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2005年08月29日

感動の交換

普段はほとんどTVを観ないのですが、昨日はたまたま4CHの「24時間TV」を観ました。
と言っても・・・
それも最後の20時30分ほどから観たのですが、そのラスト30分はとても感動させられ
ました。それは丸山弁護士がまさに100KMを完走した場面だったのです。
(その日は久しぶりに遠出して、単にその時間に戻れただけなのですが・・・)
私が数少ない観るTV番組のひとつとして、「行列のできる法律相談」を毎週ほぼ観ていて
以前より丸山弁護士が走ることは知っていました。
59歳で本当に100KMも走れるんだろうか??と思っていましたが、まさにそのゴールを
観てなぜか自然と涙が出てきました。
すごいです!!本当にすごいと思いました!!そしてとてもカッコ良かったです!!

実は私はマラソンが大の苦手でして、いつも学校で行うマラソン大会ではビリから数えた方が
早い順位でした。その私の辛さなんぞはまったく比較にはありませんが、自分なりに長距離を
ひたすら走る辛さは分かっているつもりです。
(だから元旦にやる大学駅伝も満足に観たことがありません。正月からあの辛さを思い出す
からなんです・・・)
それもあの59歳!という年齢で!
数々の怪我に見舞われ(また3日前には腰痛にもなったそうです)ながら、
完走したあの精神力!
本当にすごいと思いました!!TVをあまり観ない私ですらあんなに感動するのですから、
他の方はもっとすごいんだろうなぁと思っています。(ちなみにゴール時の瞬間最高視聴率は
41.8%というのもかなりおどろき!です)

別に丸山弁護士は人々に感動を与えようとしているわけでもなく、ただできるだけ走ろうと
いう意志と責任感の強さと、そして周りの多くの方々の声援に支えられたとも言っていました。
そして

多くの人は丸山弁護士から多くの感動を与えられ、

また丸山弁護士は多くの方々から感動を与えられた・・・

その「感動の交換」にも感動してしまったんです。

そしてたまたまTVを観て、途中何ら声援すら送らなかった私にもその感動を分けてもらえる・・・
こんな私にも感動をくれて

本当にありがとうございました!


PS

大学1年生(ちなみに当時18歳)の時に、大学主催の後楽園から八王子まで
完走する大会に出たことがあります(今でもあるんでしょうか?)。
夜中に後楽園キャンパスを出発して、途中2度も雨にあたりながら朝方6時ごろ
八王子キャンパスまで到着しました。
最後はもう歩けなくなり、途中で適当な長さの棒を「杖」がわりにしてフラフラになりながら完走
できたのを覚えています。その後まったく歩けず、足がパンパンになり友人の下宿先で3日間を
過ごすハメになりました。たぶんそれでも完走した距離は50KM程度だったと思います。
今ではいい思い出ですが、2度とやりたくありませんし、できません・・・


あまりTVを観ない私がなぜ「行列のできる法律相談」はよく観るのか?
あの島田伸介さんの絶妙なアドリブが私は好きなんです。いつ観ても「すごいな~」と
感心してしまいます。
TV内容は離婚や損害賠償というテーマが多くて、たまに家族と観ていてどんな顔して観たら
いいのだろう??と思う時もありますが・・・(笑)

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 21:20 | トラックバック

2005年08月26日

視点のちがい

子供の視点には驚かされることが多々あります。

それを単なる大人と子供の「知識や知恵の量」の違いだと
と片付けるのは簡単なのですが、言い方を換えれば

「分かることが多くなればなるほど、見えなくなることも多くある」

と言えるのかもしれません。

これは私の娘がまだ小学生の1・2年生ごろのお話。
私の家の隣は当時も今も駐車場なのですが、その駐車場の看板にはこう書いてありました。

「空きあり」

私はそれを見て、「あ~ここの駐車場は相場より高いんだよねぇ・・でも全面アスファルト敷き
だから、俺がもし借りる立場ならジャリ駐(砂利敷きの駐車場)より、ちょっと高くてもこっちを選ぶ
よなぁ・・・洗車してすぐ汚れるのはもったいないし・・・」
なんていろいろ考えていました。
すると娘がその看板を見てこう言ったのです。

「ねぇお父さん、なんでわざわざ“空気”(空き)ありなんて書いてるの?」

なるほどねぇ・・・空気ときたかぁ!でも確かにそう読めるよなぁ~(笑)
私は自然と何ら疑問も持たず「あきあり」と読んだのですが、娘は同じ字を読んでも「くうきあり」と
読む。まぁ私の娘の漢字読解力がないと言えばそれで終わりですが、その視点の違いにある種
驚きを感じました。
他にも当時を振り返れば・・・

マンホールを見て
「あ~このマンホール笑ってる!」(確かにそう見ればニッコリと笑っているように見える)

歩道に車が乗り上げないように立ててある高さ50cmほどの柱を見て
「うちにあるコショウ(胡椒)のビンみたい!」(確かに形はS社製のビンの形状にそっくり!)

