球に限らず‘観られる事を前提に成り立つ’職業なのだから新庄の言う通りなのだ。

ほんまにパリーグを熱くしてくれた新庄に最後のプレゼント、‘日本一’を持って帰って欲しい。
だから今日の第三戦も私はテレビ前で叫ぶのだ。
「あ~あ~♪ああああ♪あ~あ♪、あ~あ~♪ああああ♪あ~♪」と。

有り難う御座居ます、感謝。巨人ファンしかいなかった北海道の野球ファンを熱くした日ハム。
有り難う御座居ます、感謝。第二戦のホームランは完全に‘野獣’だったセギノール。(解説の清原も「打つ前から吠えてましたね~」と言っていた)
有り難う御座居ます、感謝。新庄によって開花した森本。(もともとは足の速い守備要員だったと聞く)

投稿者 : 浦上俊司| 07:06 | トラックバック

2006年10月23日

『I’m OK』

浦上俊司

「ダイナミックアプネア」と呼ばれる潜水競技を観ていると、そら恐ろしくなる。
限界まで挑戦した挙句に水面に上がってきて失神する‘ブラックアウト’は、‘観てはいけないもの’を観ているような感覚になる。

その昔、私が温水プールで溺れて失神したトラウマが潜在意識のどこかに残っているのか、それとも、後にも先にも一回だけ体験した受講生の研修中の癲癇発作の衝撃が蘇るのか。

限界まで挑戦できると言う事は、私の想像だがマラソン中に起こる‘ランナーズハイ’に似た快感ホルモンが脳から出ているのではなかろうか。
酸欠状態に追い込まれた脳は、従来備わった防衛本能から危機回避のホルモンを大量に分泌するのだろう。
だから‘ブラックアウト’状態の本人は、実はメッチャ気持ちええのかも知れぬ。しかし観ている側としてはメッチャ気持ち悪いものだ。
頑張れ~~、潜水競技の選ばれしアスリートたち。

有り難う御座居ます、感謝。「I’m OK」のサインを見るたびに感謝深まる酸素の存在。(空気が普通に吸えるのは決して当たり前ではないのだ)
有り難う御座居ます、感謝。人間は魚を越えられないとの自覚を持てた事。(魚を食べる時には心からの合掌を手向けよう)
有り難う御座居ます、感謝。私も講演中に感じる古舘さんが言った‘トーキングハイ’。

投稿者 : 浦上俊司| 08:17 | トラックバック

2006年10月22日

『自転車』

浦上俊司

可愛い自転車を買ってやった。
娘のラッキーカラーの水色だ。(彼女は何故か昔からこの色を好む)

お兄ちゃんの‘お古’の自転車を長年乗ってくれた事に感謝の思いが湧いてくる。親孝行だ。有り難う。
末っ子は、どこの家庭でも‘お古’を引き継ぐのが親から課せられた使命だ。

私も末っ子だったので兄貴の‘お古’はたくさん継承したが、私は兄貴と極端に仲が良かったので(これはお互いオッサンになった今でも変わらない)、「兄ちゃんが使ってたものやったらボク余計に嬉しい」などと言って親を喜ばせた記憶が今も残っている。

私と兄貴の前世での繋がりはどんな関係だったのか分からないが、子供心に‘兄貴使用済みならばプレミアム付き’といった変な意識を抱いた子供だった私。
いつも、父と兄という二人の‘大人の男’を比較して観察していた私。
そんな温かい家族の中で私の幼少期の情操教育は完成されていった。

有り難う御座居ます、感謝。昭和40年代のある日、私に自転車の乗り方を教えてくれた亡き父
有り難う御座居ます、感謝。私が乗り方を教えなくても、気が付いたら自転車に乗っていた愛娘。
有り難う御座居ます、感謝。自転車という便利な乗り物を開発してくれた見知らぬ偉人。

投稿者 : 浦上俊司| 11:01 | トラックバック

2006年10月21日

教育のプロ

高橋宗照

ここのところ学校における「自殺」の問題が、大きくニュースで取り扱われている。

特に私が「それじゃ教師失格だろ!」と思ったのは福岡の件。
多くの週刊誌や連日いろいろなところで報道されているので、あえてその教師が
(言ったとされている数々の)言動には触れないが、それらの報道がほぼ的を得て
いるのであれば、

まさに

「教育のプロ」として失格であり、人様を教え導く資格はない!!

とあえて断言したい。

実際には心なき言動などで生徒を自殺に追いやったことがクローズアップされてはいるが、
その教師の言動は、生徒を教え導くどころか、生徒そのものの自信や誇りをズタズタにして
しまう、まさに「言葉の暴力=凶器」と化していたようだ。
しかし・・・この教師だけではなく、多くの学校では「このような言動に近いもの」は多く散見され
ていると思う。

(これは実際にあった話:私にも小中学生の娘が2人いますからね・・・)

・習字を教える教師が、生徒の書いた字を見て
「あなた字が下手ねぇ~」

・図画工作の教師が、生徒が一生懸命描いた絵を見て
「お前の絵は本当に下手くそだなぁ~」

こうして生徒たちは習字や絵を書くこと(描くこと)に自信をなくし、それ以来絶対にこれらのことに
対してチャンレンジするどころか、拒否さえしてしまう。

下手で当たり前だろ!!だから生徒なんだから!!
それに上手いとは「何をもって、どういう基準で」上手いと言っているのか??
しかし・・・これを親たちが抗議をすると、
「そんなことは言っていません」ときっぱり
はっきり言って子供という「人格」をバカにしている・・・どうせガキだから分からないし、誤魔化せる
だろうと・・・
(こういう姑息な人に限って、大人の前では妙に大人しい・・・)

こういう教師はかなり誤解していると思う。

確かに基本的には「頭を下げる必要のない商売」だし、常に周りからは「先生、先生」と呼ばれる
立場。確かに「自分が偉くなった、何をやってもOKだろ?」と錯覚してしまう余地は十分生まれる。
私も学生時代に塾の講師を経験したので、この怖さは知っている。
(それ以来、私は基本的に「先生」と呼ばれるのが好きではなくなった)

確かに人前に立って教えることや、様々な親からのプレッシャーなどがあることも理解はしている。

しかし・・・

もちろん多くの教師が、生徒の未来を考えながら真剣に授業や生徒指導しているのだろう。
(と信じたい)

今回のような、教師である前に「人として品性や心のない人間」が教壇に立って、まだまだ
社会経験が乏しく、基本的には大人の価値観を受け入れやすい生徒たちを教えている
教師はごくごく少数なのだろう。
(と思いたい)

誰からも教師としてのパフォーマンスという面などを評価されず、
(教師でもやるか)や(教師しかできない)程度のメンタリティーでその立場に胡坐(あぐら)をかき、
自己研鑽をおざなりにしているような教師や、「いじめ」などがあっても教師本人の「評価や査定」が
下がること(自己保身)だけに腐心し、(修学旅行で有名な「日光の三猿」ではないが)
「見ざる」「言わざる」「聞かざる」を決め込んでいる教師などはごくごく少数なのだろう。
(と思いたい)

子供であれ、大人であれ、人様の前に立つ者は常にその「責任感」と「絶対的なプロ意識」を
持たなければ、その役を担う資格はない!!
私は今回の報道に触れ、とても悲しい気分と怒りを感じている。



(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)

 

投稿者 : 高橋宗照| 21:05

『問題発言』

浦上俊司

さすがは私の大好きな古舘さんだ。
ここ数日来、頭に血が上って過激発言連発の中川政調会長のコメントに対して、昨日の報道ステーションでチクリとやってくれた。

金正日の核攻撃について、「あの国の指導者はご馳走を食べ過ぎて糖尿病だから考えるかもしれない」とバカにするようなニュアンスで堂々と正論ぶってイキがっていたが、古舘さんご指摘の通り‘核を持つ持たないの議論以前に、糖尿病の患者さんへの配慮のかけらもない’政治家だ。

一生懸命頑張っている人が大半を占めるのに、ごく一部の目立つ人のせいで十羽一絡げに悪印象を持たれてしまうのは、政治家も地方公務員も同じだ。(これ以上‘飲酒公務員’が出てくるなよ~。頑張っている公務員のためにも)

私のかつての仕事仲間で、40代で糖尿病に倒れ57歳の今も週に3回は人工透析をしている人がいる。
彼は仕事のデキル男だった。
全盛期は‘べ○ギーダイヤモンド’でトップを張っていたマルチビジネスの大物だ。
彼の人脈は国内に止まらず台湾にまで拡大し、傘下メンバーは数千人を越えるほどの勢いのあるグループを持っていた。

そんな彼が今は闘病人生だ。悔しくて堪らんだろう。
このように病に苦しむ人の心情を察すれば、先の中川発言は常識を疑う。
優しさの無い人間が国のリーダーになった時、日本はどんどん冷たい国になっていくように懸念する。

日本のリーダーたちよ、しっかりせいッ!

