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2006年04月26日
『損と得と徳』

‘損と得とあらば損の道を行くこと’。
私の大切なお客様の経営理念の一説だ。
この会社の朝礼の素晴らしさは、多くの企業を見てきた私にとって充分3本の指に入る厳粛さと崇高さを有している。
大声で一日の目標数字を叫び、コミットメントさせる営業会社の朝礼もあった。
全員で社歌を高らかに歌い、社員の気持ちを一つにする製造会社の朝礼もあった。
行動指針を早口で唱和することで、あるべき姿に社員のベクトルを向けさせるコンサルティング会社の朝礼もあった。
しかし私は上記のお客様の朝礼が一番好きだ。
朝から凛とした心を作ってくれる。
だから研修開始前の朝礼から参加させて頂くのが大変楽しみなのだ。この二日間、朝礼で私の心が洗われた気がする。
そしてこの経営理念。
全文にわたり、創業時から現在にまで連綿と受け継がれた社会貢献に対する渾身の思想が今に蘇る一文字一文字なのだ。
中でも冒頭の一説は、私のような凡夫には実践困難な勇気を伴う選択だ。しかし、これを実践し続ける事こそが、実は本当の幸福につながる近道なのだと創業者は言いたかったのではないかと察する。
この世の幸福を掴むパスポートは、その人に備わった‘徳’の力だ。
‘徳’のある人は、何かやりたいと思った時にやりたいことが不思議にできる。
できるための経済力と環境と協力者を有している。
損と得とあらば損の道を行けば‘徳’が備わり、損と得とあらば得の道を行けば‘業’を残すことになるのだろう。
平たく言えば、
「損の道=利他のための実践=徳積み」。
「得の道=自分のためだけのエゴの実践=業を残す」。
と、こんな方程式があるように感じるのだ。
宇宙空間に存在する原因と結果の方程式は誠に厳としたものである。
ありがとうございます、感謝。今回の受講生の感動的なほどレベルの高かった参加姿勢。
ありがとうございます、感謝。経営理念が身体中のDNAにブチ込まれていた今回の受講生。
ありがとうございます、感謝。まだまだ私には出来ないが、目指したい損の道。
2006年04月24日
今の若者は!と言う前にさぁ~・・・

私は車が好きです、バイクも好きです。まぁ「乗り物好き」ってところでしょうか?
というわけで休みの日は、かならず時間を見つけてどちらも乗るようにして
います。
実は家には・・・
①乗用車(たまに仕事先に行く時に使います)
②休みの日しか乗れないけど、なかなかエモーショナルな「鉄馬」バイク
③10数年オチのかなりヘボイ軽自動車(かなり劣化は進んでいます!ちなみ家内が仕事で使用)
④自宅と事務所を往復するために2万9千円也でネットオークションで購入した黒色の原付
(別名:ゴキブリバイク)
(※ちなみに字の色は車体色に準じています(笑))
と、なんと家族は5人しかいないのに、(環境にあまり優しくない)化石燃料を使う乗り物が4台もあって
そのほとんどが私しか使わない・運転しないという現状です。
(環境に対する配慮が足りなすぎか??)
しかし・・・おもしろいのが、運転手は同じでも乗り物によって周りの扱いがまったく違うんですね。
①は普通としても、
②はそれなりに注目を浴び、
③はかなりナメられ、
④となるとほとんど皆さんは眼中にない
という扱いをそれぞれ受けます。(特に③④を運転しているときは、みなさんかなり強引に割り込んできます)
そしてお互い交通ルールはそれなりに守っているのですが、特に譲られたときのマナー
(車中からのちょっとしたコミュニケーションマナー)は①~④の乗り物でもまったく変わります。
そして特にこの「マナー」についてもっともできていない方が多いのは、
(あくまでも私の独断と偏見に寄りますが・・・)
A:主に50代半ば以降と思われる男性
B:30半ば以降の女性
これらの層の人たちは概ねマナーがすこぶる悪い!!
Aは概ね譲られても「譲られて当たり前だろ~!」という顔をして「ありがとっ!」と手もあげる
こともない。強引な割り込みをしても、「ごめんね~ありがと~」と思えるようなサインすら
出さない(最近の流行りはハザードを1・2回出す方が多いですね)。
(お前はそんなにエライのかぁ~??)
Bはわが道をイケイケで、まったく周囲を観ていない。また何か他人にメイワクをかけても
謝ることすらできない。(素直じゃないね~)
そして自分に100%非がある(例えばこちらが停車時にコツンと向こうがオカマを掘っても)のに
すごい言い訳をしてくる。(事例:私は悪くないのよ!あなたがあたしの前に停まっているからじゃないの!
・・・これ本当にあったことです(汗))
そしてこの人たちに共通しているのは、
(車中からのちょっとしたコミュニケーションマナー)がまったくない!!
ということなのです。
それぞれの乗り物を乗っていると、その差が歴然としてまた興味深いんですね。
だからそれぞれの乗り物に乗るときは、それなりの「乗り物TPO」に合わせて
運転しないと怖い思いもするものなのです。
今の若者は~といろいろ聞きますが、この「マナー」については少なくても若者と言われる方々の
方がよっぽどちゃんとしてくれます。
そういうマナーをお互いに返すと、瞬間ではありますが、お互いに気持ちのいいものです。
まぁ「運転がうまくないから余裕がなくて・・・」という言い訳もある
でしょうが、少なくても何らかの「意思表示」は欲しいですねぇ。
(私の偏見ではありますが)少なくてもこういう方々は、「イマドキの若者」のこの面は
見習って欲しいなぁ・・・と思います。
こちらが道を譲って、向こうからさりげなく手をあげてもらうと
「あ、またこの人には譲ってあげたいな
」と思うのですが、
まったく無反応で、手や会釈などで挨拶すらしないような方に譲ると
「お前には絶対譲ってやらない
」と思ってしまう自分がいます。
(でもまず次に出会うことはないんですけどね・・・)
私が料簡が狭いのかなぁ・・・
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2006年04月23日
『国民無視の劣化するサービス』