といろいろ着眼点の違いを感じさせられたのです。
しかしこれは単に大人と子供の違いだからなのでしょうか?
これはいろいろな「発見」を含んでいるなぁと思うんです。

①知識も必要だが、時にはまったく違う視点で観察できる「柔軟性」を常に持つことが必要
②相手と同じものを見て、同じ内容を聞いているのに、お互いにまったく違うように捉えてしまう
③どんなものにも興味関心を抱くことから、発見が生まれる 

などです。

私の著書でも書いたことがあるのですが、その人の立場や状況、さらには価値観によっていろいろ
な考えが出るのですね。それがある時はお互いを理解し合い、そしてある時はお互いを誤解してしまう・・・
というのも作りだすのでしょう。
(手を打てば、鯉は餌と聞き、鳥は逃げ、女中は茶と聞く、猿沢池)
だからこそ、人にはいろいろな形でのコミュニケーションが必要なのですね。

またあらためて思うのは・・・
「ある面では、大人になることが成長の証と言われるが、
自分自身が成長していると言っていること自体、
実は退歩の第一歩なのではないか?」

とも感じるのです。

既に大人になった者は「自分は「成長している」といい、本当に日々成長している者(例えば子供)
は決して「自分は成長している」とは言わない。
うーん・・・改めて反省です!

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 12:01 | トラックバック

2005年08月25日

「多忙」が招くこと

やっとここのところ涼しくなってきました。日一日と秋になってくるのでしょうか?

やっと執筆作業も何とか終わり、またお盆も明けたためか連日打合せや
コンサルティング、研修、講演をやっております。
これを人は「多忙」と言いますが、実はこの「多忙」というのは決して良い
状態ではないのですね。
もともと「忙しい」とは、「心を亡くす」と書くわけで、

「自分の心の在り様を失ってしまう」

となるわけです。
ですから「多忙」とは

「心の在り様をより多く亡くしてしまう」

となるので、これは考えようによっては非常に問題なわけです。

自分がもしここのことろ
「忙しいなぁ~!」や
「メチャメチャ多忙で目が回らない!」
と自覚した時は、ふとこのことを思い出すようにしています。
必ずどこかで
「自分の心の在り様」を失っているからなんですね。

そして失って初めて分かる大きなもの・・・それは信用であったり、信頼であったりと
人それぞれではありますが、それらを一瞬で失ってしまうこともあるわけです。
あらためて私もそれを自覚もし、反省もした昨日でした。

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 08:41 | トラックバック

2005年08月21日

半強制的な「引きこもり」を経験して・・・(笑)

先週の10日~16日まで、当社では夏季休業とさせていただきました。
・・・と言っても、私は今年の年末に出版される本の執筆があり、
この期間中はずっと執筆に没頭しておりました。
普段の仕事をしながら、なおかつ本の執筆も並行して進めるという
「器量」は私にはないので、ここのところ3年連続で
“夏休みは執筆するための期間”というような生活を送っております。
あらかたのことを、この“期間”にやっておかないと後々に多大な業務の支障を
来たすからなのですが、実はこの執筆の期間というのは結構辛いんですね。

ともかく集中して書かなければならず、と言っても時間があればそれだけ量が
書けるものでもなく、常に自分の集中力と気力と体力に相談しながら続ける
と言った具合です。
そしてこの執筆中の私の気分を例えて言うならば、

「鶴の恩返し」のあの鶴の気分とほぼ同じ

と思っていただいていいでしょう。
(まぁこれは、研修テキストやコンサルティングなどでも同じことは言えますが・・・)

恩返しとはいえ、毎晩身を細めるほど自分の羽を使って1枚の反物を作る・・・
そんな気分になりながら執筆しているのです。
しかしこれが不思議なんですね。
確かにそんなに辛い仕事なら、何で3年もやっているの?と言われそうですが、
この辛い気分を一発で吹き飛ばしてくれることがあるからです。
初版本が書店さんにならんだ時、