有り難う御座居ます、感謝。いつもシャープで頭脳明晰な古舘さんのコメント。
有り難う御座居ます、感謝。政治家の問題発言で口業を慎もうと気付けた事。(仏教では身業よりも意業よりも口業を最も戒める)
有り難う御座居ます、感謝。息子はしゃーないやっちゃけどお父さんは立派だった北海のヒグマ。

投稿者 : 浦上俊司| 08:34 | トラックバック

2006年10月20日

『夢が先か、時間が先か』

浦上俊司

ひょんなことから盗作騒動にまで発展してしまった松本零士vs槙原敬之

そもそも人間は多くの外的刺激を受けて人生を重ねて行く。
尊敬する人の言葉に触れて人生観を形成したり、感動的な映画や小説の主人公に自分を重ねて勇気をもらったりする。

きっとマッキーは、過去の人生のどこかで「銀河鉄道999」の一節に触れたのだろう。
そして記憶の底に張り付いていたものが作詞中に湧き上がってきた、というのが真実ではないかと私は想像する。
彼ほどの天才的な作詞をするアーティストが「盗作」をするほど、ひらめきの源泉が枯渇していたとは考えにくい。

ま、そんなことより今回の騒動でクローズアップされたこの一節。味わえば味わうほどに深い。さすがは松本零士だ。

私は幼い頃から小説は大好きだが漫画は大嫌いだった。
漫画を読んでいる姿がどう見ても「アホっぽく」見えるので、人前で漫画を読んでいる人のセンスが皆目理解できなかった。
しかしここまで深いフレーズに触れることができるのであれば、漫画も素晴らしい学びの媒体なのだと認識を改めた。

「時間は夢を裏切らない。夢も時間を裏切ってはならない。」
この短い一節に、成功哲学が集約されているといっても過言ではない。
短い言葉でも充分に人の心を打つのは、それはきっと松本氏自身の体験から迸る言霊であるからに違いない。

有り難う御座居ます、感謝。人生訓に満ち溢れた松本零士の世界。
有り難う御座居ます、感謝。私の講演や研修のエキスである「理論では人は感動しない。体験談こそが人の心を打つ。」が再認識できた松本氏の一節。
有り難う御座居ます、感謝。今後も感動的な詩を世に生み出すであろう槙原敬之。(クスリに頼らんでもアンタには凄い感性がある!)

投稿者 : 浦上俊司| 17:24 | トラックバック

2006年10月19日

『ルーツ探訪で得た不思議体験』

浦上俊司

出張が無くて姫路に居る時は、時間が許す限りお寺に足を運ぶ。私の卒園した幼稚園だ。

親鸞聖人像に合掌させて頂き、心ばかりの浄財をさせて頂いた後は、ご宝前に上がらせて頂いて、40年間全くお姿の変わらない阿弥陀如来様に三礼で感謝を捧げる。

今日まで何度も危うい瞬間があったにもかかわらず無事に生かされてきた事、私の宝である息子と娘をいつも‘大いなる何か’が、ガッチリと守護してくださっている事、健康を頂いて好きな仕事で世のお役に立てる事、・・・・阿弥陀如来様の御前に正座させて頂いて心での対話を重ねると、限りなく‘感謝の意味付け’が泉の如く湧いてくる。

入我我入で仏様との一体感を味わえる空間だ。

約5~6分の‘仏様との声なき対話’を終え、姫路駅に向かおうとしたところ、顕在意識とは反対の方向に潜在意識が私の足を動かした。

自然に任せて歩いてみると到着したのは、お寺のすぐ裏にある産婦人科だった。
看板は相当古くなっているものの、はっきりと読める「吉中助産院」の文字。
そう、私が生を受けた産婦人科病院である。

立ち止まって目を閉じた。

・・・数分経った。

・・・すると、私の意識がフッと昭和38年11月19日へと遡って行った。

妙~に、不思議な感覚だった。確かに道に立っているのだけれどフワフワしたクッションの上のようだった。

・・・気が付くとスーツ姿で立っている平成18年10月19日の私の姿を上空から「本当の私」が俯瞰で見下ろしていた。
そして道に面した助産院だけが昭和38年の白黒写真のようになっているのも見下ろせた。

・・・なんとこの後、その白黒写真のような助産院から赤ちゃんの産声が「オギャァ~オギャァ~」と元気良く聞こえてきたのだ。
私は驚きで、しばらく口をポカーンと開けてしまった。

その瞬間、しばらく上空にいた「本当の私」が平成18年の私めがけてグイッと入っていった。

あれは空耳だったのか、幻聴だったのか。あの赤ちゃんの産声は私のものだったのか、偶然いた実際の赤ちゃんのものだったのか。

分からない。

しかし錯覚であれ超常現象であれ、少なくともあの体験で私は「生を受けた感謝」を、親や、ご先祖様や、取り上げてくれた吉中先生へ向けて深められたのは真実なのだ。

究明しても正解は得られない「目に見えない世界」の真偽を問うよりも、そこから生じる「現実の心の安定」に目を向けよう。

有り難う御座居ます、感謝。必然の如く現出した不思議現象。
有り難う御座居ます、感謝。赤ちゃんの産声を聞いた時、両親のこぼれるような笑顔を思い出せた事。(眩しい光の中で両親は笑っていた)
有り難う御座居ます、感謝。至高体験を味わうために空いていたスケジュール。

投稿者 : 浦上俊司| 16:14 | トラックバック

2006年10月18日

『青春の玉手箱』

浦上俊司

開けてしまった。ついに開けてしまった。永い間封印していた青春の玉手箱を。
その箱の中は数え切れないほど沢山のキラキラ光る想い出のオンパレードだ。
多感な一時期を私と共有した者だけに覗く事が許される、世界でたった一つのジュエリーボックスなのだ。

14年ぶりに集まった。
私が幹事役を司り、方々に声をかけた。
最終的に集まったのは5人になったが、この5人がメチャメチャ濃いい。濃い過ぎる。まるで青春のとんこつスープだ。

もちろん待ち合わせ場所は青き聖地・京都である。
私は興奮して前日に夢を見るほどに楽しみで、嬉しくてドキドキでワクワクだった。翌日の昼1時が待ちきれない思いだった。

それは「合宿同窓会」だからなのだ。
普通に飲みに行って、はいサヨナラ~ではない。

まずはT・M先輩の愛車に乗り込んで想い出の聖地巡りから始まる。
私たちのバイト先であったファミレス。今はもう無いが、近隣の風景は充分に青春の香りを蘇らせる。

続いては、私が住んでいたアパート跡地。今は既に新興住宅街になっていた。

そしてH・M先輩が住んでいたハイツ。今もそのままで、先輩は大家さんと劇的な再会をされた。

ラストは我が母校へ。当時は学歴コンプレックスを持っていたが、こうやって正門から見ると懐かしいものだ。
私の頃は「京都では、恋人にするには同ヤン(同志社)で、用心棒には立っちゃん(立命館)で、結婚するなら京大生」と女子大生の中で言われていた‘バンカラ立っちゃん’が今では‘リッツ’とオシャレに言うそうな。

そんな‘聖地巡礼’で、もうお腹一杯になりかけたが、ここからはT・M先輩の奈良のご自宅に向かう。
途中で食材を買い込み、アルコールを買い込み、先輩宅に到着が夕方6時ごろだった。