ほんまかいなぁ?ウソやろ?
10月の郵政民営化に伴い、時間外受け渡しサービスが廃止になるって・・・。
何かの間違いやろ。
もしほんまなら許しがたいッ!
誰がどんな意志で決めとんのじゃッ!?
・・・という事は何かえ!?
留守中に配達された書留を取りに行くのは、平日の営業中に窓口へ取りに行けってかッ!?アホかッ!
以前にも書いたが、銀行や市役所や郵便局は24時間365日営業にしろ!と私は大学時代からず~っと訴えてきて、20年経ってやっと一部の銀行が3時以降も営業してくれるようになってきたと思いきや、CSに逆行する姿勢は、ほんまにけしからんッ!!
日本の労働人口の大半は、窓口が空いている平日の時間帯には仕事をしているのだ。
廃止する事で人件費削減になるのは理解できる。どこの会社でも経営を最も圧迫するのは人件費だ。
・・・という事は何かえ!?
民営化とは‘サービスを向上させる’施策ではなく‘利益優先体質に生まれ変わる’施策なんかえ!?
な、な、な、なめとんのかぁぁぁぁぁ~~~ッ!!!
国民無視も甚だしいんじゃぁぁぁぁ~~~ッ!
これを決行するのなら私は今後一切の郵便書留を利用しなくするつもりだ。私は、研修会場までのエアチケットなどクライアント様が事前に郵便書留で送って下さる事が多かったが、今日から止めてもらおうと思う。
請求書を送らせて頂くのも切手を貼った封書で送るのを止めて、宅急便のメール便で送ろう。
たった一人の小さな抵抗かもしれないが、郵政が気付くまで徹底的にやりたい。バリケード張って盾持って闘う学生運動のノリだ。
ありがとうございます、感謝。そんなCSの逆行する会社にいても個人のCSマインドはメチャメチャ高い立町郵便局の○○さん。
ありがとうございます、感謝。サービスを受ける側と提供する側の視点のズレに気付けた研修ネタ。(事例研究でディスカッションしてみよう)
ありがとうございます、感謝。正義を主張するんだ!との青き学生運動のDNAが残っているんだとの気付き。(我が大学は最近では‘Rits(リッツ)’とかオシャレに呼ばれているそうだが、私の世代は‘立っちゃん’と呼ばれ学生運動のメッカだった)
2006年04月22日
『性別』

先のブログ『ウーマンライフ』に記したが30代から40代の女性は、なぜにこうも面白いのだろう。
人生、酸いも甘いも噛み分けた彼女らは、一種のたくましさを兼ね備えつつ、女性として円熟の魅力を体から噴き出している。
20代の可愛い女性が見せるキュートな‘アヒル口’ほどの魅力は無いが、熟女も頑張っているぞよ。
そして、それでいてマインドは‘オッサン化’してくれているので平然とワイ談に花を咲かせることも厭わない。
男性が性的に女性を見るのと、女性が性的に男性を見るのに若干の温度差があるのは昔も今も一緒。
熟女いわく、「好きな人のなら、あれほど愛しく感じる物はなく、嫌いな人のなら、あれほどグロテスクで気持ち悪い物はない」と表現した男性のシンボル。
う~ん、なるほど~、深いなぁ~。
男性は嫌いな女性の物でもドキッ!を押さえられないのはなぜだろう?
男女の性差を神が創りたもう不思議がここにもある。私が30代の頃に、なんとかして解明しようともがいた宇宙真理と同じく、創造主の深遠な意思は解明不能な不思議に満ち溢れている。
突き詰めていくと、もしこの世に男だけが存在するのならば、男は仕事に対するモチベーションを維持することが出来るだろうか?私は出来ないように思う。
もしこの世に女だけが存在するのならば、女は化粧をしたり着飾ったりといった美を求め続けれるだろうか?私は出来ないように思う。
その昔、ピラニア軍団の志賀勝の歌の台詞で「男は女がおるからええかっこしようとする。女は男がおるから綺麗になろうとする。」といったニュアンスがあった。
二分の一の確立とはいえ、地球の全人口構成が男女均等に産み落とされるところに又もや創造主の意思を感じる。
ありがとうございます、感謝。世の男性たち。
ありがとうございます、感謝。世の女性たち。
ありがとうございます、感謝。世のオカマたち。(彼らの魂も使命があって、その肉体に宿ったはずだ)
2006年04月21日
一業に徹し・・・

私にとって
「一業に徹し、一隅を照らす」
という言葉が、座右の銘であります。(当社の社是にもなっています)
この言葉の意味を私は・・・
「一業(ひとつのなりわい、転じて自分の生き方・信じる道)に徹し、
いま私が存在している世界のほんの一隅(ひとすみ)だけでも照らすことが
できればよい」
と、理解しています。
この言葉は私にとってひとつの道を示唆させる、衝撃的な言葉だったんです。
まさに今から5年ほど前。
これから独立しようと思っている時、非常に自分自身のスタンス(姿勢)が微妙にブレていることに
気がつきました。
「自分は何のためにこの仕事を始めようと思っているのか?」と。
そんな時、ふと本屋さんで何気なく見た本の中でこの言葉を発見したのです。
まさにこの言葉を見て「よし、これで行こう!」と思ったわけです。
自分というちっちゃな存在だけれども、そんな存在であっても広い世界のたった一隅でも
照らすことができる存在でれば充分ではないか・・・と。
この気持ちはどんなときでも忘れないようにしています。
それはコンサルティングの場であっても、研修の場であっても、打ち合わせの場であっても。
例えば・・・
私が、研修を受けた受講生の方(仮にAさんとします)に何らかの影響を与えたとします。
そしてそのAさんが数年後(数十年後でも構いません)に世の中の多くの人に大きな影響を
与える人になるかもしれません。
またそんな多くの人に影響を与えなくてもいいんです。当時独身だったAさんはその後結婚して
配偶者やその人との間に子供ができたとします。そしてAさんはその家族に愛され、その家族
に対して大きな影響を与える人になるかもしれません。
そのAさんの考え方や意識・行動の「起爆剤」は実は私が当時研修で言った「たった一言」が
影響しているのなら、まさに私がこの「一業」をしている理由や存在価値があったがあったのだと
思うんです。
また我々の仕事は、周りが暗い時ほど「一隅を照らす」ことを忘れてはならないのですね。
それが仕事であり、それがライフワーク(一業)なのですから・・・
(PS)
今日ふと弊社の事務所にある「非常灯」に目を向けました。明るい時ほどまったく目立ちませんが
暗くなった時ほど、また急な緊急事態が発生した時ほど
(幸いにもこういう事態は今までありませんでしたが)
この弱々しい灯りであっても、進むべき方向を示してくれるありがたい存在なのですね。
↓
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
『検察官の涙』