「あ~えかったぁ~気持ちいい~!」という気分で満たされ
(これこそまさにエクスタシーですな)
そしてまた「じゃ来年も書こうっと!」と思うわけです。

だからまたついつい夏休み期間中に書いてしまっている自分がいるのですが・・・

しかし最近は夏休みの取り方が皆さんバラバラなため、お盆時期でも結構電話やメールを
頂くんですね。今年もそうでした。
すると頂いたご連絡にすべて対応していると全然執筆が出来ないので、仕方なく
携帯に直接お電話いただいた方(それも名前を存知上げている方)のみお話し
して、あとの会社にいただいた電話やメールは後日対応とさせていただきました。

性格的に本来はこういうのは好きではないのですが、やはり優先順位も
あるので仕方なくこの期間中はそういう対応をしていました。
するととても罪悪感や孤独感などを妙に覚えてしまうものなんですね。
すると

「あ~俺はいま半ば強制的な引きこもり状態なのだなぁ・・・」

とふと感じてしまったわけです。
性格的な部分もありますが、私にはこれがめっぽうこれが辛い!

誰かと話したい・・・(あ~今日も誰とも話さなかったな・・・)

誰かの顔を見たい・・・(あれ?顔を見たのは、鏡に映った自分だけ?)

思いっきり外で一日を過ごしたい・・・(外は暑いんだろうな~でも全然実感がない!)

という衝動と格闘しなければならない自分もいたりします。

この強制的な「引きこもり」を経験しましたが、やはり

人は、人と接してナンボのもん

なんですね。
だからいろいろな問題もできるわけですが、その問題を解決することも
人にとってよい経験にもなる。
そして経験があってこそ、はじめて成長ができる・・・
ということなんですね。
「人は、他人がいるから成長できる」
とでも言いましょうか?確かに自分だけでが経験し、そしてそこからの成長も
可能ですが、やはり他人と接して受ける様々なこと
(自分にとっていいこと、悪いことなど、感動・感謝、怒り、悲しみなどなど)
の方がはるかに、大きな影響(=経験)を自分に与え、そしてそこから学ぶ
点は多いわけですね。

やはり・・・私には「引きこもり」は合いません。
(でもやっぱり来年も執筆はしているんだろうなぁ~)(笑)


(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 17:10 | トラックバック

2005年08月20日

基準の楽しみ方

浦上俊司

ローライズのジーンズが流行りのせいか、街を歩くお姉ちゃん達の艶めかしい腰のラインが丸見えの昨今だ。ありがたい。
中には、しゃがんだ時にケツの割れ目まで見せやがる。ほんまにありがたい。
腰から下着が、ほとんど露出してやがる。心からありがたい。

聞くところによると、「見られてもいい下着」だそうな(笑)。
しかし、そもそも「見られてもいい下着」っちゅうのは何やねん?!

見られてもいい下着とか、見せてもいい下着とか、見れないものを見れて嬉しい下着とか、そこには全て、見せる側と見る側の基準の相違がある。

私の基準からすると、‘見てはいけないものを見てしまった、嬉しい、久しぶりに見た、涙が出るほどありがたい、脳裏に焼き付けるぞ、ありがとう’となる。

夏の海やプールでの、女性のビキニにしても同じ。
見せる側は、‘水着’だからOKだろうが、私、つまり見る側は、集中力を高めて高めて、こんな集中力、研修中でも出さへんで~というくらい集中して、イメージトレーニングにより‘水着’を‘下着’と捉えてしまう。
と、そのように見えてくる。ありがたい。嬉しい。涙が出る。感謝。合掌。ナム~。

世の中全て、人それぞれの基準が交錯しながら、また、共鳴しながら成り立っているんだなぁ。

異性の好みにしても私のように、極端に痩せていて童顔で色白で、八重歯があってショートヘアでタバコ吸わない人じゃなきゃヤダぁ~~と我儘な基準ばかりが世に蔓延すると、世の中の組み合わせが狂ってしまう。

私には死んでも(何回死んでも)理解できない基準だが、世の男性の中にはデブフェチと言って太った女性しか好きになれないと言う基準の人もいると聞く。
色んな人がいて、いいんだなぁ。色んな基準があって、いいんだなぁ。

ありがとうございます、十人十色の基準。
ありがとうございます、最近のお姉ちゃんの腰骨。
ありがとうございます、「見せてもいい下着」と言う非常に便利な表現を考えてくれた下着メーカー。

投稿者 : 浦上俊司| 17:05 | トラックバック

2005年08月18日

男の更年期?

