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2005年05月19日
今は「生存の要求」が高まる時期?

当社では各種適正診断を行い、それを企業の成長へと導く「独自のビジネスモデル」を展開しています。
そこで最近ふと気がついたことを今回は書きます。
当社の適正診断では診断を受けた方の「潜在要求性」が観える項目があります。
まぁ簡単に言えば、気持ちや意識の中で
「あ、俺はこう思っている!」と自分自身が認識できる意識を顕在意識と言います。
一方では自分自身でははっきり認識できないまでも、常に気になっていることを「潜在意識」と言います。
(非常に簡単に書いています)
実はこの潜在意識とはとても大きくて、例えばやる気はあるけどなぜかがんばれない・・・という場合、がんばれない何らかの理由があるわけです。それは案外本人自身も気付いていないことが多いんですね。
当社ではそのあたりを診断することで、例えば今後のその本人のモチベーションアップの持って行き方なども
探るわけです。
基本は「マズローの要求5段階説」を基本ロジックとしているのですが、ここで最近ちょっと気になったことがあるんです。
現在いろいろな企業(業種・業界問わずです)の診断業務を行っていますが、ここ最近多くの企業のビジネスパーソンを診断して見ると、この「潜在要求性」の中で特に「生存要求性」の度合いが顕著に高くなっているんですね。
これは基本的にはどういう時に上がるのかと言えば、例えば
● 「新入社員が各部署に配属されて概ね6ヶ月間くらい」の不安定感など
● 「転勤をして(特に初めての単身赴任など)、まったく土地勘がなく馴染みのない地方へ行った」時の戸惑いなど
● 「自分の会社がこのままではヤバイなぁ~と思っている」時の焦燥感など
などがあった場合、この「生存要求性」が高まります。しかしここ最近の傾向では、多くの診断を受けた方は新入社員でもなければ、転勤や部署移動があったわけでもなく、どの企業も皆健全なのです。
では、なぜか・・・?
それはおそらく現在の世相をも反映しているのだろう・・・というのが当社での仮設です。
つまり
「中国との国交の険悪化」
「JR西日本での大規模な災害」
「北朝鮮での核開発」
「年金破綻」など・・・
どれも我々のいままでの「当たり前」だった生活を脅かしかねないことが多発していて、決して誰もが「対岸の火事」状態で傍観できない状況になっているということです。
その何となく不安を感じる・・・というのが潜在意識にも反映しているのだろうなぁ・・・とちょっと怖くなりました。
ちなみに過度な「生存の要求」度合いが多い、もしくは頻繁にそれを意識せざる得ない状況が続くと、人は過度なストレスを感じ精神的にも疲れてきてしまうわけです。自分でも思いますが、環境などの状況に左右されず、自分の「あるがまま」でいることの難しさを最近はひしひしと実感しています。
2005年05月14日
食うに困って人は「考える」

今週もあっという間に終わってしまいました。最近はどんどん月日の流れるのが早くて・・・(汗)
今年は本社所在を青山へ移転し、さらに5月連休には西東京オフィスの移転もやっと終わり、今週からいよいよエンジンスタート!という感じの1週間でした。今後ますますパートナーのコンサルタントの方やインストラクターの方をもっと強化していきたいと思っています!
さて、本来はやれる「実力」はあるのに、実際にはどうも今ひとつその実力が発揮できない・・・という方々と最近よくお会いします。
それには様々な原因があるのですが(もともと実力すらないというのは論外とします)、その中で割合こういう傾向が多いなぁ・・・と思うのが、表題にあるようなことなんですね。
「今の給料で何とかやっていける!」や「食うに困ってないから、まぁいいか~」という潜在・顕在の意識に関わらず、このように思ってしまうとこれ以上努力しようと思わない・・・というのが人の常な訳ですね。
確かに「もっと給料が欲しい!」や「もっとお金が欲しい~」という人もいる訳ですが、こういう方々は明確な目標や目的意識を持っているんですね、だから「よりもっともっと!」とがんばる訳です。しかし前者のような場合、「今で十分!」と思ったらこれ以上がんばらないし、またそれ以上に
「どうやったらもっとより良くなるか?」と考えることもしないのです。
必要がないなら考えないのも人の常ですね。
「食えてそれに満足したら人は考えない!」ということです。
私がコンサルティングや研修をやっていて、もっとも難しいなぁと思うのはこういう意識の方々です。しかそのような方にも少しでも前進を勧め、気付きなりをお伝えし、モチベーションをあげていくのが私の役目なので、そこで毎日思案してしまうのですね。そこで・・・
現在のこの状況(広い視点で考えます・・・例えば今のこの日本の状況というレベルで・・・)を考えると、日本の歴史上極めて稀なんですね。どちらかといえば今までのほとんどの歴史が我々一般市民に与えた試練は「食えない!だからどうやって食っていくか??」を考えさせる歴史の連続だったわけです。
しかし・・・今は安易に満足してしまえば、それで生きていける、極めて恵まれた時代なんだと思います。実際私にしても「東京オリンピック」を知らない世代(はい、昭和41年生まれです)ですから、その恩恵を思いっきり、それもドップリ漬かってしまっている世代なわけですから偉そうなことは言えません(笑)。しかしどうも今は良くても、今後はこんなにうまく行かないだろ~!!と思ってしまうわけです。
別にここで私がそういう方々のモチベーションアップがうまくできない言い訳を「時代のせい」にしているつもりはさらさらありません。私は私の役目を果たすだけですから。
ただこういう方々は時代が変わって初めて気付くのかもしれません・・・
「あ、やばい!これじゃ食えないからどーしよ??」と。
しかしもうこれってかなり遅いような気がしますよ・・・だってもう時代はとっくに変わりましたから・・・そんな兆候は普段新聞を斜め読みした程度でも結構感じるものです。
私はこれからもおなかいっぱいたべて行きたいので、今できることは
「考えて、すかさず行動するのみ」です。
2005年05月06日
リニューアル

先日ドラえもんの声が変わったのを知っていますか?。
最近ではまったくアニメを観ることもなくなったので、娘に頼んでわざわざTVを録画してもらったんです(笑)
そこには私の幼少時代から慣れ親しんできた声や絵、物語の展開が「今まで」とは違った新しい
ドラえもんワールドが展開されていたんです。今までの声などが「当たり前」だった私にとっては今ひとつ
しっくり来なかったんですね。
それは娘たちも同じようで、彼女らも「まだ」しっくり来ないようでした。
よくよく話を聞くと、声優さんたちの年齢の高齢化が今回の「大変化」になったらしいんですね。
(そりゃそうですよね!当時小学生だった小僧が今ではもう40歳なのですから・・・)
そこで思ったのが、観る側の「変化」への慣れということです。
ドラえもんやのび太の声は「こうあるべき」とごく自然にそう思っていましたが、これは
「自分は年を食って変わったが、アニメのキャラは変わらないもの(永遠不滅?)」
というちょっぴり自己中心的な思考なんでしょうね。
今回この題材のために「わざわざ」ドラえもんを観ましたが、たぶん今後積極的に観ることはないでしょうね。娘達ももうドラえもんを観て喜ぶ「年頃」ではなく、次に観ることがあれば孫と一緒に観る時なのかもしれません・・・
しかし・・・そのころには今の声などは「ごく普通」になっているのでしょう。
ドラえもんやのび太ですら、変化してリニューアルするのですから、それを観て育った「当時ハナタレ小僧」であった私もリニューアルしないとなぁ・・・と妙にアニメを観て感慨深くなってしまったわけです。
投稿者 : | 22:07