私もニュースを聞いて検察官同様に涙を流してしまった。
金で苦しんで苦しんで苦しみぬいて死を選ぶコースは、辛い人生の修行テーマの中でもかなり上位に位置する。
認知症の80代の母の介護に疲れて心中の道を選ぶが、自らは死に切れなかった50代の息子。
介護と両立可能な仕事が見つからず失業、ついには生活費が底を尽き、カードローンに手を出した時点で転落人生の始まりだったと察する。
雪ダルマ式に膨れ上がり、借りては返し、借りては返しを繰り返すうちに限度額はすぐに超える。
とにかくサラ金であれ、銀行のカードローンであれ‘一回つまんだら人生終わり’くらいの認識を持つべきだ。
悲しいのは最期の親子の会話だ。
50代の息子は最期の親孝行と、80代の母を京都に観光旅行に連れて行く。
息子:「もうあかんわ。生きていく金があらへん。」
母:「そうか・・・。もうあかんか。」
息子:「・・・・・。」
母:「お前は私の息子や。こっち来ぃ~。」
息子:「最期までお母ちゃんと一緒やったで。」
母:「そやな・・・。おおきに。」
そんな会話の後、額と額を擦り合わせて泣いた親子は、覚悟の涙を拭きながら心中を決行する。
母の首に渾身の力を込めて絞めた息子・・・。悲しすぎる。
この調書を読み上げる検察官が涙を流した法廷。
なぜにこんなに過酷な人生になってしまったのだろう?との思いは消えなかったであろう50代の息子。
献身的な介護を全うした孝行息子だっただけに結末が悲しすぎて、同世代の検察官も心が揺れてしまったのだろう。
どんな事象も‘他人事ではない自分事’と捉える事が学びの第一歩だ。
それにしても幸福な人生を送るには金が要る。
金がなければ幸せになれない世の中だ。
もちろん、金以外に健康や仕事や家族や愛情や友情や、その他さまざまな幸せを構成する要素があるが、根本的に金が無いと全ての歯車は崩壊する。
金が無くなった時に人間は心の豊かさを失っていく。
その日の昼飯を食う金が無くなった時に、人生が投げやりになる。
もうどうにでもなれッ!と開き直り、世を恨む。
この50代の息子にせめて100万円渡せる人がいれば展開は変わっていたはずだ。
世の中の、金で本当に苦しんでいる人に、金を循環できる仕組みは無いものだろうか?生活保護の基準も厳しく、行政が底辺の実態を掴んでいるとは言いがたい現状だ。経済的弱者の心の叫びを聞け。
一部の富裕層に金が集中する今の日本は、危険な方向へ進んでいるのは確実なのだ。
ありがとうございます、感謝。介護を必要とせず元気に生きてくれている私の強い母。
ありがとうございます、感謝。お金に敬意を払い、改めてその威力を再認識したきっかけ。
ありがとうございます、感謝。罪は憎むべきだが、執行猶予がつけば人生をやり直すだろう50代の犯罪者の姿からの学び。(心はきっと親思いの人なのだと察する)
2006年04月20日
コスプレ

コスプレとは何か?
知っている方も多いかもしれませんが、「コスチュームプレイ」の略語だそうです。
もともとこの言葉、演劇などで衣装を着て演じるところ来ているらしいのですが、
真偽のほどはわかりません。
またこの言葉の一般的な使われ方は、アニメなどの登場人物に扮してその
似せたコスチュームを着るというものらしいです。
うんちく(?)はさておき・・・
最近土日にバイクに乗ることが楽しくて仕方がありません!
ちょっとでも時間に余裕があれば、すぐ乗ってしまいたくなるほどなんです。
あの独特なエンジンのバイブレーション(ドドンドドン)
どっしりとした安定感と何物にも守られていないが故の開放感
しかしちょっとでも気を抜くと、「おっと!」と冷や汗かく時もある緊張感
などが同居しているのがたまらないわけなんです。
さて・・・先週の土曜日は同じハーレー仲間と一緒に海を一望しながら、気持ちよく
走ってきました。
↓(海老名SAで撮影、ちなみに手前が私の愛車です)
しかし・・・やはりリスクははるかに車よりも高いし、まだまだ
私の技量も乏しいので、転んだことも考え全身革づくめの格好で出撃した
わけです。
まぁ乗っているときは
「あ~気持ちいいなぁ~」
という感覚と、ちょっぴりアウトローな気分にも浸りなかなかものなのです。
でも高速道路のSA(サービスエリア)で一息ついて、周囲(幸せそうな家族連れ、
バス旅行途中の敬老集団、イチャイチャモード全開のカップル などなど)
を冷静に見ると、とっても自分の格好が「異形」なのに気がつきます。
(それを自覚するのは、男子トイレを出入口付近にある姿見で自分の姿を直視した時ですね・・・)
「お~俺の格好はシュワちゃんのターミネーターと同じ格好じゃないか!!」
しかしそこは高速道路のSA。
周囲の方々もそれなり理解しているようです。しかし・・・近所でこんな格好したら、
さすがに軽く引いて見られるんでしょうねぇ・・・
なんてそんなことを思いながら、SAでまったりと休憩を取っていました。
これって「コスプレ」なんでしょうかねぇ?(笑)
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2006年04月18日
『バラ色の未来』