実は私は来年で40歳になります。
(3月の早生まれなので、未だ39歳なのですが既に同級生は40歳という学年です)

・東京オリンピックを知らない(その時には存在していない!)世代
・大阪万博は何となく知っているような世代
・バブル期の絶頂時に学生をしていた世代
・ワンレン、ボディコンを思い切り謳歌していた世代
(ちなみに当時の私はあまりこういう方々とお知り合いになる機会は残念ながらありませんでしたが・・・)
・会社に入社したら世間からは「新人類」なんて言われた世代
・景気後退によって、企業ではお荷物的存在になってきた「バブル入社組」と言われている世代

その世代もいよいよ「不惑の40歳」になり、厄年が気になってつい神社に
お払いでもしてもらおうかなぁと思う年齢になりました。
(不惑なんて言われるけど、毎度惑うばかりなんですけど・・・)(笑)

先日の毎日新聞 (2005年8月7日)の朝刊に「男の更年期」という記事が
ありました。
最近ではかなり認知されてきたことのようですが、それら症状を読んで思わず
「あ、俺って更年期?」と思わせる内容ばかりでした。

(1)体の調子が悪い(最近朝起きてもすっきりしないんだよなぁ)

(2)関節や筋肉が痛む(肩が痛いなぁ・・・これって40肩?)

(3)発汗しやすい(最近暑いのもあるけど・・・でもどうも汗がサラサラしてないよなぁ)

(4)疲れやすい(お酒を飲むとすぐ眠くなる??)

(5)よく眠れない(熟睡や爆睡を最近経験してないなぁ・・・それに目覚ましが鳴らなくても起きちゃうし)

(6)いらいらする(電車の中で公共のマナーを守れない人を見るとついイライラしちゃいます)

(7)体力の低下(ちょっと走るとすぐゼーハーしちゃう、これは煙草の吸いすぎですかね)

(8)ひげの伸びが遅い(昨日剃ったのにまだ今日もこのままでイケる)

(9)性的能力の衰え(各人のご想像にお任せします)

(10)仕事の能力の低下(集中力がかけてぼ~っとしてしまう)

(11)すぐに落ち込む(ちょっとしたことを言われて、すぐ落ち込んでしまう)

(12)人生の山が通り過ぎたと感じる(人生80年としたら・・・あ、もう折り返し地点を通過したの?)

私はこの中の項目がかなり「該当」していましたので、これが「更年期の症状なんです!」
と言われると、素直「ハイ」と納得してしまっている自分がいます(笑)

しかし・・・更年期だからと言われても別に落ち込みません。
なぜなら誰でも大なり小なりなることで、仕方がないと思うしかないからです。
そして、
事実を聞いて(見て)落ち込むことより、そこから自分はその問題をどう解決できるのか?
という部分が大事ですよね?
まさに問題解決のプロセスはまさにこんなところから始まるのです。
自分にとって極めて「よろしくない」事実を聞いて、そこから何をするのか?できるのか?
そこから問題を解決できる糸口を見つけられのです。
これがポジティブシンキング(前向きな思考)ということですよね?

(注)最近急にバイクに乗りたいなぁ・・・と思い、いっそのこと大型を取得して
あのマッチョなハーレーでも乗ろうか!とも思っています。
ちなみにある本によれば、
「40歳近くになって、急にバイクに乗りたいと男が思ったらそれは“老化現象”の第一歩」
ということを読みました。
はぁ・・・やれやれ。つくづく私は「40にして不惑」という、まさにノーマルな年の取り方を
しているんだなぁと感慨深くなりました。

喜んでいいのか、悲しんでいいのやら・・・


(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 18:17 | トラックバック

生き方流、それぞれ

浦上俊司

何かを信じることで人は強くなれる。そして‘絶対の安心’を得る。

‘神’を信じる人、‘仏’を信じる人、‘キリスト’を信じる人、宗教くさい表現が嫌いで‘大いなる何か’を信じるという人、同様で‘サムシンググレート’と言う表現が好きな人、‘宇宙霊’を信じる人、‘宇宙エネルギー’と言う表現もある。
そして、自分の力だけをとことん信じ抜く人。