みんなで自炊をして鍋を囲みながらの同窓会は学生時代を彷彿とさせるシーンそのもので、感激と感動と歓喜と回顧がブレンドされた感情の中、思い出話に花が咲く。

みんな何も変わっていない。あの時のままだ。目の前が一瞬セピアカラーに変換されるような錯覚を体験した。
学生時代はマヨネーズを舐めながらビールを飲むという貧乏な晩餐だったのが、豪華な鍋料理になっている点は大きな違いではあるが、雰囲気は当時の5人のままだ。

乾杯後、一杯目のビールを煽る時、H・M先輩の「おまえら、分かっとるやろな~」が懐かし過ぎる。そう、当然のごとく一気飲みだ。途中で残そうものならH・M先輩のメンチが飛んでくる。当時は大ジョッキを一気飲みで何杯も何杯も空けた。店の人に生ビールの泡を取って正味すり切れ一杯入れてもらった大ジョッキをだ。

白髪が混じったり、腹が出てきたり、生え際が後退したり、私のように前髪が極端に無くなっていたりといった肉体的変化は多々あるが、精神的には同じラインに一瞬で立てる。

私の青春の象徴であるH・M先輩とT.M先輩が話をしている光景が嬉しくてたまらんかった。
この二人に育てられた私は、この二人が14年ぶりに私の目の前で話をしているシーンが涙で滲んで見えた。

有り難う御座居ます、感謝。大好きなH・M先輩とT.M先輩。(損得勘定抜きで付き合える人脈は財産そのものだ)
有り難う御座居ます、感謝。翌朝転がっていた20缶ほどのロング缶とウイスキーの空ボトル。
有り難う御座居ます、感謝。今後は年に一回は継続していくぞとの幹事魂が芽生えた事。

投稿者 : 浦上俊司| 09:07 | トラックバック

2006年10月17日

償い

高橋宗照

朝、事務所に来て調べ物があったのでネットサーフィンをしていました。

すると・・・このような歌を見つけました。
それは、さだまさしさんの「償い」という歌でした。
http://www.geocities.jp/flash20050412/flash_tugunai.htm
(黒い画面の「P」を押すと音が流れる仕組みになっているようです)

私はこの歌を聴いて、朝から目頭が熱くなってしまいました。
自分が行ったできる限りの「償い」と
その少年を最後には許した「被害者の奥さん」の気持ちに・・・

実際の事件で裁判長がこの歌を採り上げ、被告の少年たちを諭したことがニュースにも
なったことがあるそうです(2002年2月)
http://www.geocities.jp/torabane/tv29.htm

人を殺しても平気でいられる者、罪を犯した償いよりも己の罪を糊塗することや少しでも
罪を軽くするために奔走する者・・・

少年法で「未成年」というだけで、社会からは温情のある更生措置があるにもかかわらず
それを逆手にとって、「未成年だから許される」などという歪んだ感覚しか持てない者。
たぶんこの歌を聴いても、この底流に流れる「心の在り様」なぞ分からないのかも知れない。

酒を飲んで運転し、人を殺め、己の罪が少しでも軽くなるために酒気が抜けるまで出頭しない者。
いけないことだと分かっていても、ついつい(という言葉で自らを納得させ)飲んで車を運転して
しまう者。自らが加害者になる可能性なぞまったく思ってもいない。

そして、これらの者達の犯行を諌めるために、ますます厳罰化が進む法律。
確かに法の厳罰化が進むのは(社会や環境の変化として)仕方ないのかもしれないが、
厳罰化されないと犯罪がなくならない社会にますますなっていくのだろう。
法治国家だから、「償い」とは社会的制裁、つまり刑に服することもしくは罰則を受けることが「償い」
にはなっているが、それだけすれば「償い」としてはいいのだろうか?

私も10年くらい前に遠縁の親戚を交通事故で亡くし、その後の加害者の心のない対応を聞いて
なんともやりきれないものがあったのを思い出した。
(保険金を払っているからそれでいいだろ?という姿勢)

私も仕事や休みには車やバイクに乗る。
いつか自分も加害者になってしまうかもしれない・・・
それをあらためて考えさせられ、そして本当の意味での人への「償い」とは何なのか?
本当にその場に遭遇した時、自分はいったい何ができるのか?
深く考えさせられました・・・

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)















投稿者 : 高橋宗照| 08:56 | トラックバック

『川相昌弘』

浦上俊司

引退セレモニーを二回やった男が正真正銘の引退をした。
犠打世界一男、中日の川相だ。

私は30歳を越えた頃からいつも言われていた。「浦上さん、メガネ外したら巨人(当時はジャイアンツ所属)の川相そっくり~」と。
全く嬉しくなかったが、以来なんとなく川相が気になった。

堀内が監督にならなかったらすんなりと一回目の引退で、今頃は原さんの元で巨人の名コーチだったろう。
しかし人生には何が起こるか分からんものだ。落合さんに‘必要な戦力’と見い出され中日で最後の舞台を終えた。

私にはバントの奥深い技術を論じるスキルは無いが、少なくとも今シーズンは中日の犠打の上手さに我が阪神は苦しめられた。そこにはバント職人・川相から各打者への技術の伝承があったのだろう、山本昌のバントは絶妙だった。

有り難う御座居ます、感謝。地味な仕事だが世界一の記録保持者・川相昌弘。(533は驚異的な数字だそうな)
有り難う御座居ます、感謝。犠打から学ぶ縁の下の力持ちの大切さ。(ビジネスにおいても同じだ。スタッフ部門の方への感謝は忘れてはいかん)
有り難う御座居ます、感謝。新旧交代が見られ、人生と重ね合わせて学べるストーブリーグの始まり。(おっと、まだ日本シリーズがあったか・・・。日ハムの4勝1敗じゃ~~~。そしてヒルマンの「シンジラレナ~イ」をもう一回聞こう!)

投稿者 : 浦上俊司| 08:13 | トラックバック

2006年10月15日

三上(さんじょう)

高橋宗照

この三上(さんじょう)という言葉があります。

馬上(ばじょう)
枕上(ちんじょう)
厠上(しじょう)

のことを指します。

簡単に言ってしまえば、この三つの上では、何か物事を考える上で
いい案が浮かびやすい・・・ということなのだそうです。

枕上について・・・
まぁ確かに寝る前にふと「あ、明日これをやっておこう!!これならいける!」などと
思いつくことがしばしばあります。
(ただし、そう思ってそのままにすると私の場合はダメなんです。一回布団に入っても
かならず起きて、思いついたことをメモ書きしておこないと忘れちゃうんですね・・・)

厠上について・・・
(ただし最近は太ってきたこともあって、和式はつらい・・・ちなみにウォシュレットなしも
かなり辛い・・・アメリカではまったくウォシュレットは普及していないので、あれには
参った!!これをアメリカでどうして輸出&販売しないのだろう??とトイレの中で
真剣に思いました。それなりの理由があるはずなので、そこは妙に興味あるところです)

そして馬上についてです。
現代で言えば、車や電車なども入るのかもしれませんが、私の場合はバイクですね。
しかし・・・バイクに乗っている時は、まったくと言っていいほど思いつきや案などは
浮かんできません。
ただただ気持ちよく走るだけ・・・
なんですね。
(よく晴れて気持ちのいい朝などに走っていると、(瞬間的ではありますが)
「お~気持ちいい~!!サイコー!!」などと大きい声を出しながら
走ることもあります(どうせ誰にも聞こえませんから・・・)。

しかし・・・最近はこういうことが、明日からの考えや研修、コンサルティングにも活かされて
いるんだろうなぁ~と感じています。
私にとって、こういう時間とこういう空間は必要なんですね。

自分はどうやったら気持ちよくなれるのか?(どうやったら自分が喜ぶのか?)

自分が素になれる場所はどこか?

自分が冷静に物事を考えられる時間や空間は、普段の日常生活ではどこに
あって何をしたらそういうものが得られるのか?

を自分勝手基準でいいので決めておく、もしくは探せる術(すべ)を知っていることは
とても大切なことなんだよね・・・と思うのであります。

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)


今日も朝から気持ちよかったです!