6月7日に買いに行くぞ、森昌子の復活CD。
実は私は小学時代、森昌子の隠れファンだった。
なぜ‘隠れ’かというと、当時は桜田淳子か山口百恵のファンが主流の中、私だけが森昌子の素直な人柄が滲み出る円らな瞳に吸い込まれていたのだ。クラスでは、ちょっと変と言われた。
確かに私の好みはいつも‘反主流’で、天地真理よりも小柳ルミ子だったし、松田聖子よりも渡辺真知子だった。♪現在・過去・未来~♪~
その森昌子が先日、復活に先駆けてTVの生本番に出演していた。
常々、私が言うように男も女も40を過ぎれば、生き方や人柄や哲学が顔に出る。ほんまにええ‘顔’やなぁ、森昌子は。
昔からそうだったが、‘良妻賢母’を絵に描いたような穏やかな顔だ。
森昌子の顔は太田裕美(「木綿のハンカチーフ」)と同様、イライラせずに不満を抱えずに生きてきた人特有の顔なのだ。
離婚の原因や背景など、もちろん真相は分からないが、あの森昌子を傷付けた森進一は、私の中では最低の評価になってしまう。しかも慰謝料ゼロとくればなおさらだ。何十億も持っとるんやろ、半分くらい渡さんかぇ!
その慰謝料についても養育費についても、質問が突っ込まれた時、彼女は穏やかに、「私はお金以上の色々なものを学ばせて頂きましたから・・・。」と気品溢れる答え方をしていた。ますます素敵な森昌子、復活CDがミリオンセラーになってくれ~と祈りたい。
ありがとうございます、感謝。今度こそバラ色の未来を送ってくれ、いつまでも可愛くチャーミングな森昌子。
ありがとうございます、感謝。何十年経っても‘いい顔’は変わらないお手本のような瞳の持ち主、森昌子。
ありがとうございます、感謝。これからはお母さんの言う事を聞いて楽にさせてあげてくれ、森昌子の息子たち。
2006年04月17日
『鉄人!アニキ金本』

アニキ金本が先日、モノ凄い世界記録を樹立してくれた。
オッサン世代が、‘まだまだ若いもんには負けへんで~’と勇ましい姿を見せてくれるからプロ野球は人生そのものの象徴なのだ。
アニキはもちろん、清原も桑田も頑張っている。工藤も素晴らしいし古田もまだまだやれる。おっとオリックス吉井のオッサンを忘れたらアカン。みんな頑張れッ!中年の星やッ!
さて金本だが、彼は人格的に素晴らしいのがインタビューやプレイスタイルから伝わってくる。そして野球エリートではない金本の人生が、30代半ばから俄然光り輝いてくるのが、我々中年に勇気と感動を与えてくれるではないか。
甲子園にも出てないし、大学は東京六大学でもないし、ドラフトは確か4位で、広島でも大きな期待はされずにプロ生活をスタートしたように思う。一軍と二軍を行ったり来たりだったとも聞く。
阪神に来てくれると決まった時も、私は正直言って年齢が気になり、一緒に獲る話もあった中村ノリのほうがいいとさえ思っていた。以前、大豊を中日から交換トレードで取った時に‘年寄りはいらんで’と感じた印象と同じ思いがあった。(すんません、アニキ)
今シーズンもアニキはやってくれるはずだ。
アニキの背中を見て、阪神の若い選手が刺激を受けてモチベーションを上げてくれるだろう。
しかし昨日の江草は勝たせてあげたかった・・・。つくづく野球は恐いと感じた一戦。
ミスをした方が負けになる。野球の女神はちゃんと存在するなぁ。
敵ながら黒田の根性にも感動。さすがセ・リーグのエースだ。
ありがとうございます、感謝。年齢と共にコンデションを上げる不思議を見せるアニキ金本。
ありがとうございます、感謝。このままやったら45歳まではグランドに立ちそうなアニキ金本。
ありがとうございます、感謝。広島の金本を‘その気’で口説いて下さった星野SD。
2006年04月15日
『週刊文春』

おっもろいがなぁ、今週号の文春。
ほんま、えらいとこ撮られてもたなぁ、番長清原。
あんな綺麗な奥さんがいても、やっぱり豪快な清原、あんたは男やッ!大好きやッ!本能に正直やッ!秋にはウチ(阪神)と日本シリーズを戦ってやッ!関西ダービー待ってまっせ。
もう一つは‘感動できない青木家’の記事。
私はテレビを見てないのでなんとも言えないが、テレビの世界は所詮‘イミテーションの世界’という事なのか、少々悲しい。
しかし記事を読むと、リアルに聞き込みをしてきた記者の自信が行間から伝わる。果たして真実はいかがなものか。
事の真偽は別にして、週刊誌の記者は大変な仕事である。
世の‘好奇心’というニーズに次々と応えていかねばならぬし、週刊という締め切りは、かなり過酷だ。
その中で、文春はスッパ抜きが多いということは記者のポテンシャルがそれだけ高いのだろう。これからも読者の期待を裏切らない予感がする。
ありがとうございます、感謝。毎週ドキドキさせるネタをどこかから嗅ぎ付けてくる文春の記者。(過激すぎて訴訟には気を付けてね)
ありがとうございます、感謝。これに負けず豪快に夜のバットも振り回せッ!番長清原。
ありがとうございます、感謝。真の姿は知らないが、大家族を支える青木家のお父さんの経済力は単純にエライ!頑張れッ!
2006年04月14日
『みのパワー』

凄いよな~、みのさん。
好みは分かれるだろうが私は大好き、みのもんた。
司会者では古舘さんが一番好きだが、みのさんやテレ朝の渡辺宣嗣さんも大好きだ。
ちなみに古舘ファンを自認する私は、報道ステーションでメジャーになってからのファンではなく、新日本プロレス時代の‘過激な四次元実況’の頃からの古舘語録マニアである。
後に古舘さんが一回だけ競輪実況をした事があったが、それも録音して何回も聞いた。ある選手を‘元祖、ヤンママのアイドル!’と表現した古舘センスに脱帽した。
さて、みのさん。
今はホンマに出ずっぱり。
朝5時半から8時半まで‘朝ズバッ!’をやった後、12時からは他局で‘おもいっきりテレビ’を毎日こなす61歳。天晴れだっ!
いやそれだけではないだろう、みのさんの露出度。
私の知る範囲では、‘ミリオネア’もあるし‘どうぶつ奇想~’もあるし‘学校へ行こう~’とかもあったように思う。
さらに、みのさんは水道メーターの製造販売会社の社長も兼任していて、毎日出社しているとの事。いやはやスーパーマンのような61歳だ。
しかし、みのさんがここまで大ブレイクしたのは、確か50歳を過ぎてからではないだろうか。
私はずっと‘プロ野球珍プレー好プレー’のオモシロ実況をする局アナ、くらいの認識しかなかったが、気が付けば物凄い存在感でご意見番としてのポジションを確立してしまった。大器晩成型のお手本だ、みのさん。
先日の研修で、受講生とシェアし合い出て来た意見、「物事を始めるのに遅すぎる年齢は無い」が、しみじみ納得できる。みのさんの壮年力は多くの中高年に勇気をくれる。
腰の病気と糖尿に留意され、70歳まで舌鋒鋭く頑張れッ!
ありがとうございます、感謝。世の批判を恐れず私見をバシバシ披露するみのさん。
ありがとうございます、感謝。55歳くらいから、みのさんのポジションを狙え古舘さん。
ありがとうございます、感謝。あんな風にオシャレに清潔に年を重ねたい渡辺さん。
2006年04月12日
便利と風情