生き方は、流派がそれぞれあって然るべしだ。何を信じて生きていくかも。

私流(私が信じきっているもの)は以下の3つのポイントに集約されている。

1、輪廻転生
肉体はこの世での修行を行うための‘借り物’であり、私たちの本体は何度も生まれ変わり死に変わる‘魂’という生命体である。
何のために、肉体と言う‘窮屈な制限’をまとってわざわざこの世に来訪するかと言えば‘進化と向上’のためである。
では、なぜこの世で苦しい思いをしてまで‘進化と向上’を目指すかと言うと、私たちはそういう生命体だからである。(としか私には説明がつかない。純粋に‘進化と向上’を目指す生き物なのだ。何のために、という理由付けは無く、そういう生命体なのだ)

つまり、この世での苦しみは、前世でやり残した課題(解ききれなかった宿題)を今回こそクリアして、‘魂の進化と向上’を果たしてから本来の故郷である‘あの世’へ帰るためのハードルということになる。飛び越えねばならぬ。
苦しみから得られる‘進化と向上’の方が、楽しみから得られる‘進化と向上’より、深く達成できるように設定されているのだろう。しかし、最初の設定はそうであったとしても、楽しみから得られる‘進化と向上’でかなり深いレベルまで到達できればさらに良い。(ハードル競争で高いハードルの方が筋肉は鍛えられるが、低いハードルにセットして早くゴールテープを切っても、ちゃんと他の筋肉は鍛えられる)

その意味では、人生のシナリオは基本的には決まっているが書き換えも可能なのだ。(これは以下に記す感謝道によって可能になる。ハードルを低くセットできる。)

このように輪廻転生を繰り返しながら私たちは何度も何度も時代を変え、出生地を変え、両親を変え、友人を変え、配偶者を変え、子供を変え、仕事を変え、前世からの課題を変えて‘進化と向上’していくのである。(こう考えなければ、どう考えても納得できないことが多すぎる。例えば生まれながらの障害など、単なる偶然で片付けるのは私には納得できない。きっと障害を持った本人やその両親が‘進化と向上’していくために自ら選んだ(設定した)人生だとしか思えない。)

だから、‘なぜ?’かも分からないし、‘何のために?’かも分からないけれど、この世での苦しみは私たちが自ら設定したものであり、今回の人生で‘進化と向上’していかねばならぬ。

2、感謝道
感謝道については今まで、何度も言及しているが、とにかく‘ありがとうございます’の言霊力については多くの方が言及しておられるように、宇宙共通の真言だ。
唱えまくることだ。
私は詳しくは知らないが‘波動’的にも凄くいいらしい。(ありがとうございますを唱えている人の周りにはマイナスイオンが発生すると言う実験結果もあるそうだ)

今回の人生のシナリオを愚痴のフィルターで捉えていけば、ますます厳しいものになる。
感謝のフィルターで捉えれば厳しさが半減し、それでいて、ちゃんと‘進化と向上’はできるレベルに落ち着く。(低いハードルで、ちゃんと筋肉を鍛えられる)
できれば、苦しい人生を送りながら‘進化と向上’を遂げるより、ハッピーで幸せでルンルンで‘進化と向上’を遂げる方が生まれてきて良かったとの実感が持てる。
又、感謝道のすばらしさは、実践者の身に起こる全ての出来事について、大難を小難に、小難を無難にしてくれるのだ。だから必要なことしか起こらなくなる。全てがその時の自分にとって必然の出来事ばかりになる。
私は感謝道を始めてから時々‘天啓’のような物を感じる。そして、それはいつも最高のタイミングで最高の場所にやってくる。(後で振り返るとよく分かる)

3、辛抱貯金幸福満期(シンボウチョキン・シアワセマンキ)
これも以前に触れているので、詳しくはそちらに譲るが、前向きな辛抱は絶対に裏切らない。
必ず‘何か大いなる所’へ貯金される。
そして満期が来た時には、これでもかッこれでもかッというくらいの幸福の雨あられが降り注ぐ。すさまじい雷雨のように幸福が頭上に降り注ぐ。
‘前向きな辛抱’と言ったが、最近ではそれだけでなく‘後ろ向きな我慢’もOKだ。貯金対象になる。とにかく貯金する。貯金しまくる。貯めまくる。満期を信じて。