こんな日曜日は喜んで朝から愛馬と散歩してしまいます(笑)

(埼玉県の飯能の高麗川あたりまで散歩しました。朝は空気が澄んでいて気持ちいいですね~)
PICT0005hannou.JPG
(乗っているのも楽しいですが、まったりこういう風景の中で愛馬を眺めているのもまたオツなもんです)

投稿者 : 高橋宗照| 23:36 | トラックバック

『お好み焼き屋のマスター』

浦上俊司

大学時代、大変お世話になったお好み焼き屋のマスターが京都に居る。
今や単なるマスターではない。京都発信で関東にも進出する巨大チェーン店のオーナー社長だ。

私がアルバイトをさせて頂いていた頃は、長岡天神と川端二条に2店舗あるだけの普通のお好み焼き屋さんだった。(もちろん味には究極の拘りがあったが)
あれから20年・・・、凄い会社に急成長した。

マスターの経営手腕も素晴らしかったが、奥様の内助の功が急成長の影にあるように感じる。
店のカウンターに一人でちょこんと座り、鉄板前で鮮やかなテコ捌きでお好み焼きをクルクル回転させるマスターの働く姿をジッと見つめていた熱い眼差しの彼女。
後にマスターの奥様となった。

4年ほど前に京都で再会した時に感じた先の感情。
きっとこのご夫婦は、二人三脚で協力し合って、支え合って、励まし合って今の成功をつかまれたのだなぁ、と感心したものだ。

このマスターからは沢山の人生訓を頂いた。
21歳の私にとって36歳のマスターの口から出てくる‘生き方指南’は、乾いたスポンジに水が浸み込むように吸収していった。

当時、青二才の学生だった私が、「マスターは自分の店で自由ですから、いつ休んでもええんちゃいますのん?」との甘ちゃん質問に、「いや、商売とはそういうもんちゃうねん。きちんと営業日と営業時間は毎日開けている、その積み重ねが客の信頼を呼ぶねん。自分の都合で休んだり開けたりしてると、だんだんと客離れが始まってくるねん。」と教えてくれた。

当時は「へぇ~、そんなもんでっか~」と思っただけだが、今になって深意が分かる。
日々の積み重ねこそが後に大きく開花するものだ。私がブログ更新を毎日マメにさせて頂けるのも、マスターのこの言葉が潜在意識に入っているお陰かも知れぬ。

私が大学4年生の就職活動中、このマスターが、「浦上君、卒業したらこの店やってみ~ひんかぁ~?」と言って下さった懐かしい過去がふと蘇った。

有り難う御座居ます、感謝。私に人生の選択肢を提供して下さったマスター。(もしマスターと一緒にやっていたら私は今頃‘熱血研修講師’ではなく‘熱血鉄板経営者’になっていたかも知れぬ)
有り難う御座居ます、感謝。小さな日々の積み重ねが人生成功の秘訣と教えてくれた大好きなマスター。
有り難う御座居ます、感謝。私が研修で言う成功のコツ、「焦らず、休まず、継続」が間違っていないとの再認識。

投稿者 : 浦上俊司| 16:48 | トラックバック

2006年10月13日

『信楽峻麿』

浦上俊司

常に講演を聴きに行って自らのスキルを高めたい。芸の道に限界は無い。学べるものや盗めるものがあると判断すれば私は貪欲だ。
そんな事を日頃から考えていると、自然と必要な情報が必要なタイミングで入ってくる。まさに感謝道の功徳である。

「親鸞聖人の眼から見た部落差別問題」
講師は龍谷大学元学長の信楽峻麿氏。
龍谷大学は高三の時に受験で行った縁のある大学だ。(合格したが、行きたい大学があったので辞退して浪人した)
もっと縁を感じたのは講演会場が私が通った幼稚園のあるお寺だ。もちろん積極的に一番前に座って開演時間を待った。

続々と来場される聴衆は、黒の法衣に身を包んだプロの僧侶が大半を占める。そんな中、スーツ姿の私はちょっと浮いた存在だ。(でも髪型だけは僧侶並だ)

主催者挨拶の後、講演台の後ろに鎮座まします阿弥陀如来様に向かって、「ご本尊に合掌して下さい」とのMCコメントがあった。
プロの僧侶たちは馴染んだ数珠をしなやかに擦り合わせ「南無阿弥陀仏(ナンマイダ~ブ~、ナンマイダ~ブ~、ナンマイダ~ブ~)」と唱える。
その大合唱の中、私一人だけ心の中で「有り難う御座居ます、感謝。有り難う御座居ます、感謝。有り難う御座居ます、感謝。」と唱える。

講演の内容は素晴らしかったし、信楽氏の大正15年生まれ(私の亡き父と同い年)とは思えないお元気さに心打たれ、貴重な時間を過ごさせて頂いた。

私の家は禅宗の黄檗宗だが、幼稚園時代の浄土真宗大谷派のDNAも私の内側には脈々と流れているはずだ。(もちろんお祖父ちゃんのモラロジーも)だから信楽氏の分かり易く親しみやすい仏教解説は、何の抵抗も無く私の聴覚を刺激した。

そして私が一番感動したのは親鸞聖人を少しでも感じたい!と熱心に聞き入るプロ僧侶の真摯な姿勢だ。
当時の親鸞は何を感じ、どう行動し、何を後世に残そうとしたのか、それを直に感じたいとの熱気が会場の後ろから伝わってきた。

どんな職業でも、自分の仕事を極めるために取り組む姿勢は光り輝いているものだ。

有り難う御座居ます、感謝。‘ナンマイダ~ブ~’の中で感謝道を貫いた自分の信念。(親鸞在世の頃は‘有り難う御座居ます’という言葉は無かったはずだ。もしあれば・・・唱道のあり方が変わっていたかも)
有り難う御座居ます、感謝。元気なお姿に御仏様からのご加護をしっかり頂かれていると察する81歳の信楽峻麿氏。
有り難う御座居ます、感謝。仏教理論よりも簡単で誰でも実践できる感謝道こそが、最高の道徳であり哲学であり宗教であり生き方であるとの強い再認識。

投稿者 : 浦上俊司| 19:30 | トラックバック

2006年10月12日

『小久江次郎』

浦上俊司

先に記した披露宴三連発のラストはレストランウェディングだった。
新郎新婦プロフィール紹介から主賓挨拶、ケーキ入刀、乾杯と進めばいよいよ祝宴だ。
祝宴が始まるとシェフの料理説明が一つの演出になる。

高くそびえるコック帽をかぶった辣腕シェフが丹精込めて作った料理を紹介する、これだけでお客様は充分な満足感を得て頂けるはずだが、そこへ持ってきてエグゼクティブシェフが小久江次郎であればなおさらだ。

登場と同時に客席からざわめきが起こり、私が「皆さん、シェフのお顔を見てお分かりの方もいらっしゃるでしょう、‘料理の鉄人’にはフレンチ代表で出場、最近ではハウス食品の黒胡椒ギャバのCMで御馴染みの・・・」と伝えると会場から「あ~~~ッ!」と歓声が上がった。

フレンチ一筋に人生を掛けてきた小久江シェフからは、職人特有の拘りと頑固一徹のオーラが噴出していた。

気品を感じさせる身のこなし、決して信念を曲げぬような鋭い眼光、職人でありながらもお客様には最高のサービスマインドを提供するホスピタリティ、どれをとっても正真正銘のホンモノのみが発散する匂いが彼の全身を包んでいた。

以前にご縁があったソムリエの青年と同様に、小久江シェフもコックコートとコック帽を取って自宅で寛げば‘普通のオッチャン’なのだろうが、仕事着に身を包めばまさしく「フレンチの鉄人」の称号に相応しい紳士だった。

私も仕事着であるスーツを着れば、あのようなオーラが出ているのだろうか?いやいやまだまだである。

有り難う御座居ます、感謝。‘威風堂々’の形容がピッタリのフレンチの鉄人。
有り難う御座居ます、感謝。鉄人に「あなたの司会は絶妙の‘間’がありますね。素晴らしい」と褒めて頂けたこと。(業界は違えどもプロに褒められると嬉しいものだ)
有り難う御座居ます、感謝。小久江シェフ渾身のグルメを思い出しながら、仕事後喰った三宮のラーメン。(イメージを思いっきりしたがやっぱりラーメンの味しかせ~へんかった・・・)

投稿者 : 浦上俊司| 08:27 | トラックバック

2006年10月11日

「ごめんなさい」と言えるか?