先日打ち合わせも兼ねて、ある居酒屋さんに行きました。
(割合都内では多い、ちょっと雰囲気がいい居酒屋さんです)
久しぶりにその居酒屋さんに行ったのですが、なんとその机にはでーんと
液晶モニターが・・・
(店内はかなり薄暗いのではっきり見えないですね・・・画像右側にモニターがあるんです)
↓ ↓ ↓
この画像を観るととっても「いかがわしいお店」に見えますが、実はとっても店内の
雰囲気はいい居酒屋チェーン店なんです・・・しつこいですけど念のため・・・(笑)
さて・・・普段からパソコンの前に座ることが多いので、こんな時くらいモニターなんぞ見たくも
ない!そしてお酒を飲む時くらいちょっとは「風情」を感じさせてよ・・・と思うのですが。
では、なぜその「無粋」なモニターがあるのか?
そのモニターでオーダーができるらしいのですが、飲み食いしたいものをいちいち探すのが
面倒なんですよね。
「あれ?特選つくねってどこにあるの?」
「この創作料理の入っているカテゴリーはどこだぁ?」
「川えびのから揚げ(これは私の大好物のひとつなんです)はさっきの画面にあったのに・・・」
など、いちいち面倒なんです。それにそもそもアルコールが体内に入っていますから
まともな思考ができない。
そしてだんだんそんなことにイライラしてきて、すぐ近くにいる店員のにーちゃんを呼んで
さもモニターなんぞ存在しないくらいの勢いでオーダーしてしまう自分がいました。
「すいませぇ~ん!八海山ひとつぅ~!」
さらに・・・飲みすすむうちに、このモニター自身の明るさが目障りになり、
こんどは近くにいた店員のねーちゃんを呼んで
「あのさぁ・・・このモニター明る過ぎるんで、消してもらっていいですかぁ?」
と恥も外聞もなく言ってしまったのです。
その後店長らしき方がやってきて、なんともムッとした表情で消しに来てくれました。
さすがに私もわがままかなぁ~と思い「すいませんねぇ~」と言っても、店長さんは
ノーリアクション・・・(;-_-)=3 フゥ
確かに人件費の削減という点や、店員さんがどこにいるか気にせずオーダーできるのは
良い点であり便利なのかもしれませんが、せっかく薄暗いそれなりに雰囲気がいいお店
なのに、その風情と液晶モニターがあまりにも「ミスマッチ」だったんです。
そういう風情を求める方が間違いなのかなぁ・・・?
うーん・・・でもやっぱり私は液晶モニターを観ながら、お酒は飲みたくないなぁ・・・
次回からはたぶんここでは飲まないぞ~!と酔っ払いのおじさんはゆるく心に決めたのでした。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2006年04月10日
『小林正観』

私と同じように‘感謝’をキーワードに講演をしている人がいると聞き、その人の講演会を申し込んだ。
講題は「釈迦が説いた宇宙真理」。
面白げなテーマでワクワクしながら当日を迎えた。
会場に早めに着くと、開演一時間前にも関わらず会場内は熱気ムンムン、受付の女性スタッフもとても感じ良く、笑顔でテキパキと申込者名簿を照合して流れるように仕事をこなしていた。
期待感が一層募る。
一番前に座りたかったのだが、どうやら前方は常連さんなのか、集団で席を確保している。
仕方なく私は前から5列目になったが、ここならよく見える。
さて、小林某さんはどんな人なのだろう?どんな話をしてくれるのだろう?
開演5分前。
司会の男性が登場。
この講演会を主催する会社の社長とのこと。爽やかな好青年で誠実な進行アナウンスが耳に心地良い。
開始時間もピッタリで遅れないようだ。気持ちいい。
そして・・・。
始まった。
小林某さん入場。
割れんばかりの会場内の拍手。約300人の聴衆の熱き思いがこもったような拍手だ。
私が受けた彼の第一印象は、細くてノッポで、どこにでもいる優しげな普通のオジサン。
一言発した後のそれは、ボソボソ喋るますますどこにでもいる普通のオジサン。
いわゆる‘オーラ’は全く感じない。
多少の失望を感じつつも、ま、内容が濃ければそれで良いかと自分を説得する。
期待して聴き入ろう。
開始5分を経過した所で、違和感を感じ始めた。
30分が過ぎた所で、耐え切れなくなってきた。
60分が過ぎた所で、‘金返せコール’を叫びたい衝動を必死で押さえ込んだ。
80分が過ぎた所で、この我慢大会に参加している自分が頼もしく感じた。
90分が過ぎて講演会が終了した所で、一刻も早く会場の外に脱出して肺に残ったよどんだ空気を入れ替えたかった。
持ち時間90分のうち、「おっ、ええ話やなぁ」と感じたのが合計2分間くらいはあったか・・・。残り88分は笑えないオヤジギャグの連発で、悲しい講演会だった。講題の釈迦も泣いているだろう。
本人いわく年間300回ほど講演会をやっているらしいが、なぜこれほど多くの人が集まるのだろう?と謎解きのような思いが私の中を終始支配していた。
オバちゃん相手の、しょーむないギャグだけで構成されているので、ビジネスでは、まず使いもんにならん。
中でも、彼が「分かりまいたかぁ~~?(分かりましたか?の意味)」と振ると聴衆全体が(ほとんどオバちゃんがメインで)、「分かりまいた~~~、う~ん、う~ん、かわいい~~。」と唱和し、首を傾けて頬の前に可愛くゲンコツを作り何回も頷くパフォーマンスが義務付けられているらしい。
新興宗教のノリだ。いや、そんな厳粛なものではない、笑っていいとも!のスタジオアルタのノリだ。これを90分間で30回くらいやらされる。
彼が笑えないオヤジギャグを発するたびに、前方に陣取った親衛隊のようなオバちゃん軍団が腹を抱えて林家パー子のような奇声を上げて、涙を流しながら隣の人の肩を連打し笑い転げる。
「うっひゃ~~っひゃっひゃっひゃっ~、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ~っはっはっ、いやぁぁぁ~っっ、も、も、も、もう~~っ、ひ~~っひっ、ひっ、ひっ、ひくっくぅ~~っ~」と下品極まりない。しかもオバちゃんの口が臭い。
オマエらは吉本新喜劇の笑い屋さんかっ!(笑い屋さんはギャラをもらっている立派な仕事だが)
会場後方で著書の即売会をやっていたが、なぜ彼の本が売れるのか、なぜ彼が講演家として食っていけるのか最後まで答えを見つけることが出来なかった一日だった。
ありがとうございます、感謝。自分はあんな価値のない講演をしていないかと考えるチャンスをくれた小林さん。
ありがとうございます、感謝。あの内容で高額な講演料が取れるなら、充分私にもチャンスがあると持てた自信。
ありがとうございます、感謝。講師は低レベルだったが、それに反してCSレベルが高かった会場スタッフと司会をした青年社長。(あの社長の講演を聞きたかった)
2006年04月09日
『恒常性』