この、辛抱貯金幸福満期を信じていけば、1の修行に耐えられなくなる瞬間が訪れた時にでも乗り越えられるのだ。2の感謝道も一瞬飛んでしまいそうになる時が何度も襲ってくるが、それも乗り越えられるのだ。
嫌なこと、辛いこと、苦しいことがあったときに即、ありがとうございますを唱えられるのは辛抱貯金のおかげだ。心が張り裂けそうになるたび、チャリ~ン、チャリ~ンと貯金箱に貯まる。それはやがて満期になる。だから貯まる度に即、ありがとうございますが素直に言える。

以上の3つが私の信じる生き方だ。

この世は修行の場ではあるが、捨てたもんじゃない。‘修行’であって‘苦行’ではない。
みんな等しくハッピーになれるのだ。
それは、基本シナリオをうまく書き換えていけば必ず、この世で幸福になれるのだ。

変な宗教がいうところの、‘この世で頑張ればあの世は楽園が待っている’的思考は、私は単なる‘現実逃避’であり、力強く生きていく人間らしさに欠けるように思う。
前世の課題を因縁として頂きながら、この世に生を受け、課題を楽しく達成しながら、この世で幸せになり、あの世でも幸せになる、それが私たちの人生に立ち向かう逞しいあり方なのだ。

ありがとうございます、輪廻転生。
ありがとうございます、感謝道。
ありがとうございます、辛抱貯金幸福満期。

投稿者 : 浦上俊司| 11:22 | トラックバック

2005年08月11日

終戦60年を迎えて

残暑お見舞い申し上げます。まだまだ暑い日が続きそうです。

さて、先日ある広告を見て思わず8巻セットのDVDを購入しました。
それは昭和の時代を映像で解説していくもので、
なかなか見ごたえがありました。
あらためて、昭和という時代(私もこの時代に生まれているのですが)は
戦争一色で始まり、すべてが崩壊し、そして軌跡の復興を遂げた
まさに「激動」という時代だったわけです。

私は昭和41年に生まれているので、まさにその時は「高度成長期」。
しかし子供だったので、「景気がいいなぁ~」なんて実感はまるっきりなく
8月のこんな時期はまさに朝から夕方まで外で遊んでいた記憶しか
ありません。
(ちなみに今でも覚えているものは、三角野球と終わったあとに飲んだ
清涼飲料水、駄菓子屋にあったとっても体に悪そうな着色料コテコテの
アイスなどです)
そして当時は(一応)野球少年だったので、甲子園をTVで観ながら
「おにいさんたちってすごいなぁ~(当時は原元監督が東海大相模で
活躍されているころでした)、かっこいいなぁ~」と素直に思っていた
ものでした。
当時の私は当然ながら「今ある環境」を当たり前の
ように受け止め、そして何ら疑問を持たずスクスクと育った
そんな「昭和のあの時代」。
そしていつもこの時期になると終戦○○年を迎え・・・という報道も目にして
いましたので、両親(父・昭和6年生、母・昭和16年生)に当時の
話をうっすらとは聞いていましたが、まだまだピンと来ない・・・そんな
年代でした。

中高生くらいになるとそれなりに歴史も勉強したので、それとなく分かる
ようにはなりましたが、逆にそのころから両親から聞いた話はかなり当時の
私にはショックでした。(たぶん両親も細かく話すようになったのでしょう)

父は学童疎開を経験、知り合いを空襲で多く亡くし、焼夷弾のカケラで
遊び、艦載機がいきなり飛来して、バリバリ機関銃を打ってきたり、
B29が毎日東京上空を悠々と飛んでいるのを見た「昭和のあの時代」。

母は両親と共に満州にいて、終戦間際着のみ着のままなんとか日本に
帰国(当時は3~4歳だったので眠くて仕方がなく、何度も祖母にビンタ
されながら歩かされた記憶しかないそうです)、長兄はあと少し戦争が
長引けば特攻隊に召集されるところだった「昭和のあの時代」。

そんな経験をした両親から私は生まれているわけですが、
「昭和のあの時代」という表現は同じでも、まったく違う「時代」なんです。
それを今回映像でまざまざと観て、
「父が言っていた空襲や機関銃の雨、母が言っていた満州の生活と
財産をすべて失い命からがら満州からの脱出」などをあらためて感じたわけです。

今年で終戦60年を迎えます。
今平和でありこの繁栄を謳歌できるのは、父や母、さらに両方の祖父母をはじめ
多くの方々の犠牲と労苦と明日の日本を夢見た信念のもとに成り立っている
ことを今回あらためて感じさせられました。
そしてこれらのことは次の世代にも伝えていく義務が私たちの世代にも課せられて
いるわけです。