高橋宗照

今週の月曜日に、頼んでいたバイク用のサドルバックができました・・・と連絡が入り
早速そのお店に行ってきました。
(なかなか人気があるようで、頼んでからまる1ヶ月かかった)
最初からこれくらいの時間がかかることは聞いていたので、何とも思わず愛馬と共に
そのお店に行った。(渋谷にある某店)

200610101254000BT.jpg

そこで決して安くないお金を握り締めて、
「すいません、高橋と言いますが、サドルバックができたとお聞きして来ました。
取り付けお願いします」と言うと・・・
(↓これ頼んだサドルバック。今までのより大きくて今のバイクともかなりマッチする) 

213342849_249s.jpg

「え?当店では取り付けはしませんよ」とお店の人。

「え~?でも・・・以前発注した時、付けてくれると言われましたが・・・」と私。

とまぁ多少の話し合いになり、結局ここのお店のご好意で付けていただくことになりました。
(当初取り付けOKと言ってくれたお兄ちゃんとは違う方がやってくれた。ちなみにその当時OKと言った
お兄ちゃんはそばで怪訝な顔をしている)

しかし・・・怪訝な顔までされてこっちもおもしろくない!
(決して安くないものだし、ここまで期待して待っていたのに・・・お前がそう言ったんだろ!でも本人を
目の前にそうとも言えず、もやもやした感じがしてしまいました)

というわけで、こちらもブラブラタバコを吸いながら取り付け終了まで待ってました。
そして代金清算の時に、当時OK出ししたお兄ちゃんが

「そういえば、その時僕はそう言ったかもしれません・・・嫌な思いをさせてすいませんでした」

(えらいなぁ~ちゃんと自分の非を認めて謝れる!最初から感じのいい子だとは思ったがさすが!!)
と妙に感心をしたので、
「いや~私の方こそ、おうかがいする前に事前に確認すればよかったんですよ!」
とこちらも素直に言える。その後そのお兄ちゃんから革製品のことをいろいろ教えてもらった。
自分が扱う商品にプライドを持って、きちんと話せるんだなぁ)

そして取り付けも終わり、愛馬も一層重厚感が増した!

200610101345000saddle.jpg

 自分が悪いと思わなければ、あえて謝る必要はないのかもしれないが、
「あ、これって俺が悪いんだよね」
と感じても、なかなか素直に謝ることは勇気がいること。しかし私はここで素直に謝れる人に会うと
「この人はすごいなぁ~」と感じます。
私よりも全然年齢も若いのに、あらためてその彼からこのことを学びました。

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)



【追記】
月曜日、天気が良かったので仲間と西湘バイパス→箱根ルートでツーリングしてきました。
天気もよく、空気も住んでいて最高でした!

(↓西湘PAから撮影。ここからの眺めはかなり気に入ってます)

200610090946000seisyo1.jpg

(↓箱根・大観山あたりで。まわりはバイカーだらけ・・・手前が私の愛馬)


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投稿者 : 高橋宗照| 08:54 | トラックバック

『渡辺久江』

浦上俊司

絶対に私が負けると確信する女性が神取忍と渡辺久江だ。相手が女性でも殴り合ったら絶対負ける。恐っ!
渡辺久江、25歳、高校時代にギャルをやってた東京の女の子。と聞けば、渋谷あたりで我々オッサンの財布目当てに援助交際でもやってそうな印象を持つ。

しかし彼女は正真正銘‘筋金入り’のジョシカク(女子格闘技)の第一人者だ。
その渡辺の前に立ちはだかるのが‘寝技の女王’(変な意味ではないぞよ)しなしさとこ、29歳だ。

格闘家とはいえ両者ともすこぶる美人だ。
ましてや体脂肪を極限まで削ぎ落とし、絞り込まれた肉体は私の好みの‘極細・貧乳・小顔・小ケツ’である。
PRIDEやKー1を観る目’で観戦したいのだが、ついつい‘そっちの目’で観てしまう。
ごめんなさい、渡辺。ごめんなさい、しなし。

神取の試合だけは冷静な目で観れるぞよ。

有り難う御座居ます、感謝。渡辺に腕ひしぎ逆十字を掛けて欲しいと思ってしまった自分の正直でエッチな心。(腕の付け根辺りにコンセントレーションすると脳からドーパミンが出て痛みにも耐えられるかも知れんぞ。私はタップしない!ネバーギブアップじゃぁぁぁ~)
有り難う御座居ます、感謝。しなしのカリフラワー耳に見たプロ格闘家の覚悟。(ピアスやオシャレもしたい年頃だろうに人生を格闘技に掛ける彼女は凄い)
有り難う御座居ます、感謝。昔に比べジョシカクはモデル並みの美人が揃う現実。(一昔前はジョシカクと言えば長与千種あたりでも相当可愛いと言われていたが・・・)

投稿者 : 浦上俊司| 08:17 | トラックバック

2006年10月10日

『HERO’S 2006~トーナメント決勝戦』

浦上俊司

秋山がついにやりよった。
清原も諸手をあげて大喜びしているだろう。
準決勝のフィニッシュシーンで、秋山が見せた究極の技を見た時に優勝すると私は確信した。

目線だ。

対戦相手にローと見せかけるように目線を下げて、フェイントをかけたところでハイだ。
これにまんまとハマったスミルノヴァスは一気に崩れていった。
ほんまに秋山は柔道家なのか?!打撃が上手過ぎるッ!

その他の試合内容も全てが壮絶だった。ミドルもライトヘビーも選手層の厚さを感じさせたHERO’Sだった。

その中でも前日に発した前田のコメントが最高だった。

「リングの上では人間の生き方が出る。全人格、全人生が出る。人間力がないと勝ち残れない。たとえ負けても、人間力があるヤツは必ず這い上がってくる」
芸能人の‘もやし身体’で真剣勝負のリングに上がってくる勘違い男、金子に向けた言葉だ。

高田のコメントに何回も何回も心を鷲づかみにされメロメロになってきたが、前田のコメントも魂からの叫びを感じる。

有り難う御座居ます、感謝。リングスで闘っていた頃、偶然にも新幹線の隣の席になって握手とサインをくれた前田日明。
有り難う御座居ます、感謝。リアルファイトをナメくさった男を完膚なきまでに叩きのめした所英男。(秒殺の極意を見せてくれたぞ)
有り難う御座居ます、感謝。秋山の安定した強さ。(近いうちに吉田戦を実現してくれ~。そして勝って‘柔道サイコ~~ッ!!’と雄叫びを上げようぞ)

投稿者 : 浦上俊司| 09:27 | トラックバック

2006年10月09日

『仕事の成果を決定する心の位置』

浦上俊司

土日でも講演研修が入ることがあるのでほとんどやらないが、日程が空いていればお受けする結婚披露宴のMC

講演や研修とはギャラが一桁違うのでMCでは喰っていけないが、アルバイトとしてなら高額バイトということになろうか。この3連休は丸空きだったので披露宴を3本受けた。遊んでいるよりもいい。
もっとも、遊ぼうにも子供たちは友達の所に泊まりに行って家におらん。
もう既に‘親より友達優先’だ。淋しい隙間風が金木犀の香りのする秋風に乗って私の心を通過する。

この3日間で気付きと学びを得たことがある。

披露宴を進行している自分の姿を俯瞰してみた。
すると、妙~に肩の力を抜いて、楽~にやっていた。
そして心は常に‘列席者が喜ばれる事は何か、そのために自分が出来る事は何か’だけを考えていた。
お披楽喜後には新郎新婦をはじめ、ご両家の方々に大変喜んで頂いた。

ここに私は新たな気付きと学びを得たのだ。
つまり‘心の位置を自分側に置いた時には成果は出ず、心の位置をお客様側に置いた時に願わずとも成果は付いてくる’という真理だ。

20代の頃の私のMCはイチビリだった。なんせええかっこしたかった。
本質的には‘3の線’のキャラであるにもかかわらず‘2の線’を行きたがっていた。
キラキラ光るタキシードにピカピカ光沢のパンプスを履いてスカーフを首に巻き、新郎新婦と共に色直しをするというイチビリぶりだ。

当時の心の位置は‘とにかく自分がかっこよく見えるように喋ろう。MCはキザでダテ男で洗練されていて指先の動きなどに気品を感じさせる紳士であるべきだ。’などと自分側にだけ置いていた。