万人に備わっているホメオスタシス(恒常性)。
神が私たち人類に与えてくれた最高のご褒美だ。
先のブログ『口内炎』に記したが、ここ数日間辛い思いを抱えて研修をした。
しかし治るものなのだなぁ。
完治したのだ。もう何でも喰えるのだ。醤油も恐くないのだ。嬉しい~~~ッ!!
人類に備わったホメオスタシスのお陰で‘元の状態’に戻るものなのだ。
私たちは本来、健康であるように造られている。
時間が経てば‘その状態に戻る’のだ。そう出来ている。
健康の概念を少し広げてみよう。
身体の健康以外にも、精神的な健康もあるし、経済的な健康もあるし、社会的な健康もある。それら全ての健康を害したとしても、私たちに備わったホメオスタシスは元の健康に戻してくれるありがたいお力だ。
心が張り裂けそうに辛く悲しい出来事に遭遇する事もある。それが人生だ。しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
お金が無くて苦しい生活を強いられる時期もある。それが人生だ。
しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
リストラされて仕事が無くなる事もあれば、仕事があってもヤリガイを感じられず転職を考える日々もある。それが人生だ。
しかし私たちはホメオスタシスによって‘元の状態に戻る’のだ。
口内炎は渦中においては辛かったが、多くの事を私に教えてくれた。
そう、私たちに襲ってくる辛い事は、どんな種類の事も決して立ち止まらない。いつか必ず去って行き、去った後は懐かしささえ心に届けてくれるのだ。
ありがとうございます、感謝。二度と経験したくないが、ちょっぴり別れがたかった口内炎の激痛。
ありがとうございます、感謝。どんなに辛い事も必ず去って行く宇宙真理。
ありがとうございます、感謝。去って行かせてくれるホメオスタシスのメカニズム。
2006年04月08日
いるだけで・・・

今週は月曜日~木曜日から某企業の新入社員研修を合宿でやっておりました。
(おきまりの”陸の孤島”での合宿です)
いつも思うことなのですが、
「あ~俺も今から18年前には、ここにいる受講生の方々と同じ顔しながら”新入社員研修”
なるものを受講していたんだなぁ・・・・」と思うわけであります。
しかし・・
当時の私と明らかに違うのは、はるかに今の新入社員の方々の方が難関を勝ち抜いて、
今のこの研修会場に座っているわけです。
(まぁその本人自身は、その難関を突破したという実感がない方が多いようなのですが・・・)
私のころは内定が5~6社は当たり前・・・という今の時代から見れば極めてバブリーな時代
の就職活動だったわけです。(だってジュリアナ東京・マハラジャの時代であります)
(そういえば、我々が新入社員になったとき、我々の世代は
【新人類】(あ~古い!)
などと呼ばれていました)
本人が自覚するしないはともかく、今の新入社員はある意味では「優秀」なわけです。
でも・・・彼らは不安なんですね。
社会人としてやっていけるのか?
え?こんなに習慣が違うの?
先輩・上司は怖いのかなぁ・・・
と、いろいろなことが不安なわけです。そしていきなり入社して研修なんて受けるから
もう頭の中は不安でいっぱいなわけですね。
そしていろいろ学び、彼らはいつでもこう言います。
私達は会社にりっぱに貢献できるのか?と・・・
確かに仕事なんてよく分からないし、敬語すらままならない。
できることと言ったら「元気よくあいさつすること」ぐらい。
大丈夫です。
その新入社員という存在そのもので、皆は立派に会社に貢献しているんですよ。
あなた方を観て先輩や上司はみんなこう思うものです。
「何をするにも緊張しているな。あ~俺もこんな時代があったなぁ・・・」
「俺の娘ももうちょっとでこんな風になるんだろうなぁ・・・」
これは「新入社員」の特権なのですよ。だからせめて元気に新入社員をしてください!
だって「新入社員」という言葉は「元気」や「若い」という言葉の代名詞なのですから。
何もできなくても、いるだけで周りがちょっぴり元気になれる存在
これってすごいことです。誰しもが一度は経験した「新入社員」という肩書き。
でも人生でたった一回しかつかない肩書き。この1年を大事にしてね・・・
こんなことを思いながら研修をやっていました。
(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)
2006年04月06日
『口内炎』