そして今の子供達が「平成のあの時代」をいつか思い出した
時にそれが「平和」であることを祈念してやみません。


(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 08:37 | トラックバック

2005年08月06日

<第2回目 真の顧客満足とは何か?:消費者満足(US)について>

さて、前回のブログより顧客満足についてお話していますが、今回はその中でのUS、つまりユーザーサティスファクション(消費者満足)について触れてみます。
まぁここは誰しもが一番興味関心を持つところであり、なおかつCS(顧客満足)とほぼ同一視されている部分でもあります。
ここで再度企業の視点に立った「顧客満足」には、全部で3つの視点があることは触れました。
(詳しくは前回のブログを参照ください)

ここでいう満足(=サティスファクション)とはどの程度のレベルを言うのでしょうか?
満足に足る接客
満足できる味(料理)
満足した製品

などなどありますが、これらのように
日本語で言うと単に「満足」という言葉で表されてしまいますが、サティスファクションとは実は満足という淡白な言葉よりもっと強烈な「満足」なんですね。
私ですとつい「サティスファクション」というと、かのローリングストーンズの「サティスファクション」という曲を思い出してしまうのですが、ニュアンスとしてはまさにこの「サティスファクション」というニュアンスが正しいわけです。
つまりこのニュアンスとしては
感動から来る満足
快感から来る満足

というのが近いらしく、どちらかと言うと「性的な快感」に近いのだそうです(ここでは性的な快感をとやかく言及しませんが・・・(笑))。
「あ~よかった!感動したぁ~」(このフレーズも古いですね)や「心から喜びが弾けて満足感にどっぷり浸る」という「ニュアンス」の満足なのだと思うのです。ですからこのレベルの「満足」を消費者に提供したり、感じたりしてもらうのはそれなりのスキルもそうですが、やはり企業側もしくはその担当者自身がその「快感度合い」を実感していないとできないし、さらに基本的には企業側もしくはその担当者自身が「満ち足りている」=満足していないとできないものだと思っています。

幸せが分からない者や幸せでない者は、その幸せを他人に与えることはできない。
自分が感動した以上のものを、他人に与えることはできない。

と言ったところでしょうね。ではどの程度のレベルの感動や快楽がOKなのか?
それは「人生いろいろ、人それぞれ」(笑)です。ですから、そこで感動や快楽のレベルを測るのは野暮であって(明確に測る相対的な尺度も今のところありません)、企業や担当者は

「自分が最高に感じた感動や快楽を仕事やサービスなどを通じて他人に伝える」

しかないし、それで十分だと私は考えます。

先日も実はあるお店の対応が、私にとても感動を与えました。
実はそのお店(大阪)にネット上である品物を頼みました。非常に気に入っていたものなので是非欲しい!と思ったのですが、そのお店の不手際(棚卸の関係)でどうもその商品を修復できないぐらい壊してしまったそうです。そして運の悪いことに、その商品は既にメーカーでも「廃盤商品」でもう替えがありません。そこで対応された担当者の方は、メーカー経由で全国の小売店にその商品の在庫がないかどうか探してくれて、結果そのお店とはまったく関係のない横浜のお店にあるということを突き止めてくれました。
そしてその後は私と横浜にあるお店で打合せしてくださいという連絡までくれたのです(実はすでに大阪の担当者は横浜のお店と話をつけてくれて、商品確保までしてくれたようです)。不手際を単に謝罪するだけではなく、そこまでしてくれた担当者の方の対応には非常に感動してしまいました。そして自分も温かいうれしい気持ちでいっぱいになり、次回はかならずこのお店から買おうと心に誓うまでに至ってしまったのです。

そしてその間、この担当者の方とは何度か電話でも話しましたが、非常に誠意がにじみ出ていて、ますます私に感動を与えてくれたのです。
仕事を通じて他人に「感動」や「快感」を伝えられる・・・これが最高のプロフェッショナルの仕事ですよね。どんな仕事をしていても、誰であっても「癒し手」になれるのですね・・・


(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

投稿者 : | 09:52 | トラックバック

2005年08月05日

暑い時に熱い方と会う快感

ここのところ連日研修、コンサルティング等で忙しくしています。
特にお盆前なので、打ち合わせも多く外出する機会も多いのです。
しかし・・・いつからこんなに日本の夏は暑くなったのでしょうか?
当たり前のように都内では連日33度を超えるような暑さで、おそらく体感では
36度(これはほぼ人の体温と同じですよね)くらいは軽く行っているのでしょう。