40代のこの3本のMCは自然体に徹しきった。
もちろん‘2の線’では決して無いし、講演や研修でやる‘3の線’でもない。‘普通の中年のオッサン’路線だ。
衣装はもちろん黒のダークスーツだ。シンプルイズベストだ。その昔、浜さん(アニマル浜口)が「人間は水の中から生まれ、ミルクの味を覚え、ジュースが美味しいと感じ、酒が美味いと夢中になり、最後には水が一番美味しいと感じるようになる。つまり‘無味こそが最高の味’で、極めればシンプルなものに惹かれていくのが人間の本質だ。」と言った通りだ。

この3日間の心の位置は‘とにかくお客様に喜んでもらおう。’であって、お客様側にだけ置いていた。

結果は上記の通りだ。

そう思うと今、講演や研修は多少なりとも力が入りすぎているのかも知れない。
まだまだ「ええ事喋ったろう」的意識が払拭し切れていない事に気付く。
決して自分側に心の位置を置いているつもりではないが、この3日間のMCほどの‘力み無き自然体’かというとそうではない。仕事への気合いが余計な力になっている。

MCでは自然体になるまで20年かかった。
本当に聴衆の心を打つ名講演家になるには後20年必要なのかも知れぬ。
その時私は62歳だ。バリバリの全盛期だなぁ!!

有り難う御座居ます、感謝。極みに向けて後20年間精進しようと燃えるモチベーション。
有り難う御座居ます、感謝。気付きと学びをくれた3日間の披露宴。
有り難う御座居ます、感謝。天啓を頂くためにズッポリ空いた3日間のスケジュール。(さぁ、明日から精力的に講演するゾ~~ッ!)

投稿者 : 浦上俊司| 18:32 | トラックバック

2006年10月08日

『愛しき女性(ひと)よ』

浦上俊司

8年ぶりだった。
全然変わってへんやん、子供産んでも。

昔々、MCで喰っていた頃、ラジオのメインパーソナリティを務めていた彼女が、自分の番組に週一の割で私をゲストに呼んでくれていた。
当時のオンエアのテープを聞くと、完全に‘飲み屋での雑談’だったが、リスナーも楽しんでくれていたと想像する。

私との会話のテンポが合うし、機転が利くし、話題はウィットに富んでいるし、なんと言っても水野真紀似の美貌だし、結婚している彼女に対し恋に落ちそうになる衝動を抑えるのに必死だった私。

ひょんなことから再会した。

彼女はその後、母となり強く逞しくなっていたが雰囲気は昔のままで、やっぱり「オモロすぎる水野真紀」だった。美貌を引っさげてギャグを連発する彼女は、間違いなく関西芸人の器を持つ。

彼女が今後、二児の母としてどんな人生を送るのか楽しみだ。心からエールを送りたい。

有り難う御座居ます、感謝。いつまでも変わらない関西のミズマキ。
有り難う御座居ます、感謝。再会のドラマに束の間酔いしれた神戸のホテル。
有り難う御座居ます、感謝。人間の脳に備わった‘懐かしき想い出’を味わえる機能。

投稿者 : 浦上俊司| 08:14 | トラックバック

2006年10月07日

『恐いもんやの~、インターネットは・・。』

浦上俊司

元気そうに写っとんがな、姫月ちゃんの運動会での綱引き興毅

インターネットの恐さゆえ、ユーチューブで流れてしまった運動会衝撃の映像。
史郎さんと一緒に腰を入れて気合一発、綱を引く勇姿はどう考えても一ヶ月の重症で世界戦延期をした姿ではないわな。
画面からお得意の「っしゃぁぁぁぁ~~~~ッおらぁぁぁぁ~~~ッ!!」まで聞こえてきそうだった。ほんで綱引きに勝ったら「どんなもんじゃぇぇぇ~~~~ッ!!」ってか?!

そもそもヘッドギアをつけてのスパーリングで8針も縫うもんかえ?
擦るようにパンチをヒットさせれば切れるだろうが、ヘッドギア越しでは不可能に思うがの~。
しかも診断書には医者の名前も署名も無い。

ま、百歩譲ってほんまに怪我したとするならば、大事な世界戦の直前にそこまで激しいスパーをやるのはプロのトレーニング法としては間違っていると言わざるを得ない。

デビューした頃は無限の可能性を期待させてくれた亀田一家。私はずっと応援してきたが、やはり心に巣食う違和感(言葉遣いや礼節知らず)が8月2日以降大きく膨らんできている。

有り難う御座居ます、感謝。それでも観てしまうだろう12月20日亀田のけんか祭り。(エキビジションマッチで‘史郎さんVSガッツ石松’をやってくれんかの~。レフリーはもちろん、やくみつる。)
有り難う御座居ます、感謝。どんな形であれ息子に対する父としての深い愛情を感じる史郎さん。
有り難う御座居ます、感謝。ますます行方が気になる三兄弟の母。(あれだけの運動神経を備えた子供を作った彼女のDNAは凄い)

投稿者 : 浦上俊司| 07:12 | トラックバック

2006年10月06日

言葉だけで元気になれることもある

高橋宗照

前回書いたブログの続きです。

そのセミナーはモチベーションアップがお題目であったことはお話しました。
実はこのセミナーであらためて
「なるほどなぁ・・・」と感じさせられたことがありました。
それはまさにそのセミナーが残り10分というところで、今まで使っていたテキストを
閉まっていただき、パワーポイントを使って「元気が出る言葉」をご紹介いた時のこと
でした。

どの研修やセミナーでもそうなのですが、私は自分自身が実感できたことや経験した
ことをお伝えすることを是としています。
そのパワーポイントで説明させていただいたことも、まさにその言葉によって
自分が救われたり、元気が出たりした言葉を少し集めたものでした。

内容はこんな感じです。

●「NBAのマジック・ジョンソンから黒人の子供たちへ贈る言葉」●

「お前には無理だよ」と言う人の意見は聞いてはいけない。

もし自分で何かを成し遂げたかったら、できなかった時に他人のせいにしないで
自分のせいにしなさい。

多くの人が僕にも「お前には無理だよ」と言った。
彼等は成功して欲しくないんだ。
何故なら、彼等は成功できなかったから。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢を諦めて欲しいんだ。

だから決して諦めては駄目なんだ。

自分の周りをエネルギーで溢れ、しっかりした考えを持っている人で固めなさい。

自分の周りを野心で溢れ、プラス思考の人で固めなさい。
近くに誰か憧れる人がいたら、その人にアドバイスを求めなさい。
君の人生を考える事ができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それに向かって行くんだ。

 

 

 君は幸せになるために生まれてきたんだから・・・

これは私が独立しようと思った時にいろいろなことを周囲から言われた時
これを読んで「よし!やろ!!」と元気になった言葉でした。
確かにこの言葉通りで、独立したことない方ほど「無理だよ」といい、
独立して活躍し、ポジティブな人ほど「あ~いいねぇ!どんどんやればいいよ!」と
励ましていただいたのを覚えています。


●アイルランドのことわざより●

泣くな!復讐しろ!
そして復讐とは、「誰よりも一番自分が幸せになること」だ。

私がある会社を辞めた時、その時の上司から痛烈にこう言われました。
「この会社を辞めて成功したヤツがいるか?」と。
その時自分は激しく怒り(心の中で・・・)、そしてその上司との折り合いが
悪くて辞めるのに・・・いつかコイツに・・・なんて考えが過ぎりました。
しかし、そのうちあまりにもそういう考えはネガティブだよな、でもこの心のやり場を
どこに持っていったらいいの?という時に偶然に触れた本の中に書いてあったんです。
その時から「絶対俺は幸せになってやるぅ~!!」と思ったのです。


●シアトルでイチロー選手を見た時に思い出した言葉●

「人生は思いのままにならない」という人もいるが、
人は「自分の思いの範囲内」で
自分の人生を決定しているものだ。

これはもともと私の尊敬する師匠・小林先生から教わった言葉なのですが、
先日シアトルにて野球を観ているときに、イチロー選手を観てふと思い出した
のです。
「無理と思えばそこで終わり」「俺はこうなりたい!」など思いの範囲内でちゃんと
自分の人生が決まっているよな・・・と。
それは私も(スケールはあまりにも違いますが)イチロー選手も・・・。
だからちゃんと今こうしてこんなところにも来れるんじゃないか・・・と。

まぁこんな話をして、最後にこのパワーポイントの資料が欲しい方は
コピーして差し上げますとお伝えしました。
すると・・・出席者のほぼ全員の方がさっと手をあげたんですね。これには
とっても感動してしまいました。
私の思いもあるかもしれませんが、やはりこういう言葉が皆さんの心のどこかの
琴線に触れたんでしょうね・・・

 

 

言葉一つでも元気になれる。
だから私たちは「言葉」を大事にしないといけない商売なんですね。
あらためて皆さんから教えられました・・・

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)

PS

今私のマイブームでもあり、明日へのモチベーションアップになっているのはバイク。
あ~40にして始めて知るこの快感!
たまらんです!!