小さいくせにメッチャ存在感あるがなぁ・・・私の口の中に出来た仲良~く並んだ丸~い白~い二つの口内炎。
下唇の内側に出来たり、ほっぺたの裏側に出来るのなら、まだマシだが、舌の付け根に出来た今回の口内炎は動く所にいるので、凄まじい苦痛を私に与え続けている。
喋ることが仕事である私は、左奥歯に口内炎が触れるたびにビクッ!と激痛が走る。形は丸~くて可愛い~い小さな口内炎だが、全身に苦痛を与えよる。
喋るたびに涙が出そうになるここ2~3日。
そのたびに身体から変な汗が噴き出しやがる。しまいには心臓までドキドキしてきやがる。
さらに日ごとに大きく成長しつつあり、二つがひっついて一つに合体しそうな勢いだ。
何が原因なのか・・・?
‘気付き’という観点からすると、‘口に出来る口内炎=日頃の口業(くごう)を慎め’ということになろうか。私が自分で気付かぬうちに受講生を傷付ける言葉を吐いていたのかも知れないし、間違った言葉を使っていたのかも知れない。
それとも単なる医学的な疾患か。
単なる栄養の偏りか、胃腸障害か。
原因はともかく、仕事に支障を来たしているのは事実である。
結論から言って口内炎の特効薬は無い。できれば私の大切なクライアントである外資系の製薬会社に‘夢の新薬発売’をお願いしたいところだが・・・。
そこで私が試したあらゆる治療法(ビタミンを大量に摂取する、副腎皮質ホルモンを塗布する、口を開けて乾燥させる、etc.)の中で、一番楽なのは‘麻痺させる’ことだ。
鎮痛剤である市販の頭痛薬を定量の倍飲む。(それ以上は服用すると今度は研修中にクラクラして何を喋っているか自分で分からなくなるので危険)
そして痛みを感じさせない状態にして、あとは神が授けてくれた自分の最強自然治癒力のパワーをひたすら信じて待つ。それしかない。時間薬しか治療法はないようだ。
しかしまぁ、ほんまに苦しいのは3日間ほどだ。口内炎は不治の病ではない、絶対に治る疾患なので、根気良く待つしかない。
あの、治りかけの、鏡に映る口内炎が小さくなっていく様子を見て、一種の名残惜しさを感じる感覚が明日にでもやって来てくれる事を祈りつつ・・・。
ありがとうございます、感謝。口内炎を通して様々な見返りが出来るここ数日。
ありがとうございます、感謝。醤油が滲みるたびに飛び上がりそうな激痛を感じる事で普通に食事が出来る喜びの再認識。(明日からは、まともに喰いたい)
ありがとうございます、感謝。頭痛薬で痛みを誤魔化す事が出来るお陰で受講生に迷惑をかけていない薬力。(いざとなればサプリメントよりも、やはり薬だ。今日も朝から4錠ブチ込むぞ。)
2006年04月05日
『蕎麦屋から見える風景』

姫路の行きつけの蕎麦屋から外を見ると、席によってはフリーマーケットのような店が見える。
婦人服の安売り店なのか、ワゴンハンガーに服が吊り下げられてある。
蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを胃袋に流し込んだ3杯目あたりから揺れてくる私の視界に婦人服が映った。
頬に伝わる熱い何かはアルコールによる発汗なのかと思いきや、涙だった。
今は亡き父と、今は独り暮らしをしている母に対するそれだった。
私の両親は二人で力を合わせて婦人服のブティックを経営していた。
私と兄を育てるために必死で商売してくれた両親の溢れんばかりの深い愛情が今なら充分理解できる。
サラリーマンでは無かった父は、何の保証も無い商売人一筋の男だった。
生まれ育った韓国から日本に引き上げてきてからが、彼の商売人としての人生スタートだ。
若くして結婚した母もその男に自分の人生の全てを賭け、家庭を持った。
夫婦で商売をしながら、男の子二人を育てるのは並大抵の苦労ではなかっただろう。体力的にも経済的にも。
彼らが兄と私を渾身の愛情でもって育んでくれた全力疾走の人生は、婦人服が支えてくれていたのだ。
うちの店の婦人服を買ってくださった当時のお客様の財布から出たお金が私たちを育ててくれたのだ。感謝。
私も商売人である今、何の保障も無い環境は父と一緒だ。
その父の想いを、吊り下げられた婦人服が酔っ払った私に雄弁に物語っているように感じた。
今度は私の番だ。息子と娘のために全力疾走で生きていこう。
蕎麦焼酎に涙のしょっぱさがブレンドされた夜だった。
ありがとうございます、感謝。私の生き甲斐の息子と娘。(二人がいなければ私の人生は思いのままに地獄に落ちていた)
ありがとうございます、感謝。将来、親娘二人で飲めそうな娘。(多分私よりアルコールに強くなりそうだ)
ありがとうございます、感謝。将来、人生を熱く語れそうな息子。(多分私より人生に真正面から取り組む男になりそうだ)
2006年04月04日
『寛美先生の残された言葉』

「芸は水に文字を書くようなものだ。書き続けないと見えない。」
故・藤山寛美先生の残された言葉だ。
私は常々書いているように‘研修講師’というより‘ピン芸人’だとアイデンテティを抱いているので、‘講演’や‘研修’というより‘芸事’を毎日させて頂いているつもりだ。
ゆえに‘講師スキルを高める’というよりも‘芸を磨きたい’、については異常なほどモチベーションが高いと自負している。
その芸事は理論ではなく実践なのだと、仰っているような寛美先生のお言葉である。
つまり、本を読んで理論を構築して頭デッカチになるのではなく、毎日舞台に立ち続ける(もちろん毎日稽古し続ける)ことこそが、芸を磨く最高の環境なのだとの意味であろう。
ギャラの安い案件を断っていた自分を猛省しないといけない。
私は‘スーツを着た日雇い人夫’なので身体は一つ。同じ動くのなら案件によっては3倍ほどギャラの開きがある中、日程が安く押さえられるのに抵抗があった。
しかし寛美先生のお言葉で、‘文字を書き続ける’ことが大切なのだ、ギャラに関係なく舞台に立ち続ける環境こそが自分の芸を磨く事なのだ、と感じられた。
舞台に立つことで芸人は生きていける。
舞台に立つことで芸人は自らを磨ける。
それを続けていかなければ、水の中で消えてしまう。
ギャラを追いかけず、舞台の本数を追いかけよう。
ありがとうございます、寛美。いや、感謝。タイムリーに蘇ってきた名人のお言葉。
ありがとうございます、感謝。常に揺れ動く自らの心の軸を微調整できた機会。
ありがとうございます、感謝。水のように移ろいやすく消えやすい危うい仕事で生計を立てているスリリングな人生。
2006年04月03日
『最期のボイスレコーダー』