さて、今日もこの暑い中多くの打合せをしてきたのですが、
その中で非常に感銘を受けたことがありました。
そこの企業はある方からご紹介を受けて、打ち合わせに行ったのですが
その担当者の方(管理職)の「熱さ」に感動したのです。

つまりこの企業では以前から(ほぼ創業時以来)、社内研修では
「人の道」
を徹底して教えているとのことでした。
いくら機械やシステムが発達しても、最後に世の中から信頼を受けるには
「人」
がすべててであるという信念のもと、徹底しているとのことでした。
またそこの企業では決して「人材」という表現は使わない、なぜなら人は
「材料」ではなく「人」だからだ・・・とのことでした。
(なかなかうまく表現できないのですが)その担当の方のお話が世の中で
よく言われることでありながら、まったくうすっぺらな感じを受けず、逆に
「あ~この企業は本当にそれを常に追求しているんだなぁ!」
と感じたのです。
そしてどんなに会社が大きくなろうとも(この企業は非常に優良な企業で
おそらく誰でも知っている企業です)この“スピリット”は忘れてはならない
という信念をお持ちのようでした。

私はこのような企業にも非常に感銘を受けるのですが、今回お会いした
担当者の方の熱い思いがひしひし(ではなくビシビシ)と伝わり感激しました!
この「熱さ」が暑くてバテ気味の私に「快感」を与えていただきました。
あらためて私も
「人の道」
「熱さ」
忘れてはいかん!!と心に誓った今日でありました!!

(タカハシパートナーズコンサルティング 代表取締役 高橋 剛)

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2005年08月02日

らしさ

浦上俊司

職業によって‘顔’が作られる。
職業によって‘らしさ’が身体に備わる。

私の大好きな兄(現在48歳、グラフィックデザイナー。私はオヤジもアニキも大好きだ。私は本当に温かい家庭で育てられた)が就職活動中の22歳の私に聞いたことがあった。

「シュン(私の事をいまだにこう呼ぶ)、お前何の仕事するねん?」と当時のアニキ。
「営業しようと思てる。」と当時の私。
「何の業種や?」と当時のアニキ。
「何でもええねん、営業やったら。」と当時の私。
「お前な~!同じ営業でも化粧品の営業マンとブルドーザーの営業マンでは醸し出すムードが、ちゃうやろがぇ~。そこまで自分の進みたい道を真剣に考えんかぇ!」と当時のアニキ。(確かにアニキは高校時代から既にデザイナーになる一本道だった。18歳でヨーロッパ一周1ヶ月の見聞を深める旅に出たのもデザイナーになるためだ。それに比べ私は、やりたい事が見つかったのは30歳を過ぎてから・・・。)

今、大学生向けの就職支援セミナーで「就社ではなく就職ですよ。やりたい職種、行きたい業種、それをしっかり絞り込み、自分を輝かせる舞台選びが会社を選ぶことです。なりたい自分探しが就職活動の第一歩です。」などと言ってるのが恥ずかしくなるような、20年前の私の節操のない就職活動だった。

アニキが当時、私に言いたかったのは“職業らしさ”だったのかなぁと今わかる。
私は職業を転々としてきた。
サラリーマンとしての転職も数多いが、個人業になってからも相当ヒドク履歴書を汚している。
その時々に“職業らしさ”が出ていたのかなぁ・・・。

結婚式の司会業で喰ってる時は、それなりの上品さを“らしく”出していただろうか?
飛び込みの教材訪販の時は、それなりの強引さを“らしく”出していただろうか?
会社経営をしてた時は、それなりの風格を“らしく”出していただろうか?
一部上場企業に勤めていた時は、それなりのプライドを“らしく”出していただろうか?
リフォームの玄関柱を洗浄していた頃は、それなりの職人風を“らしく”出していただろうか?
マルチまがいのビジネスをして全国を飛び歩いていた時は、それなりの勘違いリッチを“らしく”出していただろうか?

色々あって今の“私らしさ”がある。
私は研修講師としては、何の資格もスキルもない。
あるのは、“らしさ”だけだ。
それでも、ご指名を頂く日々に心からの感謝だ。

ありがとうございます、アニキのアドバイスがわかる今。
ありがとうございます、色々混ざり合ってできた今の“らしさ”。
ありがとうございます、“らしさ”で“らしく”好きな仕事が出来る今。

コテコテ営業マンとは、‘らしさ’を強烈に意識しているヤツを指す。

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