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これは先日合計10台以上のハーレーが集結してツーリングした時の1ショット。
気分ノリノリでございます!!

投稿者 : 高橋宗照| 21:37 | トラックバック

『造幣局』

浦上俊司

私の大好きだった伯父が生前は造幣局に勤務していた。
小さい頃、「‘桜の通り抜け’を見に大阪のおっちゃんのとこ行こ。」が春の慣例で、よく両親に天満橋の職員庁舎に連れて行ってもらったものだ。

その伯父が天国から道を付けてくれたのか、造幣局の研修担当の方が私のブログを見て下さりオファーを頂いた。有り難い事だ。

研修当日を迎えた。
初めての経験だった、あんなに温かい受講生の雰囲気は。
素直な姿勢、友好的な眼差しと頷き、積極的な発言、理解度の深さ、グループワークの手際良さ、挨拶の元気良さ、何から何までが素晴らしい受講生レベルだった。

この商売を長くやっていると、時には辛い研修も過去にはあった。
しかし今回は心底‘講師冥利’に尽きる研修だった。やはり研修の主役は受講生だ。私は彼らの意欲の高さに引っ張っていかれてファシリテーション能力を大きく発揮する事ができた。そしてお互いに心地良い一日を終えた。

講演は一人舞台だが、研修は協同作業だと改めて認識した。学びの一日に感謝だ。

有り難う御座居ます、感謝。硬い業種であるクライアントの温かい受講生。
有り難う御座居ます、感謝。昼休憩中に案内頂いた造幣博物館に眠る天正菱大判。(秀吉が作ったこの大判はマニアには垂涎ものの一品、時価○億円だそうな。ギャラいらんからこの大判、く、く、く、くれ~~~)
有り難う御座居ます、感謝。職員庁舎を見て、お世話になった伯父を思い出せた事。(よく泊めてもらったなぁ)

投稿者 : 浦上俊司| 16:11 | トラックバック

2006年10月05日

『ええキャラしとんがなぁ~』

浦上俊司

クレイジー・キム。彼の風貌を見るとボクサーにしておくのはもったいない。
東洋太平洋・日本スーパーウエルター級チャンピョンの彼は、金山俊治からクレイジー・キムにリングネームを変えてから弾けてしまったのだろうか、強いッ!激しいッ!危険すぎるッ!

名は体を表すというが、マジでヤバイほどの‘クレージー’ぶりだ。
ボクシングの技術とパワーも一級品だが、私はクレイジー・キムのが好きだ。

試合中の獲物を狙うかのような眼光の鋭さも素晴らしく魅力的だが、インタビューに応える時に時たま見せる笑顔が凄まじく不気味すぎる。恐い、恐い、キモ恐い!

ニヤッと微笑んだ際、折れて無くなった前歯を見せる不敵な笑顔は、往年の藤原喜明を彷彿とさせる凄みに溢れている。
古舘さんがUWF時代の藤原さんを称して、「顔面ダルマ大使」とか「UWFのガダフィ大佐」とか「顔面リアス式海岸」などと絶妙な表現で私を虜にしてくれたが、クレイジー・キムの顔も凄い。
狂気と異常の中に強烈な意志が住みつき、それでいて怠惰とだらしなさが同居している顔なのだ。まさに「顔面一人芝居」だ。

ボクサーとしてはもちろん世界まで獲ってほしいが、引退後は俳優として活躍してほしいのだ。
凶悪犯罪を次々と犯す狂った一匹狼役や、アングラマネーの取立てに暗躍するマフィアの若き鉄砲玉役や、シャブ中から生還し鬼刑事になった捜査一課の辣腕デカ役などもいけそうだ。

顔と喋り方と佇まいに一度見たら忘れられない強烈なオーラを発する男、それがクレイジー・キムである。

有り難う御座居ます、感謝。‘ええキャラ’と‘ええ顔’を持つ目が離せない奴、クレージー・キム。(世界を獲るまで追いかけるぞよ、アンタはその器や)
有り難う御座居ます、感謝。亀田一家の演出が失敗だったとよく分かるクレイジー・キムの受け応え。(危ない奴が愛されるキャラを演じていたら世間の亀田評価も今と違っていたのに・・・)
有り難う御座居ます、感謝。クレイジー・キムと一度対戦させたいアブドーラ小林。(大日本プロレスのこの男のデスマッチも狂気の沙汰だ)

投稿者 : 浦上俊司| 22:28 | トラックバック

うれしいですねぇ

高橋宗照

ご無沙汰しました!
ここんところ全国に行くことが多く、なかなかブログを書く時間がありませんでした。

今日は朝から岐阜までセミナーのため行ってきまして、たったいま戻って来た
ところです。

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(↑これはそのセミナーがあった岐阜県のとある駅の画像)

今日のセミナーのお題は「モチベーションアップ」。
最近このテーマは非常に多いのですが、今回はそこの商工会議所様が主催された
「若年労働者セミナー」の一環で行われたものでした。

いつも思うんです。

こうやってセミナーをさせていただくことそのものが「感謝」なんですね。
(東京もんの私を指名していただき、わざわざ呼んでいただける)
そしてセミナーを受講された方々も一生懸命に聴いていただける・・・
また今回は「モチベーションアップ」というテーマですから、やはりこちらも気合を入れて
お伝えしたい・・・時間はたとえ短くても、その中で受講生の方々の反応を観て
お伝えする。

やはり私にとってこの仕事は「自分の存在意義」を感じさせてくれるものなんですね。

(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : 高橋宗照| 22:15 | トラックバック

2006年10月04日

『代行運転』

浦上俊司

ど、ど、ど、どういうこっちゃねんッ!!
お、お、お、怒っっとんじゃ、こらぁぁぁ~~ッ!!
代行運転手までが飲酒運転てかッ!
しかも運転手が出動命令を受けた時に「俺、酔ってますよ~~」と言ったことに対し、代行運転業社の社長が「構わん。行け。」と命令したと言う。

ここまで堕ちてしまったのか、我が日本人の職業モラルが・・・。ほんまに悲しい。これだけ連日のように飲酒運転撲滅の気運が高まってきているというのに。
金さえ入れば、仕事に対する使命感など欠如してもよいのか?!
金は本当に大切だ。金が無くなった時には心の豊かさまで無くなるので、本当に金は大切だ。しかし仕事とは、金と使命感が均等にバランス良く釣り合って然るべきものではないのか。

「構わん。行け。」という社長にも最低の人格を感じるが、出動命令を待つ運転手の飲酒待機も人間技ではない。
自らの職業にプライドを持っている人間なら、決してそんな愚行はしない。

外科手術の名医は、いつ緊急手術が入って携帯で呼び出されるか分からないから、プライベートでも飲酒しないドクターも多いと聞く。
私も自らの職業にプライドを持っているから、講演や研修の本番前日は深酒をしない。それが受講生の方々に対する礼儀だと考えるからだ。(飲み過ぎた翌日は脳細胞が減って、タイムリーなコメントが出ず、最高のパフォーマンスが出来ない)

ずっとこのブログで触れているが、ええ加減に厳罰化を実施せなあかんでッ!!安倍さん

有り難う御座居ます、感謝。まだ誕生していない飲酒タクシー運転手。(これが出てきた時には世も末じゃ)
有り難う御座居ます、感謝。心に巣食う甘えの構造が浮き彫りになる学びの機会。(‘これくらいええやんかぁ~’と安易に流れるのがアルコールの恐さなのだ)
有り難う御座居ます、感謝。今回の犯人は極一部で、大半の方々は今日も頑張って下さっている代行運転手さん。