先日ANAのストライキについてのブログを公開したが、自分らの労働条件改善に必死になる時間があるなら、ほんまにもっと全身全霊をかけて安全運行に集中して欲しい。
依然として続く航空トラブル。飛行機を利用する私は恐ろしくて乗れない。極力、新幹線での移動となる。
私が大学3年生の夏にJAL123便の大惨事が起きた。
父の従兄弟が搭乗していて尊い命を亡くした。
十数年経って公開されたボイスレコーダーの鬼気迫る機長の最期の最期まで諦めない安全にかける執念ような使命感を今、航空業界に関わる人たちは学ばなければいかんと思う。
「あたま上げろッ!あたま上げろッ!ターンライトッ!がんばれッ!がんばれッ!」と副操縦士に叱咤激励しながら最期まで‘乗客の命を守る’使命にまっすぐ突き進んだ機長。
その機長が、「あ~、山だ。ぶつかるぞ。ドーンと行こうや。」と副操縦士を必死で落ち着かせようと気力を振り絞る声は、死を直前にした一種穏やかな響きさえ感じたが、ボイスレコーダーが爆音で掻き消される瞬間に発した最期の言葉「もーダメだーッ!!」が忘れられない。
JALの社員もANAの社員もこの最期の記録を心に叩き込んで、自分たちの企業としての社会的責任を痛感して欲しい。JR事故と同様、二度と起きてはならん。尊い命を預かる責任を再認識せよッ!
ありがとうございます、感謝。最期の最期まで自らの使命を全うしたJAL123便の機長。
ありがとうございます、感謝。亡くなった方々の分まで力強く今も生きていらっしゃるだろう生存された4人の方。
ありがとうございます、感謝。‘上を向いて歩こう’を多くの日本人の心に残した坂本九ちゃん。
2006年04月02日
『悲しくも見事だった芸人魂』

我々芸人は昔から、‘親の死に目には会えない仕事’と言われている。
確かに私の代役が利かない研修や講演本番に穴を開けることは許されないし、その日にもし私の母が・・・、と思うと辛い職業である。
昨日の紳助は立派だった。
相方の竜助が亡くなった昨朝、おそらく泣き明かしたのだろう、先程までの生本番‘オールスター感謝祭’のMCを勤める紳助の目は腫れていた。
相方を亡くすという深い悲しみの中、気丈にもバラエティを最後まで仕切った紳助はさすが、さんまと並ぶ二大巨匠だ。
私が高校時代に起こった漫才ブーム。
‘紳・竜’は間違いなくその中心にいたコンビだ。
紳助はピン芸人として既に天才の域に達しているが、その原点は‘紳・竜’であり、竜介(当時は‘介’)がいてくれたお陰でビッグになれた事に誰も異論はないだろう。
しかし残念だ。
今年は‘紳・竜’復活プランがあり、つなぎの衣装まで用意されていたというのだから・・・。
もう一度観たかった。
ありがとうございます、感謝。晩年は不遇だったが、一時代をしっかり築いた竜助。(ご冥福を祈ります)
ありがとうございます、感謝。天国でやすし師匠と再会して、お笑い界を見守ってくれ、竜助。
ありがとうございます、感謝。プロの芸人魂で仕事を貫いた紳助。
2006年04月01日
ちょいワルおやじ

今日は風もなく穏やかな一日でした。
花見には絶好の日でしたねぇ・・・道路も花見客でえらく混んでいました。
最近「ちょいワルおやじ」という言葉がはやっています。まぁおおよそ40代以降の男性に
向けての「褒め言葉」(?)なのでしょうが、よく耳にするようになりました。
もともとはある雑誌で使い始めた言葉なのですが、語呂も言いやすいこともあり
ちょくちょく新聞、雑誌などでもこの活字を見るようになりました。
弊社のスタッフがこのことについてこう言っていました。
「”○○さんってちょいワルですね!”
って言うと大抵のおじさんは喜ぶんですよねぇ~!」
ああ・・・「ちょいワル」とはおじさんにとって立派な「褒め言葉」化している
んですねぇ
まぁ何をしたら「ちょいワル」と言われるのかは分かりませんが、ともかく
仕事もできて、なおかつちょっぴりワイルド感を感じさせる語感などが、
それを言われたおじさんを
「え?俺ってそうかなぁ~(てへへ)」
と思わせるのかもしれません。
でもふと思うのですが(あくまでも私見です)、この年代は仕事でも家庭でもなかなか
難しい立場(?)でして、そしてやりたいこと(例えば趣味など)がしたくてもできない
年代なのでしょうね。
しかし「自分なりに好きなことをやっている人」(遊び人とはまた違うのですが・・・)
もっと言えば
「自分だけの時間を満喫して、自分なりの生き方をしているヤツ」
が「ちょいワルおやじ」と言われるのでは?って思ったりします。
この言われた方はともかく、一番元気でいて欲しいこの年代(しっかり私も入りましたが)の
おじさんは、「ちょいワルおやじ」を観て羨ましがらず、一歩でも
「自分なりの生き方」
をしてもいいんじゃないの?と思うのであります。
ちなみに私の周りの方々はかなりこのおやじが多いです(笑)
PS①
今日6時に起きて、知り合いの方にバイクのカスタム(マフラー交換:かなり音は太くなりました(汗))
をお願いしました。そして同じバイク仲間も集まり、朝からガヤガヤバイク談義に花を咲かせました。
う~ん圧巻です!あ~ますますハマっていきます・・・(笑)
PS②(お知らせ)
来週4月3日~6日まで長期出張のため事務所を不在にします。私のブログは7日以降に
またアップする予定です。