投稿者 : 浦上俊司| 08:33 | トラックバック

2006年10月03日

『投球テンポと腕の振り』

浦上俊司

講演の時にいつも感じるのが先発ピッチャーの覚悟だ。
研修はペースを乱しても、それを立て直す時間がグループワークなどをして頂いてる間に作れるから助かるのだが、講演は始まってしまえばもう逃げられない。自分一人の孤独なマウンドだ。

ピッチャーの投球テンポは日によって違うように、私たち芸人の喋くりのテンポも日によって全く違う。
いい感じでポンポン投げる投球テンポは、守備に付いている野手のリズムを高め、次の回の攻撃に好影響を与える。
いい感じでグイグイ喋る言葉のテンポは、聴衆が知らず知らずのうちに演じ手に惹きつけられていき会場に一体感が出来上がる。

ピッチャーの腕の振りの良さは日によって違うように、私たち芸人の話材の展開も滑舌の良さも日によって全く違う。
いい感じでブンブン腕を振って投げ込んでくる球は、打者の手元でグイッと伸びて三振が取れる。
いい感じで前半の話にフリを設定し、どこに結論が来るのかなぁと引っ張って待ちくたびれたところで後半の話にオチをピタッと持って来れた時は会場がドッと沸く。

まことにピッチャーの投球術と芸人の講演術は似ているのだなぁ~。

有り難う御座居ます、感謝。野球を観るたび、自らの話芸の微調整が可能になる事。
有り難う御座居ます、感謝。野球を観るたび、何の保証も無い中で己の肉体だけを信じて生きていく覚悟が定まる事。
有り難う御座居ます、感謝。野球を観るたび、第二の人生を心配するより目の前のゲームに集中しているヤツがいい仕事をするという真理に気付ける事。

投稿者 : 浦上俊司| 16:57 | トラックバック

2006年10月02日

『武田幸三』

浦上俊司

須藤元気美濃輪育久と並んで私の心を鷲づかみにして離さない格闘家、それが武田幸三だ。
体脂肪率4%を保つために鶏のささみを主食にしている武田、彼の一撃必殺にこだわるファイトスタイルに魅せられて応援してきた。
コンビネーションで倒すよりも、やはり一発の破壊力で叩きのめす試合は最高のカタルシスを観る側に与える。

そんな武田の勇姿を見るにつけ、いつも不思議に思っていたこと、それが彼の傾いた首だった。
そしてその理由が分かったのが昨年の目の手術だ。

なんと彼は、あまりにも激しいバトルを繰り返してきた後遺症として、目の焦点を合わせる筋肉が麻痺しておりピントが合わないのだった。そしてピントを合わせるために無意識のうちに首が傾いてしまっていたのだ。

それでいて毎回素晴らしいファイトを披露してくれていた武田。
ついには外国人では4人しかいないムエタイ世界チャンピョンにまで登りつめた武田。
面構えが完璧な‘闘うサムライ顔’の武田。
あんたは正真正銘プロ中のプロやッ!!

有り難う御座居ます、感謝。武田を育てた治政館。(武田に格闘技への興味を芽生えさせた二度目の父の存在も見逃せないが)
有り難う御座居ます、感謝。武田の目を治してくれた名医。(これで今後の武田は完璧に相手パンチを見切ってしまうだろう)
有り難う御座居ます、感謝。武田の座右の銘が‘感謝’だったとの発見。(ますます武田が好きになった)

投稿者 : 浦上俊司| 08:54 | トラックバック

2006年10月01日

ストレス耐性

高橋宗照

弊社では研修やコンサルティングをする前に、多くの企業で能力診断を実施している。
(特に最近は営業職の能力診断を行うことが多く、これは営業メンバー=営業組織全体のポテンシャルを測り
そこからその組織に最も合った研修を提案する弊社独自の研修メソッドだ)

さて・・・最近目立つ傾向として、この診断の中にある「ストレス耐性」の数値が以前と比較してどの企業も
下降気味であることだ。
この「ストレス耐性」。ストレスは現代社会ではどうしても発生しがち(以前より過度になりつつあるのかも
しれない)なものだ。またあまりにもストレスがなさ過ぎるのも、緊張感がない、もしくは何事にもポジティブ
になれていない・・・とも言えなくもない。
だから適度なストレスが一番良いのかもしれない。
とはいえ、適度とはその人の「許容量」によって変わるものだから、何が適度かどうなのかはなかなか
判別がしづらい。

どちらにしてもこの「ストレス」とうまく付き合ってきいくしかないのだが、最近ではその「ストレスの量(質?)」
がはるかに「許容量」を超えてしまう場合もあるようだ。
そこで問題になるのが、いかにストレスをためない、もしくはうまく発散できるかがポイントになる。
人によって様々だが、「寝る」「映画を見る」「スポーツをする」など・・・ともかく
「自分にあったストレス発散法」
を探すしかないのだろう。

そういう私もいろいろやってみたが、「これ!」という趣味が見つからなかったのも正直な話・・・

・ゴルフ(皆さんに、え?高橋さんはやらないのですか?とよく聞かれる。どうもキャラ的にかなりゴルフを
やっているように見えるらしい。ちなみに私はかなり苦手です)

・釣り
・スポーツ(テニス)
・模型つくり(意外にこれは好きなのですが、最近はめっきりやっていません。ちなみに家内はこの趣味を
暗い!と言う)

などなど。

今でも根気よく続けている趣味と言えば、

バイク
映画(主にDVDにはなるが・・・)

でしょうか。バイクは自分の性格にかなり合っているようだ。

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「一人でできる」
「仲間と連るむ必要もない」
「乗ったらすぐ始まる」(大抵の趣味はその場所まで行かないとできないものが多い) など。
(まぁ唯一の難点は天候に左右される点かな)
(ちなみに家族はこの趣味については、まったく関心がないようで、どこがそんなにいいの?といった感じ)

またDVDは必ず仕事から帰ったら、一人誰にも邪魔されず(皆寝ている)気に入ったものを観るように
している。いろいろな疲れを残さないために、頭のリフレッシュにはかなり役に立っている。
新しいDVDも観るが、たまに以前に堪能したものもよく観ることが多い(ちなみにAV系はまったく観ない・・・念のため(笑))(同じもの何回も観てどこがおもしろいの?と家内には言われる)
当時とは違う状況や感覚で観ると、同じものも違った角度から発見することが結構おもしろい。

まぁともかく「自分なりのストレス発散法」を自覚して、実践するからこそ何とか「ストレス耐性」が備わって
くるのかなぁ・・・とは思っている。
しかし・・・自分の好きなことにいちいち「ケチ」付けられるのは、私にとってもっとも「ストレス」であったりする。(笑)


(株式会社 タカハシ&パートナーズ 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : 高橋宗照| 23:43 | トラックバック

『安倍首相』

浦上俊司

綺麗過ぎんねん、言葉が・・・。
ま、‘美しい日本’を作るためには言葉も美しくせねばならんのかも知れんが、強烈に伝わってくるもんが無いわなぁ。

声が頼りない。軽すぎるねん。所信表明は下向いて原稿読んでるようでは伝わらんて。自分の言葉で熱く語らな庶民の心には響かんぞよ。
麻生さんほどワルっぽい声もちょっと引いてしまうが、安倍さんは品が良すぎて、我々一般市民の痛みなど理解できひんのんちゃうかとの印象は拭えない。

やっぱり小泉さんが良かったなぁ。あの面構え、声、パフォーマンス。
総理大臣になる前年に偶然新神戸駅で見かけ、華奢な細い指で私と握手をしてくれた時から小泉ファンになった。
何も変わらなかったが、何かやってくれるとの期待感をいつも国民に与え続けてくれた。お疲れ様でした。
そして安倍さん、これから頼んまっせ~。

有り難う御座居ます、感謝。改めて感心するリーダーの象徴だったカリスマ・田中角栄。
有り難う御座居ます、感謝。首相が変わっても、期待し過ぎず諦め過ぎずとのゼロ設定の原点に立てる事。
有り難う御座居ます、感謝。今日も国民のために真剣に議論を繰り広げてくれていると信じたい永田町の住人たち。

投稿者 : 浦上俊司| 07:59 | トラックバック